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11章 冷ややかな夏

11-2 それでもなお ※ククー視点

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◆ククー視点◆

 朝、起きる。
 が、客室のベッドから起き上がれない。
 昨晩の失態を思い出す。
 酒の席とはいえ、俺は英雄に何を聞いているんだ。。。

 英雄の心の傷に塩を塗りまくった。その上、俺が諜報員を辞めたことが、英雄には俺に裏切られた行為として受け取られていた。
 それでもなお、それを嬉しいと思う自分がいてしまう。

 ノックの音が響く。
 返事も聞かず、扉が開いた音がした。

「おーい、もう起きているんだろ。ククー、おはよう」

 レンが入ってきて、ベッドに蹲る俺の頬を人差し指でツンツン突いてくる。

「、、、おはよう、レン」

「聞いたこと後悔するぐらいなら聞くなよ。酒は飲んでも飲まれるな、ってお前が前に言ってなかったか?酔い潰れたいのなら、二人で飲むときにすればいいだろ」

「二人だけで飲むときなんかないだろ?酒を飲まなくてもヴィンセントは必ずいる」

「ははっ、たまになら酒に付き合ってやってもいいぞ。お前の隠し部屋かダンジョンなら邪魔は入らないだろ」

「隠し部屋なら酒も大量にあるから際限なく飲めるぞ」

「素晴らしい環境だよな、あの部屋。ククー、早く起きないと、せっかく王子と作った朝食が冷めるぞー」

 腕を引っ張られてグイっと起こされた。
 俺よりも身長が低くて腕も細いのに、どこにこんな力があるのやら。他人がどんなに否定しようとも、レンは英雄なのだ。こんな姿になっても俺よりも断然強い。泣ける。

「、、、まだ昨日の酒が残っているのか?もうそろそろ本当に目を覚ませー」

 顔を覗き込まれて、両頬をレンの両手でペチペチされる。
 嬉しいと喜んでは敵の思うツボだ。

「レン、起きてるぞー。アンタの目には寝ているように見えるのか」

「百面相しているお前がしっかり見えているぞー。喜怒哀楽の感情出し過ぎじゃないか、昨日も今日も」

 俺の着替えの服をポイポイ投げられた。
 のろのろとベッドから這い出して、着替え始める。

「聞きたいと思ったんだよ。俺はアンタが何を考えているかまではわからないからな」

「俺も今はククーが何を考えているかわからないから言葉にしてねー」

 今は。昔は英雄のギフトで俺の考えは筒抜けだったということだ。わかっていたけど。

「レン、ククーとイチャつくな」

 客室の開いた扉からヴィンセントが覗いていた。

「たまには良いじゃん。ククーとはたまにしか会えないんだから」

「聖都で一緒に住んだら、いつも顔を合わせることになるだろ」

「いや、いつもは無理だろ。ククーは地方の仕事だってあるんだし」

「レン、生贄の家巡りなんて、本来ククーがやる仕事じゃないんだ。大神官長のお気に入りが地方をまわる必要はない」

 来年の建国祭を過ぎれば行商人役はしばしお休みだ。生贄が捧げられれば、生贄候補が選ばれるまでは必要ない。それに行商人役を次も俺がするかというと微妙なところだろう。
 というか、レンの無色透明な魔石が問題なく供給可能とわかれば生贄自体なくなる可能性がある。

「えー、ククーってヴァンガル・イーグのお気に入りなの?」

 うわ、レンがものすごく嫌そうな顔してるな。何でそこに食いつく?シアリーの街の表敬訪問や聖都での執務室で一緒にいただろ。。。って何か誤解してない?

「仕事上で、だぞ。プライベートでの付き合いはまったくないからな」

「えー、ホントに?抱かれてたりしない?」

 ガッ、と俺はレンの肩をつかんだ。

「朝っぱらから怖いことを言うなっ。あの人は根っからの女好きだ」

「だって、英雄よりガタイは良いだろ。ククーの好みっ」

 俺はレンの口を手で押さえた。
 本当に朝っぱらから暴露大会されてたまるか。
 昨日の仕返しか?
 まだヴィンセントがいない場ならともかく。

「レンー、どんだけククーとイチャつけば気が済むのー?」

「もごもごもご」

 俺の手の下で話そうとするな。息がかかってくすぐったい。
 が、次の瞬間、俺は真っ赤になる。

「レン、、、」

 舌で手のひらを舐められ、力が緩んだ指を甘噛みされた。

「ククーはまだ英雄に抱かれたいのか?困ったものだ」

 レンが言い残して客室を去っていった。
 この手をどうしろと、と思ったらヴィンセントにガブリと噛まれた。そこまで痛くはないが上書きされてしまった。

「ヴィンセント、、、」

「私が生きている間はレンを渡さないからな」

 ヴィンセントも言い捨てて去っていった。
 感情豊かになったなあ。。。そんな姿、俺に見せなくてもいいぞ。
 ヴィンセントに噛まれてしまった手を大事にしていても仕方ないのでさっさと洗った。

 レンが本当にイヤだったら、俺が口を押さえた手を跳ね除けるぐらいのことは簡単にできるだろう。
 前にもレンのお喋りな口を塞いだことはあるが、ここまで意識していただろうか。
 俺の腕の中におさまるサイズで、もっと抱きしめたいと願ってしまう。
 それ以上のことを望みたくなる。

 それでも、俺は英雄から一度は離れてしまった人間だったのだと現実を突きつけられて、手を伸ばせなくなる。
 英雄は俺のことなんか気にもしていないと思っていたのだから。

 俺が食堂に行った頃には、朝食はすでに冷めていた。
 せっかくレンと王子が作ってくれたので、美味しくいただきましたが。




 レンの言葉を聞いて、嬉しいと思う反面、滅びゆく自分もいる。
 その百面相を王子がじっとそばにいて見ている。
 このまま庭を見ながら座っていても仕方がない。

「はあー、もうそろそろ帰る準備をするか。次来るときまでには俺も落ち着くだろう」

 落ち着くといいなー。
 立ち上がろうとしたら、王子が服の裾を握っていた。

「王子?」

「ねえ、ククーはレンが一番好きなの?」

「うっ」

 子供は直球だな。

「レンにはヴィンセントがいるのに?」

「ううっ」

 さらに追い打ち。
 俺はもう一度座る。

「たぶん、この想いが報われなくても、俺は英雄を想い続ける」

「レンがククーを一番にしなくても?」

 俺は王子の頭を撫でる。

 あの頃は、英雄が俺を見なくても関係なかった。
 ただ見ていられることが幸せだった。
 英雄の望みはアスア王国の国民の無事。
 それなのに、彼は魔物が向かった先の国のことまで気にした。
 俺ができたことといえば、神聖国グルシアの方へ行った魔物退治を国の警備に連絡して対処させたとか、アスア王国内にいる仲間に頼んで多少動いてもらったとか、その程度だ。

 そのぐらいしかしていないのだ。
 それでも、今、英雄は俺に感謝をしている。
 そのぐらいのことも、英雄にとっては大きいことだった。
 アスア王国は英雄のためには何一つ動かないのだから。

「話さなければ、わからないことってあるんだな」

 英雄は一人で淡々と国民を救っていた。
 当然のように。
 まるで、誰かの手助けなんか必要ないかのように、仲間も騎士団も置いていった。
 英雄には国の用意した仲間も騎士団も必要なかったから置いていった。
 彼らは国民を助けないから。英雄の手助けをしないから。

 だから、俺のことも取るに足らない存在だと。
 多少英雄を手伝ったとはいえ、他国の諜報員、ただそれだけの存在だったと思っていたのに。

「英雄が彼女と幸せになって結婚するところを、俺は見ていたくなかった。アスア王国に生まれていればとどれだけ願ったことか。諜報員ではなく、冒険者として、仲間として英雄に会えていたらと何度も思った。俺は規律違反で責任と取って諜報員を辞めたことになっている。諜報員とはいえ、俺の能力では最凶級ダンジョンに入ることまでは国に許可されていなかった。最後に最凶級ダンジョンに入って俺は死んでもいいと思った。すべてを終わりにしたかったんだ」

 王子がぎゅっと俺の手を握った。
 それが自覚していないものだとしても、俺は一番短絡的な行動を取った。
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