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10章 熱い夏が来る前に

10-8 存続の危機

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 俺はビスタとともにシアリーの街の北にあるダンジョンに向かう。

「なあ、レン。呪い返しができるのなら、最凶級ダンジョンも呪い返しで何とかなるものなのか?」

 最凶級ダンジョンは宗教国家各国の呪いから生まれたもの、というビスタの認識は合っているが。

「いや、アレは呪いから生まれたものと言っても、間接的に呪いの影響を受けて発生したものだ。ダンジョン閉鎖の手順は普通のダンジョンと同じでダンジョンコアを壊すしかない」

「そうか、残念だ」

 ビスタが少しガッカリした表情になった。まあ、わかっていたんだけどー、という表情なのだが。宗教国家の呪いが魔脈等に影響して、それによって間接的に最凶級ダンジョンが生まれてしまう。その最凶級ダンジョンの発生自体、呪いが直接的に関わったものなら呪い返しで何とかなるかもしれないが、そうでない限りは難しい。

「ビスタは呪いの調査でこの国に来ていたんだよな。宗教国家は呪術関係が表でも裏でも発展しているから、すべての呪いをなくすことは不可能に近いぞ」

「それはそうだけど」

 北のダンジョンの出入口に着いた。
 受付簿を見る。先ほどまでの分は回収されている。だが、複写したものがここにも残っている。浅い層にいれば、何も知らずに戻ってきてチェックして帰宅する冒険者も多いだろう。

「チェックを忘れたわけじゃなければ、ここに残っている冒険者はかなり多いな」

「そりゃ毎日、会社員のようにダンジョンに通っている冒険者も多いからな」

「三十層より先にいた冒険者は生きている可能性ないな。どうするか」

 このままだとシアリーの街の中級冒険者以上の者たちはほぼ壊滅状態に陥るぞ、これ。
 街に残っている冒険者は数少ない。
 偶然何か用事があったとか、休日にしていたとか、武器のメンテナンスの必要があったとか、理由は様々だが、そこまでの数はいない。朝、ビスタたちよりも先にダンジョンに来ていた冒険者は多い。その上に冒険者ギルドも魔物が凶悪化、凶暴化していると聞けば、強い冒険者に装備を強化してもらって率先して送り出したことだろう。
 今朝、転移陣で三十層以上に行ってしまった者はそのまま赤い液体に浸かるハメになったはずだ。
 溶ける前に溺死しただろう。

「可能性ないの?まったく?」

「うーん、本当にどうするか」

 ふと気づくと足元に小さい連絡用ゴーレムがわらわらと集まって来た。
 両手を前に組んで、懇願している風である。

「へえ、魔物と呪いの元凶はともかく、冒険者はなんとか仮死状態にしてくれているのか。北の女王は自分の身も溶けかけている状態で、よくやってくれた」

「へ?レン、どうにかなるの?」

 ビスタにはゴーレムの意志は伝わっていないらしい。ゴーレムは生き物じゃないから『心音』でもどうにもならないか。

「北のダンジョンの管理権限を一時、ザット・ノーレンが預かる。北の女王は自分と冒険者の身を最優先にして力を配分しろ。ゴーレムは赤い液体が見えるところまで俺たちを案内しろ」

 俺が宣言すると、ゴーレムたちは片膝をつき臣下の礼をとった。
 そして、すぐさま立ち上がると、俺たちを転移陣へと誘う。

「軍隊みたい」

 ビスタが感想を漏らす。小さいゴーレムたちの一糸乱れぬ行進は平常時に見れば微笑ましいものだと映るのだが。
 俺たちが転移陣にのると、すぐに光る。

「二十八層か。ビスタが街に戻っただけの時間で二十九層の転移陣ではないのか。かなり進行が早いな」

「うわ、、、じゃあ、やっぱりダンジョン立ち入り禁止で正解だったか。だが、二十八層にも冒険者はかなり残っている」

 俺たちは二十九層に続く階段を降りる。後ろには二体の連絡用ゴーレムがついてきている。出入口に大量に湧いたゴーレムすべてがついてこられても困るから、二体ぐらいでちょうどいい。彼らも出入り口付近が一番安全だとわかっているのだろう。

「階段付近にはまだ赤い液体は到達していないな。ちょっとだけこの二十九層に傾斜をつけておくか。その方がわかりやすいだろう。」

「レン、そんなことできるのか?」

「このダンジョンの管理権限を預かったからな」

 ビスタも疑問は口にするが、深くは突っ込まない。知らない方が幸せなことが多いとでも思っているのだろう。ある程度質問するのは、あまりにも知らないと説得力のある報告書が書けないからだ。上に報告しなければいけない人間は辛いよね。
 緊急時であっても、普通の人間がダンジョンの管理権限を持つことなどありえない。持ったとしても魔力が足りなければ何もできない。

 この二十九層に、視覚ではわからないくらいの傾斜をつけた。こちら側に駆けて来れば、いつもより息が上がったかなーと思う程度の傾斜だ。傾斜がないと、どこからか赤い液体が流れ込んでくるのか予測し辛い。いきなり思っても見ない方向から流れてきても厄介だ。

「この二十九層にも冒険者がいるな。赤い液体は階層ボスの部屋からゆっくりと上がってきているはずだ。冒険者が赤い液体に触れる前に撤退を促そう」

「すんなりと撤退してくれればいいが。冒険者だからなー」

「ああ、冒険者だからな。一人が犠牲になればわかりやすいか」

「おいおい。それは最終手段よー」

 ビスタ、最終手段として取っておくんだな。やるな、と止められると思ったんだけどな。
 魔物が近くにいれば、、、いや、北のダンジョンの魔物とはいえ呪いの液体に打ち込むのも嫌だな。。。できれば、渋る冒険者の方を打ち込みたい。
 実は、この二十九層という階層が厄介だ。
 三十層から中級冒険者が入れる階層になる。初級冒険者はこの二十九層を踏破して、中級冒険者の道が開かれると言っても過言ではない。
 中級冒険者になるには、二十九層の階層ボスの討伐部位を納品した実績が大きい。ただ、仲間が多ければ多いほど、いろいろな制約はつくが、単独冒険者なら一回倒せばすぐに中級冒険者にしてくれるぐらいものだ。だから、二十九層では危険があったとしても、冒険者が途中で引き返してくれるかというと難しい。冒険者というのは危険に立ち向かっていくものだと主張される。
 だが、危機管理という点では、上級冒険者であるビスタの説明を聞いて戦略的撤退を選択できなかったら中級冒険者に昇級するのは時期尚早と考えて良い。

 魔物の凶悪化、凶暴化は簡単に説明がつく。彼らは上層に逃げようとしていたのだ。それを討伐しようと阻止する冒険者がいれば、そりゃー邪魔だから排除しようと躍起になる。魔物だってゴーレムだって呪いの液体に溶かされたくない。
 連絡用ゴーレムが出入口付近にいたのだから、魔物たちだってどこかに上につながる通路があるのかもしれない。魔物はダンジョンから大量発生し、地上に溢れ出てくることだってあるのだから。


 二十九層序盤にいた冒険者たちは転移陣に近いこともあって、すぐに上級冒険者ビスタの指示に従ってくれた。階段から離れていくにつれて、冒険者への説得の時間は費やされる。まだ赤い液体が見えないところでは尚更だ。
 俺自身は冒険者たちがそのまま進んでいってもらっても一向にかまわないのだが。

「レン、笑顔が怖いから。これでも俺、できるだけ時間をかけないようにして説得しているんだけど」

「いやー、説得って必要かなー?冒険者って自己責任じゃん。一回説明してわかってもらえなければ、納得しなくても別に放置しても良いんじゃないかー?」

「極論として、そうなんだけど。今は多少なりとも時間はあるだろ」

「お前はこのダンジョンから呪いの液体が溢れなければ大丈夫だと思っているんだろ。このダンジョンを早期に回復させたければ、呪い返しは早ければ早い方が良い。このダンジョンは魔力が少ないから、三十層から先が綺麗になくなったままになるぞ」

 呪いの液体が溢れる直前までいったら、たぶん、このダンジョンは消滅する。
 北の女王は言葉が通じるので、できれば消滅させたくない。ただ、今の状態でも冒険者を仮死状態にして守ってくれたりしているので魔力消費は多大だろう。
 今の時点だったら、俺のダンジョンから魔力を融通すれば、今まで通りのダンジョンに回復することが可能だ。

「それって初級ダンジョンに格下げってことになるんじゃないか」

「そうなると、お前もこの街に居続けることが難しくなるなー、ビスタ」

 ここは初級中級ダンジョンだからこそ、上級冒険者も数名配置されていた。突如として強い魔物が生まれてしまうことはあるからだ。初級ダンジョンになった場合、中級冒険者が少々残ればいいくらいだ。冒険者は自分の実力で無理のない範囲で最大限の稼ぎを得たいものだ。初級ダンジョンは本当に駆け出しの冒険者が来て、強くなれば去っていく。
 その点、シアリーの街のダンジョンは駆け出しの初級から、冒険者として一人前に活動できる中級冒険者まで幅広く面倒が見れる。冒険者の大部分は上級冒険者になれず、中級冒険者のままで生涯過ごすことも多い。それでも、中級冒険者になれば、ある程度の稼ぎを蓄えることができるので散財しなければ生活には困らない。
 シアリーの街はそこそこの冒険者向きの街だ。冒険者が長く居続ける街なのだ。冒険者が宿屋に泊り続けるのではなく、家を持つ者が少なくないのもこの街の特徴である。

 ビスタの歩む速度が急に速くなった。
 競歩かよ。もう走りなよ。
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