解放の砦

さいはて旅行社

文字の大きさ
上 下
118 / 291
5章 必要とされない者

5-23 選択肢は存在しない

しおりを挟む
 俺が帰って来ると、弟アミールが台所にやって来た。

「兄上、おかえりなさい」

「ただいま。今日も変わりがなかったか?」

 俺がアミールに問うと、表情が曇った。
 あったんだな。
 素直だな。
 腹芸を駆使する貴族としては微妙だが、アミールも他人にはこれほど表情を出すことはないだろう。

 何だろう。

 俺は自分の夕食を温め直すと、食堂に行く。
 アミールも椅子に座らせる。
 夕食を食べながら聞くことにした。

「どうした?」

「兄上が、王都に行かれるって聞いて」

「ん?」

 アミールが兄上と呼ぶのは俺だけだ。あの二人のことは兄上とは呼ばない。
 俺が王都に行くとは?
 何か国に招集でもされたのか?
 とうとう危険人物と判断されたか?

「俺が?」

「やっぱり知らなかったのですね。今日の昼、父から兄上がユニークスキル持ちだと聞いて、王都の魔法学園に入学が決定していると。兄上の魔法の力が認められたのは喜ばしいですが、二年間もそばにいられないのはとても寂しくて」

 え?
 俺、ユニークスキル持ちなの?
 は?
 あの神官、F級魔導士ですって言い切っていたはず。
 収納鞄から、あのときの誓約魔法の刻印を探し出す。
 これだこれ。
 すぐに再生。


 リアム・メルクイーン様、貴方はF級魔導士です。


 そして、沈黙でかなりの時間が過ぎた後に。
 そう、数分は俺も待っていた。五分とまではいかないが、充分待ったと思う。


 本日は判定の儀式ありがとうございました。F級魔導士だったと父にも報告いたします。では、失礼します。


 俺の声が響いた。
 やっぱり神官はF級魔導士としか言っていない。

「、、、どういうことだ?」

 俺にはF級魔導士以外のことを何も言っていない。
 いや?
 この長い沈黙はもしかして、F級ぐらいの才能しかないのにユニークスキル持ちで王都の魔法学園に入学しなきゃいけないなんて可哀想、どう伝えれば良いのか、と思い悩んでいる沈黙なのか?
 だとしたら、神官が寄付金を待っていたわけではなく、言葉を選ぶのにかなりの時間を費やしていたことになる。
 が、コレは時間がかかり過ぎだと思う。
 話をまとめてから話し始めろ、と言いたい。

「うーむ」

 クズ親父が俺のユニークスキルを捏造することはないだろう。
 まったく意味がないからだ。
 ということは、どうにかしないといけない。

「魔法学園の入学式は十一月だ。これじゃあ完全に遅刻だな。まあ、F級魔導士っていう時点で目をつけられる対象だから、どうだっていいか」

「あの、兄上が行かないという選択肢はないのですか?」

 アミールが縋るような目で見た。
 二年も会わなければ、このような目で見られることもなくなるのだろう。

「残念ながら、この領地にいるからといって、この国の法律を破るわけにもいかない。この誓約魔法の刻印もあるし、こちらに落ち度はないという証拠になるが。そもそも、俺が判定の儀式を受けたのはかなり前だ。訂正にしろ追加にしろ教会は本人に直接言うべきだ」

 神官というのはプライドが非常に高いから謝罪はしないだろうが。
 きっと、すべてを言い終わる前に立ち去った人間が悪いとでも言い放つだろう。
 簡単に謝罪なんてする人間ではない。
 それは神が与えた試練です、とか平然と言えちゃう人々なのだ。
 お前が失敗しただけなのに。
 必要事項はさっさと話せ。


 遅刻は必要最小限にしなければならないとしたら、明日というのは無理だとしてもせいぜい数日のうちに出発しなければなるまい。

「あーっ、さっさと言っておいてくれれば、いろいろと準備ができたのに」

 頭をワシワシと掻く。
 本当に無理難題だ。
 数日ですべてをしなければならないのか。

「問題は砦の引継ぎか?コレはナーヴァルたちに押しつければなんとかなるか。外壁の修繕もしようと思っていたのに、二年も放置して大丈夫か?まあ、奴隷はビッシュたちがいるから飢え死にはしないだろ。あとは、、、」

 この家の家事はどうするのだろう。
 そもそも、今月の俺の誕生日で、俺はこの家を去る予定だった。
 砦ではどの部屋を使おうかと考えていたところだった。察したナーヴァルが砦の主寝室を勧めてきたが、死ね、とだけ答えておいた。
 C級冒険者はC級冒険者の部屋を使う。
 それでも、トイレにかけ湯場つきのわりと広めの個室である。
 A級、B級冒険者の部屋にはバスタブもついており、C級冒険者よりも広い部屋となる。

 ちなみにD級冒険者の部屋にもトイレがある。
 E級、F級冒険者の部屋はトイレとかけ湯場は共同である。
 かけ湯場はA級冒険者でも共同のものを使う者が多いが。お湯をかけ湯場まで持っていくのも面倒だからな。

 ちなみに砦のトイレは水洗である。その技術はこの世界にもあるが、街の家のトイレはボットンである。汲み取り式便所ね。水路を作るにも上下水道を作るにも金がかかる。
 辺境伯時代に金をかけて造られた城である砦は飲み水、かけ水等は自分たちで砦の各所に適当にある水汲み場で自分で汲んでいかなければならないが、トイレは快適なのである。そうでなければ個室にトイレ完備にはできない。部屋がずっと臭っていたらいやだろう。
 下水が魔の大平原垂れ流しにできるという裏技があるため楽に造れたであろう。

 この領地内で水洗トイレがあるのは、この砦と、きっと街の外れの保養地の貴族の屋敷ぐらいのものだろう。確かめたことはないが。
 まあ、この世界にも水洗トイレを作る技術はあるが、そこまでする金がないということだ。金持ちだけの特権なのである。辺境伯、良い城を造ってくれてありがとうっ。


 、、、トイレのことはどうでもいいか。
 ついつい現実逃避してしまった。

 しかも、移動手段も考えなければならない。
 あー、侯爵家の空間転移魔法陣を使えたら楽なのに。
 それなら移動するのも入学式前日で充分なのに。 

 無理な話だが。
 魔石があっても、高い対価を要求されるだろう。
 聞くのもやめておこう。
 魔法陣使わせてあげるよー、と言われてホイホイのったら、肉体を崩壊させられて始末されたら目も当てられない。。。


 それに、王都の滞在費はどうするか。
 ユニークスキルで免除になるのはバカ高い入学金、授業料である。
 確かにそれだけでも助かるが、問題は制服代、教材費や寮費、食費等の必要経費である。これらももれなくバカ高い。
 貴族から寄付金を毟り取るための魔法学園ではないのかと思うくらいだ。

 C級魔導士で魔法学園入学でなかっただけマシと思わなければならないか。
 それこそ馬鹿らしいものははい。
 恐ろしいほど高いお金を支払って魔法学園に入学しても、最低限の扱いをされるだけだ。

 ただ、貴族らしい貴族ならば、お近づきになるためにコネクションづくりと割り切る者もいるだろう。
 彼らは成人して、社交界にデビューする者たちだ。
 貴族社会の横のつながりを作るための礎と思えば安いものなのかな、彼らにとっては。
 常に西の果てにいる男爵家の俺にとっては何の意味もないが。




 翌朝、憂鬱な気持ちで砦に向かう。
 一応、近くの貸し馬車屋を覗いてみる。聞いてみると馬車は空いてはいるようだが、王都への片道とはいえ、往復代を取られるのでかなり高額だ。
 各都市をつなぐ乗合馬車だと一か月では到底辿り着けないだろう。
 かなり厳しい。

 ニヨニヨニヨ。

「、、、」

 砦に足を踏み入れると、ニヨニヨが待っていた。
 あー、コレは事情を知っている顔だ。
 ちっこいクロが胸を張って俺に言う。

「リアムー、僕に頼みたいことがあるんじゃなーい?」

 ああ、断れないときに言うと思った。

「僕の足なら、リアムを乗せて一週間ほどでリアムを王都に運んであげるよー」

「で、それに対して俺が支払う対価は?」

「もちろん、僕との誓約だよー」

 元気いっぱいクロは答えた。
 選択肢がないときに、提案してくるだろうと思っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

どこかで見たような異世界物語

PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。 飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。 互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。 これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...