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20章 緩やかに侵食する黒

20-2 増加の一途

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 神聖国グルシアでは穏やかな日々が続く。
 穏やかな日々が送れる場所というのは今や数えるくらいになってしまった。
 最凶級ダンジョンの数がこの大陸に増えていく一方だからだ。
 国外の情勢を知る者には、まるで神聖国グルシアだけが別世界のように映る。
 強力な結界に守られて、平穏な国が他にあるだろうか。
 軍事国家ですら、被害は大きい。最凶級ダンジョンを軍事力で閉鎖することはできるが、国民が避難も何もせずに平和に暮らせるかというと、そうではない。最凶級ダンジョンが発生すれば、住民は魔物から逃げなければならない。そして、軍隊によって閉鎖し、その地に戻っても荒れ果て人が住める場所ではなくなっている。それを元通りにするには根気も金もなければならない。大抵はよその土地に移動していく。

 冒険者ギルド本部の仕事は膨大だ。
 だが、自分たちの身の安全が確保されているからこそ、大量の仕事をさばけるというのも事実。もしギバ共和国で自分の身を守りながら業務を遂行していたのなら、まずは自分の身の安全を優先させてしまうだろう。
 冒険者ギルドが崩壊しないのは、本部が安全な場所にあるからだ。
 だからこそ、まだ対応ができる。


 ここは神聖国グルシアの聖都にある屋敷の応接室。
 呼んでもいないが、冒険者ギルドのギルド長が来ている。シアリーの街から連れ去ってきたビスタも強制参加である。けれど、なぜかギルド長の隣には座らないんだよな。ビスタは俺の隣に座っている。ちなみにククーは俺の斜め後ろで立っている。変な来客があったときのククーのポジションである。

「レン、頼む。どうにかしてくれ」

「どうにかしてくれ、とは。初級冒険者に対してすべてを投げるような発言はギルド長としていかがなものか」

「俺はお前が初級冒険者とは思っていない。冒険者の死亡者数も鰻上りだ。今まで何とかやりくりしてどうにかこうにか辛うじて堪えてきたが、この神聖国グルシア以外は火の車だ。国が崩壊するところも出てきている。すでにお前にしか頼める先がない」

 ギルド長も憔悴している。
 それは表情を見れば明らかなのだが。

「なあ、ギルド長。各国がすべての呪いをやめれば、ある程度この事態は収束に向かう。現状維持どころか、増加の一途を辿っているのはどういうことだ?」

「、、、そんなの決まっているだろう。自分の国だけが助かれば、他の国などどうでもいい。利己的な考えが優先されている」

「それで神聖国グルシアを呪って、結界によって呪い返しされているわけか。呪い返しは基本倍増で返される。アホなのか?」

「この国に強力な結界がはられているのはわかっているはずなんだ。だが、一切の被害を受けていない土地があるのなら奪いたいと思うのも人間の業だ」

 冒険者ギルドも神聖国グルシアも呪いによってこの世界は歪められ、最凶級ダンジョンが大量発生していると公式発表している。にもかかわらず、呪いは減らない、どころか増加している。神聖国グルシアの強力結界が呪い返しをしてしまうと呪いが倍増して返されてしまうので、悪循環である。

「呪いをやめないのなら、自業自得だな」

 そんな強力な呪いは国や大きい組織が関与していなければできない。けれど、簡単お手軽呪いキットが通信販売で売られているのではないかと思えるぐらいに大量発生している。

「だが、それで割を食うのは一般人だ。ギバ共和国等の一部の国を除いて、国の上層部を国民が選挙で選べる国はない。犠牲になるのはいつも貧しい人々だ」

「それを言ったら俺が動くと思ってるのか、ギルド長」

 ちょっとイラっとした。
 俺が孤児だったのは、少し調べたら普通に知り得る事実だ。
 アスア王国の孤児院に多額の寄付をしていたのも、アスア王国の国民を救うために日夜行動していたことも。だが、人の命に貧富の差で優先順位をつけたりしない。英雄時代は危険があるならば、貧しい者でも富める者でも等しく救っていた。

「ビスタ、お前からも何か言ってくれ」

「ギルド長、俺がこの配置に座っている意味がわからない貴方ではないでしょう?」

「そりゃ、お前は昔からこの大陸の異変は呪いのせいだと言い続けていたが、どうにもこうにも大量の国が絡んでいる。冒険者ギルドでできることなど本当に少ない」

「そんなわけないでしょう。今の冒険者はその国を守るために動いているのに、その国が呪いの生産をして最凶級ダンジョンを発生させている。冒険者たちを殺していると言っても過言ではないのに、冒険者ギルドは冒険者を守ろうとしないのか」

「そうは言ってもな」

 ビスタの正論にギルド長も唸る。

「結論は簡単なことじゃないのか。最凶級ダンジョンを閉鎖できるほどの軍事力を持っている国は少ない。多くの国は冒険者に頼っている。ならば、呪いを生産し続けようとする国から冒険者を撤退させればいいだけだ」

 俺の言葉にギルド長はグッと黙る。
 かなりの沈黙が流れた。

「見殺しにしろと言うのか?お前が、英雄のお前がそれを言うのか?」

 俺は目を細める。

「それを言うなら、英雄時代、冒険者ギルドは俺に何かしてくれたことがあったのか?本来、冒険者の仲間というのは信頼関係において自分たちで決めるものだ。自分の背中を、命を預ける仲間だからな。アスア王国の国王が冒険者ギルドに対して発言できることは契約の範囲内までだ。俺の指名依頼主はアスア王国の国王のみ、約束事はただそれだけだったはずだ。だが、俺の仲間はあの国王の一存で決まった。お前たちはとめることができたはずなのに」

「それは、、、」

「英雄だから、か?一人で何もかも解決すると?」

 このギルド長は本当に何もわかっていない。

 冒険者ギルドは俺のたった一人の指名依頼主であるアスア王国の国王にヘソを曲げられることを恐れていた。
 俺がどうなろうと冒険者を続けてくれるならば、何もかもがどうでもいい話だったのだ。

「お前たちの方が俺を先に見殺しにしようとしていたのに、虫のいい話だな」

 俺がギバ共和国にある冒険者ギルド本部の移転を手伝ったのは、冒険者ギルドのためではない。
 ビスタのためであることを、まだ理解していないのだ。

「レン、それでもお前は聖教国エルバノーンに英雄姿で行っていたじゃないか」

 ギルド長が足掻いた。

「聖教国エルバノーンには人形遣いの爺さんがいた。アスア王国の英雄時代に俺を助けてくれた人物だ。聖教国エルバノーンにいた間に恩を少しでも返していて何が悪い?」

 爺さんが神聖国グルシアに移動してきたので、聖教国エルバノーンの最凶級ダンジョンは増加している。すでに俺が支配するダンジョンはあの地にない。
 多少、各国で角ウサギを回収しているが、事故みたいなものだ。最凶級ダンジョンを支配してしまえば情が湧く。角ウサギになるなら、うちに来ないか?と誘ってしまうのは仕方がない。仕方がないことなんだぞー。

 冒険者や軍隊が必死になって最凶級ダンジョンを閉鎖しようとしているのだから。
 呪いがあるので、後から後から最凶級ダンジョンを生み出しているのだけど。
 呪いをやめてしまえばいいのに。
 なぜこんなにも呪いを心の拠り所にしている国が多いのか。もはや正常な判断ができない国の上層部が多いのか。自国を守る術は他国を呪う呪いでなくても良いだろうに。

「呪いをやめさせろ。さもなければ、最凶級ダンジョンは増え続けるだけだ」

「レン、」

「それにお前たちはもう少し言葉の意味を考えろ。俺が守るのは神聖国グルシアだけだと言っただろう。だから、お前たちもこの地に本部を移したのだろう?」

「それはそうだが」

「お前もあのアスア王国のように、英雄だからとたった一人の人間に頼ろうとするのか?俺は昔も今も人間で、一人の力で行えることは限られている。理想だけを語るな。現実を見ろ」

 会話が終了した。




 ギルド長はトボトボと歩いて、馬車に乗り込んで帰っていった。

「一人の力ねえ、、、」

 ビスタが呆れながら言った。二階の応接室の窓から見送っている。
 角ウサギ十六号が角ウサギ印の旗を持って、ビスタを迎えに来た。
 ビスタが十六号を見た。

「ダンジョンにいる数多くのお前の臣下を動かせば、どうとでもなりそうな気がするのは俺だけか」

≪我が王は世界征服を目指してないので、我々を動かしませんよー≫

「なぜ世界征服になる?世界救済という文字はお前たちの辞書にないのか?」

≪我々は救済はしませんよー。そもそも、ダンジョンコアに人類の救済を求めるのが間違っている気がしません?≫

「あーーー、確かにそうなんだが」

 ビスタが納得している。
 冒険者のなかで、ダンジョンが世界を救済するという思想を持っている奴がいたらヤバい奴だろう。
 救済するはずのダンジョンを破壊していく冒険者たちが言えることではない。

 ダンジョンが世界を救った前例はない。『魔王』に支配されたダンジョンが国を救った例はいくつもあるが、『勇者』やその仲間たちにすべて討伐されている。その国の上層部や王族だった者たちの言うことを鵜呑みにした『勇者』に。
 しかも、『魔王』は人間である。俺のようにダンジョンコアではない。まだ、対話が可能な人間側の『魔王』を討伐するぐらいだ。 

 俺は人間であるが、同時にダンジョンコアである。他のすべてのダンジョンコアを救おうとも思っていないが、自分が支配したダンジョンコアぐらいは救いたいと思っている。

 それに。
 全人類を救いたいと思うほど、人は俺に何かをしてくれたのだろうか。
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