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7章 王国の冬がはじまる

7-8 孤児院

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 今年、国から予算が回ってこない。
 もうすでに今年の分が来てもいい時期だった。

 ここはアスア王国の王都の一等地にある孤児院である。
 孤児院の院長も、もともと孤児だった。

 窓の外を見る。すでに木々を彩る花が散っていく。
 大きな建物である孤児院は王城の近くの教会のすぐ横に建っている。
 教会の前には広場も広がり、観光地にもなっている美しい場所だ。
 アスア王国の国王が慈悲深く、我々孤児に暖かい場を用意してくれた。
 一等地であるここは、維持費もバカ高くなる。なぜ孤児院をこんな一等地に造ったのかは疑問だが、国王は豊かさの象徴として選んだのではないだろうか。
 ここにいる孤児たちへの教育は申し分ない。子供たちも成人したらすぐに働けるよう日々精進している。貴族の子供たちには劣るだろうが、衣食住は満たされている。
 院長である自分の給料も高い。ありがたいことだ。

 けれど、お金が入って来ないことにはどうしようもない。
 孤児院はただただお金が消費される施設である。
 この孤児院では普通の孤児院がしているような子供に内職紛いのことをさせていない。
 子供たちを見世物にするようなチャリティー活動やバザーなどといった催しものは一切していない。
 貴族からの寄付金は微々たるもので、国からのお金が必要だ。


 英雄が新英雄に交代したり、王女が新英雄と婚約して王城は忙しいに違いないが、お金に関することは早めの方がいい。
 孤児院の院長は確認のために、アスア王国の王城へと自ら足を運んだ。
 王城で予算の担当者を呼んでもらう。応接室に通され、ここに来たワケを話す。

「いえ、孤児院への予算はありませんよ」

 あっさりと事務担当者が告げた。

「え?」

 青天の霹靂。
 徐々に減らされるのならともかく、すべてを急に無くすことなどあるだろうか。
 しかも、何の連絡もなく。

「何をいきなり、、、王女が新英雄と婚約してこちらに回すお金が無くなったとでもいうのか」

「おっしゃっている意味がよくわかりませんが。孤児院の予算は過去一度だけついただけで、それ以降はありませんよ」

「は?毎年滞りなく一定の額が孤児院に来ていたではないか」

 院長は強く主張する。国の予算がなければ孤児院の運営などできやしない。
 事務担当者は院長の言葉でしばし思案する。

「少々お待ちください。確認したいことがありますので」

 事務担当者が応接室から出ていった。
 今の孤児院の院長は院長としてやっていくにはまだ若い年齢だ。英雄ザット・ノーレンの三歳年上、三十七歳である。
 しかも、自分も豪華な孤児院暮らしになってから、優しい生活にどっぷりと浸かっており、突発的な出来事への対応に慣れていない。この孤児院は地方にある孤児院や他国にあるものとはまったく別の代物だと言えよう。どこの孤児院だって資金繰りには厳しい綱渡りをしているのだから。院長の給料なんて出ていないところも多い。

 ノックの音が響き、事務担当者が戻ってきた。
 その後ろから入って来たのは。

「宰相っ」

「やあ、わざわざ来てくれるとは。使いの者を出そうとは思っていたんだけどね」

 若き宰相は穏やかな笑みを浮かべながら応接室に入ってきた。代替わりしてそんなに年数は経っていない。だが、代々の宰相家。一般人に対する貫禄は充分である。

「では、孤児院の国からの予算は」

「キミは孤児院の前院長から何も聞いてないのかい?事務官が伝えた通り、国が孤児院の予算をつけたのは、ただの一度だけ。それ以降は全額が英雄ザット・ノーレンの寄付だ」

「は?」

 院長は宰相の言葉をすぐには理解できなかった。
 宰相は後ろに立っていた事務官を応接室から下がらせた。

「キミだろ?十歳のザット・ノーレンを孤児院に連れてきてくれたのは。父も国王もキミには物凄く感謝していたよ。キミのおかげで英雄が見つかったからね」

「え、ああ、はい」

「キミは英雄を連れてきたら、皆のための孤児院を一年だけでなくその先もと要望したそうだが、国王にとっては英雄が見つかってしまえば無用の長物だからね。だから、その肩代わりをずっとやってきたのが英雄だ。その寄付した総額を考えても、本当に素晴らしい人物だったよ」

 だった、に宰相は力を込めた。
 そう、英雄ザット・ノーレンは過去の人。アスア王国では亡くなったと報じられた。

「あ、その寄付を、新しい英雄は」

「ああ、英雄ロイにも話はしたんだけど、あっさり断られたよ。まあ、見も知らぬ孤児に無条件で寄付するかというと難しい話だろうね。寄付したのはキミたちに所縁のある英雄だったからね」

「な、、、それでは孤児院は」

「キミが孤児院を存続させたいというのなら、地方や郊外に家を借りるのも良いだろう。さすがに一等地を維持できる寄付金をキミが他の誰かから毎年集められるとは私も考えていない」

「それなら、」

「私ができるのは、今年の秋まで国の所有である建物からの退去を猶予するぐらいのことだ。本来なら金策は孤児院の院長であるキミの仕事である。そちらについては我々は関与しない」

「あ、でも」

「国の予算はついていないんだ。国がどうこうできる話ではない。孤児院を存続するにしろ閉鎖するにしろ、孤児の受け入れ先を探すにしろ、キミたちの自由にやってくれ。もうキミたちの英雄はいないんだ」

「い、いきなりの話で」

「何を言っている。キミが孤児院の院長になってどれだけになる。高額の寄付金、というか孤児院運営のためのほぼ全額を納めていた英雄に何のお礼も言わずに今まで孤児院を運営していたのかね?厳しい言い方だが、毎年それをいくらか貯めておけばかなりの金額になったはずだ。数年ぐらい余裕で持ち堪えられたぐらいのはあったはずだろう」

 宰相は席を立つ。これで会話は終了だということだ。
 けれど、そのまま宰相を返してはならないことだけは院長もわかった。

「宰相っ」

「あのとき、キミは英雄を売った金で何を得たんだね?そうとも知らずに、英雄はキミのいる孤児院に寄付し続けた。孤児院に来た者たちは、英雄に恩を仇で返すような者たちばかりだ。しかも、お礼すらも言わずにいられたなんて、私はキミの正気を疑うよ」

 宰相に蔑むような目で院長は見られた。




 どう孤児院に戻って来たのか覚えていない。
 院長は副院長に話しかけられて、ようやく気付いた。

「院長、先程までどちらに行っていたのですか」

「あ、ああ、王城に」

「王城、あ、金策ですか。国からは無事に予算もらえました?」

「え?」

「え、って。院長、英雄が亡くなったのですから、寄付金はもう入ってきませんよね。それにもかかわらず、院長はいつもと変わらなかったので、国と話がついているとばかり、、、」

 副院長は言葉を切って、院長を見る。
 院長は副院長の言葉を反芻する。英雄が亡くなったのですから、寄付金はもう入ってきませんよね、との言葉を。副院長が知っているのだから、院長の自分が聞いていないわけがない。聞く耳を持っていなかっただけだ。

「、、、予算はもらえなかった」

 ボソリと呟くように言った。

「そ、それは、、、仕方ありませんね。その孤児院を存続するか、閉鎖するか、すでに決めているのですか」

 副院長は矢継ぎ早に聞く。彼はこの孤児院で育った者ではなく、孤児院の実務経験者だったために前院長が雇っていた。経営が苦しい孤児院が潰れるのは数多い。国や領主、有力者からの援助無くして、孤児院は成り立たない。代替わりや世情が変わると、孤児院は切り捨てられることも少なくない。
 だからこそ、院長は有能な者を育てて、援助元に返す。見捨てられないように。
 もしくは、院長は言葉巧みに寄付金を得ることができる者でなくてはならない。
 孤児院はお金なくして、愛情だけで維持できるものではない。
 院長は孤児院の顔だ。

 すでにザット・ノーレンが英雄になって二十四年。つまりその年数近く孤児院に寄付していたということだ。
 その間、孤児院はただ金を貪りつくすだけで、何も英雄には返していない。
 英雄がほぼ全額を寄付していたのなら、すでに仲間になれるような強い冒険者を数人は育成していなければいけないぐらいだ。

 しかし、院長は国がすべてを支払っていたと思っていた。
 ゆえに、教育に力を入れた。将来、役人になって、その能力で国に恩を返すようにと。

 冷たい汗が流れる。
 今さら、そんな事実を知ったところでどうにかできるものではない。

「英雄が寄付をしていたことを知っている者はこの孤児院にどれだけいる?」

「いえ、あのとき前院長が話していたのは、院長と私だけですので、院長が誰にも話していなければ他に知る者はいないと思いますが」

 ならば、まだ自分の面子は保たれているということだ。
 院長はまず自らの保身が気になったから確認した。
 英雄が亡くなったのに、何もしていない院長だと後ろ指さされていたということはない、今までの時点では。
 それを知り、安堵した院長がそこにいた。

 そして、死ぬなら金を残して死ねばいいのにどこまでも使えない奴、と心のなかで英雄を罵った。
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