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14章 もの思いにふける秋

14-10 疑い ※カンカネール視点

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◆カンカネール視点◆

 ここはアスア王国と聖教国エルバノーンの国境。
 聖教国エルバノーン側の入国窓口付近の応接室みたいな部屋である。

「おぬしもほとんど変わっていないようじゃのー」

 テーブルの上にいる人形が声を発した。
 護衛たちが剣をかまえようとしたが、手で制する。
 そう、不気味な人形は、英雄と一緒にいたから見覚えが山ほどある。

「貴方、英雄を追いかけまわしていた諜報員の一人ね。聖教国エルバノーンの人形遣い」

「カンカネールよ、なぜ我が国にやって来た?」

 人形は私の問いに肯定もせずに、私に質問を寄越した。答えるまでもないということなのだろうか。
 護衛たちは後ろに下がって、私は椅子に座って人形とやり取りを始めた。

「英雄に会いに来た」

「ンなことはわかっておる。英雄に会いに来た理由を聞いておるんじゃ。遠路はるばる危険な道のりを遺産を返すためだけに来たわけではあるまい」

 さすがは諜報員。
 私が英雄の遺産を返しに来たのはわかっているようだ。だが、それだけで最凶級の魔物がうろついている地上を馬で走ってくる馬鹿がいるとは思えないのだろう。

「私は英雄の遺産を利用されることを望まない。本人が生きているのなら、返す。ただそれだけだ」

 (●`з´●)qブーブー

 人形の表情が変わりやがった。
 納得がいかない、と?
 そりゃそうか。私が死んだはずのシルエット聖国の第七王女だということを知らなければ、遺産を返すのならせめてもう少し安全になってから返せば良いじゃん、としか思わない。わざわざこんな危険な時期にアホなことをする必要はない。

「それが本当なら、儂が結婚指輪を預かって返してやろう。それでこの国には入国する必要はないな。さよーなら」

「待て。大切なものを預けられるほど、私がお前を信用すると思うのか?しかも、お前が英雄に本当に渡すという確証はどこにある」

「それはー、英雄の名においてー、信じてもらうしかないなー」

 わざと語尾を伸ばしている。
 このハゲ人形。
 おちょくっているのか?

「英雄の名を出そうが、他国の諜報員を信じることはできない。お前は英雄と会ったことがあるのかさえ疑わしい」

「ははっ、そう言ってやるな、カンカネール。爺さんは信頼できる人間だ。まあ、その不気味な人形が交渉役では疑わしいのもこの上ないが」

 この声は。
 私は慌てて顔を上げた。
 ハゲ人形の後ろにはもう一つ扉がある。扉を開閉した音は聞こえず、扉の動きも視界にも入らなかったが。

「ザット、、、」

 短い黒髪、ほんの少し日焼けした肌、白銀の鎧、すべてがあのときのままだ。
 慌てて髪を直し、イスから立ち上がる。装備は汚れて、、、いるな。どうしようもないのはわかっているが、少し汚れを払う。

「さて、カンカネール。キミも知っていると思うが、今の俺には英雄のギフトはない。昔みたいに察することはできない。なぜここまで来たのか、ワケを教えてもらえるか?本当に俺の遺産を返しに来ただけではないだろう」

「この女は儂に教えてくれなかったぞー。ひどい女だー。騙されるなよー。数年前にお前にベタ惚れだった時代とは違うぞー」

「ははは、爺さん。俺に何かを訴えたいのなら、もう少し視覚的にマシな人形を選べ。その人形も却下だぞ」

「えー、この人形は可愛いじゃろ」

「この国に置いていけ。じゃないと見つけた時点で壊す」

「ひどーい、横暴だー、クソ英雄ー」

 人形が英雄に向かって文句言っている。なんか仲いいな。
 英雄が向かいの椅子に座った。私ももう一度座り直す。

「さて、キミも後ろの護衛たちも、俺がここに来たことは他言無用だ。守れるか?」

「もちろん」

 後ろの護衛たちも頷いている。

「そうか、わかった」

 英雄が頷いた。昔より余裕のある笑顔に見える。英雄の重責から離れた余裕なのだろうか。
 彼は神聖国グルシアで魔物に殺されたと聞いた。

「ザット、私は貴方に貴方の物を返しに来たの」

 私は収納鞄から、お金から、結婚指輪、その他諸々を取り出して、テーブルに並べる。
 英雄が結婚指輪の箱を開けて、中を見てから、蓋を閉じた。

「それはありがとう。けれど、キミならこれらのものをもらったままでいてもかまわなかったんだが」

 私は首を横に振る。

「いいえ、私が持っているとロクなことにはならないわ。この聖教国エルバノーンの地で貴方の意志を継ぐ者に出会ったためすべてを譲ったとでも言っておくわ」

 貴方に会ったことを言えないのなら。
 英雄は静かに微笑む。

「そうしてくれると助かる。俺は死んだことになっている人間だからな」

「その割にはこの国で最凶級ダンジョンに出没するという噂がアスア王国にまで漏れているわよ。貴方のことだから、わざと何でしょうけど」

「よくわかったね」

 英雄は笑顔のままだった。
 真意を私に教えてくれるつもりはないようだ。

 本当は英雄に縋りつきたい気持ちはある。
 あのシルエット聖国のことを。
 ただそれは。

 英雄は目を細めた。

「カンカネール、キミは今回の件、伯爵に頼ったのか?」

「え?ええ、領地も魔物で大変ななか、護衛を五人も出してくれたの」

「違う、そのことではない。キミは周りの人間に頼るということをするべきだ」

 英雄は明確にシルエット聖国のことを示唆している。

「ザット、」

「私も昔はキミの意志を尊重していたから言える立場ではないが、キミは周囲に相談する前に物事を決定してしまうことが多い。以前、私はもっとキミに頼りにされたいと思っていたが、キミはすべてを決断をした後だった。今、キミが頼るべき人間は俺ではない。キミが素直に相談していたのなら、伯爵はこの魔物のなかを駆け抜けていくよりもよりよいアイディアを出してくれたに違いない」

 私は頼ろうとしていた手を膝に戻す。

「俺のものは受け取った。この礼に、一度だけ願いを聞こう。まあ、今でなくてもいいし、キミの子供でも孫でもいい」

「そうねー、無理難題を言っちゃうかもよ。うちの伯爵領の魔物を全て片付けて、とか」

 ほんの少し寂しくなったから、冗談を言った。彼に無理難題を吹っ掛ける気もないし、お礼に何かを要求する気もない。

「キミがそれを望むなら」

 英雄の目が真剣だった。

「冗談よ、冗談。軽々しくそんなこと口にしたら、そのぐらいの願い事をするかもよーっていうことを知っておいてもらいたかったのよ」

 深く息を吐いた。
 そして、笑った。

「ザット、もう一度会えてよかった」

「俺もだ。会いに来てくれてありがとう」

 立ち上がって、握手をした。
 温かい。
 彼が生きていることがわかる。
 ジンとする。

 照れ隠しでもないが、後ろを向いて護衛に言う。

「さあ、うちに帰るわよっ」

「おおっ」

 ただそれだけを言っただけだった。

「え?」

 私も、護衛たちも唖然とした。
 扉が開閉した気配も音もなかった。そういえば、彼が現れたときも。。。
 この部屋に、すでに英雄の姿はなかった。
 彼に返した物もテーブルの上からなくなっている。

「用事は済んだだろ。さあ、帰った帰った」

 ハゲ人形が私たちをこの部屋から追い立てようとする。
 護衛たちもキョロキョロしている。

「なっ、英雄はどっから?まさか幽霊じゃ」

「手はちゃんと温かかったわよっ。きっとなんかこの部屋にカラクリがあるのよっ」

「そ、そうだな、あんな人形が動いているくらいだからな」

「ゆ、幽霊の噂を今度は広げる気なのか」

「そ、それなら、わざと聖教国エルバノーンにのせられて、噂を広めてやるのも一興か」

 強がっているが、どもっているぞ、アンタら。魔物のなかを駆け抜ける度胸はあっても、幽霊が怖いのか。。。
 私たちは追い出され、応接室の扉が完全に閉じられた。
 聖教国エルバノーン側の職員が私たちの前に現れる。

「どうされます?入国されますか。それとも」

 英雄の遺産は返した。
 もうこの地でやることは何もない。

「帰ろうっ」

「そうですねー、奥様は今度こそ伯爵に相談しましょうねー」

「そうそう、今回の件もいきなり聖教国エルバノーンに行くっって宣言から始まりましたからねー」

「充分お強いことは証明されましたから、伯爵領で活躍しましょー」

 国境管理事務所の外から、もう一度振り返る。
 もう、彼と会うことはないのだろう。
 寂しいとは思う。悲しいとも感じる。
 けれど、彼は生きていた。
 そして、笑っていた。

 青い空がどこまでも広がっていた。
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