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18章 綻びの春

18-4 闇夜の襲撃

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 俺は宗教国バルトとの国境の街にいる。
 爺さんたち一家は宿屋でスヨスヨと寝息をたてている。

「で、何でミニちゃんは俺の肩にのっているんだ?」

「酔い覚ましにちょうどいい夜の散歩に、ミニちゃんも主に付き合ってあげようかと」

 コイツはミニちゃんで定着したな。奥さんにずうっとミニちゃんと呼ばれているから、次第に旦那さんも呼び始め、今日の飲み会の終わりには爺さんまでミニちゃんと呼んでいた。
 すべてのミニミニダンジョンがミニミニダンジョンだから、区別をつけるのにはちょうどいい。
 ククーのピアスは小さいが、このミニちゃんは塔の置き物と言っているくらいだから微妙な大きさがある。
 塔の置き物を肩にのせている冒険者ってどうよ?
 変人扱い確定だよ。
 暗闇に紛れるしかないよ。
 そして、ヴィンセントがお怒りだよ。今日の門限破りは仕方ない。安心してー、浮気じゃないよー。

「宗教国バルトの首都にはすでに他のミニミニダンジョンが潜伏しているから、行くかー、ミニちゃん」

「あ、主、ちょっと待って」

 ミニちゃんがさらにちっこいミニちゃんを作ってポンっと宿屋の屋根に投げ捨てた。

「宗教国バルトで主に見捨てられたら、歩いて帰らなきゃいけなくなるからなー」

 俺について来るということは、ミニミニダンジョンがこの場にいなくなる。とすると、簡単な転移ができないということになる。
 俺はわざわざダンジョン化してまでここにミニちゃんを送り届けるだろうか?

「、、、さっ、行こうか」

「ふっ、主らしい」

 ミニちゃんがきちんと対策したんだから、気にしないー。ミニちゃんは危機対策が万全だ。さすがはミニちゃん。


 宗教国バルトにもかなりの数の最凶級ダンジョンが発生しているが、この国も冒険者誘致を積極的にしている国なので、ほどほどに対処できている。俺が口出ししていた聖教国エルバノーンほどではないが。
 この国に関して言えば、神器の実験として最凶級ダンジョンはお手頃だという言い方もあるのだが。
 様々なギフトで神器を作ってきたが、実際、戦闘用のギフトを使う大義名分というのがなかった。
 だが、今は国の危機ということで長年ためこんでいた神器を実験しまくっている。『聖女』のギフトも神器に込められているので、治癒魔法も魔石の力を借りて使い放題となっている。『聖女』はすべての人を救いたいという想いがあったので、誰でも強大な魔力さえあれば使えてしまう神器らしい。神器というかそのギフトによって使い手を選ぶ。

 神官たちが神器の持ち出しを慎重にしたところで、結界でガチガチに守られている教会の保管庫から出してしまえば奪われる可能性は高いというのに。
 そして、神器は保管庫に入れられるまでに奪えるかが勝負である。

 さて、宗教国バルトの神官たちが神器を作成する儀式をする場所が、首都の教会にある奥の祭壇である。
 信者が普段立ち入らないところにあり、神官たちが周囲を取り囲んで神器にギフトを込める。

「でさー、ミニちゃん。恐ろしいことに気づいちゃったー」

 まだ俺たちはアスア王国の国境の街の宿屋の屋根の上にいる。

「何ですか、主?」

「宗教国バルトのミニミニダンジョン、ちょうど神器の儀式をやっている祭壇の真下に居やがるんだけど」

 新英雄ロイも祭壇のそばに連れて来られている。
 ロイの人形の印は神聖国グルシアの聖都の大教会から連れ出されたときに消されている。というわけで、俺が重ねてかけた苦痛の魔法も消えている。人形の印の魔術は教会の外に出てはいけない代物だからだ。
 というわけで、キザスと再会したロイは熱い夜を楽しんだようだ。
 ロイはあっさりとキザスに協力的になった。英雄のギフトを宗教国バルトに譲渡すれば、今後一生の面倒を宗教国バルトが面倒をみると、しっかりとした文面で契約している。こういう金が絡むところは契約が反故されないように魔術による契約書で結んでいるのがロイである。。。

「居やがりますね」

 ミニちゃんも同意した。

「そのまま転移すると、この姿を宗教国バルトの神官に晒すことになるじゃん?」

「ですね」

「ヤバいよね」

「、、、ヤバいですよね」

 同意はありがたいけど、同意しかしてない。

「となると、首都の教会をダンジョン化して剣を奪っちゃうのが正解かな」

「面倒だからダンジョン化をやりたくないけど、英雄の姿で奪う方が後々面倒がないよね、ということでしょうか」

 ミニちゃん、わかってるじゃん。

「神器に使う剣も大剣じゃなくて長剣にしてくれたようだし、剣の同等品を返しておけば、英雄のギフトは元々俺のギフトってことは誰もが認めるところなんだし、誰も文句は言わないよねー」

「同等品の剣をお返しする必要もないと思いますが?」

「飾りの剣はギバ共和国で手に入れているから、似たようなものを一つくらい差し上げても問題ないからなー」

 ククーもあの大量の飾りの剣はそこまで贈る機会もないので、俺も使いたければいくらでもどうぞと言われている。
 多少はククーによって減っているんだけど。

「じゃあ、ダンジョン化するかー」

「主ならあのくらいの教会をダンジョン化しても労力はさほどかからないと思いますが、どうしてそこまで嫌なんでしょう?」

「面倒だから」

 俺の端的な答えにミニちゃんがため息を吐いた。


 辺りは暗闇に包まれている。
 蝋燭の火に照らされた神官たちの長い長い呪文だけが響く。
 祭壇の上には神器となるべき長剣。実際、これも飾りの剣であるが、ゴテゴテ豪華な華美な剣ではなくて、本当にホッとした。英雄のギフトを入れるのにふさわしいと思われる剣に、宝石がゴロゴロとついているような剣を押したのはごくごく一部の神官のみだった。そりゃ、アスア王国の英雄、つまり俺がそんな飾りの剣を振り回している姿など、どこの世界にも存在しない。却下になってもらわなければ俺が困る。
 だって、その長剣を俺が奪おうと思っているのだから。

 ロイは神官の横で欠伸をし始めた。
 そりゃ、飽きるわな。
 キザスはロイの世話係として、そして功労者としてこの場にいることを許可されたが、神官としては位が低いので壁際に立っているしかない。
 どんなに他国で功績をあげても、この国ではほとんど認められないのが実情だ。

 神官がロイを祭壇の前に立たせて、その長剣に触るように促す。
 触ってからも、長い呪文が響く。
 ロイのカラダが光り、その光が長剣へと動いていく。
 神秘的、という表現をするのが一般的なのか?
 揺らぎがおさまると、ロイは剣から手を離して膝をついた。肩で息をしている。
 キザスがそばに駆けつけようとしたが、横にいた他の神官たちに押さえられている。

「英雄劇場の始まりだ」

 俺が言うと、ミニちゃんが頷いた。ミニちゃん、首があったんだね。。。塔だからなんとなくそんな感じだと思って。
 転移して、一瞬で英雄の姿に変わる。
 黒髪に白銀の鎧の姿。アスア王国の英雄と言えば、この姿。
 俺がどこに転移したのかというと、一番長剣を奪いやすい祭壇の上だ。
 儀式をしていた神官たちは疲労困憊。護衛のための神官たちは少し離れた壁際だ。
 即座に対処できる者はいない。

「ご苦労だったな。俺のギフトを返してもらうぞ」

 足で剣を蹴って手に飛ばし、柄を握る。

「なっ」

 祭壇の前にいて膝をついたままのロイが驚愕の表情を浮かべている。

「英雄っ、何でここに」

 ロイが叫んだ。叫んだだけで、まだ動けないが。
 ミニちゃんが目で合図した。塔の置き物だから目はないんだけど。。。今度、目と口を書いておこうかな。アスア王国の宰相のミニミニダンジョンには口がすでにあるんだけど。それぞれ勝手に独自に進化しているからな。
 ミニちゃんは俺に、ギフトを使って見せろ、と。
 仕方ないので、鞘から抜いてみる。
 あー、確かに俺のギフトの『蒼天の館』。俺から奪われたときと同じだ。残念ながら、今後このギフトは成長することはない。この能力で停滞したままだ。
 人の身にあれば、ギフトは人と共に成長をする。物になってしまえば、それ以降は。

「まあ、いいか。夜も遅いから礼拝堂の方は人がいなさそうだな。ちょうど良いか」

 俺は祭壇の上で剣をかまえる。

「何をするんだっ」

 儀式を行っていた神官の一人が叫んだ。
 この奥の祭壇から、英雄のギフトを使って剣で切る。
 人がいる高さの多少なりとも上を狙って、切った。

 壁に線が入る。

 一瞬の静寂の後、轟音が辺りに響く。
 剣が走った線から、上部にある礼拝堂の屋根や壁がすべて崩れ落ちた。
 かなり広範囲に響き渡っただろう。騒ぎになるのも時間の問題だ。
 儀式を行った神官たちは、もはや呆然としている。
 その隙にキザスはロイに駆け寄る。

「こんなものか」

 俺は剣を腰に携える。

「英雄っ、」

「やあ、キザス、久しいな。元気そうじゃないか」

「生きていたのか」

 その問いには答えず、笑っておいた。

「俺たちを殺す気か」

「ははっ、俺がそうしたいのならロイは神聖国グルシアに来たときに死んでいる」

「その神器を返せっ」

 俺とキザスの会話を中断して、護衛としていた神官の一人が俺に杖を掲げて向かってきた。
 せっかくなので利き手をこの剣で貫いておこうか。魔術を発動させる前に杖を落とした。

「ぐっ」

「お前らが奪ったモノを返してもらっただけだ。強奪の剣で奪ったモノを。あ、そうそう、ほら」

 俺は同等品の飾りの剣を祭壇に置いてやる。

「この剣は俺が持って行くから、代わりの剣だ。ほんの少し色はつけておいた。こちらの方が値段としては高い代物だ」

 俺はにこやかに告げてやる。
 護衛の神官は痛さからなのか悔しさからなのか、顔を歪ませた。
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