解放の砦

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7章 愚者は踊る

7-16 愚痴を言える相手は少ない ◆学園長視点◆

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◆学園長視点◆

「はああーー」

 もの凄い大きなため息を吐く。

「あー、心臓に悪い」

「叔父さん、リアム・メルクイーンが飛び出していきましたけど、何を話していたんですか」

 学園長室に甥のヴァリ・ガーバットが入ってきた。

「ああ、超怖い顔で、講義時間以外の俺の時間を勝手に使うな、という誓約を結ばされた。つまり、どのクラスも時間外の課題等を必要とする場合は私の許可が必要となった。全教職員に通達を頼む」

「おや、教員だけじゃなく?」

「わざと職員経由で学生に連絡させようとする可能性もある。私は国王に睨まれたくないんだよ」

「そうですね。可能性があるなら潰しておかないと危険ですね。あの魔法理論のグルガン・ゲートは伯爵家の出とはいえ、家は継いでいないのですから、すでに男爵であるリアムくんの方が上なんですけどね」

 あ、コイツ、すでに放課後に課題をさせているという情報をつかんでやがる。
 例年、C級魔導士の下位貴族のクラスにアホなことをやる教師というのはいるのだが。

 だからこそ、今年来年は何事もないように、甥を呼んだ。
 ヴァリは兄の息子、ガーバット侯爵家の跡継ぎだ。
 今回の件は社会勉強というほど生易しいものではない。

 自分の息子の王子が入学するときでさえ何も言わなかった国王が、王妃は言いに来たけど、、、リアム・メルクイーンのときだけ私を王城に呼びつけたのだ。
 ただ事ではない。
 クラスに担任は一人だけだ。担任の補佐等の仕事は複数の職員が行うから、普通なら二人体制にはしない。

「今回、今の時点で、学生で家を継いでいるのはリアムくんだけだからな。教職員で貴族の出は多いが、爵位持ちは数名だ」

 クジョー王国では、貴族として生まれれば貴族ではあるのだが、爵位を継がなければ貴族ではなくなる扱いとなる。
 だからこそ、跡取りでないのなら貴族として残るためには、跡取りを探している他の家に養子として入るか、婿を探している家の娘と結婚しなければならない。
 貴族の数が増えすぎても、国は困るからな。子孫が全員貴族のままだったら国が成り立たないし、爵位を与えられるそこまでの領地も存在しない。
 騎士や魔導士、研究員等で一代限りの名誉爵位をもらえることもあるが、魔導士ならS級以上かよほどの功績を出した者でないと難しい。

 実家がどんな上位の貴族であろうとも、爵位を継いでない子の身分は平民と同じ。
 強い後ろ盾があるに過ぎない。
 つまり、本人同士の地位を比べるとリアムくんが男爵なので、爵位を継いでいないグルガン・ゲートは彼に何も言えない。
 ここは魔法学園で、教師と学生という立場なので、教師という範囲内の指導なら可能だが。
 しかし、一歩外に出れば、上に立つのは男爵のリアムくんなのである。
 上位貴族の跡継ぎであっても、まだ継いでない子も立場は同じ、男爵のリアムくんより劣る。

 もし実家が口出しするなら、力関係で伯爵家が勝つ。だが、メルクイーン男爵家というのはクジョー王国にとって特殊な貴族だ。横のつながりもなく、社交界にも出ていないが、いないと困る貴族なのである。今回のようにヘタすると国王が出て来る。
 そして、メルクイーン男爵領では絶対的な権力を持つ。

「ただの金持ち我がまま坊ちゃんの方がまだ扱いやすい」

「そりゃ、貴方はそうでしょ」

「だって、男爵家なのに場所限定であっても、国王と並ぶ権力を持っている男爵家なんてどこの国にもないよ」

「どこの誰もあの地を平定できないからでしょう。だから、下位の男爵家に押しつけたんでしょう」

 クバード・スート辺境伯が最強だからこそ、できた偉業。
 魔物が蔓延っていた大地を人間の手に戻した。
 魔の大平原を押さえる砦。
 今は砦と呼ばれるが、昔は辺境伯城だった。
 かなり昔のことなのに、彼の英雄譚は今でもなお語り継がれる。

 だが、そんな過酷な地を誰が継げるのか。
 どうやっても赤字覚悟の地。
 当時、唯一貴族で冒険者であったメルクイーン男爵に白羽の矢が立った。
 辺境伯の特権をそのままメルクイーン男爵も受け継いだ。そうしないと、この地が成り立たないからだ。
 そして、メルクイーン男爵は王族が何かしでかす度に条件を付けた。
 だからこそ、今のメルクイーン男爵領は存在する。
 国王があの地で犯罪を犯したら、国王でさえ罪に問えてしまう土地なのである。

「で、リアムくんには教会に行くように伝えたんですか?」

「、、、伝えたが、必要ないと一蹴された」

「F級魔導士のまま二年間暮らす気ですか、あの子は」

「C級冒険者だから必要ないと」

「確かに」

 甥が頷くのもわかる。冒険者が魔導士として認めてもらうにはA級もしくはB級魔導士である必要がある。
 じっとノートを見る。

「叔父さん、どうしました?」

「、、、コレ、リアムくんの誓約魔法なんだけど」

「、、、ああ、初日から教室で使ってました」

「、、、誓約魔法を使える者はA級かB級魔導士だよ。冒険者でも優位に働くよ」

「そう説明してはいかがですか?」

「私を蔑んだ目で見る彼を、私が説得できる気がしない」

「この王都にいることが、完全に彼の意に反しているようですからねえ。彼の行動は基本的に夜間、冒険者ギルドと魔の森に行き、後は下町散策とラーメン屋が主な行動範囲となっています」

「、、、あの子、ラーメン好きなの?この国では珍しい料理だよね」

「その商会に砦が魔物肉チャーシューを卸していますね。休日は昼もやってますが、基本は夜営業のお店です」

「人気ありすぎて予約が取れないと聞いたけど?」

「ラーメンの上にのっているとろける魔物肉チャーシューが大人気らしいですよ。チャーシューだけ大量に販売しろと言う馬鹿がいたみたいですけど、ラーメン屋でも砦ということを大強調されたらしいですねえ」

「あの子が魔物販売許可証の書類を国に通した話は有名だからねえ。リアム・メルクイーンという名だけで、学生はどれくらいの子が気づいている?」

「三組は下位貴族なので、まだあまりピンとは来ていないようです。彼は家の爵位も領地の説明も何もしていませんから」

「ラーラ・ハーラット侯爵令嬢と話しているときに教室の扉を閉めちゃったんでしょ」

「最善の手でしょう。彼があのリアム・メルクイーンだと知ったら、ハエがたかりますよ」

「お付きの人々が聞いていたら、家に報告するでしょ」

「それなりの家はそれなりに報告していたようですが、下位貴族の方はガラスの靴の話題で持ち切りですよ」

「、、、それね。あの社交界の女性陣のガラスの靴がすべて偽物だったとは」

「かなり恥さらしになってますからね。金をかけるだけかけて自慢して、真贋も見極められない上位貴族の女性たち、と」

「ラーラくんに聞いたら、やっぱりあのガラスの靴、砦でもそうとう高い代物らしいよ。砦で一般的に売っている物では一番高い商品らしい」

 ラーラくんが学園に履いてきているのはガラスの靴だ。
 ヒールはかなり高いのに動きやすそうだ。

「叔父さん、貴方は学生と何を話しているんですか?女学生と靴の話なんかして、」

「いや、靴の話だけしているわけじゃない。彼女はメルクイーン男爵領にいたから、話を聞いていたんだよ」

「何か言ってました?」

「褒め言葉しかなかったよ。恩人だと言っていたが」

「恩人?あの二人は初対面ですよ。ガラスの靴を購入していたのはラーラくんだから、リアムくんを恩人というのは逆のような気がしますね」

「あの地だから、いろいろあるんだろ」

 彼女はハーラット侯爵家の落ちこぼれと言われていた子だ。
 侯爵になったあの兄がいるから今、ハーラット侯爵家の令嬢として生きていられる。
 あの地で匿われていた令嬢である。
 ただ、噂の令嬢がC級魔導士であることに驚いた。あの家はC級魔導士であっても殺そうとするのか。

「確かにあの地で守られていたのなら、恩人なのでしょうね」

「でもさー、高位貴族の跡継ぎはだいたい頭良いのに、それ以外の子って、意外と困ったちゃんが多いよね」

 私も侯爵家の次男だけど、次男以下って意外と実家の爵位を鼻にかけることが多い。
 後ろ盾という意味では仕方ないが、実際、跡継ぎの長男に男児でもできてしまえば、爵位を継げないのが確定するので身分上貴族ではなくなるのである。それなのに、である。
 今でもなおハーラット侯爵家のように山ほどの爵位を持っている家なんて稀なのである。あの侯爵になって、親戚筋から爵位を本家に戻しまくったので子爵位や男爵位はいらんほど持っている。あの家はクリス・ハーラットも伯爵位を持っているが、通常、爵位を継げるのは長男だけである。

「グルガン・ゲートの話に戻しますか?」

「私が許可制にしたら、絶対リアムくんに何かしてくるよねー。あー、胃が痛い」

 この部屋に胃薬あったかな?今度、大量に買っておこう。

「彼の講義中まで私が見張っているわけにもいきませんからねえ」

「リアムくんが嬉々として学園から出ていきそうなんだけど」

「ラーメン屋から出前でも取ってみればいかがですか?」

「それぐらいで繋ぎとめることができれば、いくらでも出前してやるわっ」

 甥に愚痴を言う。愚痴を言えるのは親類だからこそであるが、跡継ぎ争いがないからでもある。貴族なら兄弟でも腹を割って話せない家族なんて山ほどこの王都にいる。長男よりほんの少しでも優秀な点があるならば、すぐに取って代わろうと考える輩があまりにも多いのだ。
 愚痴など、自分の弱みを曝け出しているようなものだ。

 私がリアムくんのラーメン大好きを知るのはまだ少し先のことである。
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