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14章 もの思いにふける秋

14-4 罰

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「えー、じゃあ、殴っていい?」

「お前は私を何だと思っているんだ?」

 大神官長がせっかくの俺の申し出を拒否している。
 えー何で、拒否するんだろう。おっかしいなー。
 腕をブンブン振り回しておこう。

「ヴァンガル・イーグ。この神聖国グルシアのトップの大神官長」

「わかっているじゃないか」

「今は俺のサンドバッグ」

「違うわいっ。何で殴ろうとするんだっ」

 大神官長が本当に嫌がっているようだ。カイマの後ろの方に逃げていくぞ。

「えー?言ってもわからないみたいだからさー。躾は必要だよねー?今は俺たち以外ここにいないからさー。お前が入って来れないようにしたのだろう?自業自得だよなー。ククーが黙っていれば、誰にも事実はわからないしー」

「魔王だ。お前は英雄じゃない、魔王だっ」

 ククーのことに言及しないので、大神官長はククーが自分に都合のいい発言をしてくれるとは思っていないのだろう。この辺がククー。ありがたやー。だから、大神官にはなれないとも言うのだが。

「ヴァンガル・イーグ、残念ながら勇者は助けに来ないぞ?お前が俺を魔王と呼んだところで、俺は魔王のギフトを持っていないのだから」

「クソっ、神は私を見捨てたか」

「大丈夫ー。どんなに殴られても、部位が欠損しても、俺の治療魔法で完璧に治すから、誰にも事実はわからないよー」

「お前が言うと冗談には聞こえんわっ」

「冗談じゃないからなー。お前がシアリーの街で仕出かした一件、金で解決したが、恨みは消えていない。うちの角ウサギが丹精込めて育てた薬草を灰にしたお前を俺が本当に許すと思うのか?」

「ククーも静観するなっ。助けろ」

 大神官長はククーに助けを求める。

「、、、まあ、元に戻るというのですから、レンの気が済むまで殴られてはいかがですか?」

 おやおや、ククーも大神官長に対する恨みを相当ためてないかい?

「レンの気が済むまで殴られたら、死ぬだろっ」

「あのー、いつまでその茶番を続ける気ですか?」

 一人の神官が生贄の広場にようやく出てきた。

「クレッセ、ようやく出て来たかー」

「大神官長が殴られるところを見たかったから、放置していたんですよねー?さすがヴィンセントのお兄さん、正直だ」

 俺の言葉に、クレッセと呼ばれた神官がため息を吐いた。

「いつから私がいることに気づいてましたか?」

「俺が聖都を支配したときに」

 俺は笑顔で答える。
 クレッセが小さく息を飲む。

「冗談ではなかったのですね。。。私はヴィンセントの兄、クレッセント・ノエルです。親しみを込めてクレッセとお呼びください。この聖都で神官をしてます」

 ヴィンセントとはかなり年齢が離れている。クレッセは俺よりも年上だ。

「冒険者のレンです。ヴィンセントとは仲良くやってます。今後ともよろしくお願いします」

 俺の挨拶にクレッセが手を差し出してきたので、握手をする。
 クレッセが俺の指を探っている。

「クレッセさん?」

「ノエル家では結婚指輪を代々同じところに作らせているのですが、あの子は聖都に戻ったらプロポーズすると言いながら貴方の指輪のサイズを言って来ないという間抜けっぷりをやらかしているので、せっかくなので少々お手を拝借させてください」

 うん、この人、ヴィンセントの兄だなー。グレイシアさんもヴィンセントの姉だなー、と思ったけど。
 この状況下でやることなのかな?

「結婚指輪は俺が作りたいって言ったんですけど」

「ノエル家ではその工房の結婚指輪ではないと結婚と認めないという慣習がありまして、もしそれでもレンさんが作りたいというのなら同じ指に指輪を二つご使用ください」

「、、、俺、指輪はしない主義なんだけど」

 じゃあ、何で結婚指輪を作ろうなんて思ったんだよ、って視線を向けないでくれるかな。
 だって、恋人に贈るアクセサリーなんて限られてくるだろう。しかも、相手が男性だとより範囲が狭くなる。

「まあ、聖都の実家に来るときとか、公式の行事のときにはご使用ください。反対に婚姻届が受理されてなくても、その指輪をしているだけでノエル家では結婚していると見なされますので、ご注意のほどを」

 それ、どういう指輪なの?呪いの指輪?
 いいけどさー。

「魔王ですか。ヴィンセントが惚れるのも頷けますね」

 大神官長の言葉を聞いていたのだから、魔王のギフトはないと知っているのだろうけど。

「ふふっ、貴方がヴィンセントのものじゃなければ、私が欲しかったくらいですよ」

「俺がヴィンセントのものじゃなければ、ククーのものだから無理ですねー」

 早めのお断り。冗談だろうけど。ああ、ノエル家は魔力が高い者には惚れるって奴ですかね。。。
 ククーが俺を引き合いに出すなって顔をしている。

「それは残念。では、カイマはノエル家の息がかかった施設で休養させますので、連れて行きます」

「ノエル家が出てきたと知れば、アイツらも諦めるだろう。はー、やれやれ一件落着」

 大神官長が本当にやれやれ感を醸し出している。もう少し神官服をくたびれさせても良かったんじゃないかな。

「え?」

 当事者のカイマがクレッセに手を取られて、キョロキョロ辺りを見回している。
 この中で状況がわかっていないのは、カイマ一人である。
 安全な場所に行った後にでも、クレッセにゆっくり説明されてください。

 カイマが今まで人形の罰を免れていたのは、ヴィンセントのノエル家のおかげである。ヴィンセントがカイマを利用しているのは他人にもわかり切っていたことだったが、ノエル家を敵に回してまでカイマを手に入れることは危険であった。けれど、今回の件はカイマがそのヴィンセントを怒らせてしまったことで、ノエル家が出てこないと踏んだ上司がカイマの人形の罰を下した。
 ヴィンセントはカイマを利用したが、カイマも実際のところ今まで守られてきた。持ちつ持たれつ。お互いが正確にそれを認識しているかは別の話であるが。
 カイマは性格に難はあるが、顔は可愛い。後ろ盾がなければ、神官になった途端に人形にされていたことだろう。
 ヴィンセントがカイマを長年利用してきたのだから、ノエル家が責任を持つ。コレはそういう意志表示だ。

「あ、でも、魔石を飲み込んだカイマをすぐに連れて行くと、ここの結界の維持ができないのでしたよ、ね、、、」

 クレッセがカイマを連れて行こうとする足を止め、振り返った。

「、、、愚問でしたね」

 クレッセが俺と目が合った。
 俺は収納鞄から取り出した別の無色透明の小さな魔石を、先程まで生贄が横たわっていた位置に置いていた。
 うちのダンジョンには無色透明な魔石は大きく育っていなくても、小石サイズならゴロゴロと辺りに散らばって成長を日夜頑張っているからな。

「あー、そうそう、俺は来年の神聖国グルシアの建国祭の生贄には王子の身代わりをここに寄越す」

 大神官長もクレッセも驚かない。口には出さないが知っていることだ。王子はアディ家の養子になるのだから。

「ここに現大神官長と、未来の大神官長予定がいるのだから言っておく。俺が用意する王子の身代わりには何十倍もの無色透明な魔力をつぎ込んでいる。それでも、任期の八年がやっとだ。今回、本物の王子が生贄になったとしたら、結界は数年も持たないだろう。そして、その次からは生贄はやめてもらいたい。無色透明な魔石は俺が準備する」

「いえ、身代わりにも生贄にも魔石にも異論はないのですが、貴方が未来の大神官長に押すのはヴィンセントの方では?」

 クレッセの笑顔は変わらないが。
 聞きたいのはそっちの方なのか。

「ヴィンセントは大神官長の器ではない。どうしても根が真面目だから、冷静に判断しても大神官までだ。カイマの件でも利用するにしても微妙だし、裏工作も上手くない。人というのは無理をし過ぎると、良くない方向へ行ってしまうことが多い」

「そこは俺がいるからー、とか、俺が支えているからー、とか、俺が裏工作するからー、とか言わないんだねー、英雄はー」

 大神官長が茶々を入れてくる。本当は殴られたかったのかな?殴ってほしいのかな?

「俺はヴィンセントとともにいられればそれで良い。ヴィンセントの仕事が増えたら、俺と一緒にいる時間が減るだろう」

「、、、大神官長は確かに激務ですが、それでも」

「クレッセ、なぜ貴方がすぐに出てこないのかと思ったら、そういうことだったのか」

「ヴィンセントの後ろ盾の貴方が大神官長を殴れば、公にはならなくても心証は悪くなったでしょう」

 大神官長を殴る前に、蹴り飛ばしたのは大目に見るのかな?蹴っても、殴っても同じことだと思うのだが。

「はは、後ろ盾か。俺はそんなものではない。それに、俺はヴィンセントが望まないことはやらない。戒めもしている」

「戒め?」

「俺が望んだことをヴィンセントに強要しないように」

 クレッセの目が笑う。

「そうですか。貴方が大神官長になれば、この国はもっと平和になりそうな気がしますね」

 クレッセよ、今、振り返ると大神官長が変な顔しているぞー。この世のものとは思えない顔をしているぞー。

「俺は魔王だそうだから、裏から口出しするよ」

「それは大変に心強いことです。レン、心より感謝を」

 彼は右手を胸に当てた。
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