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17章 逃亡の冬
17-3 お誘い ※ククー視点
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◆ククー視点◆
アスア王国の王都から神聖国グルシアの聖都までの馬車の旅など数日間の短期間である。
魔物に襲われなければ。
けれど、アスア王国の王都に向かうなら神聖国グルシア方面からが、他の地域からよりは魔物の出現率は低い。商人たちが通るなら、多少遠回りになったとしてもこのルートを選ぶ。だからこそ、まだ普通に営業している宿屋がある。
英雄が健在だった時代は、小旅行として優雅な旅ができたものである。そんな昔の話ではないが。
薬師ギルドの副ギルド長や宗教国バルト御一行のように強行軍で猛スピードで駆け抜けるのも一つの手であるが、足の速い魔物もいないわけではない。
商会や役人たちもできるだけ安全に移動したいと考えていても、金や人員の関係上、護衛の人数も限られている。
アスア王国の都市間の移動はかなり危険であり、現在、都市間を移動する者は避難やむなくされた避難民か、儲け重視の商人である。
街の門番も馬車にたった三人の商人など正気の沙汰ではないと思ったが、魔物に追われた気配すらない馬車を見て、この中の誰かが魔術師なのかと推測する。
力のある者なら人数が少ない方が機動力が高く逃げやすいのかと勝手に考えながら、門番は俺たちを街の中に入れた。
観光シーズンでは予約がなければ良い宿屋というのは泊まれなかったが、今となってはアスア王国ではどこの宿屋の部屋も空いている。というか、宿屋が宿屋として営業しているかどうかが問題になってしまう。各都市には少なくても商人用の宿屋は開いているところがある。儲け主義者の商人すら来なくなったら都市が立ち行かなくなる。
本日の宿屋の部屋も三つ、鍵をそれぞれに渡す。
各自、部屋に入った。
荷物を置くと、すぐに扉をノックする音がした。
「何だ?」
扉を開けると、明日の最終確認に来たカイマではなく、新英雄ロイだった。
するりと勝手に部屋に入り込まれてしまう。
悪意はないし、ミニミニダンジョンが反応していない。
「初日の部屋に人が待っていたようだったから、確認を。アレはその結婚指輪の相手か?」
ロイがニヤリと笑う。
その通りなのだが。
肯定も否定もする気はない。
だが、コイツもあの姿が見えていて、自分が殺そうとした英雄ザット・ノーレンだとは気づかないのか。
「アンタさー、俺のこと嫌いだろ。いつも俺と話すとき、眉間に皺が寄っている」
ロイはそう言うと、自分の眉間を指さす。
それもその通りだが。
想い人を殺そうとした人間を好きになれる人間がいたら見てみたい。
だが、俺がカイマを見る表情も大差がないと思うが。客観的に見ても。
レンを見ている俺は確実に緩んでいるだろうが。
「俺の感情と仕事は関係ない。用がないなら部屋から出ていってくれ」
「明日でお別れかと思ってさー」
ロイは会話を続けようとする。
別れを惜しむのなら、カイマとやってくればいい。
「アンタたちは神聖国グルシアの者だろ。エースの使う薬と同じ成分の薬を俺に使っているから、エースも神聖国グルシアの人間か。キザスが使うモノとは違うなとは思ったんだ。宗教国バルトから俺を保護しようとしてくれているんだろ」
自分なりに俺たちの行動を解釈したようだが、かなり自分の都合の良いように捻じ曲がっている。けれど、使われている薬の成分がコイツにはわかるのか。気持ち良さの程度で?怖っ。
神聖国グルシアの薬の方がロイの好みらしい。
そりゃ、強い薬だからな。宗教国バルトと同じく素人には使用を禁じられている薬である。
コレも俺は肯定も否定もロイには示さない。
「キザスはお前を追いかけて俺たちを追い抜いたらしいぞ。すでに神聖国グルシア側の国境の街にいるようだ」
「へえ、キザスが」
「言い訳でも聞いてやるか?お前と会ったら問答無用で連れ去ろうとする気もするが」
ロイは少し考えている風だ。ただ考えているといっても、キザスとはヤりたいが宗教国バルトで監禁されるのは御免被りたいと考えている程度だ。
監禁される可能性があることは、さすがにわかるんだな。
魔術でキザスの監視を欺く芸当を新英雄ロイができるわけもないため、今の状況なら拉致されたのか、自ら選択して逃げたのかをキザスたちが判断できかねている。ロイはキザスとともに行きたいのなら俺たちを悪者に仕立て上げることも可能である。
キザスはロイが連れ去られた可能性が高いという判断で動いている。
だが、ロイがアスア王国だけでなくキザスからも逃げたとわかったら、宗教国バルトはどう出るか。
ありがたいことに、俺たちの本拠地の神聖国グルシアに彼らはいる。敵地では迂闊な行動はできないだろう。
「そうだな、会ったら会ったで考える」
向こうはロイに会いに来ているから、会おうと思えば簡単に会えるのだが、教えてやる義理もない。
「それに、今はアンタに興味があるんだ」
ロイの視線が俺の左手薬指に行く。
節穴のような目をしていて、実はレンのことに気づいていた?
俺にも考えを読ませなかった?
ロイが俺の左手に触れてくる。
「アンタには指輪までする人がいるんだろ?そういう相手とヤると、いつも以上にクるものがあるんだよ。なあ、俺と」
お誘いかっ。
ただ、ロイは最後まで誘いの言葉を言えなかった。
「ふーん、最後の夜の相手は僕じゃなくてもいいんだね?」
俺の部屋の扉を少し開けて、カイマがにこやかに立っていた。ヒンヤリとした空気が漂う。
カイマはさっさと扉を閉じようとする。
「ちょっと待てっ。試してみてから部屋に行こうと思っていたんだ。心残りがないように」
ロイがカイマを追いかける。
恐ろしいほどクズだな。誰彼構わずヤることだけしか考えていないのか。
ロイが部屋から出ると、さっさと扉を閉じて鍵を閉める。
部屋には暖房が入っているはずなのに、外のように気温が下がっている。
「、、、」
そういえば、冒険者ギルドのギルド長が夏に凍死しかけたという話があったな。レンの仕業で。
ロイを抱いたら、もしかしてロイだけでなく俺も殺されていたのか?凍死?
うーん、レンに殺されるのなら、それはそれでと思ってしまう俺も末期だな。
ロイとカイマは早朝まで盛り上がっていたようだ。
カイマも快楽は大好きになってしまったからなー。興奮したロイもキザスのときよりも腰を振っていた。最後の夜というのもグッとくるらしい。
ロイは一度死んだ方が世のためじゃないのか?
神聖国グルシアはロイに対して人形の罰だけは与えないだろう。
彼にとってはご褒美になってしまう。
「おはよう、カイマ」
俺はトーストと珈琲だけの朝食を先に食べていた。この辺りは神聖国グルシアに近いので、まだまだ食料に困ることはない。
アスア王国内はお金を出しても食料が手に入り辛くなっている土地が多くなってきている。
アスア王国の避難民が神聖国グルシア方面のこの土地に来るかというと、魔物が蔓延る中ではまずは距離的に近い王都に避難するので、ここまでは来ない。王都でも食料不足になってきたら移動してくるかもしれないが、護衛を雇えない平民の都市間の移動はかなり厳しい。
「ああ、おはよう」
まだまだ寝足りない様子のカイマだが、席に着くとすぐに出てきた朝食を食べ始める。
「大丈夫か?」
「このくらい問題ないよ。僕が毎晩どれだけの相手と寝てきたと思ってるの?」
正確に数を答えられるが、答えたくもない。相手は全員神官だ。毎晩通っていた者も多い。誰かにヤられた後の濡れているところをヤるのが好きな変態たちの巣窟だ。
「アイツはまだ寝ているのか」
「ああ、出発直前に起こす。パンと水だけ馬車に持っていっておけばいい。それより、昨日はこの宿屋自体の温度が下がったぞ」
「ん?」
「だから、僕にもわかったんだ。ロイが部屋にいなかったから、お前のところだろうと。完全に英雄は独占欲の塊じゃねえか」
おや。
俺の部屋だけ温度が下がったわけじゃなかったのか。
そっかー、独占欲の塊かー。
「ククー、嬉しそうな顔をするな」
呆れたようにカイマが言った。
アスア王国の王都から神聖国グルシアの聖都までの馬車の旅など数日間の短期間である。
魔物に襲われなければ。
けれど、アスア王国の王都に向かうなら神聖国グルシア方面からが、他の地域からよりは魔物の出現率は低い。商人たちが通るなら、多少遠回りになったとしてもこのルートを選ぶ。だからこそ、まだ普通に営業している宿屋がある。
英雄が健在だった時代は、小旅行として優雅な旅ができたものである。そんな昔の話ではないが。
薬師ギルドの副ギルド長や宗教国バルト御一行のように強行軍で猛スピードで駆け抜けるのも一つの手であるが、足の速い魔物もいないわけではない。
商会や役人たちもできるだけ安全に移動したいと考えていても、金や人員の関係上、護衛の人数も限られている。
アスア王国の都市間の移動はかなり危険であり、現在、都市間を移動する者は避難やむなくされた避難民か、儲け重視の商人である。
街の門番も馬車にたった三人の商人など正気の沙汰ではないと思ったが、魔物に追われた気配すらない馬車を見て、この中の誰かが魔術師なのかと推測する。
力のある者なら人数が少ない方が機動力が高く逃げやすいのかと勝手に考えながら、門番は俺たちを街の中に入れた。
観光シーズンでは予約がなければ良い宿屋というのは泊まれなかったが、今となってはアスア王国ではどこの宿屋の部屋も空いている。というか、宿屋が宿屋として営業しているかどうかが問題になってしまう。各都市には少なくても商人用の宿屋は開いているところがある。儲け主義者の商人すら来なくなったら都市が立ち行かなくなる。
本日の宿屋の部屋も三つ、鍵をそれぞれに渡す。
各自、部屋に入った。
荷物を置くと、すぐに扉をノックする音がした。
「何だ?」
扉を開けると、明日の最終確認に来たカイマではなく、新英雄ロイだった。
するりと勝手に部屋に入り込まれてしまう。
悪意はないし、ミニミニダンジョンが反応していない。
「初日の部屋に人が待っていたようだったから、確認を。アレはその結婚指輪の相手か?」
ロイがニヤリと笑う。
その通りなのだが。
肯定も否定もする気はない。
だが、コイツもあの姿が見えていて、自分が殺そうとした英雄ザット・ノーレンだとは気づかないのか。
「アンタさー、俺のこと嫌いだろ。いつも俺と話すとき、眉間に皺が寄っている」
ロイはそう言うと、自分の眉間を指さす。
それもその通りだが。
想い人を殺そうとした人間を好きになれる人間がいたら見てみたい。
だが、俺がカイマを見る表情も大差がないと思うが。客観的に見ても。
レンを見ている俺は確実に緩んでいるだろうが。
「俺の感情と仕事は関係ない。用がないなら部屋から出ていってくれ」
「明日でお別れかと思ってさー」
ロイは会話を続けようとする。
別れを惜しむのなら、カイマとやってくればいい。
「アンタたちは神聖国グルシアの者だろ。エースの使う薬と同じ成分の薬を俺に使っているから、エースも神聖国グルシアの人間か。キザスが使うモノとは違うなとは思ったんだ。宗教国バルトから俺を保護しようとしてくれているんだろ」
自分なりに俺たちの行動を解釈したようだが、かなり自分の都合の良いように捻じ曲がっている。けれど、使われている薬の成分がコイツにはわかるのか。気持ち良さの程度で?怖っ。
神聖国グルシアの薬の方がロイの好みらしい。
そりゃ、強い薬だからな。宗教国バルトと同じく素人には使用を禁じられている薬である。
コレも俺は肯定も否定もロイには示さない。
「キザスはお前を追いかけて俺たちを追い抜いたらしいぞ。すでに神聖国グルシア側の国境の街にいるようだ」
「へえ、キザスが」
「言い訳でも聞いてやるか?お前と会ったら問答無用で連れ去ろうとする気もするが」
ロイは少し考えている風だ。ただ考えているといっても、キザスとはヤりたいが宗教国バルトで監禁されるのは御免被りたいと考えている程度だ。
監禁される可能性があることは、さすがにわかるんだな。
魔術でキザスの監視を欺く芸当を新英雄ロイができるわけもないため、今の状況なら拉致されたのか、自ら選択して逃げたのかをキザスたちが判断できかねている。ロイはキザスとともに行きたいのなら俺たちを悪者に仕立て上げることも可能である。
キザスはロイが連れ去られた可能性が高いという判断で動いている。
だが、ロイがアスア王国だけでなくキザスからも逃げたとわかったら、宗教国バルトはどう出るか。
ありがたいことに、俺たちの本拠地の神聖国グルシアに彼らはいる。敵地では迂闊な行動はできないだろう。
「そうだな、会ったら会ったで考える」
向こうはロイに会いに来ているから、会おうと思えば簡単に会えるのだが、教えてやる義理もない。
「それに、今はアンタに興味があるんだ」
ロイの視線が俺の左手薬指に行く。
節穴のような目をしていて、実はレンのことに気づいていた?
俺にも考えを読ませなかった?
ロイが俺の左手に触れてくる。
「アンタには指輪までする人がいるんだろ?そういう相手とヤると、いつも以上にクるものがあるんだよ。なあ、俺と」
お誘いかっ。
ただ、ロイは最後まで誘いの言葉を言えなかった。
「ふーん、最後の夜の相手は僕じゃなくてもいいんだね?」
俺の部屋の扉を少し開けて、カイマがにこやかに立っていた。ヒンヤリとした空気が漂う。
カイマはさっさと扉を閉じようとする。
「ちょっと待てっ。試してみてから部屋に行こうと思っていたんだ。心残りがないように」
ロイがカイマを追いかける。
恐ろしいほどクズだな。誰彼構わずヤることだけしか考えていないのか。
ロイが部屋から出ると、さっさと扉を閉じて鍵を閉める。
部屋には暖房が入っているはずなのに、外のように気温が下がっている。
「、、、」
そういえば、冒険者ギルドのギルド長が夏に凍死しかけたという話があったな。レンの仕業で。
ロイを抱いたら、もしかしてロイだけでなく俺も殺されていたのか?凍死?
うーん、レンに殺されるのなら、それはそれでと思ってしまう俺も末期だな。
ロイとカイマは早朝まで盛り上がっていたようだ。
カイマも快楽は大好きになってしまったからなー。興奮したロイもキザスのときよりも腰を振っていた。最後の夜というのもグッとくるらしい。
ロイは一度死んだ方が世のためじゃないのか?
神聖国グルシアはロイに対して人形の罰だけは与えないだろう。
彼にとってはご褒美になってしまう。
「おはよう、カイマ」
俺はトーストと珈琲だけの朝食を先に食べていた。この辺りは神聖国グルシアに近いので、まだまだ食料に困ることはない。
アスア王国内はお金を出しても食料が手に入り辛くなっている土地が多くなってきている。
アスア王国の避難民が神聖国グルシア方面のこの土地に来るかというと、魔物が蔓延る中ではまずは距離的に近い王都に避難するので、ここまでは来ない。王都でも食料不足になってきたら移動してくるかもしれないが、護衛を雇えない平民の都市間の移動はかなり厳しい。
「ああ、おはよう」
まだまだ寝足りない様子のカイマだが、席に着くとすぐに出てきた朝食を食べ始める。
「大丈夫か?」
「このくらい問題ないよ。僕が毎晩どれだけの相手と寝てきたと思ってるの?」
正確に数を答えられるが、答えたくもない。相手は全員神官だ。毎晩通っていた者も多い。誰かにヤられた後の濡れているところをヤるのが好きな変態たちの巣窟だ。
「アイツはまだ寝ているのか」
「ああ、出発直前に起こす。パンと水だけ馬車に持っていっておけばいい。それより、昨日はこの宿屋自体の温度が下がったぞ」
「ん?」
「だから、僕にもわかったんだ。ロイが部屋にいなかったから、お前のところだろうと。完全に英雄は独占欲の塊じゃねえか」
おや。
俺の部屋だけ温度が下がったわけじゃなかったのか。
そっかー、独占欲の塊かー。
「ククー、嬉しそうな顔をするな」
呆れたようにカイマが言った。
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