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15章 冷たい風に吹かれて

15-5 神への祈りはどこに届く

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「アンタの元仲間のジニールが聖教国エルバノーンとの国境に来ているぞ」

 ククーが俺に教えてくれる。元、が強調された気がするが、気のせいではないだろう。

「ジニールか」

「アスア王国の宰相が一緒だ。護衛として入国する」

 うーん、気のせいかな?普通は宰相の方が先に言うべき情報な気がするんだけど?
 ジニールが元仲間だから?ああ、俺を殺そうとした人間の一人だからか。

「で、何で宰相とジニールが聖教国エルバノーンに来たんだ?」

「、、、アンタに会いに来る以外に何かあるのか」

「いや、俺に会いに来たのはわかるけど、何で?」

 ククーには俺がわからないのがわからないらしい。
 首を傾げた。
 だから、今の俺には英雄のギフトはないんだよー。他人の気持ちなんか、わかるわけもないんだよー。ククーも最近は理解してくれている気がしていたのだが。

「特に俺に会いに来る理由がないだろ、あの二人」

「、、、え?レン、本気でそう思っている?」

「だって、今の俺には英雄のギフトはないんだし、英雄に戻れと言われても無理だよね。それにジニールは、、、あ、生きているなら俺にトドメを刺そうと?」

 ククーの顔が渋くなった。

「アイツは敵だ、敵なんだが、ここまで想いが通じてないと哀れだな」

「ん?ああ、英雄に抱かれたいってヤツかー。あのときの俺、アスア王国の人間ってどうでもよくなっていたからなー」

 ククー、目頭を押さえるな。
 俺が悪いのか?

 実は、今もどうでもいい。
 俺がアスア王国を守っていたのは、英雄だったからこそだ。そこに守るべき人でもいれば別だったのかもしれないが、守ろうと思っていた人たちは国王に遠ざけられた。
 彼女たちにはすでに守ってくれる人がいるため、俺が守らなくても問題ない。

「くっ、可哀想だからと言って、敵に有利な情報を絶対に渡してなるものか」

 ククーが何かと葛藤している。
 ここは俺のダンジョンの家の書斎である。ククーは時間があると、魔石の研究に来ている。
 ククーにかまってもらいたい俺は、ククーがダンジョンに出没していると遊びに行く。
 俺にかまってもらいたい新しい角ウサギたちは、ククーがダンジョンに来ると俺も来ることが多いので、ククーを歓迎している。たまにお茶やお菓子も出しているくらいだ。
 今日も辺り一面の角ウサギたちを撫で繰りまわしながら、ククーの話を聞いている。態度はともかく真面目に聞いていないわけではない。

「レン、ジニールには恨みはないのか」

「さすがに恨みがないとは言い切れないな。キザスが俺の殺害を計画して武器を調達し、ロイが実行して、ジニールは俺の装備や荷物を持ち去った。直接は手を下していないが、同罪だろう」

「レンの立場からすると、同罪だな」

「それがなければ、ヴィンセントや王子、お前にも出会えていないが、それとこれとは別として感情的に許せるかというと、今はまだ笑って許すことはできないな。ただ、ジニールが話がしたいのなら冷静に聞くことはできる。俺も剣を持って即座に襲いかかったりはしない」

「別に殺すなら止めないが、ジニールに情けをかけて絆されるのが嫌だ」

 おや?ククーは復讐に手を染めるな、とでも話の流れから言うのかと思った。ちと違うようだ。
 復讐は何も生み出さない、と言う人もいるが、新たな一歩を踏み出すには必要な人もいる。
 ジニールに対しては殺したいほど憎んでいるかというと、そこまでではない。基本的にどうでもいいという考えの方が強い。

「ジニールが愛憎を込めて俺の殺害に加担していたとしても、俺はその想いに応える気はないから安心しろ」

「、、、いや、ええっと、うん、いや、そういうことなんだけど、そうでもなくて。。。まあ、レンに応える気がないならいいか。けど、レンは一途に愛してくれる相手は好きなんじゃないのか」

 ヴィンセントのように、って言外に主張されている気がする。

「そりゃ好きだが、ジニールのは英雄像に憧れるというものだ。残念ながら、決して英雄ではない俺自身を好きなわけではない。ジニールはアスア王国の国民だからな。その想いも歪んでしまったのだろう」

「アスア王国の国民ってところ、重要なのか?」

「英雄に対する謎の呪縛からは逃れられないのがアスア王国の国民だ。。。なあ、ククー、現宰相はアスア王国の国民で間違いないよな?」

「ああ、もちろん。ん?だが、母親は元は外国籍だな」

「ノーレン前公爵も外国籍だが、その息子はアスア王国の国民と同じ、英雄の認識の仕方だが」

「んー、宰相の母親は、英雄は人間だってことを言い続けていたみたいだ」

 過去視までしてくれたのか。
 現宰相は英雄をちょいちょい人間扱いする珍しいアスア王国の人間である。なぜかと思っていたが、そういうことだったのか。アスア王国の教育に染まり切っていないということか。母親の影響は絶大なのかな。
 残念なことに、母親に育てられなかった俺にはよくわからないが。

「宰相とジニールとは別々に会った方が話が進むか。王都からはほどほどに距離はあるが、ジニールは爺さんにダンジョンまで誘導してもらおう」

「そういや、エルク教国にも英雄が出没しているという噂がチラホラと聞こえているようだが?」

 ククーが笑顔で聞いてきた。

「さあってとー、急いで聖教国エルバノーンに行ってこようかなー」

「レン、彼らはまだ国境の街だ。王都に着くのもまだ日にちがかかる。角ウサギたちも円らな瞳でアンタを見ているじゃないか。もう少しここにいても問題ないぞ」

 ああ、ククーの目が怖い。
 角ウサギたちの円らな瞳が可愛い。




 エルク教国は宗教音楽信仰の国だ。
 教会では宗教歌が歌われ、荘厳な雰囲気を醸し出す。
 表面上は綺麗な国だ。
 華やかさではこの周辺の国々で一番である。

 外見と内面がまったく異なるのも、この国ならではである。
 綺麗な旋律の宗教歌は呪いの歌と化するものが多数存在するし、聖職者たちも人を騙して闇に落とす。そこから救ったように見せかけて、自分の手足として使えるようにしてしまう。

 そうは言っても、人知を超えた最凶級ダンジョンには腹黒人間でも敵わない。
 冒険者は粗野な人間だと敬遠してきたツケがこの国には回ってきている。
 冒険者は脳筋で騙しやすいが、騙したことがバレたときに手痛い暴力で仕返しをするのも冒険者である。
 やられたらやり返せの冒険者が、泣いて黙っておとなしくしているはずもない。
 そういうワケで必要最小限の冒険者しか、この国にはいないし、来たいと思う冒険者も少ない。

 観光で来るだけなら一番の国だ。
 表面だけなら綺麗で、絵になる観光地も多い。そこに美しい音楽までついてくる。
 が、長期滞在するには向いていない。
 深くは付き合ってはいけない国なのだ。

 けれど、酒は美味しい。
 もちろん、この酒は俺の好みで、万人受けする酒ではない。
 それでも、聖職者が造る酒として珍しい希少なものなので、国外に出ると意外と高価なものになる。エルク教国の中でも最たる酒が存在する。

 エルク教国の片田舎。それでも、丘の上にある白亜の教会は綺麗である。
 どんな場所でも絵になってしまう。それがエルク教国。
 その教会のご近所で、最凶級ダンジョンが生まれてしまった。
 おぞましい気配が教会に避難している人々にもわかる。
 教会では休みなく宗教歌が歌われ、結界を作っているが、それもいつまで持つのかわからない。
 近くの街はすでに魔物たちに踏み荒らされ、救援の希望すら持てず、すでに逃げ道が断たれている。

 神に祈る。
 神に縋る。
 聖職者も信者も。
 それしかできなかった。

 神は祈っても救ってくれないが。
 自分が行動してこそ救われる道が開けてくる。

「さて、キミたちは救われたいか?」

 悪魔の囁きは、困難に直面したときこそ聞こえてくるものだ。
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