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20章 緩やかに侵食する黒
20-10 首謀者 ※ククー視点
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◆ククー視点◆
アスア王国の国王は王城を走っていた。
いや、走っているというより、よろめきながら辛うじて早歩きをしていると、他人が見たら思うだろう。
しばらく隠し部屋生活をしていたせいで、しっかりしていた足腰にもガタがきていた。
王城には誰もいなかった。
宰相の指示通り避難したので、当たり前なのだが。
そして、国王が王城の隠し部屋にいることを知らなかったため、その指示は国王には届かなかった。
王城にある王のための隠し部屋、というか隠しスペースは意外と広い。
英雄に隠したつもりで、国王が歴代の英雄について奴隷たちに調べさせていた部屋も隠し部屋の一つである。奴隷たちはこの部屋で暮らしていた。それは隠れた場所だけで人が生活できる環境が整っていることを意味している。
日の光が入らないため、暗い。照明も多少はあるが、王城の表向きの部屋と比べると段違いに劣る。
黒い魔物たちが忍び寄ってきても、かなり近くまで来ないと視認できないくらいだった。
そう、静かに黒い魔物たちはこの隠し部屋に来ていた。
まるで狙いは最初から国王であったかのように。
護衛たちもこの隠し部屋にいた。
一番初めに通路の魔物に気づいたのは護衛たちだ。
護衛たちは国王を隠し部屋から逃がそうとするが、判断に迷った。
ここにいれば魔物に殺されるが、隠し部屋から表に出たら今の国王は暫定政府に捕まり処刑される。
どちらの道も殺される運命しかない。
けれど、数分後にはすでに奴隷たちも魔物に食い殺され、護衛たちも一人一人殺されていっていた。もはや魔物から国王を守る術はない。
「国王陛下っ、表にも魔物がいるかもしれませんが、ここにいても食い殺されるだけ。私がこの扉を死守しますので、表にお逃げください」
護衛の最後の一人が固く扉を閉めて、国王を魔物から逃がした。
国王は少し前まではいつも使っていた通路に出た。
誰かに助けを求めることは自分の死に直結する。だが、奴隷たちが、護衛たちが、一瞬にして血塗れの肉塊になっていく様を見せつけられたら、誰でもいいから助けてくれと言いたくなるだろう。それが束の間の安寧だろうとも。
だが、誰一人見つからない。
通常ならば誰かいてもおかしくない通路だ。
国王は足をとめる。
王城内は恐ろしいまでに静まり返っていた。
国王は妙な視線を感じ、ゆっくりと振り返る。
そこには黒い魔物がいた。先程隠し部屋に現れた魔物よりも数倍大きい魔物だった。
そこまで近寄られているとは気づかないほど、静かに、物音もなく。
国王が感じたのはただただ恐怖だった。
国王は逃げた。
足を縺れながら、よろめきながら、それでも、逃げた。
魔物が本気になれば、一瞬で殺されていただろう。あの奴隷や護衛のように。身体能力は殺された奴隷や護衛の方が完全に国王よりもはるかに上だ。
それなのに、逃げ続けられたのは奇跡、ではなく、魔物が国王をゆっくりと追い立てていただけだった。
誰かに助けを求めようにも、誰もいない。
アスア王国の人間が救いを求める先は、神ではない。
英雄だ。
けれど、縋る英雄はここにはいない。
国王が向かったのは、王城の敷地にある歴代の英雄の墓地だった。
入口の門を開け、一番近くの墓に縋りつく。それは『防壁』の英雄の墓だった。
唸り声も上げず、息遣いすら聞こえない。魔物とすら思えないほど知性的に獲物に近づいてくる。しかし、先程の黒い魔物だけでなく、多く魔物がジリジリと国王に迫る。
「門を開けて、我々を迎えてくれるとは有り難い。ここは強固な結界に守られている。それこそ、英雄の魂さえも逃さぬように」
魔物が声を発した。そのことに一瞬驚いたが、その内容にも国王が驚いた。
「な、なぜ、それを知っている」
「お前たちの悪事はとうに知っている。邪法によって、英雄はこの国に縛られ続けたのだ。英雄の魂もギフトも縛り付け、王都を守る礎に、犠牲にしてこの国は成り立っている。ある意味で最大の呪いだ」
「え、英雄はアスア王国の神のような存在だっ。頼って何が悪いっ」
国王は叫んだ。
どうせ食い殺されるなら。
「英雄は神ではない。人間だ。必ず死ぬ運命を持つ者たちだ。人間一人にできることなどたかが知れているというのに、お前は国の最高権力者なら、せめて支える努力はするべきだったとは思わないのか」
「私は英雄を支えてきたっ。どんなにっ」
「俺の大切な者たちを遠ざけたお前が何を言っている」
国王の耳に違う声が届いた。
自分を非難される言葉が紡がれたのに、その声の主に歓喜する。
「英雄ザット・ノーレン、私を助けに来てくれたのか」
国王は『防壁』の英雄の墓から離れて、英雄の元に近づいていこうとする。
「防壁の英雄の墓にいれば、まだ安全だったのに」
英雄の言葉の意味が、国王にはわからなかった。
だが、次の瞬間、振り返ってその意味を理解した。
ブワッと黒い魔物たちが姿を崩して辺りを侵食した。
歴代英雄の墓地は黒一色に染まる。
そして、黒い更地だけが残される。
国王でさえ、何かが、強大な力が失われたことに気づかざるえなかった。
「歴代の英雄たちよ、今度こそ安らかに眠ってくれ」
英雄が彼らに頭を下げた。
「な、なぜ」
「防壁は守る者がいれば働くが、国王は恨みの対象であっても守りたい対象ではなかった。だから、自分の墓から離れて守らなくてもいい対象になれば、すぐさま切り離す。それだけのことだ、国王」
英雄が冷静に説明する。
一体の大きい魔物だけが国王と英雄の近くに残っている。
「私が恨みの対象?英雄よ、何を言っている」
「自覚はないのか?歴代の国王は全部が全部とは言わないが、老いた英雄に死を与えてきた。恨みに思わない人間がいると思うのか?」
「英雄が英雄の働きをしないからだろ。しかも、英雄がいないときの国王は針の筵だっ。我々がお前たちがいないときにどんな辛い目に遭って来たのか、お前らにはわからないだろうっ」
「英雄がいないときこそ、この国の最高責任者の国王の真価が問われるだけなのに、それを英雄に責任転嫁するのもいかがなものか。アスア王国の歴代の国王どもが無能だったと主張したいのか?」
「不敬だぞっ。私はこの国の国王なんだっ」
国王が声を荒らげたのとは対照的に、英雄が静かに微笑む。
「お前はもうこの国の国王ではない。いや、少し違うな。最後の国王として、幕引きをしてもらわねば困るから、まだ国王か。まあ、俺はもうアスア王国の英雄ではないし、お前はすでに俺に命令する権限を持っていないということだ」
「何を言っている」
「我が王よ、私がこのまま一思いに食い殺してやりますか」
黒い獣が英雄のそばに寄る。
国王は悟る。
この黒い獣は英雄の味方であると。
「クロター、お前も突っ走るな。何でわざわざ俺がこんなところまで出て来なければいけなくなったのか、考えてみろー。お前はあの可愛い可愛い姿に戻ってくれ」
「ですが、我が王の復讐は果たされておりませんっ」
慌てたように巨大な魔物が英雄に訴える。
「そんなもの、俺たちがやらずとも、ここの国民が勝手にやってくれるさ。最高責任者として国王はこの国の終わりを告げてくれる」
「ですが、それでは我が王の気持ちは晴れないのでは」
「俺の大切な者たちを遠ざけてきたのは国王だ。だが、今の俺はアスア王国の英雄ではない。お前たちに囲まれていて幸せだ。だから、お前はいつものクロタに戻ろうなー」
英雄が黒い魔物に両手を広げる。
魔物の目が潤んで、黒い角ウサギに変わる。
「我が王ーっ」
英雄がクロタを抱きかかえる。
「まったく、お前が仕出かさなきゃ、この国はまったくの放置で良かったんだぞ。英雄がいなくなっても、宰相やこの国の上層部が何とかできる国にしてくれるだろうから」
「でも、でもっ、私はこんな形でしか我が王のお役に立てませんっ。私が魔物に化けると必ず黒くなるのは、悪感情の塊だから、近くにいると他のモノにも影響が出てしまい」
クロタはべそべそ泣いている。
「うんうん、知ってる。でも、俺はお前を迎えると言ったんだ。ああ、でも、勝手なことをやったから罰は受けてもらわなければ、皆に示しがつかないか」
英雄は国王を放置して、クロタにかまっていた。。。
アスア王国の国王は王城を走っていた。
いや、走っているというより、よろめきながら辛うじて早歩きをしていると、他人が見たら思うだろう。
しばらく隠し部屋生活をしていたせいで、しっかりしていた足腰にもガタがきていた。
王城には誰もいなかった。
宰相の指示通り避難したので、当たり前なのだが。
そして、国王が王城の隠し部屋にいることを知らなかったため、その指示は国王には届かなかった。
王城にある王のための隠し部屋、というか隠しスペースは意外と広い。
英雄に隠したつもりで、国王が歴代の英雄について奴隷たちに調べさせていた部屋も隠し部屋の一つである。奴隷たちはこの部屋で暮らしていた。それは隠れた場所だけで人が生活できる環境が整っていることを意味している。
日の光が入らないため、暗い。照明も多少はあるが、王城の表向きの部屋と比べると段違いに劣る。
黒い魔物たちが忍び寄ってきても、かなり近くまで来ないと視認できないくらいだった。
そう、静かに黒い魔物たちはこの隠し部屋に来ていた。
まるで狙いは最初から国王であったかのように。
護衛たちもこの隠し部屋にいた。
一番初めに通路の魔物に気づいたのは護衛たちだ。
護衛たちは国王を隠し部屋から逃がそうとするが、判断に迷った。
ここにいれば魔物に殺されるが、隠し部屋から表に出たら今の国王は暫定政府に捕まり処刑される。
どちらの道も殺される運命しかない。
けれど、数分後にはすでに奴隷たちも魔物に食い殺され、護衛たちも一人一人殺されていっていた。もはや魔物から国王を守る術はない。
「国王陛下っ、表にも魔物がいるかもしれませんが、ここにいても食い殺されるだけ。私がこの扉を死守しますので、表にお逃げください」
護衛の最後の一人が固く扉を閉めて、国王を魔物から逃がした。
国王は少し前まではいつも使っていた通路に出た。
誰かに助けを求めることは自分の死に直結する。だが、奴隷たちが、護衛たちが、一瞬にして血塗れの肉塊になっていく様を見せつけられたら、誰でもいいから助けてくれと言いたくなるだろう。それが束の間の安寧だろうとも。
だが、誰一人見つからない。
通常ならば誰かいてもおかしくない通路だ。
国王は足をとめる。
王城内は恐ろしいまでに静まり返っていた。
国王は妙な視線を感じ、ゆっくりと振り返る。
そこには黒い魔物がいた。先程隠し部屋に現れた魔物よりも数倍大きい魔物だった。
そこまで近寄られているとは気づかないほど、静かに、物音もなく。
国王が感じたのはただただ恐怖だった。
国王は逃げた。
足を縺れながら、よろめきながら、それでも、逃げた。
魔物が本気になれば、一瞬で殺されていただろう。あの奴隷や護衛のように。身体能力は殺された奴隷や護衛の方が完全に国王よりもはるかに上だ。
それなのに、逃げ続けられたのは奇跡、ではなく、魔物が国王をゆっくりと追い立てていただけだった。
誰かに助けを求めようにも、誰もいない。
アスア王国の人間が救いを求める先は、神ではない。
英雄だ。
けれど、縋る英雄はここにはいない。
国王が向かったのは、王城の敷地にある歴代の英雄の墓地だった。
入口の門を開け、一番近くの墓に縋りつく。それは『防壁』の英雄の墓だった。
唸り声も上げず、息遣いすら聞こえない。魔物とすら思えないほど知性的に獲物に近づいてくる。しかし、先程の黒い魔物だけでなく、多く魔物がジリジリと国王に迫る。
「門を開けて、我々を迎えてくれるとは有り難い。ここは強固な結界に守られている。それこそ、英雄の魂さえも逃さぬように」
魔物が声を発した。そのことに一瞬驚いたが、その内容にも国王が驚いた。
「な、なぜ、それを知っている」
「お前たちの悪事はとうに知っている。邪法によって、英雄はこの国に縛られ続けたのだ。英雄の魂もギフトも縛り付け、王都を守る礎に、犠牲にしてこの国は成り立っている。ある意味で最大の呪いだ」
「え、英雄はアスア王国の神のような存在だっ。頼って何が悪いっ」
国王は叫んだ。
どうせ食い殺されるなら。
「英雄は神ではない。人間だ。必ず死ぬ運命を持つ者たちだ。人間一人にできることなどたかが知れているというのに、お前は国の最高権力者なら、せめて支える努力はするべきだったとは思わないのか」
「私は英雄を支えてきたっ。どんなにっ」
「俺の大切な者たちを遠ざけたお前が何を言っている」
国王の耳に違う声が届いた。
自分を非難される言葉が紡がれたのに、その声の主に歓喜する。
「英雄ザット・ノーレン、私を助けに来てくれたのか」
国王は『防壁』の英雄の墓から離れて、英雄の元に近づいていこうとする。
「防壁の英雄の墓にいれば、まだ安全だったのに」
英雄の言葉の意味が、国王にはわからなかった。
だが、次の瞬間、振り返ってその意味を理解した。
ブワッと黒い魔物たちが姿を崩して辺りを侵食した。
歴代英雄の墓地は黒一色に染まる。
そして、黒い更地だけが残される。
国王でさえ、何かが、強大な力が失われたことに気づかざるえなかった。
「歴代の英雄たちよ、今度こそ安らかに眠ってくれ」
英雄が彼らに頭を下げた。
「な、なぜ」
「防壁は守る者がいれば働くが、国王は恨みの対象であっても守りたい対象ではなかった。だから、自分の墓から離れて守らなくてもいい対象になれば、すぐさま切り離す。それだけのことだ、国王」
英雄が冷静に説明する。
一体の大きい魔物だけが国王と英雄の近くに残っている。
「私が恨みの対象?英雄よ、何を言っている」
「自覚はないのか?歴代の国王は全部が全部とは言わないが、老いた英雄に死を与えてきた。恨みに思わない人間がいると思うのか?」
「英雄が英雄の働きをしないからだろ。しかも、英雄がいないときの国王は針の筵だっ。我々がお前たちがいないときにどんな辛い目に遭って来たのか、お前らにはわからないだろうっ」
「英雄がいないときこそ、この国の最高責任者の国王の真価が問われるだけなのに、それを英雄に責任転嫁するのもいかがなものか。アスア王国の歴代の国王どもが無能だったと主張したいのか?」
「不敬だぞっ。私はこの国の国王なんだっ」
国王が声を荒らげたのとは対照的に、英雄が静かに微笑む。
「お前はもうこの国の国王ではない。いや、少し違うな。最後の国王として、幕引きをしてもらわねば困るから、まだ国王か。まあ、俺はもうアスア王国の英雄ではないし、お前はすでに俺に命令する権限を持っていないということだ」
「何を言っている」
「我が王よ、私がこのまま一思いに食い殺してやりますか」
黒い獣が英雄のそばに寄る。
国王は悟る。
この黒い獣は英雄の味方であると。
「クロター、お前も突っ走るな。何でわざわざ俺がこんなところまで出て来なければいけなくなったのか、考えてみろー。お前はあの可愛い可愛い姿に戻ってくれ」
「ですが、我が王の復讐は果たされておりませんっ」
慌てたように巨大な魔物が英雄に訴える。
「そんなもの、俺たちがやらずとも、ここの国民が勝手にやってくれるさ。最高責任者として国王はこの国の終わりを告げてくれる」
「ですが、それでは我が王の気持ちは晴れないのでは」
「俺の大切な者たちを遠ざけてきたのは国王だ。だが、今の俺はアスア王国の英雄ではない。お前たちに囲まれていて幸せだ。だから、お前はいつものクロタに戻ろうなー」
英雄が黒い魔物に両手を広げる。
魔物の目が潤んで、黒い角ウサギに変わる。
「我が王ーっ」
英雄がクロタを抱きかかえる。
「まったく、お前が仕出かさなきゃ、この国はまったくの放置で良かったんだぞ。英雄がいなくなっても、宰相やこの国の上層部が何とかできる国にしてくれるだろうから」
「でも、でもっ、私はこんな形でしか我が王のお役に立てませんっ。私が魔物に化けると必ず黒くなるのは、悪感情の塊だから、近くにいると他のモノにも影響が出てしまい」
クロタはべそべそ泣いている。
「うんうん、知ってる。でも、俺はお前を迎えると言ったんだ。ああ、でも、勝手なことをやったから罰は受けてもらわなければ、皆に示しがつかないか」
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