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7章 王国の冬がはじまる

7-6 密偵

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 キザスはアスア王国の生まれである。
 彼の親もアスア王国の生まれだとされているが、宗教国バルトの者である。
 キザスは生まれたときから、宗教国バルトの神官であり、密偵として育てられた。

 アスア王国はその事実をつかめずに、英雄の仲間にしてしまった。
 それだけ巧妙に隠されていた。
 が、そこまでしなくても、アスア王国のザルな調査ではわからなかっただろうが。

 キザスが宗教国バルトに命じられたのは、一生をかけてでも今代の英雄のギフトを得ること。

 英雄を懐柔して、そのまま宗教国バルトに来てもらえるなら、それが一番良い。
 だが、一番難しいことだと言える。
 英雄はアスア王国の国民のために行動する。
 白銀の鎧が良く似合い、弱きを助ける、誰もが思い描く英雄像が具現したかのような人物である。一部、アスア王国内でも英雄像が違う者がいるが。


 宗教国バルトではギフトの研究も進んでいる。
 他人のギフトを奪う研究も。本当なら奪ったギフトを有効活用する手立ても探している最中だが、他人のギフトは使えた試しがない。
 キザスが見せられたのは、剣身が黒い短剣、強奪の剣だった。
 キザスは自分が直接、手を下すのは躊躇った。
 アスア王国の現英雄のギフトは、神が授けた最上級のギフトだと言われている。
 そのようなものに手を出したら、自分に神罰が下るのでは、と。

 実行犯は別に必要だった。
 好都合なことにすぐに見つかった。
 英雄の仲間になったロイは、今代の英雄に反発を抱いていた。
 しかし、キザスが直接ロイに強奪の剣を渡すのはリスクが伴う。
 あくまでも、キザス自身が選択したように見せかけた方が都合が良い。

「ロイ、実は他人のギフトを奪う剣というものを扱っている商人が、こっそり王都に来ているらしいんだ」

 ロイに囁いてみた。
 思った通り、すぐに食いついた。

「ロイが興味があるなら調べてみるよ。少し時間はかかるかもしれないけど」

 ロイを焦らす。
 ロイがキザスをせっつくくらいになるまで。
 まるで、最初から自分が頼んだかのように望むまで。




 話を振ってから数か月が過ぎた頃。
 キザスはロイにようやく見つかったと声をかけた。
 王都の暗い路地、地下にある薄暗い飲み屋、お世辞にも綺麗とは言えない店だった。
 客は数人しかいない。
 二人が席につくと、一人の男が前に座った。
 相手は黒いマントでフードを被っている。

「この剣に興味があると聞いたが」

 マントの隙間からチラリと短剣を見せる。
 キザスが小さく頷くと、ロイが大きく頷いた。

「ならば、席を移そう。マスター」

 男は店のマスターに声をかけて、カウンターにお金を置き、個室に行く。個室と言えども小さく汚い。テーブルとイスがあるだけだ。密談するという雰囲気だけはある部屋だ。

 男はテーブルに短剣を置いた。

「これがどんなギフトでも奪える短剣ってヤツか」

 男がちらりとロイを見た。
 スラリと鞘から抜く。黒い剣身が現れた。
 ロイがゴクリと唾を飲む

「刺せば、その他人のギフトを奪えるが、もしギフトを持っている者が使うとそのギフトに上書きされる。危険なものだし、高価なものだ」

 男は金額をロイに提示する。

「やめておいた方がいい」

 男はロイの表情を見て、短剣を鞘にしまった。

「この金額を支払えないくらいの決意なら」

「いや、払う。必ずだ。ただ少しだけ待ってくれ」

 男はゆっくりとロイを見た。

「決意が固いのなら、少しぐらいなら待ってやる。揺らぐようなら、早めに連絡してくれ。コレを望む客はいくらでもいる」

「わかった。すぐに何とかする」

 ロイは宣言した。
 本当なら、この男もキザスも無料でこの剣をロイにあげたいくらいなのだが。
 だが、ロイが実行に移すには、高い金額を自らが負わなければ決意が鈍るだろう。

「ロイ、俺も少しぐらいなら融通するけど」

 キザスがこの場で提案したのはワザとだ。
 男の視線がロイをとらえる。

「いや、大丈夫だ」

 キザスもロイの扱いは慣れたものだ。
 ロイは自分に決意がないと男に思われ、短剣を売ってもらえなくなる方が困る。金策に、事情を知るキザスを頼らせなくするためだ。

「では、また後日」

 男はマントに短剣をしまうと颯爽と去っていった。




 ロイは英雄に隠れて魔物部位を確保し、闇ギルドに売ってお金を得た。足元を見られるが、英雄は大量に魔物を討伐していく。仲間たちも希少な魔物しか収納鞄に入れない。それだけでも収納鞄が溢れそうになるからだ。
 ロイはこっそりと別の収納鞄を隠して持って行った。
 ただそれだけだ。
 それだけなのに有頂天になり、これからも小遣い稼ぎにちょうどいいと言いながら続けるつもりらしい。
 どうせそのお金は湯水のように消え去るのだろうに。

 ロイはすぐに男と再会し、強奪の剣を手に入れた。
 多額の金と引き換えにしたことで、ロイは英雄の行動を観察しはじめた。
 多額の金といってもロイはほぼ何の苦労もしていない。にもかかわらず、自分のものになるはずだった金が使われたことが相当嫌だったらしい。


 アスア王国の国王が神聖国グルシアのダンジョン閉鎖を英雄に命じたとき、ロイの目が光った。
 英雄が現場に急行すると、護衛と称した監視の騎士団が遅れた。
 シアリーの街の周囲にもダンジョンから溢れた魔物が蔓延っていた。 

 一晩、作戦を練るために、シアリーの街が用意したホテルに泊まった。
 現場を見ないとわからないこともあるからだ。
 ロイは英雄に進言した。
 シアリーの街には冒険者がいるが、初級中級がほとんどである。回復役もいて、冒険者としても強い女性三人はこのままシアリーの街に残り、魔物退治をして住民を守る方がいいと。

 英雄はその案を受け入れた。

 キザスはその晩、ジニールを計画に誘った。
 断れば、ジニールも翌日のダンジョンで始末する気でもあった。
 ジニールは快諾した。
 キザスが拍子抜けするほどあっさりと。
 キザスはジニールには何も語らないが、英雄への不満を蓄積させていたのだと勝手に解釈した。


 翌朝になり、英雄、ロイ、キザス、ジニールの四人はシアリーの街の南西にできたダンジョンへと多くの魔物を討伐しながら向かう。
 そして、ダンジョンのラスボスを倒した後、ロイは強奪の剣を英雄に刺した。
 そのときロイは薄らと笑みをこぼしていたのをキザスは見た。


 強奪の剣は『蒼天の館』を奪ったようだが、ロイが短剣から手を離してしまった。
 英雄のカラダが少し細くなったような気がした。
 本当なら、強奪の剣は回収していく方がいい。けれど、キザスは英雄にまだ刺さっているあの剣を触りたくない。
 そう、強奪の剣はギフトだけを奪う剣ではない。すべてを奪う。

 なぜキザスはロイに奪わせたのか。
 自分が英雄になれる可能性だってあるというのに。
 ギフトを持たないキザスが『蒼天の館』を奪ったら、死ぬ可能性が高いからだった。
 キザスはこっそり研究資料を読んで知っていた。
 強いギフトを奪うには、ある程度強いギフトを持った者が強奪の剣を刺さないと、ギフトを奪えたとしても、剣を刺した人間が死ぬ。ギフトを受け入れられるカラダが作られていないのだろうと推測されていた。
『蒼天の館』をロイがすべて奪えたという確証がキザスには持てない。わからない。
 だからこそ、キザスは強奪の剣を触れなかった。
 怪しまれるからこそ、ロイにもジニールにも剣について何も言うことができなかった。


 ジニールが素早く英雄の身ぐるみを剥いでいく。普通の服だけは残して。
 ロイも手伝っていたが、キザスは受け取って収納鞄に入れただけだ。
 ジニールは英雄の物ではない強奪の剣には一切触らなかった。ジニールの行動は当初の計画通りなのだが、キザスは少し歯痒い思いをする。その短剣も回収してくれればどんなに良かったか。

 ロイはトドメを刺さず、英雄をダンジョンに放置していった。
 確かにラスボスは倒したとはいえ、ダンジョンを閉鎖しない限り、ダンジョン内にも魔物が残る。ギフトもなく何も装備がない状態では、英雄と言えどもあのダンジョンを生きては帰って来れないだろう。
 キザスは後は『蒼天の館』を奪ったロイをどのように宗教国バルトへ誘導するかと考えていた。英雄がいなくなった今、別にそれはそんなに急ぐ必要もないことだった。




 なぜ、万能のギフトと呼ばれる『蒼天の館』を持っていた英雄がこの企みに気づかなかったのか。
 それは英雄がすでに他人に興味を失っていたからだ。
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