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15章 冷たい風に吹かれて
15-3 祈り ※聖教国エルバノーンの国王視点
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◆聖教国エルバノーンの(お飾りの)国王視点◆
聖教国エルバノーンの最凶級ダンジョンは冒険者たちの努力によって閉鎖に成功するが、すぐに同じ場所か、近くの場所で最凶級ダンジョンが発生する。
数が一向に減らない。
「なぜこんなにも神に祈っているのに、最凶級ダンジョンの数は減らないのか?」
「何をおっしゃっているのですか、国王陛下。我が国では最凶級ダンジョンをニ十六個も閉鎖しているのですよ。アスア王国の英雄並みに、我が国の冒険者たちは頑張ってくれているのです。冒険者たちがいなければ、今頃アスア王国のように地上に魔物が溢れかえって、都市間の移動なんて夢のまた夢のような話になっていたことでしょう。我が王が神に祈ってくれているからこそ、最凶級ダンジョンが抑えられているのです」
「お、おう、そうか」
良いように言い含められた気がしないでもないが、今まで発生した総数を考えれば、他国より閉鎖した数は多い。
跡継ぎの王子であるアルスの教育係が、教育の進捗状況を報告しながら言った。この爺さんには本音をついついボヤいてしまう。
「ところで、神聖国グルシアへの旅行、本当に行くのか?」
「行きますとも。孫娘に久々に会えるんです。娘と婿をつれていき、家族水入らずでしばらく温泉にでも浸かります」
「温泉ねえ」
この爺さん、爺さんなのに温泉に浸かるイメージがまったく湧かないな、口には出さないけど。元気過ぎて、乗馬でもして動き回っている方が想像できる。
長期休暇の届が提出された。
他の者たちは喜んで、書類に判を押せ、と私に言ってきた。爺さんがいない間に聖教国エルバノーンを牛耳ろうとしている。私は神の代理人として国王をやっているが、国王というのがカタチばかりのものになったのは何代前のことだっただろうか。
アスア王国で英雄担当の諜報員を長年務めあげ、表だけでなく裏の仕事まできっちりこなす仕事人。
他の人間は基本的に自分の利益しか考えていないので、国のことを考えて行動できる人間はこの国にとって貴重だ。
にもかかわらず、そういう人間を排除したがるのがこの国の上層部。
この国の行く末を案じても、カタチだけの王族にはどうすることもできない。
それがこの国の真実だ。
「春になる前ぐらいに出発します。そうすれば、ちょうど花の綺麗な時期に向こうに着くでしょう。その前にアルス王子の基礎的な学力の底上げぐらいはやっていきますよ」
「ほどほどにな」
王子の教育は他国に舐められない程度でいいのだ。この国の国王は。あまりにも何もかも知ってしまうと、絶望しかない。マナーや他国の礼儀作法など、対外的なことができれば問題ないのだ。
「休暇、休暇ー、春にはルルリに会えるー」
爺さんが鼻歌まじりに去っていった。。。
休暇が楽しみというより、孫娘に会えるのが嬉しいというところか。
この国での権力よりも孫娘を優先するようになってしまった。
けれど、彼はそれでいいのかもしれない。
この国に縛るよりも、違う道があるだろう。
ルルリを里帰りさせるのではなく、一家で神聖国グルシアに向かうのだから。
しかも、神聖国グルシアの入国許可がすでに下りているのだから。
そういうことなのだ。
寂しいが私には見送ることしかできない。
我が息子のアルス王子は三つ子で三男である。
それが何を意味するのか、私がわかっていないわけがない。
けれど、聖教国エルバノーンの上層部はアルス王子を私の跡継ぎに決めてしまった。
それがどれだけ神の怒りを買うことになるのか。
この国の上層部は神を軽んじている。
何も起こらないとタカを括っている。
周辺の国の方が戦々恐々としているぐらいだ。
私にはこの国では何も発言権がない。
二人の王子は生贄として神聖国グルシアに連れて行かれた。
長男が生贄として選ばれれば、もはや聖教国エルバノーンは返してくれと言うこともできない。
ただ、ほんのひとかけらの希望を。
彼らが何の間違いでも生きていて、平民でも幸せに暮らすことができていれば。
手を握ることも、頭を撫でることもできなかった我が子が、生き残る可能性が微かにでもあるのならば、この国にいるよりはマシだろう。
我が息子たちが三つ子だとわかれば、国民は三人とも殺す。
三つ子が産まれたのは、神の意志だというのに。
この国には先がないことを神が示したというだけのことなのに、三人を殺しても何もならないことに気づかない。
この国の上層部は上層部で、三つ子だとバレなければ大丈夫だと、二人を生贄として送ってしまった。
本当なら長男のキイが王子としてこの国に残るのが当然なのに、アルス王子が生贄として不適切と拒まれたから跡継ぎはアルス王子にしようと即決した。
彼らは自分の地位さえ安全なら、我が身の安全はどうでもいいのだろうか。
この国がなくなってしまえば、自分の地位や財産など消えてなくなるものだろうに。
「ふがいない父親ですまないなあ」
私は呟く。
神にだけ聞こえるように。
願うならば、キイとイリアには自分たちなりの幸せを見つけてくれることを。
アルス王子には爺さんから、へこたれない多少の強さを身につけてくれることを願う。
これから先、私が亡くなって彼が国王になったら、この国には惨劇しか待っていないのだから。
たぶん、私はもう長くない。
まだまだそんな年齢ではないが、この頃、カラダが非常に怠くなるときがある。
遅効性の毒を盛られているのか、体調不良なのか、それを私が知る由はない。
私にできることは少しでも長く、緩慢に生き続けることだけだ。
この国を一秒でも長く、永らえさせるために。
「本当にこの国に、アスア王国の英雄ザット・ノーレンが来てくれていれば良かったのに」
噂は噂でしかないだろう。
それに、英雄がこの国にいる理由がまったくわからない。
神聖国グルシアやその隣国ならまだわかるし、アスア王国で化けて出るならそれこそ納得するのだが。
そして、我が国との国境の街に、アスア王国の宰相と、英雄の元仲間であるジニールが入国許可を待っている。
アスア王国の宰相は入国拒否することはできないだし、ジニールは宰相の護衛として入国されてしまえばどうにもならない。
私がすることは、彼らが王都に来るならば挨拶するだけだ。
他の交渉事は上層部が奪い取るだろう。まだ、爺さんがこの国にいてくれて助かった。
我が国にいる英雄は偽物だと返事をしているのも爺さんだ。
アスア王国の英雄よ。
そなたが生きていれば、この国の現状をどう見るだろう。
馬鹿なことをしているな、と笑ってくれるだろうか。
もしこの国にいるのなら、どうかいつか来る災厄のときに、少なくてもいいから国民を救ってはくれないだろうか。
虫のいいお願いだということはわかっている。
私が対価として差し出せるものはない。
それでも、なお、神に祈る。
神の代理人として、私はそれしかできることはないのだから。
聖教国エルバノーンの最凶級ダンジョンは冒険者たちの努力によって閉鎖に成功するが、すぐに同じ場所か、近くの場所で最凶級ダンジョンが発生する。
数が一向に減らない。
「なぜこんなにも神に祈っているのに、最凶級ダンジョンの数は減らないのか?」
「何をおっしゃっているのですか、国王陛下。我が国では最凶級ダンジョンをニ十六個も閉鎖しているのですよ。アスア王国の英雄並みに、我が国の冒険者たちは頑張ってくれているのです。冒険者たちがいなければ、今頃アスア王国のように地上に魔物が溢れかえって、都市間の移動なんて夢のまた夢のような話になっていたことでしょう。我が王が神に祈ってくれているからこそ、最凶級ダンジョンが抑えられているのです」
「お、おう、そうか」
良いように言い含められた気がしないでもないが、今まで発生した総数を考えれば、他国より閉鎖した数は多い。
跡継ぎの王子であるアルスの教育係が、教育の進捗状況を報告しながら言った。この爺さんには本音をついついボヤいてしまう。
「ところで、神聖国グルシアへの旅行、本当に行くのか?」
「行きますとも。孫娘に久々に会えるんです。娘と婿をつれていき、家族水入らずでしばらく温泉にでも浸かります」
「温泉ねえ」
この爺さん、爺さんなのに温泉に浸かるイメージがまったく湧かないな、口には出さないけど。元気過ぎて、乗馬でもして動き回っている方が想像できる。
長期休暇の届が提出された。
他の者たちは喜んで、書類に判を押せ、と私に言ってきた。爺さんがいない間に聖教国エルバノーンを牛耳ろうとしている。私は神の代理人として国王をやっているが、国王というのがカタチばかりのものになったのは何代前のことだっただろうか。
アスア王国で英雄担当の諜報員を長年務めあげ、表だけでなく裏の仕事まできっちりこなす仕事人。
他の人間は基本的に自分の利益しか考えていないので、国のことを考えて行動できる人間はこの国にとって貴重だ。
にもかかわらず、そういう人間を排除したがるのがこの国の上層部。
この国の行く末を案じても、カタチだけの王族にはどうすることもできない。
それがこの国の真実だ。
「春になる前ぐらいに出発します。そうすれば、ちょうど花の綺麗な時期に向こうに着くでしょう。その前にアルス王子の基礎的な学力の底上げぐらいはやっていきますよ」
「ほどほどにな」
王子の教育は他国に舐められない程度でいいのだ。この国の国王は。あまりにも何もかも知ってしまうと、絶望しかない。マナーや他国の礼儀作法など、対外的なことができれば問題ないのだ。
「休暇、休暇ー、春にはルルリに会えるー」
爺さんが鼻歌まじりに去っていった。。。
休暇が楽しみというより、孫娘に会えるのが嬉しいというところか。
この国での権力よりも孫娘を優先するようになってしまった。
けれど、彼はそれでいいのかもしれない。
この国に縛るよりも、違う道があるだろう。
ルルリを里帰りさせるのではなく、一家で神聖国グルシアに向かうのだから。
しかも、神聖国グルシアの入国許可がすでに下りているのだから。
そういうことなのだ。
寂しいが私には見送ることしかできない。
我が息子のアルス王子は三つ子で三男である。
それが何を意味するのか、私がわかっていないわけがない。
けれど、聖教国エルバノーンの上層部はアルス王子を私の跡継ぎに決めてしまった。
それがどれだけ神の怒りを買うことになるのか。
この国の上層部は神を軽んじている。
何も起こらないとタカを括っている。
周辺の国の方が戦々恐々としているぐらいだ。
私にはこの国では何も発言権がない。
二人の王子は生贄として神聖国グルシアに連れて行かれた。
長男が生贄として選ばれれば、もはや聖教国エルバノーンは返してくれと言うこともできない。
ただ、ほんのひとかけらの希望を。
彼らが何の間違いでも生きていて、平民でも幸せに暮らすことができていれば。
手を握ることも、頭を撫でることもできなかった我が子が、生き残る可能性が微かにでもあるのならば、この国にいるよりはマシだろう。
我が息子たちが三つ子だとわかれば、国民は三人とも殺す。
三つ子が産まれたのは、神の意志だというのに。
この国には先がないことを神が示したというだけのことなのに、三人を殺しても何もならないことに気づかない。
この国の上層部は上層部で、三つ子だとバレなければ大丈夫だと、二人を生贄として送ってしまった。
本当なら長男のキイが王子としてこの国に残るのが当然なのに、アルス王子が生贄として不適切と拒まれたから跡継ぎはアルス王子にしようと即決した。
彼らは自分の地位さえ安全なら、我が身の安全はどうでもいいのだろうか。
この国がなくなってしまえば、自分の地位や財産など消えてなくなるものだろうに。
「ふがいない父親ですまないなあ」
私は呟く。
神にだけ聞こえるように。
願うならば、キイとイリアには自分たちなりの幸せを見つけてくれることを。
アルス王子には爺さんから、へこたれない多少の強さを身につけてくれることを願う。
これから先、私が亡くなって彼が国王になったら、この国には惨劇しか待っていないのだから。
たぶん、私はもう長くない。
まだまだそんな年齢ではないが、この頃、カラダが非常に怠くなるときがある。
遅効性の毒を盛られているのか、体調不良なのか、それを私が知る由はない。
私にできることは少しでも長く、緩慢に生き続けることだけだ。
この国を一秒でも長く、永らえさせるために。
「本当にこの国に、アスア王国の英雄ザット・ノーレンが来てくれていれば良かったのに」
噂は噂でしかないだろう。
それに、英雄がこの国にいる理由がまったくわからない。
神聖国グルシアやその隣国ならまだわかるし、アスア王国で化けて出るならそれこそ納得するのだが。
そして、我が国との国境の街に、アスア王国の宰相と、英雄の元仲間であるジニールが入国許可を待っている。
アスア王国の宰相は入国拒否することはできないだし、ジニールは宰相の護衛として入国されてしまえばどうにもならない。
私がすることは、彼らが王都に来るならば挨拶するだけだ。
他の交渉事は上層部が奪い取るだろう。まだ、爺さんがこの国にいてくれて助かった。
我が国にいる英雄は偽物だと返事をしているのも爺さんだ。
アスア王国の英雄よ。
そなたが生きていれば、この国の現状をどう見るだろう。
馬鹿なことをしているな、と笑ってくれるだろうか。
もしこの国にいるのなら、どうかいつか来る災厄のときに、少なくてもいいから国民を救ってはくれないだろうか。
虫のいいお願いだということはわかっている。
私が対価として差し出せるものはない。
それでも、なお、神に祈る。
神の代理人として、私はそれしかできることはないのだから。
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