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10章 熱い夏が来る前に
10-1 師匠
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ここは神聖国グルシアのシアリーの街から少し離れた、森のなかにある一軒の家である。
魔族であるエーフィルが俺を襲撃してから一週間が過ぎた。
角ウサギのツノがエーフィルを飼いならしている。
エーフィルがツノを師匠と呼び始めてしまった。
ツノの愛情をふんだんに練り込んだ鉄拳制裁の打ちどころが悪かったのだろうか。
魔力はツノが吸い取っているので魔法は使えないが、カラダの方はツノ特製薬草粥で徐々に回復している。魔族のカラダってどうなってるんだと思うほど、内臓損傷してながら一週間でこの回復力。。。結局グレイシアさんは夫の怪我を魔術で治さなかったようだ。妻だからこの程度大丈夫だと把握していたのだろう。普通の人なら放置していたら死んでるけどね。
庭の外でツノとエーフィルが元気に格闘技している。
よく木々が薙ぎ倒される音が響いているが、気にしないでおこう。
魔族一人なら、うちの角ウサギには敵うまい。
「ところで、いつまでこの家にいる気なんですか?」
俺は一緒に庭でお茶をしているグレイシアさんに尋ねる。
「居心地が良くてねえ。実家に帰ると小言を多く聞かされるのよー。美味しい食事もいただけるし、神聖国グルシアのお菓子も堪能したし、このまま皆の元へ帰ろうかしら」
「急に休んで、魔族の仕事は大丈夫なんですか?」
「エーフィルはいればいたで便利に使われるけど、いなくても特に問題ないことが多かったから。これから変わっていくといいけど。ところで、角ウサギのツノくん、私たちにくれないかしら?」
「あげませんよー。ツノは俺の大切な仲間ですから」
「じゃあ、たまに遊びに来るわね。貴方たちが聖都に移ったら、遊びに行きやすくなるかしら」
「あー、グレイシアさんは国籍あるので神聖国グルシアに普通に入れますけど、魔族の入国は一時的に許可制になりましたよー」
「ククーったら仕事が早いっ。仕方ないわねっ、大神官長に貢ぎ物でもしてご機嫌でもとるしかない」
ククーの報告は大神官長に直結しているので。
それに、この件すべてはエーフィルのせいだ。
けど、俺たちが聖都に移動したら、グレイシアさんは同じ聖都にある実家に帰った方が良いんじゃないか?ヴィンセントも聖都から離れているシアリーの街だからこそこの家に入れているが、聖都だったら実家に帰れと言うんじゃないだろうか。
「許可制なら、エーフィルがいつ来るのかわかるので楽ですけどねー」
「エーフィルの襲撃、意外と根に持ってる?」
「、、、ご想像にお任せします」
笑顔で返しておこう。
「確かにエーフィルは貴方に迷惑しかかけてないわね。埋め合わせの方法は魔族の皆と考えておくわ」
埋め合わせと言われて、良い思い出はない。恩を仇で返されることもしばしば。ならば、何も返されない方がいいぐらいだ。
「何もいらないし、魔族には何も望まない。俺に関係しないところで勝手に生きていてくれればいい」
「エーフィルのせいで魔族が嫌われたわね」
グレイシアさんはため息を吐いた。
家からヴィンセントが出てくる。
「姉さん、エーフィルが魔族だから神聖国グルシアは何も言わないけど、本来この家に来れるのは教会に許可された神官のみだからね」
「はいはい、兄さんが神官なんだからわかっているわよ。レンは例外で特例なんでしょう。隠れ家としても最適だからね、この家は」
「わかっていたら、エーフィルさんを止めなよ」
「突っ走るエーフィルを止められたのなら、こんなところまで来てないわよ」
「今度からはグレイシアさんにも止められますからね」
首輪で強制的に。
けれど、これからはそこまで突っ走ることはないのかなあ?
エーフィルが頭にツノをのせて戻ってきた。木々が吹っ飛ばされたわりにはエーフィルには擦り傷程度しか見当たらない。
「何?俺の話題?照れるなあ」
何を勘違いしたのか。
「師匠の主よ、顔が怖いぞ。魔力がない状態なんて久々で、カラダも魔力頼みになって鈍っていたということを気づかされたよ。これからも師匠に会いに来ていいか?」
「えー、来ないでほしい」
俺の返事で、エーフィルがシュンとした顔になったが、心は痛まないぞ。
自分の行動を心の底から反省しろ。魔族のお得意様のように何をしても温かく迎えると思うなよ。
ツノがエーフィルの頭から俺の頭に移った。
「え?もう魔力を吸い取るのは終わりだって?満足したって。まあ、いいけど」
ツノは躾を完遂した達成感を得られたので、エーフィルにはもう巣立っていってもらいたいらしい。
ペットとして犬を飼ったら巣立つことはない気がするが、簡単に言えば飽きたということだろう。
他に飼い主がいることだし、最後まで責任を持て、と言うのは違う気がするし。
「一晩寝れば魔力もある程度回復するだろうから、明日にはもう帰って」
「厄介払いにしか思えない言葉だな。師匠と別れるのは残念だが、師匠の熱き想いは胸に刻まれている。次、会うときは成長した姿を見せられるように努力する」
魔族の皆様は魔力や筋肉を育てることをエーフィルにはもう望んでいないと思うな。たぶん、頭の方を育ててほしいと思っているよ。ちなみにエーフィルは頭が良い。学業というレベルではズバ抜けた成績である。が、そういうことではないのは皆様もおわかりだろう。
「魔族にそういう態度をとれるのも珍しいわよ。まあ、レンだからね」
「だって、魔族に頼ることも特にないじゃないか」
「そうね。英雄にはないわよね。あ、ところで少ないと思うけどコレは私たちの滞在費として受け取って」
グレイシアさんが俺に小さい袋を押しつけようとしている。
拒否の方向で。
滞在費以上のものが入っている。本当に滞在費なら俺ではなくて弟に押しつければいい話だ。
「俺の方はそんなにお金はかかっていないから。聖都でお菓子や料理を購入してきたのだって、なぜか薬師ギルド持ちになっていたし」
「レンーーー?」
おおっと、冷ややかな風がヴィンセントからやって来た。
ヴィンセントが迫ってくる。
気を抜くと、口が滑りまくるなー。
「あの料理やお菓子、やっぱり聖都のものだったんだね?レンはシアリーの街で買ってきたって言わなかったっけ?」
「その辺は察してあげなさいよ、ヴィンセント。私たちがいるから、能力開示ができなかったわけじゃない」
いや、グレイシアさん、そういうことではなくてですね。
ヴィンセントが怒っているのは、黙ってククーと会っていたことだと思います。
今の俺だとククーを通さないと聖都に行けないから。
つまり、俺が聖都に行くと、必ずククーがついて来る。
前回は大神官長にも会うハメにもなったが。
そういや、魔道具展示会の事件でククーからその後、何の連絡もなかったな。あの試供品魔道具を配った人間は捕えてみたが、事情も何も知らずに、その上、店主や黒幕には逃げられたという予測通りのものだったのだろう。
展示会から帰って来た日に、シアリーの街の薬師ギルドにはオオにお遣いに行ってもらい、クッキィ氏にはギルド長は挨拶に連れて行ったことと事件の概要だけはとりあえず手紙で知らせてある。
家の窓から、王子がこちらを覗いている。
会話が聞こえてしまったか。
うん、ごめん。
聖都とククーを結び付けるのは、ヴィンセントだけではない。王子もである。
ククーと会ったの?良いなー。僕もククーに会いたいなー。という視線は罪悪感を加速する。
王子はやはり立場上、来年の建国祭までは他人との関わりを極力ない方向で生活しなければならない。食事の時間等は皆で一緒に食事をするが、できる限り角ウサギに相手をさせている。いつもと変わらないと言えば変わらないんだけど。。。他の人たちがこの家にいれば話したいとは思うよね。もう少しの我慢だ、王子っ。
「あ、」
「どうした、レン?」
「いや、もう数日後にはアスア王国の建国記念日だと思って」
確かククーは俺の誕生日を祝いたいと言っていなかったっけ。
魔族であるエーフィルが俺を襲撃してから一週間が過ぎた。
角ウサギのツノがエーフィルを飼いならしている。
エーフィルがツノを師匠と呼び始めてしまった。
ツノの愛情をふんだんに練り込んだ鉄拳制裁の打ちどころが悪かったのだろうか。
魔力はツノが吸い取っているので魔法は使えないが、カラダの方はツノ特製薬草粥で徐々に回復している。魔族のカラダってどうなってるんだと思うほど、内臓損傷してながら一週間でこの回復力。。。結局グレイシアさんは夫の怪我を魔術で治さなかったようだ。妻だからこの程度大丈夫だと把握していたのだろう。普通の人なら放置していたら死んでるけどね。
庭の外でツノとエーフィルが元気に格闘技している。
よく木々が薙ぎ倒される音が響いているが、気にしないでおこう。
魔族一人なら、うちの角ウサギには敵うまい。
「ところで、いつまでこの家にいる気なんですか?」
俺は一緒に庭でお茶をしているグレイシアさんに尋ねる。
「居心地が良くてねえ。実家に帰ると小言を多く聞かされるのよー。美味しい食事もいただけるし、神聖国グルシアのお菓子も堪能したし、このまま皆の元へ帰ろうかしら」
「急に休んで、魔族の仕事は大丈夫なんですか?」
「エーフィルはいればいたで便利に使われるけど、いなくても特に問題ないことが多かったから。これから変わっていくといいけど。ところで、角ウサギのツノくん、私たちにくれないかしら?」
「あげませんよー。ツノは俺の大切な仲間ですから」
「じゃあ、たまに遊びに来るわね。貴方たちが聖都に移ったら、遊びに行きやすくなるかしら」
「あー、グレイシアさんは国籍あるので神聖国グルシアに普通に入れますけど、魔族の入国は一時的に許可制になりましたよー」
「ククーったら仕事が早いっ。仕方ないわねっ、大神官長に貢ぎ物でもしてご機嫌でもとるしかない」
ククーの報告は大神官長に直結しているので。
それに、この件すべてはエーフィルのせいだ。
けど、俺たちが聖都に移動したら、グレイシアさんは同じ聖都にある実家に帰った方が良いんじゃないか?ヴィンセントも聖都から離れているシアリーの街だからこそこの家に入れているが、聖都だったら実家に帰れと言うんじゃないだろうか。
「許可制なら、エーフィルがいつ来るのかわかるので楽ですけどねー」
「エーフィルの襲撃、意外と根に持ってる?」
「、、、ご想像にお任せします」
笑顔で返しておこう。
「確かにエーフィルは貴方に迷惑しかかけてないわね。埋め合わせの方法は魔族の皆と考えておくわ」
埋め合わせと言われて、良い思い出はない。恩を仇で返されることもしばしば。ならば、何も返されない方がいいぐらいだ。
「何もいらないし、魔族には何も望まない。俺に関係しないところで勝手に生きていてくれればいい」
「エーフィルのせいで魔族が嫌われたわね」
グレイシアさんはため息を吐いた。
家からヴィンセントが出てくる。
「姉さん、エーフィルが魔族だから神聖国グルシアは何も言わないけど、本来この家に来れるのは教会に許可された神官のみだからね」
「はいはい、兄さんが神官なんだからわかっているわよ。レンは例外で特例なんでしょう。隠れ家としても最適だからね、この家は」
「わかっていたら、エーフィルさんを止めなよ」
「突っ走るエーフィルを止められたのなら、こんなところまで来てないわよ」
「今度からはグレイシアさんにも止められますからね」
首輪で強制的に。
けれど、これからはそこまで突っ走ることはないのかなあ?
エーフィルが頭にツノをのせて戻ってきた。木々が吹っ飛ばされたわりにはエーフィルには擦り傷程度しか見当たらない。
「何?俺の話題?照れるなあ」
何を勘違いしたのか。
「師匠の主よ、顔が怖いぞ。魔力がない状態なんて久々で、カラダも魔力頼みになって鈍っていたということを気づかされたよ。これからも師匠に会いに来ていいか?」
「えー、来ないでほしい」
俺の返事で、エーフィルがシュンとした顔になったが、心は痛まないぞ。
自分の行動を心の底から反省しろ。魔族のお得意様のように何をしても温かく迎えると思うなよ。
ツノがエーフィルの頭から俺の頭に移った。
「え?もう魔力を吸い取るのは終わりだって?満足したって。まあ、いいけど」
ツノは躾を完遂した達成感を得られたので、エーフィルにはもう巣立っていってもらいたいらしい。
ペットとして犬を飼ったら巣立つことはない気がするが、簡単に言えば飽きたということだろう。
他に飼い主がいることだし、最後まで責任を持て、と言うのは違う気がするし。
「一晩寝れば魔力もある程度回復するだろうから、明日にはもう帰って」
「厄介払いにしか思えない言葉だな。師匠と別れるのは残念だが、師匠の熱き想いは胸に刻まれている。次、会うときは成長した姿を見せられるように努力する」
魔族の皆様は魔力や筋肉を育てることをエーフィルにはもう望んでいないと思うな。たぶん、頭の方を育ててほしいと思っているよ。ちなみにエーフィルは頭が良い。学業というレベルではズバ抜けた成績である。が、そういうことではないのは皆様もおわかりだろう。
「魔族にそういう態度をとれるのも珍しいわよ。まあ、レンだからね」
「だって、魔族に頼ることも特にないじゃないか」
「そうね。英雄にはないわよね。あ、ところで少ないと思うけどコレは私たちの滞在費として受け取って」
グレイシアさんが俺に小さい袋を押しつけようとしている。
拒否の方向で。
滞在費以上のものが入っている。本当に滞在費なら俺ではなくて弟に押しつければいい話だ。
「俺の方はそんなにお金はかかっていないから。聖都でお菓子や料理を購入してきたのだって、なぜか薬師ギルド持ちになっていたし」
「レンーーー?」
おおっと、冷ややかな風がヴィンセントからやって来た。
ヴィンセントが迫ってくる。
気を抜くと、口が滑りまくるなー。
「あの料理やお菓子、やっぱり聖都のものだったんだね?レンはシアリーの街で買ってきたって言わなかったっけ?」
「その辺は察してあげなさいよ、ヴィンセント。私たちがいるから、能力開示ができなかったわけじゃない」
いや、グレイシアさん、そういうことではなくてですね。
ヴィンセントが怒っているのは、黙ってククーと会っていたことだと思います。
今の俺だとククーを通さないと聖都に行けないから。
つまり、俺が聖都に行くと、必ずククーがついて来る。
前回は大神官長にも会うハメにもなったが。
そういや、魔道具展示会の事件でククーからその後、何の連絡もなかったな。あの試供品魔道具を配った人間は捕えてみたが、事情も何も知らずに、その上、店主や黒幕には逃げられたという予測通りのものだったのだろう。
展示会から帰って来た日に、シアリーの街の薬師ギルドにはオオにお遣いに行ってもらい、クッキィ氏にはギルド長は挨拶に連れて行ったことと事件の概要だけはとりあえず手紙で知らせてある。
家の窓から、王子がこちらを覗いている。
会話が聞こえてしまったか。
うん、ごめん。
聖都とククーを結び付けるのは、ヴィンセントだけではない。王子もである。
ククーと会ったの?良いなー。僕もククーに会いたいなー。という視線は罪悪感を加速する。
王子はやはり立場上、来年の建国祭までは他人との関わりを極力ない方向で生活しなければならない。食事の時間等は皆で一緒に食事をするが、できる限り角ウサギに相手をさせている。いつもと変わらないと言えば変わらないんだけど。。。他の人たちがこの家にいれば話したいとは思うよね。もう少しの我慢だ、王子っ。
「あ、」
「どうした、レン?」
「いや、もう数日後にはアスア王国の建国記念日だと思って」
確かククーは俺の誕生日を祝いたいと言っていなかったっけ。
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