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14章 もの思いにふける秋

14-2 儚く ※カイマ視点

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◆カイマ視点◆

 複数の手が僕のカラダを嬲る。
 大切に扱われているわけでもないのに、カラダは熱く反応する。
 心はこんなにも冷えているのに。

 ヴィンセントに憎むべき相手として睨まれた。あの目が忘れられない。
 僕が向けられたかったのはああいう目ではなかった。
 ヴィンセントに拒絶された。
 帰りの馬車ではひたすら痛かった。

 人形の罰は、かなり強い薬を使われた。
 毎日、何度も何度も男たちに抱かれた。性欲の捌け口に使われた。
 罰から解放されても変わらない。
 今も診療所のベッドで抱かれている。
 ここは聖都の大教会の奥にある診療所。
 大教会の表にある診療所とは意味が違う。表のは神官も含まれるが信者の怪我や病気の治療にあたる場である。
 奥の診療所にいる管理者ももちろん神官だ。
 カラダを貪られるのに、それ以上に求めてしまう。
 もう人形ではないのに、自分から人形になりたいと望んでしまう。
 それを口にするのはもう時間の問題だった。

 本当に抱かれたいのは、ただ一人だったのに。


 清めの時間。
 風呂の時間を良いように言っただけである。
 久々に一人の入浴だった。
 お風呂でも誰かが一緒に入り、喘がされることの方が多かった。
 ゆっくりしているのに、小さな物音でも慄く自分がいる。
 誰かが入ってくることが怖いのか。
 それとも、期待しているのか。

 人形になりたいとこの口が言ってしまう前に、終わりにしたかった。
 すべてを。


 清廉潔白な本当の聖職者という幻想がいるのは、地方の神官長で稀に存在する。
 彼らは一般人が望む聖職者を体現している。そういう人物に憧れて神官を目指すなら、その人の元で修行した方が良い。聖都を目指すよりも遥かに聖職者として相応しい人間になれるだろう。
 中央大教会とも呼ばれる聖都の大教会ではそんな人物はいない。大神官でさえ一般人が考える聖職者とはかけ離れている。もちろん、どこの神官でも表向きはどう見ても聖職者である。

 中央では禁欲を守っている神官など誰もいないように感じる。
 ただ、たまにバレて更迭される神官もいるが、それはその神官が邪魔になったので適当な理由をつけて配置換えしたかったからである。




 裸足だった。
 髪も濡れたまま。
 白い服は一枚で袖も裾も長いワンピースのようなものだ。カラダの線が見えるようなものではなく、誰でも着られるようにダボダボである。

 足はヒンヤリと冷たい。
 薄暗くなる方へ。
 下へと続く階段へ。
 一歩一歩降りていく。
 不思議と誰にも会わない。
 奥に行けば奥に行くほど警備が厳しくなるのが大教会のはずである。
 誰とも会わないのはおかしい。

 けれど、死に場所へと誘われているのなら。

 ほんのりと花の香りが鼻に届く。
 広い空間に出る。
 大教会の地下にこんな広い空間があるとさえ思っていなかった。
 周囲にある小さな照明では良く見えなかったが、暗さに慣れれば慣れるほど、この場が墓であるように思えてしまう。
 大量の花に囲まれて中央に横たわっているのは遺体だろうか。ここからだと真っ黒に見える。子供のような大きさだ。
 花をかき分けて、近づく。
 誰だろう、この子は。ここまで遺体を花で囲われなければいけない身分の子か?
 近くで見ても、顔は判断がつかない。
 どう見ても黒い。両手を胸の上に組まれているようだ。そこには透明な結晶を持っている。
 水晶ではなさそうだ。
 小さいといえば小さい。親指の爪の大きさもない小さな石だ。
 無色透明なソレは、遺体が持っていたところで役に立たないのではないかという思いに支配された。
 見れば見るほど、その石を自分のものにしたくなる。
 目が離せなくなる。
 その無垢なほどの透明さで自分の汚さを吸い取ってもらいたい。

 自分でも気づかぬ間にその石を手にしていた。
 次に来たのは、恐怖。
 こんな大教会の深部で安置されているほどの身分であるだろう遺体の物を盗ったと知られたら、次こそは人形の罰どころではない。

 それでも。
 この無色透明な石から手が離れない。
 手を離したくない。

 別に犯罪人になって、追われる身になっても良い気がした。
 神官学校に入学したのは親に勧められたからだが、ヴィンセントがいたからこそ近くにいられる神官を選択した。
 そのヴィンセントに嫌われてしまったのなら、特に神官を続ける意味はない。

 捕まらなければ、この石は自分のものだ。

「カイマっ、その石を元の場所に戻せっ」

 その声はククーだった。
 ヴィンセントの年上の幼馴染み。家ぐるみの付き合いがあるからといって、幼い頃からヴィンセントのそばにいた人物。
 大嫌いだった。
 ヴィンセントもククーのことを好ましくないと思っている癖に、ヴィンセントが神官学校時代に先輩たちにも強気でいられたのはこの人がいたからだ。ヴィンセントには兄弟がいるが、大神官を目指している彼の兄はすでに卒業していたし、他の兄弟は神官を目指していないからそもそも神官学校には入学しない。
 神官学校時代での強さは家の強さももちろん関係があるし、ヴィンセント自身の魔術師としてのレベルの高さももちろんあるのだが、人脈というのも馬鹿にはできない。上級生に伝手があるのとないのとでは雲泥の差だ。

 僕はククーに何度も救われている。
 ヴィンセント絡みだということを、彼が知っていたからこそ助けてくれた。
 痛い目に会う度に忠告をしてくれた。
 余計なお節介だった。
 ヴィンセントが誰も見ないのなら、僕がずうっっとそばにいられるじゃないか。
 本気でそう思っていたのに。

「な、何でお前まで」

 ククーの後ろから現れたのは、白い髪、臙脂色の目、ヴィンセントが一緒にいたいと願った相手。
 今、僕が会いたくない人間だった。

「レンっ、結界は」

「まだ魔石が結界内にあるから大丈夫だっ。ただ生贄のカラダはもう持つまい」

 二人の視線の先の、黒い遺体が崩れ始めたのが僕にもわかった。
 この石を僕が手に取ったせいなのか。

「ここは、、、何だ?遺体安置所みたいなところじゃないのか?」

 僕の問いに、ククーの目が憐みの感情を含んだ。
 ああ、僕はその目が嫌いだ。
 知らないことがそんなに悪いのか。ヴィンセントのそばにいたいと思うことはそこまで愚かなことなのか。

「その石を元に戻すんだ、カイマ」

「絶対に嫌だ。もうこれは僕のだっ」

 意地だった。
 二人からは駄々っ子としか見えないだろう。その場に蹲る。
 けれど、他の神官や護衛がこの場に現れたら、無理矢理この石を俺から取り上げるだろう。
 そんなのは嫌だ。
 何も手に入らないのなら、いっそ。

「カイマっ」

 この大きさなら、少し大きいサイズの飴ぐらいだ。口に含む。
 ゴクリと一気に飲み込んだ。

「おや、飲み込んでしまったか。それが何かも知らずに」

「大神官長っ」

 ククーが現れた黒い影を見て呼んだ。
 ここは本当に大教会の最深部なのだろう。
 ここが聖都の大教会なのだから、大神官長を目にする機会はあるとはいえ遠目からだった。下の神官からは、一般の信者からよりも遠い存在だ。

「キミはここで生贄にでもなろうと思ってそんなことをしたのかな?」

「生贄、、、」

 僕は呆然と大神官長の視線の先を追った。
 大神官長は黒い遺体のそばに歩いていき膝をついて黒い手を取る。

「大義であった。お前は国を守り抜いた。安心して逝くがいい」

 その言葉の後に、黒い遺体だと思っていたソレは崩れた。
 ゆっくりと塵になり、空間に消えた。
 そこにあったのがまるで幻だったのかと思うほどに。
 大神官長は彼のためにしばし祈る。

「さて、カイマ、キミが口にしてしまった石は、彼の姿を辛うじてこの世に留めていた物だ」

 大神官長が立ち上がって、僕に言い放った。

「八年の任期が終われば、我が国の功労者として遺体を神官の墓地にともに埋葬するのが習わしだった。彼は遺体どころか髪一本もこの世に残せなかった」

 大神官長が僕との間合いを詰めてくる。

「国の結界を保っている無色透明な魔石を飲み込んだのなら、お前をここに拘束せざる得ない。逃げるつもりならここで」

 大神官長が剣を抜いた。
 その刃は迷わず僕に向いた。
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