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15章 冷たい風に吹かれて

15-4 泣く ※ジニール視点

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◆ジニール視点◆

 泣く。
 嗚咽を我慢できない。
 ベッドで枕を押し当てて、声を殺す。
 このところ、毎晩こういう調子だ。
 宿の部屋で一人になると、感情を制御できない。

 英雄を見殺しにしたのは自分だった。
 これで、英雄はもう誰のモノにもならない。
 あのときはそれで満足していた。

 英雄から奪い取ったペンダントを強く握る。

 彼への想いが時間とともに褪せていくことなんかない。
 それどこか、こびりついた想いに身を焦がす。

 なぜ、俺は短絡的にロイやキザスの企てにのってしまったのか。
 後悔ばかりしていた。
 時間がどれだけ経っても、魔物をどれだけ倒しても、英雄を忘れることはない。
 女性たちが寄って来るが慰めにもならない。すべてを断っていた。
 そこにいるのが英雄でなければ何の意味もない。




 飲食店で食事をしていると、隣のテーブルの会話が耳に入った。
 英雄が聖教国エルバノーンの最凶級ダンジョンに現れる、というものだ。
 話しているのは、他国から物を売りに来た商人らしい。アスア王国では魔物が蔓延っているので、危険を顧みない商人たちは儲けられる。自分や護衛の命を天秤にかけることになるが、一獲千金を狙う者は少なくない。

 眉唾ものの会話だ。
 真に受けるほど暇ではないが、他の三人の仲間も静かに食事をしながら聞き耳を立てている。

「あそこのダンジョンも数が減っていないぞ?なら、英雄じゃないだろ。偽物だろ?」

「いやさー、この辺の国で最凶級ダンジョンがないのは神聖国グルシアだけだろ。で、最凶級の数が増えていないのは、聖教国エルバノーンと一部の国家だけだ。後は軒並み右肩上がりの増加中だ。閉鎖している数を考えれば、数を維持しているだけでも、あそこの冒険者は頑張っている」

「あの国の冒険者が頑張ってるのは認めるけど。英雄はこの国で最凶級を閉鎖しまくっていたじゃないか」

「英雄のギフトは新英雄に奪われたって話じゃないか。ギフトがなくなれば、戦う力はなくなる。だが、英雄は英雄だ。ギフトがなくても、経験は培われていて戦えるかもしれないと考えれば、そこそこ感が現実味があって信憑性が高い気がするだろ」

「あー、そういうことか。確かに。反対に閉鎖しまくってないところが、本物らしいんだな」

「そう。まあ、偽物だろうと本物だろうと、魔物を退治してくれれば、我々商人にとってはありがたい存在だからなー」

 聖教国エルバノーンに向けて祈りのポーズをする商人に、俺は話しかけていた。
 詳しい情報を聞くために、多少の酒を奢ったが。


 翌日、聖教国エルバノーンに向かいたいと仲間の女性たちに言うと、あっさりと了承された。
 この三人は俺も英雄殺害に加わっているものと疑っている。色仕掛けまでして、俺から言葉を得ようとしていた。反対されるのではないかと思っていた。
 だが、三人はどうも俺が毎晩泣いているのを知っていたらしい。
 彼女たちとは隣同士の部屋になることも多い。静かな宿屋の部屋では音が漏れていたのだろう。

 英雄が本物ならば。
 俺が英雄に謝って許されることではない。
 英雄が俺を殺したいほど憎んでいるのならば、殺されたい。
 一生かけて償えというなら、一生をかけて償いたい。
 英雄が生きているのならば、何もかも差し出そう。

 偽物ならば。
 なぜ英雄を騙っているのかを聞きたい。
 いや、騙っているのだろうか?噂だから、英雄のような冒険者がいるという話が、英雄がいると変化することだってあり得ない話ではない。
 とにかく、真偽を確かめたい。

 あのとき、ロイもキザスもトドメを刺さなかった。
 けれど、俺たちは最凶級のダンジョンで閉鎖もせずに英雄を残した。だとしたら、万が一、と思うが、神聖国グルシアのあのダンジョンは閉鎖したことになっているし、あれ以降あの地に魔物が溢れたこともない。英雄が息絶える前に最後の力を振り絞って、ダンジョンを閉鎖した可能性の方が高い。だとしたら、そこで力尽きてダンジョンとともに永遠の眠りについたと考えるのが普通である。

 それでも、なお。




 聖教国エルバノーンとの国境の街に着くと、入国手続きの申請を行った。
 許可が下りるには数日はかかるらしい。
 逸る気持ちを抑えて宿屋で待っていたが、その間にアスア王国の宰相が来てしまった。
 騎士たちが俺たちの前に現れ、荷物をまとめるように言われた。
 冒険者が泊まる宿屋から、全員強制的に高級なホテルに移動させられた。
 身支度を整えさせられると、豪華な部屋に通される。 

「やあ、ジニール、久々だね。キミたちの活躍は聞いているよ」

 俺は一礼する。仲間の三人も続いて礼をする。
 宰相は書類を見る手を止め、ソファへ移る。従者がお茶をいれ始める。

「座ってくれ。時間もないので単刀直入に聞こう。英雄の噂を聞いたね?」

「はい」

「聖教国エルバノーンへ英雄に会いに行くつもりか」

「はい」

 すぐさまの返答に、ほんの一瞬、宰相は間を取った。

「会って、どうするつもりだ?」

「本物の英雄なら、彼の望みを聞きたい」

「望み?」

「はい」

 訝しむ表情の宰相が前にいる。

「英雄に望みを聞いて、それがジニール、キミに死んでくれというものだったら、どうする気だ」

「それが英雄の望みなら、死にます」

 仲間の三人が息をのむ。

「そうか。ジニール、キミがこの腕輪をつけるのなら、護衛として我々と一緒に聖教国エルバノーンに入国することもできる」

「腕輪?」

 従者が宰相の横に腕輪の入った箱を持ってくる。シンプルな腕輪を俺に見せる。

「この腕輪をしていると、人に危害を与えることができなくなる。魔物は対象外だから安心してほしい」

「それって、盗賊とか、犯罪者が襲ってきても反撃できないものじゃ」

 仲間の一人が声を上げた。

 ああ、そういうことか。
 宰相は俺も英雄殺害に加担しているのを知っている。
 もし英雄が生きているのなら口封じに殺そうと俺が考えている、と思っている。
 俺が腕輪をはめたら、宰相は完全にそれを阻止できる。
 その腕輪で宰相が安心して俺を連れて行ってくれるというのなら、俺にとっては特に問題がない。

 さらに何かを言おうとした仲間たちを止める。

「腕輪をはめればいいのか」

「手を」

 左手を差し出す。宰相が手首に腕輪をはめた。

「聖教国エルバノーンを一緒に出国するときにその腕輪は外す。私しか外せないので一緒に行動するように。キミたちも一緒に来るのだろう」

 宰相は仲間の三人にも意志を確認する。

「まずは聖教国エルバノーンの王都に行く。上層部に会って、我が国への援助を頼む。その後に、英雄が現れるというダンジョンに向かうことにする」

「はい」

 異論はない。
 宰相は腕輪をつけるなら、と言った。これが聖教国エルバノーンの意志でもあるのなら、つけなければ一生入国することはできないだろう。俺たちだけで待っていたら入国許可が下りなかった可能性もある。

 英雄に会いに来た。
 この国でそれ以上の目的はない。

「では、出発は翌朝だ」

 宰相が告げた。

 前に進んだ。
 それでも、夜になり、部屋に一人になると、涙が溢れてくる。
 いつもより広い部屋は寂しいだけだ。

 貴方に会いたい。
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