解放の砦

さいはて旅行社

文字の大きさ
上 下
52 / 291
3章 闇のなか

3-11 酒屋の親父の愚痴 ◆リージェン視点◆

しおりを挟む
◆リージェン視点◆

「はあーーーーっ」

 砦長室でナーヴァルのため息がひどい。

 ナーヴァルがリアムの髪を切った翌日、リアムが砦を休んだ。
 リアムは母親のリーメルさんに抱えられて来たときから一日の休みもなく皆勤だったのに。
 リーメルさんでさえ産休で砦に来なかったことがあったのに。

「やっぱり、俺のせいか?」

「そーですねー、ひどい髪型にしちゃいましたからねー」

 補佐は呆れながら答えている。
 本当はそんな理由ではないことを補佐もわかっているから、そう答えている。




 坊ちゃんが来ねえんだが、の心配そうな顔で、朝に交替なのに俺はナーヴァルに捕まっていた。
 リアムが風邪で砦を休むことを伝えに来たのは、なぜか酒屋の親父だった。
 そして、リアムの置かれている辛い状況をつらつらと愚痴っていったのだった。
 リアム坊ちゃんを守る会が街で密かに作られたそうだ。。。

「リーメルさんとアミールちゃんと一緒にいたときは俺にもいつもニコニコ笑顔で可愛かったのに、リーメルさんが亡くなったら半減どころか一割にも満たない笑顔になっちまった。それも、無理した営業スマイルってわかるぐらいの。。。今までも朝早く起きてリーメルさんの手伝いをしていたって俺たちも知ってるよ。あんな小さい頃から洗い場に来て家の洗濯を魔法でやってたり、パンを買いに行ってたり。母上のお手伝いをしてるのー、って超笑顔で答えられたら、なんか胸のあたりがきゅーっとしめつけられるような感じだったよ」

 砦でも母上のためにーって、書類作業やら何やらすべてを牛耳っていたからな。すべてはリーメルさんの仕事が楽になるようにリアムは頑張っていた。実際、砦の管理者であったリーメルさんが亡くなった後も、滞りなくスムーズに砦が動いているのはリアムのお陰だ。リーメルさんがいた頃から、リアムが砦の管理体制を見直していた結果だ。
 だからこそ、ナーヴァルが砦長としてここにいることができた。
 そうでなければ、ナーヴァルは俺たち仲間に一言も言わずにこの砦を後にしていた可能性すらある。俺がそんなことをさせなかったが。

「それが、リーメルさんが亡くなっても翌日からも坊ちゃんは一人で朝早く起き出して、洗い場で洗濯してパンを買って行くんだ。どうやら領主様はリーメルさんがやっていたことを砦の仕事も家事もすべてリアム坊ちゃんに押しつけたらしい。さすがに八歳の子供にそれはないだろう。しかも、食費すら領主様はリアム坊ちゃんに渡してなかったって話じゃないか。リアム坊ちゃんもクズ親父ーって騒いでいたから、領主様に言うのも嫌だったんだろう」

 酒屋の親父さんの気迫に押されて、ナーヴァルも一方的な聞き役になっている。酒屋の親父さんは冒険者でもないのに、かなり屈強なカラダつきをしている。いつも重量級の酒を運んでいるからな。。。顔つきもナーヴァルといい勝負だ。初対面の小さい子供たちに泣かれる顔をしている。最初から笑顔で対応したのはリアムぐらいのものだろう。リアムの場合、母上以外はどんな顔をしていてもどうでもいい感があるのだが。

「でも、熱でもないと、リアム坊ちゃんは怒りを面に出してくれないんだ。ずっと我慢の忍耐で、大丈夫ですしか言わなかった。B級冒険者とE級冒険者の稼ぎがどれだけ違うかわからないが、一家の生活費を支えられる金が手に入るのはC級冒険者辺りからだっていうのは世間の一般常識だ。それをリアム坊ちゃんは何も言わずに堪えていたんだ、たとえ短い期間だったとしても」

 しかも、リアムは一日中、魔の大平原に出ているわけではない。リーメルさんが亡くなってから魔の大平原に出ていた時間はごく僅か。俺たちが魔の大平原に出ないように見張っていたからだ。
 あの死んだ目を見れば、一目瞭然。リアムが魔の大平原に出れば、リーメルさんを追いかねない。リアムの状態が落ち着くまで俺たちは見張っていることに決めていた。ちょうど俺たちに都合よく、魔物販売許可証が砦にやって来た。責任者はもちろんリアム・メルクイーンの名である。リアムを忙しくして、魔の大平原に出さないためには打ってつけだった。
 にもかかわらず、いつのまにかナーヴァルたちの目を掻い潜り、リアムは魔の大平原に出て魔物を討伐していた。
 それもそのはずだ。
 魔物を倒さなければ、お金がないのだから。
 男爵家の息子が金に困っているなんて誰が思うだろう。
 確かに、メルクイーン男爵家は貴族としては貧乏だ。だが、男爵や二人の兄は割といい服を着ている。使用人を雇っていないし、リーメルさんはB級冒険者だったのだから多少は金があるはずだ。
 リーメルさんも装備はB級冒険者としては普通のものを身に着けていた。

 この砦は魔の大平原の影響で年中暖かい。
 この地方も温暖な方だが、冬はほどほどには冷えてくる。分厚いコートまでは必要ないが、多少の長袖は必要だ。
 そして、最近は朝夕は多少寒くなってきた。
 砦内部でも街の方に面している場所は気温の変化がわかる。
 だからこそ、砦での人気の部屋は、魔の大平原に面した部屋なのである。運が悪いと魔物に鉄格子ありの強化ガラスの窓を蹴破られることもあるが。

 リアムもアミールも砦の外に出るとき上着を持っていなかった。
 子供は風の子というわけではなく、なかったからだ。
 去年は着ていたような気がするから、リーメルさんも二人の服装には気を使っていたのだろう。

「リアム坊ちゃんの服がボロボロだったって街で目撃した奴らが言ってたんだよ。確かに俺も寝巻は着古した物を着ちまうこともあるが、上の二人には普通に新しい服を買い与えているのに、可哀想な話じゃねえか。医師の爺さんが領主に掛け合ったとき、冒険者はすぐ死ぬから金をかける必要はないとか言われたそうだ。同じ息子じゃねえか。リアム坊ちゃんが何をしたって言うんだよ。メルクイーン男爵家は冒険者だからこの領地を治めているのに」

「そういや、親父さん。今までアミールのこともアミール坊ちゃんって言ってなかったっけ?」

 ささやかな違いだったが、俺は気になった。

「そりゃそうだ。俺たちが坊ちゃんと呼ぶのは男爵家の冒険者だけだ。俺たちを命がけで守ってくれるからこそ、メルクイーン男爵家の当主様を尊敬し、砦の跡継ぎの坊ちゃんを支えていた。アミールちゃんは冒険者として育てないことが決まったのなら、坊ちゃんとは呼ばない。アミールちゃんもリアム坊ちゃんと同じでリーメルさんが冒険者として育てるのだろうと思っていたからこそ、アミール坊ちゃんと呼んでいたんだ」

「へえ、そうだったんだ」

 この国では貴族の子息を坊ちゃんと呼び、敬う。大抵は跡継ぎに対することが多い呼び名だが、この国の王都では兄弟全員坊ちゃんと呼んでいても問題なかった。地域によって温度差があるのだろう。
 俺たちの国ではこの坊ちゃんという呼び方は、少々蔑称を含んでいたが。まだまだ大人扱いされない半人前という意味合いだ。

「何を言っている。ナーヴァルだってリアム坊ちゃんのこと坊ちゃんって呼んでいるじゃないか。知っていたんだろ?」

「え?ああ、」

 このナーヴァルの答え方は、街の皆が坊ちゃんと呼んでいるから坊ちゃんと呼んでいただけだが、砦の跡継ぎという点では知っていたから肯定になってしまうのだろう。
 もちろん蔑称の意味合いはない。この国の呼び方だからそれに従っただけだ。。。。うん、まさかリアムは勘違いしてないよな?あの子は俺たちが良く使う言葉で、この国では似て非なる意味の言葉になってしまう言葉を紙に書いて教えてくれた。できるだけ違う言葉を使いましょうとアドバイスまでしてくれた。
 つまり、リアムは俺たちの国の、坊ちゃんの意味も知っている。
 気にしてなかったが、ナーヴァルに対してほんの少し悲し気な目を向けていることがあったような。。。

「今の領主様も、冒険者の前当主様と兄を魔物に殺されてしまったから仕方ないんだが、それでも、我々は不屈の精神で立ち上がってきたメルクイーン男爵家の歴代の当主様たちを尊敬している」

 酒屋の親父は言った。
 街の者たちは明確に区別している。
 現当主であるはずのビル・メルクイーン男爵は、領主様。
 歴代のメルクイーン男爵は、当主様。
 呼び方が違う。
 この差をビル・メルクイーン男爵は気づいているだろうか。
 この街の人間は、領主ということは認めるが、彼が冒険者ではないのでメルクイーン男爵家当主であるとは認めていないのだ。

 だから、この街の住民は次代に期待している。
 しかも、リアム・メルクイーンは街の皆が望んでいた魔物販売許可証を取得しただけでない。砦の守護獣シロ様とクロ様に気に入られている。それは男爵家の悲願であると同時に、この街、いや領民の悲願だ。

 辺境伯と同じ誓約者が現れることを、ここの領民たちはどれだけ長く待ち望んでいたことか。

 それはビル・メルクイーン男爵の長男と次男は跡継ぎとして、領民から認められていないことを示す。
 そして、それは国王も認めない。メルクイーン男爵家当主が冒険者だから、この元辺境伯領を治めている。
 ビル・メルクイーン男爵は冒険者ではないが、特例で認められているに過ぎない。
 妻のリーメルが冒険者であるからこそ、認められているに過ぎない。

 この地には冒険者ではない跡継ぎは必要ない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...