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20章 緩やかに侵食する黒

20-9 後始末 ※ククー視点

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◆ククー視点◆

 ここは神聖国グルシアの聖都にある大教会の大神官長の執務室。

「大神官長、」

「何だー?また、レンがとんでもないことやったのかー?」

 大神官長の机の上にはレンからの贈り物、角ウサギ印のクッキーの詰め合わせが置かれ、あっさりとしたレモン風味のシャーベットが綺麗なガラスの器に盛りつけられている。ちなみにこの美肌草のシャーベットは成分が限りなく少なめの方である。味は同じであるが。
 大神官長は書類を片手に、それらを味見している。

「アスア王国の王都の外壁が魔物によって破られました。南門の近くです」

「げ、とうとうか。」

 と言って、大神官長は俺を見る。

「何か?」

「いや、アスア王国の宰相殿から手紙でも来ないのかと。助けてーとか」

「ああ、宰相が手紙を送ったのは英雄だけのようです。本拠地を王城から建国記念講堂に移して、指示を出しているようですが、」

「は?何で王城を捨てるんだ?あそこは一番王城が堅牢だろうがよ」

「王都の結界の要が王城ですが、宰相は魔物の目的はそこだと判断して、肉壁で王城を守ろうとはせずに王城を放棄しました」

 俺の言葉に、大神官長は一瞬黙る。

「お、おう、英断だな。その判断をできる上の人間はそうそういないだろうなー。凡人ならばいくら犠牲を払ってでもそこを守ろうとする。うちの大教会みたいに」

 宰相は恐ろしいほどの現状把握力とも言える。人を使って王城を守らせても守り切れないと判断したのだろう。
 ただ、黒い魔物が壁に体当たりをして壁が黒くなっただけで、その判断ができるのも不思議だ。

 アスア王国の王都の外壁、その南門の周辺に突如おびただしいほどの黒い魔物が現れた。
 それらは統率がとれているかのように、外壁の黒いシミに飛び込んでいく。
 徐々にその黒いシミは壁の向こう側へと到達していった。

「で、アスア王国の王都の結界の要は王城なのか」

「ええ、王城ですね」

「もしかしてククーくん、ギフトで知っていたのに報告しなかった?」

「まさか大神官長とあろう御方が知らないとは思いもしませんでしたー。うちの大教会のように、大切なものは重要な場所にしまうでしょう」

「推測と、事実は違うぞー。決定打があるのとないのとではとれる行動も違ってくるんだぞー」

「さて、コントのようなやり取りは置いておき、我が国は静観ですか?」

「コントって。。。まあ、助けを求められない限りは静観だろう。宰相殿は英雄に助けを求めたようだし?」

 大神官長はシャーベットを一口で頬張って、クッキーをボリボリと食べた。
 助けを求められないのも寂しいのか?

「手紙を書いても、手紙自体は英雄には届かないんですけどねー」

 意志はレンに届くけど。
 ミニミニダンジョンで送った手紙の内容はすべてレンに筒抜けになると知って、大神官長はそれ以上何も言わなかった。本当なら神聖国グルシアにある全教会に便利な魔道具として設置したかったらしいが。

「英雄が動くにしろ、動かないにしろ、どちらにしても我々にはどうしようもない」

「大神官長は山のような書類を片付けてしまいましょう」

 俺は大神官長に仕事をするように促す。
 アスア王国の宰相は知らない。
 あの王城には隠し部屋があり、国王や護衛、奴隷等がまだ逃げていないことを。
 国王がたった一人で隠し部屋で生きていけるわけがない。世話する人間が絶対に必要だ。

 俺がそのことをギフトで知っていても、アスア王国に教えることはない。
 レンがため息を吐きながら、立ち上がったから。




≪主ー、行くのー?≫

 レンにのたくった光の文字で確認したのは角ウサギのタレタである。
 汚い文字を書いたのはわざとである。
 その文字に嫌そうな顔をしたのはレンだ。

「仕方ないだろう。後始末しないと」

≪へー、いってらっしゃい≫

 タレタは白いハンカチを振った。
 これもどこから出したんだ?角ウサギがどこからともなく取り出すブツは、しまっている場所が俺のギフトでも見えない。
 レンがいるのは聖都にある屋敷の台所。
 他には料理長や五十九号とあと二匹の角ウサギがいる。

「タレタ、一緒に行くよな」

 笑顔でレンが言う。コレはもう決定事項だ。
 タレタが驚いて、首をふるふると横に振る。

 ガシリっ。

 逃げようとしたタレタがレンに捕まった。

「たまには一緒に行こう。従魔にかまってもらえないのは寂しかったんだ」

≪今の主には大量の臣下がいるじゃないー。彼らにかまってもらえばいいじゃないー≫

 慌てて訴えても遅いぞ、タレタ。
 面倒なことが大嫌いのレンは、同じく面倒ごとが大嫌いなタレタを道連れにしたのだ。
 タレタはそのまま小脇に抱えられたまま連れ去られていった。

 台所に残った料理長。そのまま何事もなかったように料理を作りながら、五十九号に聞く。

「レンはダンジョンにでも行ったのか?夕食までには帰ってくるんだろうな」

≪たぶん。解決するのはそこまでの時間はかからないと思いますよ≫

≪はっ、一足遅かった≫

 台所に勢いよく入ってきたのは十六号。角ウサギ印のツアー旗を持っている。
 身を翻して、追いかけようとした十六号を五十九号がとめる。

≪我々が行ったところでやっかまれるだけですよ。今日は大人しく我が王の帰りを待ちましょう≫

≪くすん、旅のお供にしてもらおうと思ったのに≫

「ま、お前ら、コレでも食べて元気出せ」

 置いていかれたのは十六号だけではなく、ここにいた角ウサギ三匹もまたレンに置いていかれた。料理長は彼らのほんの些細な表情の変化からソレがわかったので、冷たいゼリーを冷蔵庫から取り出した。

≪ゴチになります≫

 彼らは食べ物があると途端に機嫌が良くなることを料理長は知っている。
 そして、美味しいものを味わって食べることも知っている。
 料理長は彼らに紅茶もいれてやった。




「タレタと一緒に行動するのは久々だなー」

≪ううっ、主のカバ。。。英雄の後始末なら自分一人ですればいいのに≫

「ソレはソレで寂しいじゃないかー」

 レンはタレタと一緒にいるので上機嫌である。
 タレタは普通に聖都の屋敷にいるので、王子の護衛に行ってしまう他の三匹よりも会う頻度は多いはずなのだが。オレオは聖都の最深部で王子の身代わりと一緒にいるので、たまーに俺が様子を見に行っている。俺には警戒していないので、身代わりの周囲の花を配置している姿を見ることができる。ダンジョンの花を持ってくるんじゃないぞと注意をすることがある。確かに綺麗だけれども。ふさわしいかもしれないけど。
 話が逸れた。
 レンは従魔たちがかまってくれない。

「それに、俺は英雄の後始末で動くわけではない」

≪ん?仕方ないわー。渋々、渋々つきあいますわー≫

 大事だから渋々を二回言った。
 レンはタレタを小さいサイズにして肩にのせる。

「はいはい、感謝してますよー、タレター」

 軽口をたたきながらレンとタレタが向かうのはアスア王国の王都にある王城。
 宰相が持っているミニミニダンジョンで、あの一帯をダンジョン化する。
 一瞬にして、アスア王国の王城に立つ英雄ザット・ノーレン。
 短い黒髪が似合い、白銀の鎧を身につけたイケメンだ。
 収納鞄からいつのまにか出していた英雄のギフトの剣も携えている。

 英雄はまるで目的地がわかっているかのように足を進める。

 城の中には入らない。
 彼が向かうのは英雄の墓地。
 歴代の英雄が眠る、英雄だけがそこに埋められる権利を持つ場所。

 そこには大量の黒い魔物が集まっていた。
 すでに王都の結界は解かれていた。
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