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14章 もの思いにふける秋

14-5 ただいま

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 カイマはどこぞかの保養施設で休養するという。
 無色透明の魔石を取り込んだのだから、回復は容易いだろう。元気になった後、どうするのかを俺は知らん。無責任に聞こえるかもしれないが、神官に戻るのも、俺とヴィンセントの仲を邪魔しにくるのも、彼の自由だということだ。今度は俺も応戦するけど。
 俺たちは大教会を後にした。
 普段の出勤ならククーは徒歩通勤をしない。いつも御者付きの馬車で自宅と大教会を往復している。
 アディ家はそれだけの身分だということだ。
 自分で御者もやる行商人役も本人が望まなければやらなくていい役だ。行商人役は監視する必要もあるので、ほどほどの上の人間がやる役だから、ククーはちょうどいいと言えばちょうどいい人物ではある。

 ククーは俺が一緒だと歩く。馬車を使うという概念がどこかに消え失せるようだ。
 俺は本当に馬車に乗るというイメージが湧かないらしい。
 今日のククーは神官服ではないから、通行人に頭を下げられることはないが。

「せっかくの休日だったのに、休日出勤してしまったな、ククー」

「ああ、そうだな」

 アディ家の屋敷に戻る道すがら、ククーは考え事しながら歩いている。
 ククーが俺を見た。

「どうした?」

「なあ、レン。俺たちが教会の地下に行ったときに、扉を通ったか?」

「扉?ああ、扉か。いや、そのまま転移したぞ。ダンジョン化したからな」

 俺の答えに、ククーの足が止まってしまった。

「レン、それは確か他人にすると人体が崩壊するってヤツじゃ、、、」

「そうだけど?」

「そんなあっさり、、、俺が崩壊しても良かったのか?」

「何を言っているんだ。俺がククーを崩壊させるわけがないだろう」

 ククーの思案顔。そして、考えがひらめく。

「そうか、アンタの転移魔法が完成したんだな」

「いや、安全に転移できるのはお前だけだ。他の人間だとまだ崩壊する」

 複雑な表情を浮かべるククー。自分だけと言われて嬉しい反面、それはまだ危険な魔法なのでは、という疑い。

「俺だけか?レン、その理由を教えてくれないか」

「あえて言うなら、お前が俺のダンジョンで俺に誓ったからだ」

 俺の回答は不十分だったようで、ククーは首を傾げている。

「それなら、ヴィンセントや王子だって、もしくは人形遣いの爺さんやノーレン前公爵はどうなんだ?もうそろそろ扉なしで転移できそうなのか」

 俺が大切にしている人々、ミニミニダンジョンの管理下にある人々が可能性としてあると踏んだのだろう。

「ククー、俺が前に言っただろう。俺のダンジョンでミニミニダンジョンを身につけているお前が約束事を言ってしまうと誓いになってしまうと。お前は永遠に俺のそばにいてくれるのだろう」

「当たり前だ」

 間髪入れずに答えてくれるのが嬉しい。
 顔が綻ぶぞ。

「そういうワケだ」

「え?あっ、永遠にそばにってそういう意味でも?いや、それは良いけど。あー、そうなのか」

「だから、お前のカラダは崩壊しない。他の人たちを俺の転移魔法で運ぶことはまだ難しいだろう」

「そうか、そうなのか。あ、まだヴィンセントの門限には時間があるだろう。少し飲み直すか?」

 外に出かけた様子がない人間が表から帰ってくるのは、アディ家の使用人はどう思うのだろう。
 しかも、俺を客人として連れて帰ったら、帰らない客と思われないかな?ククーの隠し部屋の扉から帰るし、転移で帰っても良いけど。

「ああ、そうだな。結局、ヴィンセントは何も知らないで解決したなー。そういうところが大神官長には向いてないところだよな」

「ある意味、大神官長向きなんじゃないか?」

「はは、確かに自分は何もしないのに解決している人徳はあった方が良いが、大神官長は何も知らないわけではないぞ。その違いは大きい」

「あー、確かに」

 話しながら歩いているとアディ家の屋敷に着いた。
 聖都の大教会から歩いて着く距離。。。つまり、そういうこと。
 ノエル家の屋敷もご近所である。
 ヴィンセントもククーもお坊ちゃまなのである。この国の上流階級である。
 門番が慌てて門を開けている。門番の目には、馬車は?という問いが浮かんでいる。
 聖都の一等地なので、門から玄関までにそこまでの距離はないが。

「俺がただの孤児のままだったのなら、お前たちと言葉を交わすこともなかったのだろうな」

 口に出していた。
 住む世界が違うのだと感じるのは、ふとした瞬間。
 英雄になったからといって、あのときの境遇を忘れることはない。

「レン、、、」

 俺のギフトがアスア王国の英雄のギフトではなかったら。
 今さら、そんな仮説を立てることさえ馬鹿らしいが、俺はアスア王国で冒険者をしていただろうか。年中、最凶級ダンジョンが発生するアスア王国では冒険者になれば食うに困らないはずだ。
 それとも、俺ではない英雄がいたのならば、その者がすべてを解決していたのだろうか。
 俺たちは貧しいままだっただろうか。
 青い空を見上げる。

 俺たちも、人間だ。
 紛れもなく。

 固く手を握りしめる。
 ただひたすらに願う。
 人なのに、人として扱われないことの悔しさ、寂しさ、悲しさ、怒り、その他の負の感情を、これから生きる人たちが感じないですむように。
 神がもし、いるのならば。
 もう亡くなってしまった者たちが安らかに眠れるように。




 玄関の扉を開けたアディ家の使用人は表情には何も出さずにククーを迎えた。

「ククール様、お帰りなさいませ」

「あ、ああ、今帰った」

 ククーが正気に戻った。
 考え事をしていて、ついうっかり歩いて帰ってきてしまったことにようやく気づいた。
 だからといって、今さら玄関から外に出るわけにもいかない。

 何事もなかったかのように、そのまま自分の部屋へ戻るククー。
 俺を隠し部屋に誘う。

「ま、いっか。さあ、飲み直そう」

「そうだな」

 俺はエルク教国の酒を樽から注いで、ククーにグラスの一つを渡す。
 樽を持ってみると、ほどほどに軽くなっている。二時間ほどでかなり飲んだからな。せっかく飲んだ酒の酔いを消してしまったのは本当にもったいない。

「レン、」

「ん?」

「俺はアンタがアスア王国の英雄でなくとも、きっと冒険者としてのアンタに憧れていた。それが少し早いか遅いかだ」

「何の話だ?」

「ただの孤児のままだったのなら、ってアンタが言ったんだろ。アンタのギフトがアスア王国の英雄のギフトでなかったとしても、アンタが冒険者になれば有名になっていただろう。いや、英雄のギフトでなければ、この国にも普通に冒険者として訪れてくれていたかもな。それならば、アンタが遅かれ早かれ俺の英雄になっていたのは間違いない」

「断言したなあ」

「アンタがアスア王国の英雄のときに、俺はアンタと言葉を交わすことはなかったんだ。反対に一般人になったからこそ、言葉を交わすことができた。多少過程が変わることがあっても、アンタは俺の英雄なんだ。自信を持て」

 何の自信なんだか。
 ククーは言いたいことを言うと、酒を飲む。
 俺も酒に口をつける。

「ああ、美味い酒だな」

 こんなに嬉しい酒を、俺が飲むことができるようになるとは。




「レンー、門限一時間も破っている」

 ヴィンセントが仁王立ちで玄関前に立っていた。怒ですな。
 ヴィンセントと王子は夕食後の時間である。角ウサギには連絡しておいたので、二人の夕食はしっかり準備してもらえた。
 しっかし、いつから立ってたの?俺がダンジョンの扉経由で帰って来なかったら、転移で素通りしてたよ?

「ただいま、ヴィンセントー」

「レン、他に言うことがあるでしょう」

 ヴィンセントの言葉に、俺はにっこりと笑う。

「本当は二時間破りたかったくらいだ。すべてはヴィンセントのせいだよー。きちんとクレッセさんに問い合わせて事の顛末を聞いて、自分のやったことの反省ぐらいはしなさい」

「え?クレッセ兄さん?聖都で会ったの?ククーとの飲みじゃなかったの?」

「ヴィンセント、ただいまー」

 俺は笑顔で手を広げ、強制的にやり直した。

「う、、、おかえり、レン」

 玄関先でヴィンセントと抱き合う。

「かなり酒臭いんだけど、、、それでもクレッセ兄さんに問い合わせないといけない?」

 ヴィンセントに笑顔だけで答える。

「はい、わかりました」

「帰る家があるって嬉しいなー」

 俺は喜びを表しながら、家に入った。
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