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8章 初夏の風が吹く
8-5 償い ※ビスタ視点
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◆ビスタ視点◆
「償い草を依頼したい。言い値で構わない。すべての費用も出そう」
このフロアにいる全員が聞こえてしまった。
薬師ギルドのお偉いさん、というか聖都にある薬師ギルドの副ギルド長クッキィ氏である。この神聖国グルシアは生贄には魔術、魔法を使ってはならないがために、薬の技術が高い。
他の国では治癒魔法、魔術で何とかするものをこの国は薬で何とかする。
あまり一般には知られていないことだが、無条件で発動できる魔法や魔術は少ない。必ず代償がいる。魔石等の代わりがないのに、なぜ傷や病気が治るのか、疑問に思って研究を始めるとすぐにわかる。何かしらの代償がない場合は、傷や病気がなかった場合の寿命から削られている。魔法や魔術をかけた人間の魔力だけが使われていると思ったら大間違いである。蘇生に近いほどの元重傷者が、その後数か月から数年で亡くなってしまうのは珍しくない。
だからこそ、この国は生贄に関わる者だけでなく、広範囲に薬の知識を持つ者が多い。
薬師ギルドの本拠地もここ神聖国グルシアにあるのはそういうワケだ。
「償い草、、、それは、、、あの、」
冒険者ギルドの依頼カウンターにいる職員の目が泳いだ。その行先はメイサ嬢。何とか穏便に話を断ってくれないかなーという視線である。
メイサ嬢は一歩も動かないが。
確かに無理。確かにレンがそう言ってしまう気持ちもわかる。
それは奇跡の薬草と言われる。
最凶級と言われるダンジョンでしか確認されたことのない薬草である。
どこの国の冒険者ギルドにも在庫はない。予約枠もかなりの数が埋まっているので受け付けられない。
この薬草は大変高価な代物で、シアリーの街になら豪邸が建てられるほどである。聖都だと小さな家も建てられないが。
一本見つければ、宝くじに当たったようなものだ。
だが、それ以上のリスクを伴うダンジョンに入らなければ入手は不可能である。
効果は蘇生とまではいかないが、怪我や病気のすべての代償を引き受けてくれるという薬草である。だからこそ、償い草と名がつけられたようだ。
出入口の扉付近に移動していたレンをメイサ嬢がガシッと捕まえる。
メイサ嬢に俺も目で合図された。
俺、必要ある?無理だよ、償い草。
「クッキィ様、ここではなんですから、奥の応接室へどうぞ」
「あ、ああ、そうか、すまない。。。」
メイサ嬢に振り向いたクッキィ氏が一瞬言葉を失った。
そりゃそうだ。レンを逃がさないために首根っこを捕まえているんだから。第三者から見たら冒険者のマントのフード部分をしっかり握った受付嬢。。。しかもにこやかに。。。怖い以上の感情を持ったら、別の性癖の持ち主だろう。
メイサ嬢はコレが誰かをクッキィ氏に説明もせずに、奥へと促す。
ホッとする依頼カウンターの職員。まだ安心するのは早いと思うぞ、キミ。
仕方ないので、俺もついて行く。仲間の二人は手を振っているよ。薄情者め。まあ、俺がいてもどうだろうと思う場所に、二人がいても微妙だろうけど。リンカは任せた。
場を移して冒険者ギルドの応接室。
一応、所長も呼ばれた。メイサ嬢が全員にお茶を出してくれる。
レンの顔に帰りたいという文字が浮かんでいるのは気のせいではない。
「薬師ギルドのクッキィさんが冒険者レンに償い草の指名依頼をしたいという話でいいのですかな?」
後から呼ばれた所長が、座っているクッキィ氏、レンの隣に俺、所長の横に立っているメイサ嬢を見渡した。
「で、そこで完全に帰りたいという意志表示をしているということは、レンはこの依頼を受ける気はないと」
誰の目で見ても帰りたいという文字が浮かんでいるようだ。レンがうんうん頷いている。うわー、依頼主を目の前にして、この度胸。
けど、償い草は安請け合いできるような代物ではないから仕方ないとも言える。
この償い草を簡単に採取できる人物はただ一人だった。もちろん、隣国の英雄ザット・ノーレンだ。
だが、この償い草は予約がいっぱいであり、英雄が賄い切れるものではない。
そして、英雄に指名依頼ができるのはアスア王国の国王のみと決められている。それが英雄ザット・ノーレンが冒険者ギルドに入ることを国王が承諾する条件だったからだ。
そりゃ、金がある人間だったら誰だって彼に頼みたかっただろう。
あ?レンが償い草採取の依頼を受けても大丈夫な気がしてきた。
が、たぶんレンは最凶級ダンジョンに潜っても何とかなるだろうが、神聖国グルシアが拒否る。今、この神聖国グルシアには最凶級ダンジョンがない。他国に行かないといけないのだから、神聖国グルシアがレンを外に出す気はない。
「、、、えっと、この方がいつも私が買い取っていた薬草を納品してくれているという冒険者なのですか?」
クッキィ氏が首を傾げながら問う。
「メイサ、紹介してなかったのか?」
メイサ嬢は強く頷く。
所長は手早く簡単にレンと俺をクッキィ氏に紹介する。
「こんな若い方とは思っていませんでした。薬草採取専門で、薬草にかなり詳しいので、てっきり」
ご年配の冒険者だと思っていたのだろうか?クッキィ氏もそこまでは言わないけど。
ある程度の年齢になると、体力の衰えから冒険者を引退するものが多い。が、お金がないと生活できないのも現実。浅い層で、薬草を採取して生活する高齢の冒険者も少なからずいる。
「ところで、とりあえず聞いておくが、ビスタ、お前の畑で償い草は取れるのか」
「それは北の女王に聞いてみないことには」
さすがに無理だろう。奇跡の薬草だ。できたとしてもどれだけの魔石とか何とかを必要とするか。
ふと、足元を叩かれているのに気づいた。
「え、、、」
北の女王が使役する連絡用の小さいゴーレムがなぜかテーブルの下にいる。はいっ、と俺にメモ書きを渡す。受け取ると、一瞬で影に消えた。
深くは考えないことにする。
「、、、ビスタ、何だ?」
「、、、償い草をあの畑で得るには、最上級の魔石三トンに、五年ほどの年月が必要だそうで、その上で、その一本だけしかあの畑には植えられなくなると」
「それは難しいな」
所長の顔は険しくなった。
あの畑は基本的に緑苦草のための畑だからね。というより、最上級の魔石の一つを得るのも高額で需要がある。クズ魔石と呼ばれるような生活に使える安い魔石ならかなり出回っているが、最上級は希少価値もあり、どんなに金があっても個人で三トンを集めるのはさすがに厳しい。
それは償い草の方を買う方が安くなる可能性だってある。
だが、それは英雄がいた時代の話だ。今はどんなにお金があっても償い草を得ることはできない。
「クッキィさん、償い草を冒険者ギルドに定期的に納品できたのは、隣国アスア王国の英雄ザット・ノーレンただ一人。最凶級ダンジョンで薬草採取までできる心に余裕がある冒険者が他にはいないということなんですが、つまり、現在の冒険者ギルドでは償い草を確実に採取できる冒険者はおりません。そして、冒険者ギルドの償い草予約枠はいっぱいでどんなご事情であっても新規にお受けすることはできない状態になっております。ご理解ください」
クッキィ氏の顔も固く握られた手も強張っている。
事情がなければ、償い草を手に入れようとしないだろう。
依頼主がペラペラとその事情を話すのなら別だが、冒険者ギルドがそこまで介入することはない。
それが毒とか呪いに関係あるのなら別だが、そうではない限り興味があっても聞くことはない。
今回は償い草の予約枠にさえ入れられないのだ。聞ける話ではない。
レンが深い深いため息を吐いた。
「償い草の持ち主の情報提供だけでいいのなら、」
レン、お前、持ち主を知っているんかい。
「償い草を依頼したい。言い値で構わない。すべての費用も出そう」
このフロアにいる全員が聞こえてしまった。
薬師ギルドのお偉いさん、というか聖都にある薬師ギルドの副ギルド長クッキィ氏である。この神聖国グルシアは生贄には魔術、魔法を使ってはならないがために、薬の技術が高い。
他の国では治癒魔法、魔術で何とかするものをこの国は薬で何とかする。
あまり一般には知られていないことだが、無条件で発動できる魔法や魔術は少ない。必ず代償がいる。魔石等の代わりがないのに、なぜ傷や病気が治るのか、疑問に思って研究を始めるとすぐにわかる。何かしらの代償がない場合は、傷や病気がなかった場合の寿命から削られている。魔法や魔術をかけた人間の魔力だけが使われていると思ったら大間違いである。蘇生に近いほどの元重傷者が、その後数か月から数年で亡くなってしまうのは珍しくない。
だからこそ、この国は生贄に関わる者だけでなく、広範囲に薬の知識を持つ者が多い。
薬師ギルドの本拠地もここ神聖国グルシアにあるのはそういうワケだ。
「償い草、、、それは、、、あの、」
冒険者ギルドの依頼カウンターにいる職員の目が泳いだ。その行先はメイサ嬢。何とか穏便に話を断ってくれないかなーという視線である。
メイサ嬢は一歩も動かないが。
確かに無理。確かにレンがそう言ってしまう気持ちもわかる。
それは奇跡の薬草と言われる。
最凶級と言われるダンジョンでしか確認されたことのない薬草である。
どこの国の冒険者ギルドにも在庫はない。予約枠もかなりの数が埋まっているので受け付けられない。
この薬草は大変高価な代物で、シアリーの街になら豪邸が建てられるほどである。聖都だと小さな家も建てられないが。
一本見つければ、宝くじに当たったようなものだ。
だが、それ以上のリスクを伴うダンジョンに入らなければ入手は不可能である。
効果は蘇生とまではいかないが、怪我や病気のすべての代償を引き受けてくれるという薬草である。だからこそ、償い草と名がつけられたようだ。
出入口の扉付近に移動していたレンをメイサ嬢がガシッと捕まえる。
メイサ嬢に俺も目で合図された。
俺、必要ある?無理だよ、償い草。
「クッキィ様、ここではなんですから、奥の応接室へどうぞ」
「あ、ああ、そうか、すまない。。。」
メイサ嬢に振り向いたクッキィ氏が一瞬言葉を失った。
そりゃそうだ。レンを逃がさないために首根っこを捕まえているんだから。第三者から見たら冒険者のマントのフード部分をしっかり握った受付嬢。。。しかもにこやかに。。。怖い以上の感情を持ったら、別の性癖の持ち主だろう。
メイサ嬢はコレが誰かをクッキィ氏に説明もせずに、奥へと促す。
ホッとする依頼カウンターの職員。まだ安心するのは早いと思うぞ、キミ。
仕方ないので、俺もついて行く。仲間の二人は手を振っているよ。薄情者め。まあ、俺がいてもどうだろうと思う場所に、二人がいても微妙だろうけど。リンカは任せた。
場を移して冒険者ギルドの応接室。
一応、所長も呼ばれた。メイサ嬢が全員にお茶を出してくれる。
レンの顔に帰りたいという文字が浮かんでいるのは気のせいではない。
「薬師ギルドのクッキィさんが冒険者レンに償い草の指名依頼をしたいという話でいいのですかな?」
後から呼ばれた所長が、座っているクッキィ氏、レンの隣に俺、所長の横に立っているメイサ嬢を見渡した。
「で、そこで完全に帰りたいという意志表示をしているということは、レンはこの依頼を受ける気はないと」
誰の目で見ても帰りたいという文字が浮かんでいるようだ。レンがうんうん頷いている。うわー、依頼主を目の前にして、この度胸。
けど、償い草は安請け合いできるような代物ではないから仕方ないとも言える。
この償い草を簡単に採取できる人物はただ一人だった。もちろん、隣国の英雄ザット・ノーレンだ。
だが、この償い草は予約がいっぱいであり、英雄が賄い切れるものではない。
そして、英雄に指名依頼ができるのはアスア王国の国王のみと決められている。それが英雄ザット・ノーレンが冒険者ギルドに入ることを国王が承諾する条件だったからだ。
そりゃ、金がある人間だったら誰だって彼に頼みたかっただろう。
あ?レンが償い草採取の依頼を受けても大丈夫な気がしてきた。
が、たぶんレンは最凶級ダンジョンに潜っても何とかなるだろうが、神聖国グルシアが拒否る。今、この神聖国グルシアには最凶級ダンジョンがない。他国に行かないといけないのだから、神聖国グルシアがレンを外に出す気はない。
「、、、えっと、この方がいつも私が買い取っていた薬草を納品してくれているという冒険者なのですか?」
クッキィ氏が首を傾げながら問う。
「メイサ、紹介してなかったのか?」
メイサ嬢は強く頷く。
所長は手早く簡単にレンと俺をクッキィ氏に紹介する。
「こんな若い方とは思っていませんでした。薬草採取専門で、薬草にかなり詳しいので、てっきり」
ご年配の冒険者だと思っていたのだろうか?クッキィ氏もそこまでは言わないけど。
ある程度の年齢になると、体力の衰えから冒険者を引退するものが多い。が、お金がないと生活できないのも現実。浅い層で、薬草を採取して生活する高齢の冒険者も少なからずいる。
「ところで、とりあえず聞いておくが、ビスタ、お前の畑で償い草は取れるのか」
「それは北の女王に聞いてみないことには」
さすがに無理だろう。奇跡の薬草だ。できたとしてもどれだけの魔石とか何とかを必要とするか。
ふと、足元を叩かれているのに気づいた。
「え、、、」
北の女王が使役する連絡用の小さいゴーレムがなぜかテーブルの下にいる。はいっ、と俺にメモ書きを渡す。受け取ると、一瞬で影に消えた。
深くは考えないことにする。
「、、、ビスタ、何だ?」
「、、、償い草をあの畑で得るには、最上級の魔石三トンに、五年ほどの年月が必要だそうで、その上で、その一本だけしかあの畑には植えられなくなると」
「それは難しいな」
所長の顔は険しくなった。
あの畑は基本的に緑苦草のための畑だからね。というより、最上級の魔石の一つを得るのも高額で需要がある。クズ魔石と呼ばれるような生活に使える安い魔石ならかなり出回っているが、最上級は希少価値もあり、どんなに金があっても個人で三トンを集めるのはさすがに厳しい。
それは償い草の方を買う方が安くなる可能性だってある。
だが、それは英雄がいた時代の話だ。今はどんなにお金があっても償い草を得ることはできない。
「クッキィさん、償い草を冒険者ギルドに定期的に納品できたのは、隣国アスア王国の英雄ザット・ノーレンただ一人。最凶級ダンジョンで薬草採取までできる心に余裕がある冒険者が他にはいないということなんですが、つまり、現在の冒険者ギルドでは償い草を確実に採取できる冒険者はおりません。そして、冒険者ギルドの償い草予約枠はいっぱいでどんなご事情であっても新規にお受けすることはできない状態になっております。ご理解ください」
クッキィ氏の顔も固く握られた手も強張っている。
事情がなければ、償い草を手に入れようとしないだろう。
依頼主がペラペラとその事情を話すのなら別だが、冒険者ギルドがそこまで介入することはない。
それが毒とか呪いに関係あるのなら別だが、そうではない限り興味があっても聞くことはない。
今回は償い草の予約枠にさえ入れられないのだ。聞ける話ではない。
レンが深い深いため息を吐いた。
「償い草の持ち主の情報提供だけでいいのなら、」
レン、お前、持ち主を知っているんかい。
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