解放の砦

さいはて旅行社

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2章 そして、地獄がはじまった

2-15 その真意は?

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 場所を洗濯場に移動して。
 この洗濯場は使用人が洗濯しやすいように、水がしっかりと引き込まれている。小さい水路が家の中を走っていると思ってくれればいい。さすが辺境伯の城だ。千人以上の人がいても不自由なく暮らせるように造られているのである。もちろん排水は魔の大平原へ垂れ流し。洗剤を使った水も環境への悪影響はまったくなし。もちろん、出入口から離れたところで放水しているけど。

「水よ出ろーと言って、水を大量に生み出せる魔導士もいるけど、普通はそこまでの魔力を持っている者はほとんどいない。なので、水が元々ないと、水に適性があるかないかすらわからない場合も多い」

 無から有を生み出すことは不可能に近い。空気中に含まれる水をどれだけ操れるかで、魔法での水が攻撃にも使えるかどうかが判断されるのだろうけど、少量でも水を操れるのなら操れた方が良い。
 魔法書を読むと同じ効果の魔法にも様々な呪文があったりするが、単なる流派の違いのようで、魔法を使う人間がイメージできれば何でもいいようだ。だから、水よ出ろーでも、長ったらしい呪文でも魔法が使えるなら何でも構わない。

 俺は洗濯場にあるテーブルに水を一滴たらす。
 八人はじっと見ている。

「だから、最初はまず水を用意する。さっきのホコリと同じようにはじめから大量の水は動かすことはできない。このテーブルは水平だから、水はどこにも流れていかないが、テーブルを少しでも傾けると」

 その一滴の水は下の方へと流れていく。床に雫が落ちる。

「コレが水の流れるイメージになる。テーブルは水平のままで動かさずに、その一滴の水に流れろと」

 再び一滴の水を置いた瞬間から、八人はその水滴にぐっと手をかざし始めた。
 だから、それだと誰の魔法なのかがわからないんだって。
 なーんか水滴がプルプルしている気がするんだが?八人もいると流れる方向のイメージが違うのかな?

「そうだな。俺の方に流れるイメージにしてみようか」

 と言った途端、すうっと流れてきた。水の方の適性の方が高い者がいるのか?

「おおっ」

「どうやらこの中に水の魔法に適性がある者がいそうだな。魔法は一日や二日で形になるものじゃない。焦らずに少しずつの水を動かしていくと、魔法も使いやすくなる。それで魔法に興味を持ったら、基本の魔法書から読んでみるのもいい。空いた時間はそういう勉強に使うことによって冒険者としての質が高まり、最終的に砦への貢献となる。魔法だけでなく、剣の腕を磨くとか、知らない知識をお互いに教え合い補うのも砦のための時間となる」

 そして、母上のためになる。
 冒険者が怪我をせず、死亡しなければ、より多くの冒険者が砦を守れる。魔物を狩りに行ける。
 強い冒険者が増えれば増えるほど、母上が楽できる。
 良いことづくめだ。

 八人の目がキラキラしている。
 自分たちでテーブルに水滴を落として、動かそうと試している。
 二人ほど水滴が簡単にスッと動いた者がいた。それをしたのが自分ではないのに、全員が歓声を上げている。
 全員が喜びあえるのは、今はまだ全員がスタート地点だからなのだろうか。

 俺は今のうちに魔法でぐるぐる洗濯機状態をやっていた。今日はシーツの量が量だから空中ではやらずに、広い作業場に水をためてぐるぐるー。いつのまにかクロがそのぐるぐる渦を見ていて目を回している。渦の中に落ちるというオチはするなよー。
 手作業でやると汗まみれで水浸し状態になる。この量の清掃と洗濯が午前中で終われば良い方だ。

 今日はワクワク魔法教室とともに魔法で作業したので、ここまでで所要時間一時間ほどである。魔法教室がなくとも洗濯物の量が量なのであまり時間短縮はされないけど。パッと綺麗になる魔法はあるようだが、俺には使えない。想像できることはできるのだが現実にイメージし辛いものは難しいようだ。

「先生っ、洗濯物を干すのは俺たちがやっておきます」

「夕方にあの三人が戻ってくるのかはわかりませんが、夕食の手伝いと洗濯物を片付けるのも俺たちがやっておきます」

 E級冒険者の二人が俺に言った。F級冒険者の六人もうんうん頷いている。
 先生?誰かが俺のことをそんな風に呼んだこともあった気がするなあ。

「俺は先生じゃないよー」

「では、魔法の師匠と」

 こういう会話、既視感がありまくりなんですけどー。

「じゃあ、次は皆が先生や師匠になれ」

「え?」

「お前たちがホコリと睨めっこしたり、水滴と遊んでいるように見えたら、誰かが何をしているか尋ねるだろう。それが魔法の練習の最初の一歩だということを広めてやれ」

「はいっ」

 おおう、八人全員そろった良いお返事だ。




 その後、洗濯場の隣の洗濯干し場で、水滴が動いた者の質問に答えていた。他の者たちは手を動かしながら、俺の言葉を聞いていた。
 ある程度自由に動かせるようになったら、次は?というものだ。
 当然の質問だ。水の量を増やす、操る動きを複雑にする、最後には先程俺がやっていたようにぐるぐる水流を作れるようになったら洗濯は楽になるということを伝える。
 魔物への攻撃に使えるようになると、素晴らしい魔導士になれるんだろうけどね。
 けれど、それは難しい。魔力量が少なくとも、努力によって多少の魔法は使えるようになるらしいが、庶民の多くはF級魔導士以下の小さな魔法しか使えない。それでも、生活が楽になるし、もしものときの一助になるかもしれない。
 F級魔導士の才能があったとしても全然魔法の練習をしなければ魔法を使えるようにはならない。クズ親父やクソ兄貴が全然使えないのは、魔法の練習を一切やらないからだ。魔導士の最底辺のランクだからとやる気なく努力しなければ、便利なものを自ら手放すことになる。


 二時間ほどで砦長室に戻ってみると。
 怖い顔の砦長ナーヴァルがいた。
 そんな怖い顔していたら、進む仕事も進まなくなるんじゃないか?

 E級冒険者の三人は、補佐が座る予定の机の一つを陣取って、マニュアルとともに書類と格闘していた。
 進んだ作業は数枚。
 うん、頑張ったよ、キミたちは。
 ナーヴァルのその眼光を目の前にして、逃げずに。良く逃げ出さなかったね。

「おおっ、坊ちゃん、戻って来てくれたかっ。もう少しで迎えに行くところだったぞ」

 ナーヴァルが扉を開けて立っている俺を見つけて喜びの笑顔。そーんな笑顔もできたんだな。俺についてきたクロが後退った。きっと、それぞれの目で見えているものが違うんだと思う。E級冒険者三人が震えている。。。

「洗濯物が干し終わったところだ」

「え?もう?」

「まだ昼にもなってないよな?」

 彼らは今日がシーツの洗濯があることを記憶していたらしい。作業が大変な日を狙って俺に押しつけようとしたのだろう。確信犯だったか。

「お前ら、俺たちが完璧にやってのけますっ、大丈夫ですっ、お任せくださいっ、とか言っていたよな?二時間ほど俺の時間を無駄にしたようだが」

 ナーヴァルが三人に詰め寄っていく。

「え、あの、その、砦長。書類の仕事とは思っておらず」

「言い訳は無用だ。お前たちが坊ちゃんの仕事の内容も聞かずに、完璧にやると宣言したんだからな。その責任はしっかりとってもらうぞ」

 はいはい。
 説教は砦長に任せよう。
 俺は作業を進める。時間は止まってくれないのだから。

 空いている補佐の机でサクサクとペンを走らせる。
 戸棚にある書類を魔法で取る。集中すると動くのが面倒だ。
 本当に魔法って便利ー。秘書とかいれば、あれこれ指示できるんだろうけどねー。

 そんな人を雇うお金があれば、母上を慰安旅行に連れていくよー。

「リアムー、お前も大概だなー。人が怒られている横で無心になって仕事を進めるなんてー」

「そうかー?慣れると別段なんでもないぞ」

 クロを見ずして返事する。目は書類を向いたままだ。
 前世はパワハラも蔓延するブラック企業の社畜。
 日常化すると、とにかく仕事を先に進めようという気しかなくなる。感覚が麻痺してくるんだろうな。

 今回は自分たちで蒔いた種。収穫物は自分たちが責任をもたなければならない。
 小一時間ほど経過した。

「ナーヴァルさん、はい」

「お、おお、終わったのか」

 ナーヴァルさんに書類の束を渡す。
 ん?まさか、今まで説教し続けていたのではないだろうな。E級冒険者三人が涙目になって立っている。

「あと、この三枚、間違いを訂正した後、再度お願いします。それとその書類はこの添付資料をつけた方が良いのではないかと」

「あー、三枚も間違いがあったか。特に注意深く作業したんだが」

「補佐を雇う前に完璧にして、補佐たちを引っ張っていってくださいねー」

「善処します」

 前世に良く聞いた言葉だな。

「ところで、この三人のペナルティは何に決まりました?」

「そういやこの仕事をやらせる前に言ってたな、そんなこと。俺の説教だけでもけっこう反省しているようだぞ」

「ナーヴァルさん、鉄は熱いうちに打たないと。自分の言った言葉はしっかり自分で責任を取らないといけません。ダンジョンで他の冒険者と助け合わずに、平気で見捨てるような冒険者になったら、法が裁かなくとも砦が裁かなきゃ」

 俺はにっこりと笑う。
 酷ければ冒険者ギルドが冒険者の資格を剥奪するとかはあるんだけど。
 砦の場合は、砦の使用許可剥奪である。砦が使えないということは大抵の者は違うダンジョンに移っていくが、もちろん魔の大平原に永遠にいるという選択肢もある。

「さて、ナーヴァルさん、彼らに最適な罰はどの辺でしょうね?もしこれが魔物討伐だったとしたら、自分の実力を考えずに仕事を受け、先人に教えも乞わずに無鉄砲に行動し、どんな怪我をしても、たとえ死んでも自己責任、という話になりますが、けれど、それに周りを巻き込んだらどうなるか、恨まれるどころの騒ぎじゃないですよねえ?」

 おやーん?クロがニヤニヤ笑っている。
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