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最終章 そして、迎える春

22-9 王子、オレオ

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 聖教国エルバノーンの復興を速やかに終えた王子は、その数年後に年上の儚い一面がある女性と結婚した。

 年上。
 儚い。

 敢えて何も言うまいが、もしかして王子の好みは元々そうだったのか、それとも、そうなってしまったのか謎である。
 儚いと言えども王妃になる女性なので、王子を支えてくれた。
 子供も一男一女であり、孫にも恵まれた。


 神聖国グルシアからついていったルタと同級生の女性の一人は、王子が結婚して物凄く悔しがった。
 一番幸せにできるのは自分だと信じて疑わなかったらしい。
 二人は王子の臣下だ。仲睦まじい二人を嫌でも見るハメになって、王妃を次第に認めざるえなかった。
 仮面夫婦としてこの二人は形ばかり結婚して、二人とも王子を献身的に支え続けた。

 シルエット聖国よりも聖教国エルバノーンの方がオレオ効果で人的にも恵まれたので、復興は早かった。そのため罠を仕掛けるのも容易かったと黒い笑顔で王子が俺に話してくれた。
 誰に似たんだか。

 俺のダンジョンの酒造りの街にいる前国王、イリア、アルスだが、人に戻りたいと言うこともなく角ウサギのままだった。先生とイリアの関係に、父親の前国王がぎゃいぎゃい騒いでいたが、今まで放置していた人間が何も言う権利はないと俺が言ったら、地に減り込んで落ち込んでアルスに慰められていた。
 角ウサギの姿だから可愛いが、これを元の姿でやっていたら俺の方がダンジョンから放り出している。
 先生と前国王は強制的に毎日緑苦草を食わせたが、長生きはしたもののさすがにこの二人は先に亡くなった。

 聖教国エルバノーンの王城ではしばしば角ウサギの姿を見受けられたが、前国王一家やオレオだけでなく、出身の角ウサギたちがかなり遊びに来た。やはり生まれた国は何かしらの感慨があるようだ。
 他の国から来た角ウサギたちは特に故郷に里帰りすることもないのだが。。。聖教国エルバノーンだけ特別か?




 王妃は王子より先に亡くなった。
 王子も国王の位を息子に譲り、その息子も孫に譲った。
 引退した後も、王子は聖教国エルバノーンを陰ながら支えた。

 時間は無情にも過ぎ去る。

 王子の場合、その場で見送るのは俺たちではない。
 家族であり、家臣たちであり、オレオである。
 そして、王子が亡くなるときは、イリアも、アルスも。

 酒造りの街には墓地もある。
 エルク教国の者たちで子を成したものは年を重ね亡くなる。
 アスア王国の王族は子を成す成さずに関わりなくその人の寿命で亡くなる。子供たちはエルク教国から来た者たちと仲良くなり、番になるものもいた。外に人の姿で出たいと言って来た者はいなかった。アスア王国の民が飢えから解放され、アスア共和国では物資が必要なくなった後も、必要である国や地域にエルク教国の謎の商人が出現するという噂が絶えることはなかった。


 王子が床に着く前に俺は会いに行った。
 オレオは複雑な思いを隠して、普段通りに行動している。オレオは幼い頃の王子にソックリな王子のひ孫に連れ去られていった。

「王子、」

「レン、久々だね。もっと頻繁に遊びに来てくれるのかと思っていたのに」

 俺もそう思っていた。
 王子とオレオに会いに足繁く通おうと。

 俺とは爺さんの方が良く会っていたぐらいだ。
 ルルリの母親は聖教国エルバノーンに帰ってきたら不気味な人形を量産し始めた。神聖国グルシアにいたときには相当我慢していたらしい。彼女の人形は魔除けとして人気を博した。今も熱心なコレクターがいるらしい。よくあんなもの購入する気になるな。。。

「王子の周囲にはいつも人が溢れていたからね」

「そうだね、昔には考えられなかったくらいに」

 王子は窓の外を見た。穏やかな庭が広がっている。今の王子は王城の離れに住んでいる。
 そして、俺に視線を戻した。
 緩やかに紅茶を飲んで。

「レンは変わらないね。まるであのときから時間が経っていないかのように錯覚する」

 王子も俺が会いに来た意味を悟ったのだろう。
 カップをつかんでいる自分の手を見て、それがただの錯覚だということを王子は受けとめる。
 聖教国エルバノーンへついて来てくれた神聖国グルシアのクラスメイトで家臣になった者も亡くなってしまった者が多い。

「王子とはじめて会ったときは小さかったな」

「うん、僕はあのときレンに人生を捧げて本当に良かった」

 王子が柔らかな笑顔を向ける。

「レンと会わなければ、僕の人生は八歳で終わっていた」

「アルスとして生きたのに?恨んでない?」

「恨んでなんかいるわけがない。僕が手に入れられたものはあまりにも多い。信頼していた者は僕が三つ子だってこともアルスではないことも知っていたから苦にもならなかった」

 公にすることはできなかったが、秘密を知る仲間たちがいたからこそ。

「レン、今まで本当にありがとう」

「王子も俺に人生を捧げてくれてありがとう」

 すべてはそこから始まった。
 王子の決断があったからこそだ。
 王子が手に入れたものと同様に、俺も手に入れたものは多い。
 あのとき、王子に出会っていなければ。
 もしその後、偶然にククーと会えたとしても、ここまで長く生きようとは思わなかっただろう。

 オレオの毛がグシャグシャになって戻ってきた。
 けれど、オレオも幸せそうだ。
 口には出さないが、オレオはこの国とともに暮らすことを決めているのだから。
 王子も安心だろう。

 その後は、世間話で笑い合った。
 いつもと変わらない風景が続く。

 別れ際、王子は俺に言った。

「レン、ククーや角ウサギたちとともに、末永くお幸せに」




 聖教国エルバノーンでは国を立ち直らせた賢王として、王子を大々的に国葬した。
 王子は国民すべてに見送られた。

 神の代理人もまた、国王を継いだ子に移った後、孫に移っている。
 そして、そう遠くない将来に、オレオを大好きな王子そっくりなひ孫が神の代理人を継ぐだろう。

 王子は自分自身を忘れないように、オレオに王子人形を贈っていた。
 子孫を大切にしてもらえるのは嬉しいが、自分のことを忘れないでほしいというささやかな願いを込めて。
 オレオは王城にある自分の部屋に飾っている。
 たまに花とともにベッドに横たわっている。
 オレオは王子の身代わりも忘れていない。
 王子のこともずっと忘れることはないだろう。

 オレオは聖教国エルバノーンの守護獣として、王城にずっといた。
 俺のダンジョンに帰ってくることはなかった。


 俺の収納鞄には五匹の角ウサギの小さい人形がくっついている。
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