解放の砦

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6章 男爵家の後始末

6-4 何も知らない者への怒り ◆長兄ジャイール視点◆

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◆長兄ジャイール視点◆

「な、なななな何でこんな汚くなっているんだいっ。リアムが完璧に掃除してくれていただろう。リアムが出発してからまだそんな日数が経っていないのにっ」

 ルンル婆さんがわなわなしながら、我が家から出てきた。
 、、、ルンル婆さんは我が家のどこを見たのだろう。
 父やルアンの部屋だったら、あの叫び声も頷ける。

「しかも、台所に転がっているあの黒い物体は何だっ。何を製造しているんだっ、この家は」

 ルアンが製造した物ですね。
 齧れもしない代物なので、どうにもできなかった。
 何で食材がああなるんだろう。

「リーメルもリアムも綺麗好きだったのに、なんて恐ろしい」

 そこまでか。
 父もここまで言われたら腹を括るだろう。

「お父様、我々には家事を遂行する能力が足りていません。使用人を雇いましょう」

 私は父に進言した。

「ふざけるなっ」

 ブチ切れたのはルンル婆さんだった。

「あの二人があんなに苦労してやっていた家事を何だと思っているっ。使用人を雇うなら、リーメルに家事をやらす前に雇えっ」

 いや、それは正論だけれども、もう過去は戻らないというか、この家の惨状をこのまま続けるわけにもいくまい。

「なら、ルンル婆さんが家事をしてくれるのですか」

「私がお前らの家事をするわけがないだろっ。お前ら三人がやるんだっ。一か月で家事のやり方を徹底的に教えてやるっ。報酬はキッチリもらうからそのつもりでなっ」

 恐ろしい剣幕だ。
 有無を言わせない。
 父も頷くだけだった。

「うん、この家の今後の家事のことは片付いたな。もう一度、話を戻そう」

 話が脱線したのは仕方ない。
 ルンル婆さんの怒りの表情に敵う者はいない。

「現状の砦の資産価値を計算したものだ」

 ほどほどの厚みのあるファイルを侯爵は父に渡す。
 砦の土地、建物の価値である。
 基本的にそんなに価値はない。
 土地自体、誰も買わない土地だ。魔物が大量発生する魔の大平原の砦を購入したいという者はいないだろう。
 砦の建物自体の価値も古城と呼ばれるものに比べたらほとんどない。相当古いからだ。修繕費の方が高くつく。
 だが、建物はそれなりに大きく堅牢なのでそれなりの価値を持つ。

「そして、先程のリアムの労働に対する対価の計算をしたものだ」

 今度のファイルには、母が亡くなってからのリアムの労働が詳細に書かれている。
 侯爵、、、何でアンタはこんなにも細かくリアムの状況を知っているのか?
 俺たちも知らないぞ。

「今の男爵家には現金がない。そして、領地を切り売りして支払いに回すわけにはいかない。領地を切り売りするとと、領地運営の能力なしと見なされ男爵家は取り潰しになる。それでも私は一向にかまわんが、まあ、今の男爵家でリアムに用意できる対価はこの砦だけだ。この家では到底足りない」

「ぐっ、、、しかし、なぜリアムの誕生日の前日なのですか。もっと前に私に伝えておいてくれれば、このようなことには」

「うん?リアムの身の安全を確保するためだよ。王都に出発していれば、キミたちの手にはどうにもならない。出発日から今日までの間なら、いつでも良かったんだけどね」

 たぶん父が言いたいのはそんな短い期間ではなく、侯爵と出会ったときに教えておいてくれればということなのだろうけど。

「まさか、我々がリアムを手にかけると?」

「その危険性が高かったということだよ。だから、この街の住民も危惧して男爵に何も言わなかっただろう?リアムが冒険者になった時点で、この街の住民は一丸となって彼を守ることに決めたんだ」

「それではリアムが優秀かどうかは関係ない話ではないか」

「この街の住民にとっては、男爵家の当主が冒険者で、この領地を守ってくれるなら盲目的についていく。男爵、キミは気づいてなかったのか?当主様と呼ばれずに、領主様と呼ばれることに」

 父は侯爵に辛い現実を突きつけられた。
 冒険者ではない父は領民に男爵家当主とさえ認められていなかったということになる。

「私は、、、」

「特例の王命通り、明日からはリアムが男爵だ。領主代行としてキミたちは今までの仕事を変わらずやってくれ。その責務を放棄するのなら、それなりの沙汰を覚悟しておいた方が良い」

「、、、そんな」

「お前たちはリアムの恩恵をどれだけ受けていたと思っているのか」

 新しい声が聞こえた。
 副砦長の頭の上に白いものが動いた。
 なぜ砦長の頭の上にのらないのかは聞かない。副砦長の頭の上の方がふさふさして滑らない。

「シロ様っ」

 砦長が大声で叫ぶと、ルンル婆さんが土下座した。
 シロ様ということは砦の守護獣だ。

「ビル・メルクイーン、お前はかなり病弱だったな。母からも言われていたのではないか。あまり長生きできないのでは、と」

「それは、昔のことだ」

「しっかりと思い出せ。リーメルと結婚したときも脆弱だっただろう。リーメルがお前を支えないといけないと思い込むほどには。領地巡りも滞りなく動けるようになったのはいつからだ?」

 そういえば、私が幼い頃、父は咳をしていることが多かった気がする。
 今となっては健康そのものだが。

「リアムが料理して整ったものを口に入れられるということを、リアムが清掃や洗濯をして清浄な空気をこの家に入れていたことを、リアムのいないこの二年で、特にお前は現実を知るだろう。そして、リアムはこの家に戻って来ることはない。せいぜい余命をどのようにして生きるか考えるんだ。それが有意義なものになるか、無意味なものになるかはお前次第だ」

 コレは父が余命宣告されたのも同じだ。

「あ、あの、父はあとどれくらい」

 シロ様はふいっと斜め上を向いてしまったが。

「すぐには死なない。だが、一、二か月後にはカラダの衰えを感じはじめ、体調が悪化していくだろう。緩慢にお前の元の脆弱なカラダに戻っていくだけだ。それでも無理をしなければ四、五年はもつ。だが、長生きをした方だ。リアムがいなければとうの昔に死んでいたのだから」

 父は青ざめて肩を落とした。

「私たちはお前らなんか死んでしまった方が良いさえと思っている。それは今もだ。そして、リアムの恩恵を受けていながら、あの子を辛い状況に置いたお前らが憎い。だから、私は黙っていることができなかった。何も知らずにお前らが死んでいったら、あの子が浮かばれない」

「シロ様、すごーい。威圧感なしで話してるー。クロ様は恐ろしいほど威圧感出すから、出された相手は地面とすぐ仲良くなるのにー」

 副砦長が言った途端、シロ様が頭にのったまま副砦長が片膝をついた。

「俺に威圧を加えないでよー。相手が違うよー」

「余計なことを言うからだ」

「場を和ませるためじゃなーい」

「私たちはお前のことも許してないぞ」

 ゾクリとした空気が辺りを支配する。
 昔、味わった威圧感とは違い、寒々しいものだ。
 それなのに。

「リアムが砦から出ていったら困るのは、シロ様クロ様も同じだったでしょー?」

 どういう神経しているんだろう、この副砦長は。
 口調が変わらない。

「あの子を悲しませるのは誰であろうと許さない」

 シロ様は言うだけ言うと、副砦長の頭から降りたように見えた。が、その後の姿はどこにもない。走り去った形跡もない。

「リージェン、お前、リアムに何をしたんだ」

「えー、おやつ取っちゃったことかなー?」

 副砦長がのほほんと砦長に答える。
 そんなわけあるか。
 だが、この副砦長は許さないと言われたが、始末はされていない。
 砦に存在して仕事をすることは許されているのだろう。
 リアムに有益だからこそ生かされている。

「うん、とりあえずメルクイーン男爵は砦譲渡の誓約をしようか」

 侯爵が話をまとめた。
 だから、嫌な顔したり邪魔者と言ったんだな。この人物がいると、話が取っ散らかる。
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