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13章 物事は計画的に

13-9 脆弱 ※ククー視点

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◆ククー視点◆

 聖教国エルバノーンの最凶級ダンジョンで英雄が現れる、そんな噂が各国に流れていった。
 アスア王国から聖教国エルバノーンへ問い合わせの書簡が送られてくるが、事前の打ち合わせ通り人形遣いの爺さんはけんもほろろな対応しかしていない。丁寧ながら、強力なパンチを放ち続けている。

 各国は噂を眉唾ものだとしながらも、英雄のギフトが失われた英雄なら、最凶級ダンジョンを閉鎖できないのも当然では?と最凶級ダンジョンが減らない聖教国エルバノーンの状況を静観している。
 最凶級ダンジョンがガンガンに減っていくより信憑性がある噂に仕上がっている。

 聖教国エルバノーンの周辺諸国はこの国の状況を知っている。
 国王の跡継ぎが三男であることの意味を知っている。
 だからこそ、英雄がアスア王国を道連れにするためにこの国に来たのでは?と、幽霊説まで出ている。
 アスア王国に対する恨みがあるからこそ、最凶級ダンジョンを閉鎖しない可能性も示唆されているのだ。




「ククーが見ているから、そこまで私もとやかく言わないが、私も冒険者ギルド同様、英雄の行動をとめてほしい派なんだがな」

 聖都の大教会の執務室で、大神官長が書類を見ながら俺に言った。今、この部屋には他の神官や護衛はいない。

「俺の言葉でレンがとまるなら、すでにとまってますよ」

「いーや、お前はレンの行動全容認派だ。レンが望むことは、とりあえず表面上とやかく言っても結局は受け入れる。私に報告が来る分だけまだ良いが」

 大神官長は書類にさくさくサインをしていく。
 そのひとつにカイマの書類があった。
 カイマの人形の罰が終了したというものだった。
 機密を扱う神官に勝手についていった罰は重い。カイマが神官だからこそ重い罰が課された。重い罰だからこそ、大神官長まで書類が回ってくる。
 一般人が生贄候補に会ってしまうと殺されるというのは、何らかの秘密がバレたり、言いふらしそうな人物だったりする場合のみだ。罰ではなく、秘密裏に消されている。
 実際、一般人と言える魔族のエーフィルやグレイシアがヴィンセントと王子に会ってしまっているが、何のお咎めもない。神聖国グルシア入国許可制のことは単にレンの機嫌を損ねたからだ。

 人形の罰、その罰を選んだのはカイマの上司だ。
 カイマがヴィンセント命だからこそ、人として扱われない人形の罰となった。表向きは。
 上司はカイマを好き勝手に抱くためにわざと選んだといってもいい。
 それは生贄候補の行く末と同じものだ。
 人形だから人ではない。相手が人ではないから性行為ではない、という屁理屈だ。
 生贄候補とは違い、神官なので死ぬまで人形というわけではない。
 人形の罰は、従順でない者には手首を鎖で繋ぐ。
 その期間は完全に意のままにするため、薬の使用も認められている。
 カイマは多くの神官の欲望に身を晒した。

 強力な薬が使われていたカイマに同じことを吹き込めば、精神が壊れる。
 カイマを抱く神官たちは、ヴィンセントがカイマを何とも思っていない、嫌っている、邪魔だとさえ思っているということを囁き続けた。
 そもそも、カイマはレンをあの家から追い出したことで、ヴィンセントから拒絶されたのだ。囁きはカイマに追い打ちをかけた。
 神官たちは、カイマをカラダも心も壊したかった。己の欲望に使いたいがために。

 今、カイマは大教会内にある診療所にいる。
 心はヴィンセントを求めるが、カラダは誰でもいいから抱かれることを望んでいる。
 手枷は外されているのに、薬も使用されていないのに、自ら欲望に身を委ねる。
 人形の罰は長ければ長いほど、元に戻れなくなる。
 好き勝手にできる人形を、神官たちは放っておかない。
 喘ぎ続けるカイマは大人気だ。


 大神官長のサインをしている手が止まった。

「大神官長?」

「おや、アスア王国が泣きついてきたか」

 本来、機械的にサインだけをする書類のなかに紛れていいものではない。キッチリ目敏く見つけるのが大神官長だ。高速でサインしているだけに見えて、しっかりと見ているのが怖いところでもある。
 アスア王国の手紙。最凶級ダンジョンの大量発生に対する軍事力の派遣依頼と、食料の援助依頼。
 以前、アスア王国の英雄を派遣した恩を今こそ返すとき、とまで書かれている。

「なぜここにこの手紙が入っているのだろうな」

「お金を渡された者がいますね」

「はあー、私の周りは信頼できる者で囲っているはずなのだがなあ。ククーが最近ここにいないと思って、好き勝手やる輩が増えてきたな」

「俺は諜報員のときも聖都にはいませんでしたし、つい最近まで大神官長のそばに立つのは数える程度しかありませんでしたよ。レンがヴィンセントのところに現れてから、俺が神官服に袖を通す機会が増大しました」

「えー?そうだっけなー?年齢のせいかなー?いつもククーが横にいたような気がしてならない」

「ボケたんなら、大神官長の代替を考えたらどうです?」

「わー、辛辣になったねー。英雄の悪影響を受けてる気がしてならない」

「英雄の影響を受けているのなら、幼少期からです。大神官長に会ったときにはすでに影響下です」

「、、、隠さなくなったね、そのストーカーの事実」

「レンにバレたのなら、誰に対してももう隠す必要はないでしょう?」

 大神官長が窓の外を見た。

「あー、そうかー、なるほどなー。ならば、私はもう少しこの席に座っていることにしよう」

「おや、ボケたのでは?」

「お前が平穏無事に退官したいのなら、私が大神官長として在籍中は擦り寄っておけ。私が普通の神官に戻る前に手続きをしてやる」

 俺の言葉がとまる。
 神聖国グルシアの神官は退官できない一生モノだ。死ぬまで神に仕える。
 大神官長も大神官長という職を引退しても、神官として残る。実際には隠居生活になったとしても、死ぬまで神官のままなのである。
 退官というのは、結婚以上に例外中の例外だ。

 大神官長の真意は聞かなくてもわかる。
 俺がレンのそばにいたいからだ。

「お前なら神官ではなくなっても暮らしていけるだろ。英雄とヴィンセントとの仲を見守り続けなければならないのは可哀想だが、それがお前の進みたい道なのだから仕方がない。一応言っておくが、アイツはもうお前の憧れ続けたアスア王国の英雄じゃないぞ」

「レンは俺の英雄です。共にいることができるだけで俺は幸せです」

 間髪入れずに俺は答えた。俺はアスア王国の英雄を求めているわけではない。ましてやレンが全世界の英雄になってほしいなんて露ほども思っていない。
 レンは昔から俺の英雄だった。これからも変わらない。だから、俺は彼を英雄と呼ぶ。

「照れもせずに、よく言うわ」

 俺は照れもしないが、この場にいないレンは勝手に照れている。
 (//∇//) テレテレ
 ジタバタしている。
 可愛い以外の感想が出てこない。
 ずっと見ていたいが、意識を仕事に戻そう。

「アスア王国からの書簡はどうします?」

「まずはこの書類群に入れた者の処罰するか。あとは、アスア王国には英雄を派遣してもらう際に正当な報酬をすでに支払っている。これ以上払う必要はない。食料の方は文字通りの申し訳ない程度の量を送っておけ」

「では、丁寧で遠回しな文章にして送っておきます。この件の神官はすぐにこの部屋に戻ってきますよ」

「じゃあ、護衛を呼んでおけ」

「かしこまりました」

 俺は大神官長の執務室を後にする。

「お前が選ぶのがドMの道過ぎて、俺は引くがなー」

 扉が閉まる前に大神官長が口にした。
 オチさえつけなければ、いい上司なのだが。
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