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12章 昨年とは違う夏

12-6 仕事

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 神聖国グルシアのシアリーの街から少し離れた俺のダンジョンへ、俺はククーと一緒に戻ってきた。
 多少の話し合いの後、時間だからと切り上げた。
 ギバ共和国も首都移転先が決定しなければ、これ以上の具体的な話し合いは進められないだろう。

「ククーはもう少しこのダンジョンにいるのか?」

「ああ、せっかく来たのだから、机に向かってから帰る」

「ほどほどにしておけよー。じゃあなー」

 ダンジョンの家でククーと別れ、俺は家に帰った。
 おや?ダンジョンにいるはずの角ウサギが二匹しかいない。
 我が家の夕食の手伝いに連れて行かれたようだ。




「ただいま、ヴィンセント」

 珍しく玄関まで迎えに来たヴィンセントにぎゅむーっと抱かれる。

「おかえり、レン」

 ヴィンセントの嬉しそうな笑顔が覗く。

「どうした?」

「無事だなー、と思って」

「危険なことはしていないぞ?反感を買うことはしているが」

「何をやったのか、わかってはいるんだね」

 ヴィンセントがやや呆れ気味に言った。
 俺はヴィンセントにきちんと説明してから、ククーを連れてギバ共和国に行ってきた。だから門限まで決められてしまったのだ。

 ククーがあまり事情を知らなかったのは、今日はククーの休日だから。ククーはヴィンセント側に何も予定がなければ、休日はきちんと休日なのでヴィンセントと王子を監視していない。後で過去視をすれば用足りることだからだ。なので今朝、いきなりヴィンセントに説明して、実行した。

≪おかえりー、主ー≫

 タレタの垂れている光の文字が懐かしく感じる。

「お、夕食作るのを手伝ってくれたのはタレタか」

≪そおよー、感謝してねー≫

「ありがとう、タレタ」

 なでなで。俺の角ウサギはいつも可愛い。
 本日のお庭当番のオレオは王子のそばにいる。台所と食堂を往復して、食事を並べている。俺当番のオオは快適なマントを外したら、主を置いてすぐに食堂に去っていった。
 暑くなってきたとはいえ、この家は快適だ。ヴィンセントの魔術で外よりも涼しい。俺のマントでやっている清涼化の魔法を家レベルで常時やっているようなものだ。アスア王国よりも暑くはならないが、この地もほどほどに暑くなる。
 英雄時代は暑さなんて関係なかったが、この快適さを一度味わってしまうともう戻れない。

「おかえりー、レン、夕食作るの僕も手伝ったんだよ」

「えらいなー、王子も。自分で食事作るのも良いけど、家で食事が待っているのも嬉しいよね」

 王子の頭を撫でていると、すすすとオレオとオオも寄って来る。本日のオオは俺のマントのなかで惰眠していた気がするけど、オレオとオオも撫でておく。
 食卓を皆で囲み、夕食をいただく。幸せなひとときだ。

「レン、すべてうまくいったの?」

「うーん、まだ正式に決まっていないが、結局のところギバ王国は旧王都に首都移転せざる得ないだろうな。平和な国は結界を重視していないから、他の新しい都市では最凶級ダンジョンに対応できない」

「確かに守りが外壁だけだと、街の内部にダンジョンが発生した場合、どうにもならないね」

「あそこは今までが平和過ぎて首都さえも結界がない。仕方ないから、結界をはってきた」

 大きい強国も考えものだ。どこからも攻められない代わりに、守りが手薄になっていることに気づかない。王国から変革するときに自国内では対立があったが、周辺の国々は手も足も出なかった。

「結界をはってきた、って簡単に言うけどねー、レンは」

「ミニミニダンジョンに外壁の上へ魔石を等間隔に並べて置いてもらっておいたから、結界の魔法を使っただけだ。俺の能力を解いた後に発生した最凶級ダンジョンの飛行タイプの魔物が外に出ないようにしておいた」

 ミニミニダンジョンはブラック企業だー、仕事が多すぎるー、と嘆いていたが。首都ダンジョン化の上にいろいろな仕事を押しつけているからな。世の中が平和になったら、その翼で旅に出ても良いのだから、今は頑張ってくれ。
 翼があると機動力があるから、ホント頼みごとがしやすい。

 で、先程からククーよりうるさいほどの通信が入っているが、無視だ、無視。金取り虫に事前にそんなことを教えるわけがないだろう。
 これは無料オプションだ。
 首都を捨てても、飛行タイプの魔物が首都から出てきたら、他の都市にも飛び火して被害が甚大になる。この頃発生する最凶級ダンジョンは飛行タイプの魔物も多く溢れ出させている。まるで、人間の逃げる道を塞ぐかのように。
 面倒を見始めてしまったのだから、そのぐらいの対策はしてやる。後は知らない代わりに。
 ククーは休日には仕事をしないが、俺へのヴィンセントの対応が気になったのだろう。朝も俺を見ていれば、ギバ共和国には連れ去られなかっただろうに。

「ねえ、レンは人助けしたくないの?」

 王子からの質問が来た。

「うーん、俺の大切な人は助ける。そして、その人が大切に想っているのなら手助けはするかな」

「他の人を助けられる力があっても?」

「大切なものが救えないのなら、力があったところで何の意味もない。力があるように見えて、俺の手に掬えるものは少なかった。今度は間違えない」

 大切な人たちだった。彼女たちも、仲間になって誠心誠意、英雄に力を貸してくれた者たちも、アスア王国の国王に排除された。ともに歩めると思えた人々は悉く。
 彼らは俺が守らなくても充分に強い。
 けれど。

「いつか王子とも別れるときが来るかもしれない。そのときまでは一緒にいる。その後も王子が嫌じゃなければ、頼ってくれれば俺はいつでも力を貸すよ」

「レンを悪の道に引き摺り込むことになっても?」

「王子が必要と思うならね」

 王子がその道が必要と判断したのなら、致し方ない理由があるということだ。
 今の王子が考える悪の道がどの程度のものかは置いておいて。
 そこにいるオレオやオオが王子の悪の道についていきたそうな顔をしているのはなぜだろう。王子についていきたいだけなのか、悪の道に行ってみたいのか、判断が迷うところだ。
 タレタは面倒なことが嫌いな子だ。悪だろうが善だろうが仕事やだー、と言ってる。
 タレタが一番俺に似てしまったのだろうか。
 お昼寝でもしてのんびり過ごしているのが良いよね。

 つまり、俺にとって英雄というのは仕事だったのだ。
 人助けも俺の心から湧き出たものではなく、仕事だったからしていただけだ。
 だから、英雄にもなりたくなかった。英雄のギフトを持っていることをアスア王国にバレたくなかった。
 たとえ貧しい孤児であっても、そっちの方がマシだと思えたから。

 英雄のギフトを奪われて、すべてを失った。
 それでも、ヴィンセントと王子に出会った。
 俺にとっては幸運だった。
 初めて、俺は救われたと思えた。
 
「そういえば、レンはノーレン前公爵に贈る引っ越し祝いはギバ共和国で何か見つかったの?」

「あー、それね。ノーレンさんちの執事さんに渡す剣は良い切れ味のが見つかったんだけど。ノーレンさんにはなーんか違うんだよねー」

「貴族でも武器が好きな人は好きだけど、飾るための剣って見せられても微妙だよね。自慢したいがための飾りだからねー」

「魔石とか家を守る結界とか、そういうのもコレだっ、って感じがしない」

「そういう風にレンが悩む姿を見ると、父子とわかっていても妬く」

「形式上の養子縁組だと思っていたから、今まで俺は何も贈ったことがない。俺がアスア王国の英雄だった人物だと明かせないから父子でもないけど、俺は本当の父親も知らないから、これから関係修復をしていきたいんだよ」

「そうだけど」

「あ、そうだ、明日はシアリーの街の冒険者ギルドに行ってくる。ビスタに面倒ごとを頼んでくる」

「、、、そっちにはあまり妬きたくないけど。私もかまってね」

「ちゃんと門限は守っただろ。夜はヴィンセントが俺をかまってくれるんだろ」

 俺がヴィンセントに言ったら、コホンとタレタが咳払いをした。うーん、タレタの芸が細かくなってる。
 はいはい、王子の前ではそこまでイチャイチャしませんよー。
 部屋に入ってから、存分にイチャつきますよー。
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