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19章 儚く散っていく

19-8 生贄 ※ククー視点

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◆ククー視点◆

 皆さんはグーザル・レノワという大神官を覚えているだろうか。
 聖都の魔道具展示会で会った小物扱いの大神官である。小物扱いといえ大神官は大神官なのだが。
 この大神官はイーグ一派なので、性欲が強い。
 そして、お気に入りは王子の弟であるイリアである。

 んで、お気に入りがイリアであるということは、その兄である生贄の王子にも興味が向いてしまうということである。。。大神官なので生贄の儀式に加わる。神官たちが透明な棺から王子の身代わりを花に囲まれる最深部に横たえる。その姿を心の中で舌なめずりしながら見ていたわけだ。

 生贄はただ眠っているだけのように見える。
 大神官だから生贄の意味も価値も、触れてはならないということもわかっているはずなのだが、性欲が勝ってしまったようだ。
 王子の身代わりは結界の維持もそうだが、人の邪気を吸い込んで浄化もしている。
 その中に挿れたら、途端にその部分が壊死するだろうに。

 いやー、わかっているはずなんだけどね。
 年齢のせいかな?性欲のせいかな?
 代償は安いものではない。

 大神官なので、適当な理由をつけて簡単に生贄が眠る最深部に入れてしまう。
 生贄は話すこともできないし、自分の身に起こったことなど知りもしないとグーザルはタカをくくっている。
 花を掻き分け、グーザルは王子の身代わりの前に立つ。

「本当にイリアにソックリだ。だが、初物だ。イリアも男慣れしているところがあるからな。ソレはソレで良いのだが」

 自分のベルトを外す。

「反応がないところがちと寂しいが、快楽をカラダに刻んでやろう。八年も一人では辛いだろう」

 己の下半身を剥き出しにしたところで、王子の身代わりの服に手を伸ばした。




 大神官には必ず護衛がいる。もちろん、こんなグーザルにも。
 生贄が眠る最深部に行くのだから、神官による護衛である。
 このときも二人ほどついていた。
 グーザルが何をしようとしているのか気づいてはいたが、相手は大神官。何も言えるものではない。
 薄暗い最深部。ほんの少しの明かりしか灯っていない。
 が、二人は見た。
 黒い闇がグーザルを飲み込むのを。

 慌てて二人は剣をかまえてグーザルがいた位置に行く。
 生贄は変わらず横たわっている。
 が、そこにはグーザルがいたという証拠の片方の靴だけが残されていた。
 それを一人が回収し、一人は周囲を警戒しながらその場を離れていく。

 グーザルがナニをしようとしていたのかを伏せて、護衛二人は教会に報告をした。
 グーザルが最深部の生贄の前で行方不明になったと。
 大神官長が頭を抱えたのは言うまでもない。
 彼はあんなのでもイーグ一派だったのだから。

「生贄に何をしようとしていたのか聞くまでもないな」

「大神官長、きちんと教育しておいてくださいよ。歩く性欲魔人を放置していたら被害が大神官長まで及びますよ」

「もう及んだじゃないか、ククー」

 そう、次に大神官に近いのはせっせと票集めをしているノエル家のクレッセである。イーグ家に近しいとは言ってもイーグ一派ではない。しかも、クレッセはヴィンセントの件もあるから今、絶賛売り出し中で人気がある。一席を失うのが、イーグ一派にとってはちょうど悪い時期になってしまった。

「死んだのか?」

 アレでも死んだら悲しいのだろうか?それとも、ただの確認だろうか?

「いえ、角ウサギのオレオがレンのダンジョンに転送してしまいました。性欲はそのままに姿は可愛い角ウサギになっています」

「、、、それってこの教会には戻れないということだろう」

「無理でしょうねえ。グーザルの出入口はオレオ限定みたいですから、たぶん切り落とすなら戻してもらえるとは思いますよ」

「ああ、無理だな。それなら本人は角ウサギのままでいいと言うだろう。こんなことになるのなら、緑苦草を年中咥えさせておくんだった」

 大神官長の本音が垣間見えるな。

「あー、仕方ない。未来の大神官長殿をタラシ込みに行かないといけないか」

「まあ、レンがいますから、俺が退官するまでは未来の大神官長殿はイーグ一派の味方ですよ」

「つまり、確実なのは私が引退するまでか。。。早速タラシ込みに行ってこよう」

 イーグ一派の大神官は他にもいるが、一席がなくなるということは発言力もそれなりに弱まる。本来ならイーグ一派の神官が育った時点で交替するのが一番最良だった。
 大神官にする者は選ばなければいけない。家だけで選ぶと後で後悔するという良い例だ。




 グーザルの護衛の一人は、イリアに先生は生贄に会いに行って消えてしまったと伝えた。詳細はわかり次第、伝えられる範囲で教えると。
 この護衛はグーザルがイリアをお気に入りだったのも知っているし、イリアもグーザルのことを先生と慕っていたのも見ていた。イリアは庇護する者であるグーザルがいなくなったため、人形であるイリアはすぐに奥の診療所に移さなければならない。けれど、グーザルが心変わりをしてこの部屋から追い出したとはイリアに思ってほしくなかった。だから、説明した。

「生贄ってキイが?キイが先生を奪ったの?」

 その問いに護衛は答えようがない。
 今の時点では消えたということだけしかわからないからだ。
 生贄の制度を説明されてしまっていたイリアにとっては、今回の生贄は自分の三つ子の兄であるキイであると疑わなかった。キイが生贄になって自分より不幸になったからこそ、イリアの精神は保たれていたのだから。
 けれど、キイがグーザルを奪ったのなら、キイの不幸を嗤ったイリアへの仕返しのようにしか思えない。

「落ち着け。まだ何もわかっちゃいないんだ。ただ先生が見つかるまではお前を奥の診療所に連れて行かなければならない」

 イリアの立場は大神官グーザルがいてこその優遇である。グーザルがいなくなれば、普通の人形たちと同じ待遇になる。
 イリアにはグーザルからの様々な贈り物がある。が、人形は財産を持てない。それらはグーザルが見つかるまでは一時保管である。
 もしグーザルが死亡したことがわかっていたとしたら、即座に処分される。行方不明ということで戻ってくる可能性がないとも言えず一時保管なのである。だからといって、大神官の席が長期間空席であるのは神聖国グルシアにとっても望ましくない。数週間から一か月程度で見つからなければ大神官からは外される。

 イリアは奥の診療所に移された。
 小さい部屋で様々な神官に抱かれた。
 夜が長いのは変わらないが、一人に抱かれている方が心が満たされることをイリアはようやく知った。
 朝、イリアは眠れず、裸足でひたひたと廊下を歩く。
 イリアはグーザルに囲われていたとき人形用の食事をとっていなかった。それは人形用の強い薬を飲んでいないことになる。そして、イリアは奥の診療所に来た夜も食事が喉を通らなかった。
 だから、イリアは人形の印がついていても、ある程度正常な思考を保っていた。反対に思考を失って、性欲に忠実なだけな人形になっていれば、アルスを羨ましく思い、キイの不幸を嗤うこともなかっただろう。

 以前、カイマが最深部に行ってしまったように、人形が最深部に行くことは割と容易い。人形は強力な薬で奥の診療所から動けないという思い込みが存在しているからだ。特に小さいイリアは物陰に隠れると、神官たちをやり過ごせた。

 イリアは花に囲まれた生贄を見つけた。
 薄暗いなかに横たわっていて、近づかないと顔が見えない。
 花を掻き分けてイリアは生贄の前に立った。

「キイじゃない?」

 それは三つ子だからわかること。同じ環境で育った者だからこそ見分けがついた。

「何で、じゃあ」

 キイではないとすると、コレは誰なんだ?不幸になったのは自分だけなのか?キイとアルスは幸福になって、自分はささやかな幸せすら手に入らないというのか?そんなことがあっていいのか。
 自分だけが不幸になったという考えがイリアを揺らす。

「嫌だあーっ、先生っ、どこにいるのっ。出てきてよっ。僕を一人にしないでっ。一緒に連れて行ってよっ」

 そこら辺の花を撒き散らしていた。叫んでいた。泣いていた。
 それでも、先生は現れない。
 嗚咽と共に、ようやくイリアは生贄を再び見た。
 生贄の腹部にのっていたはウサギの折れた耳がついた白く丸いぬいぐるみのようなものがいた。つまり、角ウサギのオレオだ。

「え、」

 オレオはメモ用紙に文字を書いて、イリアに見せる。

「、、、ごめん、僕は字が読めない」

 オレオが超驚く。その後、動きが止まったぞ。そりゃ、イリアは王子そっくりだからな。文字が読めないなんて露ほども思わなかったに違いない。

「キミ、先生の行ったところ知ってる?僕も一緒に行きたい」

 イリアが小さい声で言った。
 その言葉を聞いたオレオはパックリと大きな口を開けてイリアを飲み込んだ。
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