上 下
153 / 236
15章 冷たい風に吹かれて

15-2 人 ※アスア王国の宰相視点

しおりを挟む
◆アスア王国の宰相視点◆

 アスア王国では今年の収穫は少なかった。
 無事な土地がまず少ない。魔物によって荒れ果てた農地は何も生み出さなかった。

 アスア王国内の移動は大変な危険を伴う。
 王都にいる方が安全だが、このままアスア王国内にいたのなら来年にも国民の大多数は餓死してしまう。
 私は周辺の宗教国家や離れた王国に援助をお願いして回っていた。
 援助を頼みに行く立場なので、華美な馬車などは使わず、護衛も多からず少なすぎず失礼にならない数にしている。

 今、我が国には英雄がいない。
 そう、新英雄ロイは他の国には英雄と認められていない。
 アスア王国内では英雄のギフトを持った者が英雄である。
 しかし、他国の認識は、英雄のギフトを持った者がいる上で、その者が英雄の働きをして初めて英雄だ。

 それゆえ、英雄のいないアスア王国の援助の依頼など、難色を示す国が多い。
 宰相の私が頭を下げても、うんと言ってくれる国は少ない。支援物資も微々たる物を出してくれる程度だ。
 それでなくても、我が国ほどでは全然ないが、他の国々も最凶級ダンジョンが発生し、他国に援助している余裕がない。自分たちの方が援助してもらいたいぐらいだと言う始末だ。
 アスア王国の国王は、英雄のギフトを持っているロイがいれば何とかなると思っているようだが、何ともならない。
 ロイがザット・ノーレンのようにその英雄のギフトを扱えなければ、他国は認めない。

 このままでは我が国は冬を越せない。
 魔物の蹂躙によって、国民の数は減るだろうが、それ以上に飢えが襲う。
 魔物の襲撃から生き残ったとしても、食料不足が深刻になる。
 国王は魔物を討伐して食べれば良いと簡単に言うが、地上に溢れているのは最凶級の魔物。上級冒険者でも複数でようやく一匹を仕留められる強さだ。それが集団で襲いかかってきたら上級冒険者でも歯が立たない。
 英雄ザット・ノーレンを失った意味を、国王は軽んじている。
 英雄のギフトさえ無事ならば、ではない。
 神聖国グルシアに行かせるべきではなかった。
 ロイやキザスを英雄の仲間に加えるべきではなかったのだ。
 なぜ、アスア王国で重要な英雄に、杜撰な人選の仲間をつけてしまったのか。

 すべては国王の責任だ。
 多くの忠臣は国王に彼らを仲間に加えるのはやめるべきと忠告していた。
 特にロイはギフトこそ派手だが、女遊び金遣いが荒かった。英雄が苦労するのは目に見えていた。人手が足りないと言っても、いない方がマシな人物を仲間に加える方がおかしかったが、国王はその意見に耳を貸さなかった。

 だから、今、国王は誰にも文句が言えない。私に愚痴すらも言えない。
 すべては国王が招いたことなのだから。

 孤児院の残った子供たちにしたように、戦いの最前線に新英雄ロイを連れて行けばいい。
 皆が皆、そう思っている。
 国王以外は。

 王城から動かない新英雄に、国民たちはいつまで我慢してくれるだろうか。
 新英雄を守るなら、国民の目には国王も同罪に映る。

 国民は英雄のギフトを持っているから英雄と認識してくれる。
 だが、他国よりも英雄の扱いは酷い。
 英雄は国民を一人残らず救ってこそ英雄だと思い込んでいるのだから。
 それを成し遂げていたのが、英雄ザット・ノーレン。
 死にそうなほどの重傷であろうとも、腕がなくなろうとも、下半身が吹き飛んでいようと、心臓さえ動いてさえいれば、治癒魔法で治せた。
 そもそも、彼はそうなる前にいち早く動く。誰よりも速く動いていた。仲間や騎士団など置いていかれたくらいだ。
 そういう英雄がいたのだから、国民は新英雄にもそれを望む。
 新英雄ロイは英雄から英雄のギフトを譲られたと発表したのだから、同じことができないとおかしいと思われている。


 私はいつも思っている。考えても仕方のないことを。
 あの英雄が生きてくれてさえいれば、と。




 噂は噂だろうが、私の耳にも聞こえてきた。
 アスア王国の英雄ザット・ノーレンが聖教国エルバノーンの最凶級ダンジョンに現れる、と。
 なぜ、亡くなった地の神聖国グルシアではないのか?
 神聖国グルシアではアレ以来、最凶級ダンジョンが発生していない。そのせいなのだろうか。
 それでも、アスア王国ではなくても神聖国グルシアの隣国でいいのではないかと思ってしまう。神聖国グルシアと聖教国エルバノーンはアスア王国を挟んでほぼ対角線上に位置する国である。恨み辛みを訴えたいのなら、わざわざそんな遠くに行かなくとも、と思ってしまう。

 けれど、聖教国エルバノーンの最凶級ダンジョンの数は減っていない。増えてもいないが。
 英雄のギフトが失われて従来の力を出せないというのなら、頷ける話でもある。ある意味、信憑性が高くなる。

 聖教国エルバノーンに使いを出してもいつも同じ答えだ。
 英雄ザット・ノーレンの名を騙った偽物である。対処中である、と。
 噂を別の人から聞くたびに問い合わせたが、回答がいつも同じだと問い合わせるのも面倒になって来た。

 英雄ザット・ノーレンが生きていたのなら。
 英雄のギフトを新英雄ロイから戻せないだろうか。
 戻すことができれば、国王だって目を覚ます。
 新英雄ロイは犯罪者ということに。
 英雄の殺害を画策し、英雄のギフトを奪った簒奪者に他ならない。英雄の資格などまったくないにもかかわらず、英雄と騙った。
 そう、国民に公表できたのなら、どんなに楽か。

 国王と運命を共にするしか、私には道が残されていないのだろうか。
 滅びゆく道を。
 英雄が生きているのなら、英雄についていきたいとさえ思う。
 彼のそばが一番安全だ。いや、その考えは英雄のギフトを持っていたからなのだから失った今は違うと何度も否定するのに、なぜか彼のそばが安全だという考えが頭から離れない。
 どうせ聖教国エルバノーンにも援助を頼みに行く。
 こっそりと、英雄が出没するという最凶級ダンジョンに寄ってみるのも良いのかもしれない。
 



「ジニールが聖教国エルバノーンに向かったと?」

 報告を受け、私は馬車の中で頭を抱えた。
 ジニールは私の中で判断ができなかった。
 彼は話さないため、嘘か本当かの判断がつかなかった。
 新英雄ロイの仲間で英雄殺害に加担しているのか、それとも関係ないのか。
 一応、現在は新英雄ロイの仲間として、王城から動けない新英雄ロイの代わりとして魔物討伐に勤しんでいる、ことになっている。

 ジニールは今、英雄の元仲間の女性三人とともに魔物討伐をしていた。
 上級冒険者四人が仲間を組んで、最凶級ダンジョン閉鎖のために日夜戦い続けていたのだ。
 その行為はアスア王国として望ましいものだったのだが。
 どこかで英雄の噂を聞いたのか?
 今まで拠点にしていた街を出発して、南東へ移動し始めたということだ。
 四人で行動しているらしいが、女性三人も英雄を慕っていた者たちだ。
 生きているのなら事実を確かめたいと思っても仕方がないし、ジニールが殺害に加担したのなら、彼女らも英雄と会わせるのを邪魔することだろう。

「少し予定を早めて、我々も聖教国エルバノーンに向かう」

 もし英雄が生きているのなら。
 もしジニールが英雄に事実を話されたくないと考え、口封じに向かっているのなら。
 ありえない。
 せっかく生きているのなら、英雄の安全を確保しなければ。

 うん、英雄の身の安全を図るのは良い。
 が、英雄はアスア王国に戻りたいと思うのだろうか。
 英雄のギフトを奪われたのだから、ザット・ノーレンは英雄ではない。
 シルエット聖国でも昔、聖女が『聖女』のギフトを奪われて聖女ではなくなった。あの国は、聖女だった女性を処刑した。

 アスア王国は英雄に関してだけは異常だ。
 他国から宰相家に嫁いできた母が、いつも私に言っていた。貴方は英雄に対して冷静な目を持ちなさい、と。宰相である父さえ、英雄に関する考え方はおかしいと、私が貴族学校に入学するまで毎日毎日口うるさく言っていた。

 英雄は人だ。
 それ以上でも以下でもない。
 ただ、強いギフトを持っているだけの人間だ。

 新英雄ロイが英雄からギフトを奪ったのだから、ギフトを奪う方法は存在する。
 英雄のギフトを新英雄ロイから戻す方法があったとしても、それを英雄ザット・ノーレンは使いたいと思ってくれるだろうか。
 自分が殺害された後、真実を暴かずに犯罪者を英雄として担ぎ上げた国を、また英雄として助けたいと思うだろうか。

 人ならば。
 聖人君子でもなければ、答えは決まっている。
 だから、英雄ザット・ノーレンはアスア王国に戻って来ていないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。 その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。 王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

処理中です...