上 下
152 / 236
15章 冷たい風に吹かれて

15-1 冬眠したい

しおりを挟む
 寒くなって来た。
 冷たい風が吹くようになった。

 布団から出るのが嫌になる季節だ。
 ヴィンセントにくっつくと、どうも誘っているように感じるらしい。
 まあ、お互い裸だからな。
 太ももも絡ませたら、確かにそう思うよな。。。
 ヴィンセントはスベスベお肌で、肌触りが良い。
 うーん、スケベオヤジのような感想を言ってしまう。若いって良いなー。

 ヴィンセントは今日も朝から元気だ。




「もう少し寝てていいよ、レン」

 優しい声でヴィンセントが言う。

「うーん、朝食の準備が、、、」

「私がやっておくから、大丈夫」

 甘い声だ。
 朝に激しくすると、ヴィンセントは非常に優しい。
 俺のカラダを労わってくれる。
 うん、俺、十歳も年上だからな。疲労は疲労としてたまるのよ。快楽は大好きだけど、その行為のツケはきちんとカラダに響く。英雄のギフトがあれば、ある程度までなら疲れ知らずだったのにねー。魔物退治で三徹ぐらいは平気でこなしていた。今は無理。

「うん、ありがと」

「朝食ができたら、呼びに来るから」

 俺の額に口づけを落として、ヴィンセントは部屋を出ていった。
 朝食だから、特に問題はない、はずだ。
 パンやスープを温め、サラダ用の野菜をちぎり、目玉焼きかオムレツを焼くという朝の定番。
 王子と角ウサギがいるので、塩味だけにはならないだろう。ケチャップとかドレッシングとか、きっと。。。

 布団に丸くなる。
 ヴィンセントの温かさがなくなるのは寂しい。
 それでも、布団から出られない自分がいる。
 ぬくぬく。
 甘やかされるとダメ人間が製造されるな、これは。
 うとうとうと。

「レンー、朝ごはんが冷めちゃうよー」

 可愛い声が聞こえた。
 目をこじ開けると、可愛い王子が覗き込んでいる。

「んー?」

 ヴィンセントが起こしに来るはずが。。。

「ヴィンセントは、レンが可愛いから起こしたくないってー」

 一度は起こしに来たのかな?
 ヴィンセントの意志が果てしなく弱い。俺が寝たいのなら寝かせておこうってことか?
 もぞもぞと動き出す。

「着替えたらいくから先に食べててー」

「うん、わかったー。レン、この頃お寝坊さんだねー」

「寝坊できる幸せー」

 布団にくるまって芋虫、いや蓑虫状態で何を言っているんだか。寝ぼけているようにしか思えない。
 王子が手でポンポンと蓑虫を優しく叩く。

「そうだねー。レンに休みがないのがおかしいよね。今まで毎朝、というか毎食作ってくれていたから」

 俺が出かけたりして作れないことも多いけど、食事はできるだけ作り置きとか、角ウサギが対処してくれたりとかしてやりくりしていた。

「ヴィンセントに言ってくるねー」

 って何を?
 パタパタと王子は行ってしまった。
 俺はのそのそとベッドから這い出る。

 寒くなってくると布団が恋しくなるのも知らなかった。
 英雄時代は最凶級ダンジョンが発生すると、即座に飛んでいったからなー。
 布団と仲良しってことなんて皆無だった。ベッドというのは、ただ寝るための場所だった。
 こんなに仲良くなってしまうとは。。。
 今の俺は怠惰一直線。
 暖かい地方に行けば改善されるかな?


 食堂に行くと、ヴィンセントが食事に手をつけずに待っていた。
 俺を待っていたというより、唸っていた。

「ヴィンセント?」

「王子に言われるまで、レンに無理をさせていたのに気づかなかったとは。。。」

 無理とは?

「王子、ヴィンセントに何を言ったの?」

「レンにはお休みがないなーと思って。冒険者でシアリーの街にも行くし、ダンジョンにも行くのに、家事も毎日しているから」

 ああ、無理とはカラダの方じゃなくて、いや、どっちもカラダのことだけど、夜の生活の無理ではなく、昼の家事のことか。
 ヴィンセントが清掃を担当しているから、お互い共稼ぎでの上で、しっかり家事分担をしてないかな?俺には角ウサギの支えがあるんだし。
 そういや、ヴィンセントは良いとこの坊ちゃまだった。なぜかすぐ忘れる。
 本来なら家事は全部、他の人がやってくれちゃったりする家だった。家事全般はお金を払ってやってもらう上流階級。神官なので多少はできるが、神官といえども上流階級の出の人間は、ほとんどやらない。
 しかも、ヴィンセントは食事にも何もかも、さほど興味がなかった人間なので、適当な食事でも作れれば問題がなかった。王子も治療で来ている身なので、それに対して何も言わなかった。。。

「でも、俺、英雄時代は休日どころか休憩時間も取れないことも多かったし、今の生活は」

「ダメだよっ、レンっ。今はブラックな英雄稼業じゃないんだから。たまにはしっかり休まないと、体調崩しちゃうよ」

 王子が俺のために。ホロリ。いい子や。
 この子が言う英雄は超人という意味なのかもしれないけど。
 英雄時代には誰も英雄に休めなんて言う人はいなかった。
 いつも走っていたような気がした。

 今、英雄扱いされているロイは、アスア王国の王城から動いていない。多少の訓練や勉学の時間があるにせよ、キザスや王女と遊ぶ時間も多い。
 羨ましいと思わないわけがない。
 なぜロイにはその生活が許されて、自分は許されなかったのか。
 英雄のギフトを持っている点では同じだろう。

 俺は孤児の貧しい生活から、英雄になった。
 一般的な生活というのは、他人事だ。貴族だろうと、庶民だろうと。
 英雄のギフトで知っているだけに過ぎない。
 休日もなく、遊ぶ時間もなく、自由になる時間など寝る前のひとときあれば良い方だった。

 英雄だからソレが当たり前と言うのなら、ロイは何なんだ。
 アスア王国は彼を英雄と称しているのだから、英雄として扱えばいいのに。

 ヴィンセントと王子と普通と言える範囲の生活に浸ると、あの生活の異常さをさらに自覚する。
 アスア王国の国民は英雄に高望みしすぎだ。
 英雄は人間である。心もカラダも。
 たとえ、英雄のギフトがあったとしても。

「そうだねー、英雄のギフトがないから、そこまで無理はできないねー。徹夜なんかもうできないからねー」

「本当は人を雇うのが一番なんだけど、この家ではできないから、聖都に行くまで何とか自分たちでやりくりしよう。私も魔術でできるだけ家事を手伝うから」

 ヴィンセントが俺の手を握って言った。

「その気持ちだけで充分だよ、ヴィンセント」

≪ククーにおかしなことになっているから行ってくれ、って言われて来たけど。。。食べないなら、食べちゃうわよー≫

 角ウサギのタレタが食堂のテーブルにのった。光の文字が浮かんでいる。
 実際、テーブルにのるのは行儀が悪いことなのだが、椅子に座らせるとテーブルに届かないし、反対に床で食べさせる方が微妙である。彼らはペットではないので。

「つまみ食いは許してないぞー、タレタ」

≪はいはい、冗談よー。ダンジョンに角ウサギも増えたから、この家に来る手伝いの回数を増やしても大丈夫よー。それならツノも賛成するでしょ≫

「お前たちはお庭当番が減るのが嫌だったから、角ウサギの頭数を増やしたくなかったんだろ。ダンジョンの方は来てくれた角ウサギたちに任せて、お前たちも多少は自由に行動して良いんだぞ」

≪そんなこと言うとー、冬の間、冬眠するわよー≫

「あー、俺も冬眠したい。。。ククーはこっちに来させた人選を間違ったなー。タレタはそういう面では俺ソックリだからな」

 人選ではないか。角ウサギ選?どっちでもいいか。
 冷めてしまったけれど、朝食を食べ始める。
 あっさり塩味が中心となっている。

「そういや、今日のお庭当番は?タレタじゃないよな」

≪オレオよー。毎朝、王子の身代わりくんのカラダを拭くから、今日はちょっと遅くなっているみたいねー≫

「ああ、そうか。身代わりを甲斐甲斐しく世話しているのはオレオだからな。お庭当番を二匹体制にすればオレオも慌てないで済むか。俺の当番も必要だけど、ダンジョンの方は他の角ウサギが増えているから大丈夫だろうし」

 タレタは王子からサラダの野菜をもらっている。
 美味しそうに食べている。

 うん、タレタは何のために来たんだっけ?
 寒い時期の俺たちは、朝が特に弱い。頭が回らん。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貧乏αと金持ちΩ

BL / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:33

愛され転生エルフの救済日記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,222pt お気に入り:100

さよならをする前に一回ヤらせて

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:110

素人ショートコント

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:540pt お気に入り:1

私は私を大切にしてくれる人と一緒にいたいのです。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:3,031

天才な妹と最強な元勇者

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:187

君が大好きという呪い

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

処理中です...