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6章 花が咲く頃
6-9 大神官長
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爺さんの人形は俺のマントの下に潜り込んだ。
顔が漏れなくバレている人形を会場に潜入させるだろうか?
俺でも持ち物チェックが入るだろう。最低限の武器の持ち込みが禁止されていないのが、冒険者ギルドが会場ならでは。
人形が通過できるかは冒険者ギルド職員の意識が問われるところだ。
俺は控室にもなっている会議室に通された。
「、、、所長、気合入ってますね」
「当たり前だ。今日会うのは神官長でもなく、大神官でもなく、大神官長なんだぞ。今日気合い入れないで、いつ気合いを入れるんだ」
「、、、魔物が溢れたときですかね」
「レン、真面目に答えるな」
ビスタが俺をとめた。正論を言っていると思うんだが。
所長もビシッと真新しいスーツを着ているが、ビスタもビスタで服に気合いが入っている。ビスタ、ダンジョンにその服で入ることあるの?
一応、冒険者は冒険者の服装で良いということなのだが、冒険者の式典参列希望者への服装として最低限のルールがでかでかと掲示板に貼りだされていた。
最低限のルールと書かれているが、かなり細かく厳しい。最低限でコレかよ、と部外者はツッコミを入れたい気分になるのだが、信者としては当たり前も当たり前のルールらしい。
ダンジョンに潜った直後の汗まみれ泥まみれの冒険者に来られても困るからなー。
「うん、ビスタがこの国の人間だってことがよくわかるよ」
「半目で言うセリフじゃねえな、それ」
「いやー、ビスタですら大神官長に会うときはそうなるんだなーってこと。俺、自国他国ともに要人と会うことがあってもそのままだったからなあ。この国の大神官とも会ったことがあるけど、魔物討伐した後のそのままの姿だったし」
「お前の辞書には緊張って文字がないのか」
「おい、レン。お前、うちの大神官に会ったことがあるのか」
俺の言葉に食いついたのは、所長だった。
「え?俺がいるときに会いに来てくれたんだから、普通に会いましたよ?」
アスア王国の王城で大神官が俺に会えたのは、ククーが諜報員をやっていたからだ。基本的に国中を走り回っている俺が王城に戻って来たときをピンポイントに狙うのはなかなか難しい。王城に戻ってもすぐさま出ていかなければならないときも少なからずあった。
ククーから情報をもらっていない神官がアスア王国に来ても、俺に会うのはまず無理である。
「う、、、」
「嘘じゃないですよ。かなり前になりますが、大神官ヴァンガル・イーグと名乗る方とお会いしたことがありますよ」
「追い打ちをかけるな、レン。そのヴァンガル・イーグ大神官が今の大神官長だ」
「え?今の大神官長ってそのヴァンガル・イーグなの?」
所長とビスタが強く頷く。
そういや名前聞いてなかったな。それとも、ククーはまた、俺が知っていると思い込んだか?
トップになったのもここ最近ではないから知っていてもおかしくはないんだが、特に交流もなく、問題もなければ、そこまでチェックしていない。周辺国家も多ければ、その要人なんか星の数ほどいる。調べるのは簡単だが、人間である俺の記憶の容量は限られている。
ククーに渡したミニミニダンジョンで聖都その他の情報を得ていたが、大神官長個人のことなんか興味ないので顔も見てなかった。
昔、会ったときのヴァンガル・イーグ大神官の顔、姿を思い出す。
「、、、言っちゃあ悪いけど、あの人、完全に戦闘民族だよな。神官よりも冒険者と言われた方が納得できる筋肉量だったはず」
そこにいる元冒険者の所長より筋肉量は多い。所長はほどよい筋肉のナイスミドルなのだが、大神官長と並んだら、所長が細身に見えてしまうぐらいだろう。
こんな鍛えている聖職者がいるんだー、と思ったのを覚えている。
「イーグ家は有数の戦闘民族だからな。戦う神官の一族だよ」
「あ、だから、発情期の、緑苦草が必要だったのか。あのイーグ家か。ああ、納得」
「うわー、レン。今の今までこの国の事情が微妙に噛み合ってなかったのか。緑苦草の件は、けっこう前の話だぞ。大神官長の名前なんて聞けばすぐにわかるんだから、もう少しうちの国に興味持とうよ」
「上の人間に会わなくて済む日常ってかけがえのないものだよなー、できれば情報すら見たくないよなー。魔物討伐に出ていた方が気が楽だったくらいだ。会わなくて済むのなら大神官長にだって」
「はいはい、レンは式典では表彰されないから、おとなしく大神官長との打ち合わせには出ようねー」
ビスタがこの会話をブチっと終わらせた。
まあ、大神官長との打ち合わせには出るけど。俺も必要だから。
が。
「それはそれで良いんだが、大神官長があのヴァンガル・イーグなら打ち合わせの台本は意味ないものになりそうだな」
「は?この台本は聖都の教会もお墨付きを与えた台本だぞ」
「アイツは自らの拳で固定観念をぶち壊していくヤツだぞ。教会が用意した台本なんか見てもいないだろう。あー、読み合わせなんて時間の無駄をした」
「ちょっと待て、レン、それはどういうことだ?」
所長があの台本を手にしたまま額から冷や汗を流している。あれ?二冊持っている。式典用と打ち合わせ用か。どんだけの大作だよ。
「ああ、この国では教会に情報統制されているのか。ヴァンガル・イーグがとんでもないことをしでかしても、美談にされるよな。アイツは筋書き通りに行動しない人間だ。台本通りにやろうとすると、必ずぶち壊しに来る」
「もう冒険者の方の一般参列者も会場に入れて、台本通りのリハーサルを綿密に行っているところだ。ど、どうすればいい?」
え?一般参列者を巻き込んでそんな面倒なことまでやっていたの?俺、外国籍の人間で良かったな。実際はアスア王国では死んだ扱いになっていると思うけど。
「いや、どうすればって。台本通りに進むならそれで良し、ただし、大神官長が抜き打ちで我々を試す可能性もある、すべて臨機応変に動け、狼狽えるな、シアリーの街の冒険者としての底力を大神官長に見せてやれ、とでも言っておけば?」
即座にメモる所長。大神官長の行動に対して、オロオロしなければ特に問題ないと思うが。
あの突飛な行動をすべて予測することは不可能だ。
「危機対策を完璧にやっていると、アイツは台本通りに動くんだよな。他人の期待をとことん裏切るヤツだよ」
「大神官長に対して、アイツ。。。仲良いのか?」
「挨拶した程度、、、と、剣で模擬試合をしたな。聖職者が何であんなに強いんだか」
所長とビスタが固まっている。コイツ何やっているんだという視線も含まれている気がするが、言い出したのはヴァンガル・イーグであって断じて俺ではない。というか他国の王城に聖職者が愛用の長剣持参するか?
「そういや、次に会ったら再戦したい、とか別れ際に言っていた気がするな。あ、訓練場が会場になっているから戦えないな。どうしようか?」
「ええっと、つまりはレンが勝ったということか?どのくらいの確率で大神官長がレンに再戦を申し出る危険性がある?」
「んー、八割ぐらいかな?俺が俺だと認識されていれば、かなり高いと思うんだが」
大神官長がククーの報告をどれだけ信じているかによるな。俺が隣国アスア王国の英雄と同一人物だと認識しなければ、再戦を申し出ることはないだろう。けれど、ヴァンガル・イーグは動物的勘が働きそうだ。
「も、もしも、剣の試合になったらイスを持って速やかに端に寄れと参列者には指示しておこう」
所長がよろよろと会議室を後にした。
リハーサルを行っている会場で、最後の締めに所長が俺がアドバイスした言葉を一言一句間違いなく口にした。
所長が行っているのは扇動だ。同じ言葉なのに、冒険者を奮い立たせるのはなぜだろう。言う人間が違うとやはり効果も違うのだろう。大歓声が響き渡った。
俺たちの実力を見せてやれっ、とか、俺たちの対応力を侮るなっ、とか、大声で喚く冒険者たちが多かった。
顔が漏れなくバレている人形を会場に潜入させるだろうか?
俺でも持ち物チェックが入るだろう。最低限の武器の持ち込みが禁止されていないのが、冒険者ギルドが会場ならでは。
人形が通過できるかは冒険者ギルド職員の意識が問われるところだ。
俺は控室にもなっている会議室に通された。
「、、、所長、気合入ってますね」
「当たり前だ。今日会うのは神官長でもなく、大神官でもなく、大神官長なんだぞ。今日気合い入れないで、いつ気合いを入れるんだ」
「、、、魔物が溢れたときですかね」
「レン、真面目に答えるな」
ビスタが俺をとめた。正論を言っていると思うんだが。
所長もビシッと真新しいスーツを着ているが、ビスタもビスタで服に気合いが入っている。ビスタ、ダンジョンにその服で入ることあるの?
一応、冒険者は冒険者の服装で良いということなのだが、冒険者の式典参列希望者への服装として最低限のルールがでかでかと掲示板に貼りだされていた。
最低限のルールと書かれているが、かなり細かく厳しい。最低限でコレかよ、と部外者はツッコミを入れたい気分になるのだが、信者としては当たり前も当たり前のルールらしい。
ダンジョンに潜った直後の汗まみれ泥まみれの冒険者に来られても困るからなー。
「うん、ビスタがこの国の人間だってことがよくわかるよ」
「半目で言うセリフじゃねえな、それ」
「いやー、ビスタですら大神官長に会うときはそうなるんだなーってこと。俺、自国他国ともに要人と会うことがあってもそのままだったからなあ。この国の大神官とも会ったことがあるけど、魔物討伐した後のそのままの姿だったし」
「お前の辞書には緊張って文字がないのか」
「おい、レン。お前、うちの大神官に会ったことがあるのか」
俺の言葉に食いついたのは、所長だった。
「え?俺がいるときに会いに来てくれたんだから、普通に会いましたよ?」
アスア王国の王城で大神官が俺に会えたのは、ククーが諜報員をやっていたからだ。基本的に国中を走り回っている俺が王城に戻って来たときをピンポイントに狙うのはなかなか難しい。王城に戻ってもすぐさま出ていかなければならないときも少なからずあった。
ククーから情報をもらっていない神官がアスア王国に来ても、俺に会うのはまず無理である。
「う、、、」
「嘘じゃないですよ。かなり前になりますが、大神官ヴァンガル・イーグと名乗る方とお会いしたことがありますよ」
「追い打ちをかけるな、レン。そのヴァンガル・イーグ大神官が今の大神官長だ」
「え?今の大神官長ってそのヴァンガル・イーグなの?」
所長とビスタが強く頷く。
そういや名前聞いてなかったな。それとも、ククーはまた、俺が知っていると思い込んだか?
トップになったのもここ最近ではないから知っていてもおかしくはないんだが、特に交流もなく、問題もなければ、そこまでチェックしていない。周辺国家も多ければ、その要人なんか星の数ほどいる。調べるのは簡単だが、人間である俺の記憶の容量は限られている。
ククーに渡したミニミニダンジョンで聖都その他の情報を得ていたが、大神官長個人のことなんか興味ないので顔も見てなかった。
昔、会ったときのヴァンガル・イーグ大神官の顔、姿を思い出す。
「、、、言っちゃあ悪いけど、あの人、完全に戦闘民族だよな。神官よりも冒険者と言われた方が納得できる筋肉量だったはず」
そこにいる元冒険者の所長より筋肉量は多い。所長はほどよい筋肉のナイスミドルなのだが、大神官長と並んだら、所長が細身に見えてしまうぐらいだろう。
こんな鍛えている聖職者がいるんだー、と思ったのを覚えている。
「イーグ家は有数の戦闘民族だからな。戦う神官の一族だよ」
「あ、だから、発情期の、緑苦草が必要だったのか。あのイーグ家か。ああ、納得」
「うわー、レン。今の今までこの国の事情が微妙に噛み合ってなかったのか。緑苦草の件は、けっこう前の話だぞ。大神官長の名前なんて聞けばすぐにわかるんだから、もう少しうちの国に興味持とうよ」
「上の人間に会わなくて済む日常ってかけがえのないものだよなー、できれば情報すら見たくないよなー。魔物討伐に出ていた方が気が楽だったくらいだ。会わなくて済むのなら大神官長にだって」
「はいはい、レンは式典では表彰されないから、おとなしく大神官長との打ち合わせには出ようねー」
ビスタがこの会話をブチっと終わらせた。
まあ、大神官長との打ち合わせには出るけど。俺も必要だから。
が。
「それはそれで良いんだが、大神官長があのヴァンガル・イーグなら打ち合わせの台本は意味ないものになりそうだな」
「は?この台本は聖都の教会もお墨付きを与えた台本だぞ」
「アイツは自らの拳で固定観念をぶち壊していくヤツだぞ。教会が用意した台本なんか見てもいないだろう。あー、読み合わせなんて時間の無駄をした」
「ちょっと待て、レン、それはどういうことだ?」
所長があの台本を手にしたまま額から冷や汗を流している。あれ?二冊持っている。式典用と打ち合わせ用か。どんだけの大作だよ。
「ああ、この国では教会に情報統制されているのか。ヴァンガル・イーグがとんでもないことをしでかしても、美談にされるよな。アイツは筋書き通りに行動しない人間だ。台本通りにやろうとすると、必ずぶち壊しに来る」
「もう冒険者の方の一般参列者も会場に入れて、台本通りのリハーサルを綿密に行っているところだ。ど、どうすればいい?」
え?一般参列者を巻き込んでそんな面倒なことまでやっていたの?俺、外国籍の人間で良かったな。実際はアスア王国では死んだ扱いになっていると思うけど。
「いや、どうすればって。台本通りに進むならそれで良し、ただし、大神官長が抜き打ちで我々を試す可能性もある、すべて臨機応変に動け、狼狽えるな、シアリーの街の冒険者としての底力を大神官長に見せてやれ、とでも言っておけば?」
即座にメモる所長。大神官長の行動に対して、オロオロしなければ特に問題ないと思うが。
あの突飛な行動をすべて予測することは不可能だ。
「危機対策を完璧にやっていると、アイツは台本通りに動くんだよな。他人の期待をとことん裏切るヤツだよ」
「大神官長に対して、アイツ。。。仲良いのか?」
「挨拶した程度、、、と、剣で模擬試合をしたな。聖職者が何であんなに強いんだか」
所長とビスタが固まっている。コイツ何やっているんだという視線も含まれている気がするが、言い出したのはヴァンガル・イーグであって断じて俺ではない。というか他国の王城に聖職者が愛用の長剣持参するか?
「そういや、次に会ったら再戦したい、とか別れ際に言っていた気がするな。あ、訓練場が会場になっているから戦えないな。どうしようか?」
「ええっと、つまりはレンが勝ったということか?どのくらいの確率で大神官長がレンに再戦を申し出る危険性がある?」
「んー、八割ぐらいかな?俺が俺だと認識されていれば、かなり高いと思うんだが」
大神官長がククーの報告をどれだけ信じているかによるな。俺が隣国アスア王国の英雄と同一人物だと認識しなければ、再戦を申し出ることはないだろう。けれど、ヴァンガル・イーグは動物的勘が働きそうだ。
「も、もしも、剣の試合になったらイスを持って速やかに端に寄れと参列者には指示しておこう」
所長がよろよろと会議室を後にした。
リハーサルを行っている会場で、最後の締めに所長が俺がアドバイスした言葉を一言一句間違いなく口にした。
所長が行っているのは扇動だ。同じ言葉なのに、冒険者を奮い立たせるのはなぜだろう。言う人間が違うとやはり効果も違うのだろう。大歓声が響き渡った。
俺たちの実力を見せてやれっ、とか、俺たちの対応力を侮るなっ、とか、大声で喚く冒険者たちが多かった。
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