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15章 冷たい風に吹かれて
15-2 人 ※アスア王国の宰相視点
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◆アスア王国の宰相視点◆
アスア王国では今年の収穫は少なかった。
無事な土地がまず少ない。魔物によって荒れ果てた農地は何も生み出さなかった。
アスア王国内の移動は大変な危険を伴う。
王都にいる方が安全だが、このままアスア王国内にいたのなら来年にも国民の大多数は餓死してしまう。
私は周辺の宗教国家や離れた王国に援助をお願いして回っていた。
援助を頼みに行く立場なので、華美な馬車などは使わず、護衛も多からず少なすぎず失礼にならない数にしている。
今、我が国には英雄がいない。
そう、新英雄ロイは他の国には英雄と認められていない。
アスア王国内では英雄のギフトを持った者が英雄である。
しかし、他国の認識は、英雄のギフトを持った者がいる上で、その者が英雄の働きをして初めて英雄だ。
それゆえ、英雄のいないアスア王国の援助の依頼など、難色を示す国が多い。
宰相の私が頭を下げても、うんと言ってくれる国は少ない。支援物資も微々たる物を出してくれる程度だ。
それでなくても、我が国ほどでは全然ないが、他の国々も最凶級ダンジョンが発生し、他国に援助している余裕がない。自分たちの方が援助してもらいたいぐらいだと言う始末だ。
アスア王国の国王は、英雄のギフトを持っているロイがいれば何とかなると思っているようだが、何ともならない。
ロイがザット・ノーレンのようにその英雄のギフトを扱えなければ、他国は認めない。
このままでは我が国は冬を越せない。
魔物の蹂躙によって、国民の数は減るだろうが、それ以上に飢えが襲う。
魔物の襲撃から生き残ったとしても、食料不足が深刻になる。
国王は魔物を討伐して食べれば良いと簡単に言うが、地上に溢れているのは最凶級の魔物。上級冒険者でも複数でようやく一匹を仕留められる強さだ。それが集団で襲いかかってきたら上級冒険者でも歯が立たない。
英雄ザット・ノーレンを失った意味を、国王は軽んじている。
英雄のギフトさえ無事ならば、ではない。
神聖国グルシアに行かせるべきではなかった。
ロイやキザスを英雄の仲間に加えるべきではなかったのだ。
なぜ、アスア王国で重要な英雄に、杜撰な人選の仲間をつけてしまったのか。
すべては国王の責任だ。
多くの忠臣は国王に彼らを仲間に加えるのはやめるべきと忠告していた。
特にロイはギフトこそ派手だが、女遊び金遣いが荒かった。英雄が苦労するのは目に見えていた。人手が足りないと言っても、いない方がマシな人物を仲間に加える方がおかしかったが、国王はその意見に耳を貸さなかった。
だから、今、国王は誰にも文句が言えない。私に愚痴すらも言えない。
すべては国王が招いたことなのだから。
孤児院の残った子供たちにしたように、戦いの最前線に新英雄ロイを連れて行けばいい。
皆が皆、そう思っている。
国王以外は。
王城から動かない新英雄に、国民たちはいつまで我慢してくれるだろうか。
新英雄を守るなら、国民の目には国王も同罪に映る。
国民は英雄のギフトを持っているから英雄と認識してくれる。
だが、他国よりも英雄の扱いは酷い。
英雄は国民を一人残らず救ってこそ英雄だと思い込んでいるのだから。
それを成し遂げていたのが、英雄ザット・ノーレン。
死にそうなほどの重傷であろうとも、腕がなくなろうとも、下半身が吹き飛んでいようと、心臓さえ動いてさえいれば、治癒魔法で治せた。
そもそも、彼はそうなる前にいち早く動く。誰よりも速く動いていた。仲間や騎士団など置いていかれたくらいだ。
そういう英雄がいたのだから、国民は新英雄にもそれを望む。
新英雄ロイは英雄から英雄のギフトを譲られたと発表したのだから、同じことができないとおかしいと思われている。
私はいつも思っている。考えても仕方のないことを。
あの英雄が生きてくれてさえいれば、と。
噂は噂だろうが、私の耳にも聞こえてきた。
アスア王国の英雄ザット・ノーレンが聖教国エルバノーンの最凶級ダンジョンに現れる、と。
なぜ、亡くなった地の神聖国グルシアではないのか?
神聖国グルシアではアレ以来、最凶級ダンジョンが発生していない。そのせいなのだろうか。
それでも、アスア王国ではなくても神聖国グルシアの隣国でいいのではないかと思ってしまう。神聖国グルシアと聖教国エルバノーンはアスア王国を挟んでほぼ対角線上に位置する国である。恨み辛みを訴えたいのなら、わざわざそんな遠くに行かなくとも、と思ってしまう。
けれど、聖教国エルバノーンの最凶級ダンジョンの数は減っていない。増えてもいないが。
英雄のギフトが失われて従来の力を出せないというのなら、頷ける話でもある。ある意味、信憑性が高くなる。
聖教国エルバノーンに使いを出してもいつも同じ答えだ。
英雄ザット・ノーレンの名を騙った偽物である。対処中である、と。
噂を別の人から聞くたびに問い合わせたが、回答がいつも同じだと問い合わせるのも面倒になって来た。
英雄ザット・ノーレンが生きていたのなら。
英雄のギフトを新英雄ロイから戻せないだろうか。
戻すことができれば、国王だって目を覚ます。
新英雄ロイは犯罪者ということに。
英雄の殺害を画策し、英雄のギフトを奪った簒奪者に他ならない。英雄の資格などまったくないにもかかわらず、英雄と騙った。
そう、国民に公表できたのなら、どんなに楽か。
国王と運命を共にするしか、私には道が残されていないのだろうか。
滅びゆく道を。
英雄が生きているのなら、英雄についていきたいとさえ思う。
彼のそばが一番安全だ。いや、その考えは英雄のギフトを持っていたからなのだから失った今は違うと何度も否定するのに、なぜか彼のそばが安全だという考えが頭から離れない。
どうせ聖教国エルバノーンにも援助を頼みに行く。
こっそりと、英雄が出没するという最凶級ダンジョンに寄ってみるのも良いのかもしれない。
「ジニールが聖教国エルバノーンに向かったと?」
報告を受け、私は馬車の中で頭を抱えた。
ジニールは私の中で判断ができなかった。
彼は話さないため、嘘か本当かの判断がつかなかった。
新英雄ロイの仲間で英雄殺害に加担しているのか、それとも関係ないのか。
一応、現在は新英雄ロイの仲間として、王城から動けない新英雄ロイの代わりとして魔物討伐に勤しんでいる、ことになっている。
ジニールは今、英雄の元仲間の女性三人とともに魔物討伐をしていた。
上級冒険者四人が仲間を組んで、最凶級ダンジョン閉鎖のために日夜戦い続けていたのだ。
その行為はアスア王国として望ましいものだったのだが。
どこかで英雄の噂を聞いたのか?
今まで拠点にしていた街を出発して、南東へ移動し始めたということだ。
四人で行動しているらしいが、女性三人も英雄を慕っていた者たちだ。
生きているのなら事実を確かめたいと思っても仕方がないし、ジニールが殺害に加担したのなら、彼女らも英雄と会わせるのを邪魔することだろう。
「少し予定を早めて、我々も聖教国エルバノーンに向かう」
もし英雄が生きているのなら。
もしジニールが英雄に事実を話されたくないと考え、口封じに向かっているのなら。
ありえない。
せっかく生きているのなら、英雄の安全を確保しなければ。
うん、英雄の身の安全を図るのは良い。
が、英雄はアスア王国に戻りたいと思うのだろうか。
英雄のギフトを奪われたのだから、ザット・ノーレンは英雄ではない。
シルエット聖国でも昔、聖女が『聖女』のギフトを奪われて聖女ではなくなった。あの国は、聖女だった女性を処刑した。
アスア王国は英雄に関してだけは異常だ。
他国から宰相家に嫁いできた母が、いつも私に言っていた。貴方は英雄に対して冷静な目を持ちなさい、と。宰相である父さえ、英雄に関する考え方はおかしいと、私が貴族学校に入学するまで毎日毎日口うるさく言っていた。
英雄は人だ。
それ以上でも以下でもない。
ただ、強いギフトを持っているだけの人間だ。
新英雄ロイが英雄からギフトを奪ったのだから、ギフトを奪う方法は存在する。
英雄のギフトを新英雄ロイから戻す方法があったとしても、それを英雄ザット・ノーレンは使いたいと思ってくれるだろうか。
自分が殺害された後、真実を暴かずに犯罪者を英雄として担ぎ上げた国を、また英雄として助けたいと思うだろうか。
人ならば。
聖人君子でもなければ、答えは決まっている。
だから、英雄ザット・ノーレンはアスア王国に戻って来ていないのだ。
アスア王国では今年の収穫は少なかった。
無事な土地がまず少ない。魔物によって荒れ果てた農地は何も生み出さなかった。
アスア王国内の移動は大変な危険を伴う。
王都にいる方が安全だが、このままアスア王国内にいたのなら来年にも国民の大多数は餓死してしまう。
私は周辺の宗教国家や離れた王国に援助をお願いして回っていた。
援助を頼みに行く立場なので、華美な馬車などは使わず、護衛も多からず少なすぎず失礼にならない数にしている。
今、我が国には英雄がいない。
そう、新英雄ロイは他の国には英雄と認められていない。
アスア王国内では英雄のギフトを持った者が英雄である。
しかし、他国の認識は、英雄のギフトを持った者がいる上で、その者が英雄の働きをして初めて英雄だ。
それゆえ、英雄のいないアスア王国の援助の依頼など、難色を示す国が多い。
宰相の私が頭を下げても、うんと言ってくれる国は少ない。支援物資も微々たる物を出してくれる程度だ。
それでなくても、我が国ほどでは全然ないが、他の国々も最凶級ダンジョンが発生し、他国に援助している余裕がない。自分たちの方が援助してもらいたいぐらいだと言う始末だ。
アスア王国の国王は、英雄のギフトを持っているロイがいれば何とかなると思っているようだが、何ともならない。
ロイがザット・ノーレンのようにその英雄のギフトを扱えなければ、他国は認めない。
このままでは我が国は冬を越せない。
魔物の蹂躙によって、国民の数は減るだろうが、それ以上に飢えが襲う。
魔物の襲撃から生き残ったとしても、食料不足が深刻になる。
国王は魔物を討伐して食べれば良いと簡単に言うが、地上に溢れているのは最凶級の魔物。上級冒険者でも複数でようやく一匹を仕留められる強さだ。それが集団で襲いかかってきたら上級冒険者でも歯が立たない。
英雄ザット・ノーレンを失った意味を、国王は軽んじている。
英雄のギフトさえ無事ならば、ではない。
神聖国グルシアに行かせるべきではなかった。
ロイやキザスを英雄の仲間に加えるべきではなかったのだ。
なぜ、アスア王国で重要な英雄に、杜撰な人選の仲間をつけてしまったのか。
すべては国王の責任だ。
多くの忠臣は国王に彼らを仲間に加えるのはやめるべきと忠告していた。
特にロイはギフトこそ派手だが、女遊び金遣いが荒かった。英雄が苦労するのは目に見えていた。人手が足りないと言っても、いない方がマシな人物を仲間に加える方がおかしかったが、国王はその意見に耳を貸さなかった。
だから、今、国王は誰にも文句が言えない。私に愚痴すらも言えない。
すべては国王が招いたことなのだから。
孤児院の残った子供たちにしたように、戦いの最前線に新英雄ロイを連れて行けばいい。
皆が皆、そう思っている。
国王以外は。
王城から動かない新英雄に、国民たちはいつまで我慢してくれるだろうか。
新英雄を守るなら、国民の目には国王も同罪に映る。
国民は英雄のギフトを持っているから英雄と認識してくれる。
だが、他国よりも英雄の扱いは酷い。
英雄は国民を一人残らず救ってこそ英雄だと思い込んでいるのだから。
それを成し遂げていたのが、英雄ザット・ノーレン。
死にそうなほどの重傷であろうとも、腕がなくなろうとも、下半身が吹き飛んでいようと、心臓さえ動いてさえいれば、治癒魔法で治せた。
そもそも、彼はそうなる前にいち早く動く。誰よりも速く動いていた。仲間や騎士団など置いていかれたくらいだ。
そういう英雄がいたのだから、国民は新英雄にもそれを望む。
新英雄ロイは英雄から英雄のギフトを譲られたと発表したのだから、同じことができないとおかしいと思われている。
私はいつも思っている。考えても仕方のないことを。
あの英雄が生きてくれてさえいれば、と。
噂は噂だろうが、私の耳にも聞こえてきた。
アスア王国の英雄ザット・ノーレンが聖教国エルバノーンの最凶級ダンジョンに現れる、と。
なぜ、亡くなった地の神聖国グルシアではないのか?
神聖国グルシアではアレ以来、最凶級ダンジョンが発生していない。そのせいなのだろうか。
それでも、アスア王国ではなくても神聖国グルシアの隣国でいいのではないかと思ってしまう。神聖国グルシアと聖教国エルバノーンはアスア王国を挟んでほぼ対角線上に位置する国である。恨み辛みを訴えたいのなら、わざわざそんな遠くに行かなくとも、と思ってしまう。
けれど、聖教国エルバノーンの最凶級ダンジョンの数は減っていない。増えてもいないが。
英雄のギフトが失われて従来の力を出せないというのなら、頷ける話でもある。ある意味、信憑性が高くなる。
聖教国エルバノーンに使いを出してもいつも同じ答えだ。
英雄ザット・ノーレンの名を騙った偽物である。対処中である、と。
噂を別の人から聞くたびに問い合わせたが、回答がいつも同じだと問い合わせるのも面倒になって来た。
英雄ザット・ノーレンが生きていたのなら。
英雄のギフトを新英雄ロイから戻せないだろうか。
戻すことができれば、国王だって目を覚ます。
新英雄ロイは犯罪者ということに。
英雄の殺害を画策し、英雄のギフトを奪った簒奪者に他ならない。英雄の資格などまったくないにもかかわらず、英雄と騙った。
そう、国民に公表できたのなら、どんなに楽か。
国王と運命を共にするしか、私には道が残されていないのだろうか。
滅びゆく道を。
英雄が生きているのなら、英雄についていきたいとさえ思う。
彼のそばが一番安全だ。いや、その考えは英雄のギフトを持っていたからなのだから失った今は違うと何度も否定するのに、なぜか彼のそばが安全だという考えが頭から離れない。
どうせ聖教国エルバノーンにも援助を頼みに行く。
こっそりと、英雄が出没するという最凶級ダンジョンに寄ってみるのも良いのかもしれない。
「ジニールが聖教国エルバノーンに向かったと?」
報告を受け、私は馬車の中で頭を抱えた。
ジニールは私の中で判断ができなかった。
彼は話さないため、嘘か本当かの判断がつかなかった。
新英雄ロイの仲間で英雄殺害に加担しているのか、それとも関係ないのか。
一応、現在は新英雄ロイの仲間として、王城から動けない新英雄ロイの代わりとして魔物討伐に勤しんでいる、ことになっている。
ジニールは今、英雄の元仲間の女性三人とともに魔物討伐をしていた。
上級冒険者四人が仲間を組んで、最凶級ダンジョン閉鎖のために日夜戦い続けていたのだ。
その行為はアスア王国として望ましいものだったのだが。
どこかで英雄の噂を聞いたのか?
今まで拠点にしていた街を出発して、南東へ移動し始めたということだ。
四人で行動しているらしいが、女性三人も英雄を慕っていた者たちだ。
生きているのなら事実を確かめたいと思っても仕方がないし、ジニールが殺害に加担したのなら、彼女らも英雄と会わせるのを邪魔することだろう。
「少し予定を早めて、我々も聖教国エルバノーンに向かう」
もし英雄が生きているのなら。
もしジニールが英雄に事実を話されたくないと考え、口封じに向かっているのなら。
ありえない。
せっかく生きているのなら、英雄の安全を確保しなければ。
うん、英雄の身の安全を図るのは良い。
が、英雄はアスア王国に戻りたいと思うのだろうか。
英雄のギフトを奪われたのだから、ザット・ノーレンは英雄ではない。
シルエット聖国でも昔、聖女が『聖女』のギフトを奪われて聖女ではなくなった。あの国は、聖女だった女性を処刑した。
アスア王国は英雄に関してだけは異常だ。
他国から宰相家に嫁いできた母が、いつも私に言っていた。貴方は英雄に対して冷静な目を持ちなさい、と。宰相である父さえ、英雄に関する考え方はおかしいと、私が貴族学校に入学するまで毎日毎日口うるさく言っていた。
英雄は人だ。
それ以上でも以下でもない。
ただ、強いギフトを持っているだけの人間だ。
新英雄ロイが英雄からギフトを奪ったのだから、ギフトを奪う方法は存在する。
英雄のギフトを新英雄ロイから戻す方法があったとしても、それを英雄ザット・ノーレンは使いたいと思ってくれるだろうか。
自分が殺害された後、真実を暴かずに犯罪者を英雄として担ぎ上げた国を、また英雄として助けたいと思うだろうか。
人ならば。
聖人君子でもなければ、答えは決まっている。
だから、英雄ザット・ノーレンはアスア王国に戻って来ていないのだ。
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