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5章 雪が解けゆく
5-7 狂騒曲 ※ルルリ視点
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◆ルルリ視点◆
お古とはいえ可愛らしい服をもらえれば嬉しい。
宿に帰って、さっそく着てみようと思う。
聖教国エルバノーンから出発して、フリルのついたワンピースを手にすることはなかった。
ギュッと抱きしめるのも仕方ない。
私はまだ成人すらしていない。ジイジもこのぐらいなら許してくれるだろう。
この任務は期限がない。たとえダンジョンで多少は稼げるにしろ、節約しないといつ何時お金が必要になるかもわからない。ジイジとは連絡が取れるとはいえ、さすがにお金の無心はしたくないし、一族の誰かがこの地まで来るとなるとその旅費までかかる。
だからこそ、ジイジは自分の人形に別枠で保険を持たせている。アレはこの国の神官ククール・アディへの報酬となっているが、私がもし万が一ひもじくしている場合、ジイジがお金に換えてしまうだろう。ジイジの人形が持っているのは、私が意固地を張り使わないからだろう。
それは人形遣いとしての任務は失敗だということを示す。
私は国外だからといって任務を放棄して投げ出したくない。
この地でもダンジョンで問題なく生活費を稼ぎながら、アスア王国の英雄ザット・ノーレンの情報を得る。それが理想だ。
今のところ英雄の情報は聖教国エルバノーンでジイジから得ていた情報以上のことは何も出てこない。
新聞以上のことは、この地では何も言われていないのだ。
そうなると、神官ククール・アディに接触しなくてはいけないのだが、彼がどこにいるかさえ私は把握できていない。さすがにこの国も宗教国家。大神官の名前は住民に聞けばスラスラ出てくるのだが、小さい教会があれば村にさえいる神官の数は恐ろしいほどだ。シアリーの街の教会に聞いたところで、神官は数が多いから上の人間か、知り合いではないと名前で所属まではわからないと言われてしまった。
そりゃ、聖教国エルバノーンの教会でも聖職者の名簿は出回っていない。もちろん本拠地には存在するが、一般人が見ることができるものではない。神聖国グルシアでもそのようなものだろう。
ジイジが神官ククール・アディの居場所を私に教えないのは、きっと試練なのだろう。孫娘だからと甘やかさず、自分一人でこの任務を成し遂げてみよ、と言っているのだろう。毎晩のジイジとの連絡は、他者と連携するときに必要な報告の練習だろう。まあ、祖父と孫なのだから雑談多めになってしまうのも仕方ない、きっと仕方ないことだ。
「こんのクソジジイがっ、てめぇみたいな胡散臭いヤツがルルリちゃんの爺さんであってたまるかっ」
「え?」
宿屋の手前。
大騒音とともに宿屋の窓ガラスが割れ、一人のジジイが投げ飛ばされた。
開いている扉から見ると、マイサさんが投げ飛ばしたようだ。
あの大声もマイサさんの声だった。この宿屋にいてあんな口調は今まで聞いたことはなかったが。
「え?」
あまりのことに咄嗟に頭が回らない。
路地の歩行者たちはなぜか平然と歩いていくが。あー、マイサちゃんまたかー、という声すら聞こえる。またってどういうこと?この宿は日常茶飯事で人が飛んでいくの?
私がいることに気づいたマイサさんが慌てて大声で言う。
「早くこっちに来なっ。そいつらは胡散臭いっ」
そいつら。複数だ。投げ飛ばされた人間以外に、他にいるのだ。
咄嗟に赤いマントを広げ、人形を展開する。
「人形遣い、お前がルルリだなっ」
投げ飛ばされたのとは別の人間が私に向かってくる。
狙いは私だ。
そして、マイサさんが口にしたルルリちゃんの爺さん、つまりジイジを騙って私を捕まえに来たというところだろう。
いや、訂正する。
捕まえに来たという生易しいものじゃない。
その男は剣を振りかざした。
私を殺しに来たのだ。
私の何個かの毛玉人形を超高速で剣に当て、軌道を攪乱させる。
「チッ」
「同志よっ」
窓ガラスの破片塗れになっている投げ飛ばされたジジイの方がすでに立ち上がって、もう一人の男に目配せをすると頷きあう。
二人とも目立たない灰色のマントだ。
宗教歌を歌い出した。
朗々と二人で歌う。
「エルク教国か」
この歌はギフトの使用を阻害する。無効化とまではいかないが鬱陶しいのは事実だ。
散開していた毛玉を近くに集める。
手には短剣を持つ。
エルク教国は宗教音楽信仰の国だ。
彼らが歌う歌や楽器で演奏する曲には深い意味を持つ。
歌や曲によって効果が違うし、歌い手や演奏者によって効き目も違う。
私は短剣を握る。
にもかかわらず、マイサさんが大きめの棍棒をフルスイング。
宿屋の近くにいたジジイの方がまた吹っ飛んでいった。
マイサさんは棍棒を自由自在に振り回して、もう一人の男と対峙する。
マイサさんってこの宿屋の看板娘と聞いていたけど、用心棒なの?
男は一人になっても歌い続ける。
私の戦力を少しでも削ぐ気だ。
耳を塞いでこの歌を聞かなければどうにかなるだろうと思うだろう。このエルク教国の宗教歌はそうはいかない。歌や曲には振動がある。耳で聞かなくとも、カラダには効いてしまうのだ。結界などで振動すら通さないのならば防ぐことは可能だろう。耳を塞ぐと何を歌っているのかわからなくなるのでより危険度が増す。
「宿屋の客に手出しはさせないよっ」
マイサさんが私の前に立って男を睨みつけている。
物語なら、宿屋に泊っている冒険者が看板娘を助ける展開になるのが普通では?
騒ぎを聞きつけた宿屋の客たちは遠巻きに観客と化している。
誰も賭け事はしていない。皆、マイサさんが勝つと思っているおり賭けが成立しないからだ。
え?マイサさんが勝つの?
全員それを疑わないの?
小さいイスに座って酒を飲んでいる周囲の観客は冒険者たちだ。
「マイサさんっ」
いつのまにか男の歌が変わっている。エルク教国の宗教音楽は他の国家から研究されている。何を歌うかでどんな効果があるのかを調べ尽くされている。
だからこそ、彼らもバレないように進化を遂げる。
歌を流れるように変えていくのだ。意識していないと変わっていることに気づけないほどに。
味方の身体強化。この場に一人しかいないので、この男だけだが。
地面を一蹴りすると、想像もしないスピードでマイサさんに迫る。
マイサさんは棍棒を振るうが、嘲笑うかのようにその横をすり抜ける。
この男の狙いは最初から私であり、マイサさんではない。
その剣は私に向かう。切っ先が私を掠める。
私はとっさに身を屈めた。小さいことが有利になるとは。髪の毛が数本ほど空中に舞う。
「チッ」
男は素早く剣を振るう。が、次の剣はなかった。
マイサさんがそこまで悠長に待ってくれるわけもない。
マイサさんの棍棒が男を壁に投げ飛ばした。
「ぐっ」
呻いて動かないが、口だけがブツブツ言っている。
何でこんな強い人間が宿屋の人間なんだって、文句でも言っているのだろうか。私もそう思うが。
「マイサさん、助けていただいてありがとうございます」
私は頭を下げてお礼を言った。
「こんな可愛い子を襲うなんて気が知れないよ。いや、可愛いから襲ったのかなー?街の警備隊に連絡しないとね」
マイサさんが私の頬をプニプニしてから、棍棒を宿の中に置きに行った。警備隊に行くのなら、私も一緒に行かねばなるまい。私が狙われたのだから。
「ルルリっ、避けろっ」
頭上から大声が響いた。
咄嗟に後ろに避ける。
見えたのは別の剣先。別の男。
先ほどの男たちと同じような灰色のマントを翻した男の剣が、私の胸元を切り裂いた。
壁にもたれて動かない男の顔がニタリと笑った。
ブツブツ言っていたのは文句ではない。
アイツは宗教歌を歌い続けていたのだ。味方の身体強化の効果がある歌を。
お古とはいえ可愛らしい服をもらえれば嬉しい。
宿に帰って、さっそく着てみようと思う。
聖教国エルバノーンから出発して、フリルのついたワンピースを手にすることはなかった。
ギュッと抱きしめるのも仕方ない。
私はまだ成人すらしていない。ジイジもこのぐらいなら許してくれるだろう。
この任務は期限がない。たとえダンジョンで多少は稼げるにしろ、節約しないといつ何時お金が必要になるかもわからない。ジイジとは連絡が取れるとはいえ、さすがにお金の無心はしたくないし、一族の誰かがこの地まで来るとなるとその旅費までかかる。
だからこそ、ジイジは自分の人形に別枠で保険を持たせている。アレはこの国の神官ククール・アディへの報酬となっているが、私がもし万が一ひもじくしている場合、ジイジがお金に換えてしまうだろう。ジイジの人形が持っているのは、私が意固地を張り使わないからだろう。
それは人形遣いとしての任務は失敗だということを示す。
私は国外だからといって任務を放棄して投げ出したくない。
この地でもダンジョンで問題なく生活費を稼ぎながら、アスア王国の英雄ザット・ノーレンの情報を得る。それが理想だ。
今のところ英雄の情報は聖教国エルバノーンでジイジから得ていた情報以上のことは何も出てこない。
新聞以上のことは、この地では何も言われていないのだ。
そうなると、神官ククール・アディに接触しなくてはいけないのだが、彼がどこにいるかさえ私は把握できていない。さすがにこの国も宗教国家。大神官の名前は住民に聞けばスラスラ出てくるのだが、小さい教会があれば村にさえいる神官の数は恐ろしいほどだ。シアリーの街の教会に聞いたところで、神官は数が多いから上の人間か、知り合いではないと名前で所属まではわからないと言われてしまった。
そりゃ、聖教国エルバノーンの教会でも聖職者の名簿は出回っていない。もちろん本拠地には存在するが、一般人が見ることができるものではない。神聖国グルシアでもそのようなものだろう。
ジイジが神官ククール・アディの居場所を私に教えないのは、きっと試練なのだろう。孫娘だからと甘やかさず、自分一人でこの任務を成し遂げてみよ、と言っているのだろう。毎晩のジイジとの連絡は、他者と連携するときに必要な報告の練習だろう。まあ、祖父と孫なのだから雑談多めになってしまうのも仕方ない、きっと仕方ないことだ。
「こんのクソジジイがっ、てめぇみたいな胡散臭いヤツがルルリちゃんの爺さんであってたまるかっ」
「え?」
宿屋の手前。
大騒音とともに宿屋の窓ガラスが割れ、一人のジジイが投げ飛ばされた。
開いている扉から見ると、マイサさんが投げ飛ばしたようだ。
あの大声もマイサさんの声だった。この宿屋にいてあんな口調は今まで聞いたことはなかったが。
「え?」
あまりのことに咄嗟に頭が回らない。
路地の歩行者たちはなぜか平然と歩いていくが。あー、マイサちゃんまたかー、という声すら聞こえる。またってどういうこと?この宿は日常茶飯事で人が飛んでいくの?
私がいることに気づいたマイサさんが慌てて大声で言う。
「早くこっちに来なっ。そいつらは胡散臭いっ」
そいつら。複数だ。投げ飛ばされた人間以外に、他にいるのだ。
咄嗟に赤いマントを広げ、人形を展開する。
「人形遣い、お前がルルリだなっ」
投げ飛ばされたのとは別の人間が私に向かってくる。
狙いは私だ。
そして、マイサさんが口にしたルルリちゃんの爺さん、つまりジイジを騙って私を捕まえに来たというところだろう。
いや、訂正する。
捕まえに来たという生易しいものじゃない。
その男は剣を振りかざした。
私を殺しに来たのだ。
私の何個かの毛玉人形を超高速で剣に当て、軌道を攪乱させる。
「チッ」
「同志よっ」
窓ガラスの破片塗れになっている投げ飛ばされたジジイの方がすでに立ち上がって、もう一人の男に目配せをすると頷きあう。
二人とも目立たない灰色のマントだ。
宗教歌を歌い出した。
朗々と二人で歌う。
「エルク教国か」
この歌はギフトの使用を阻害する。無効化とまではいかないが鬱陶しいのは事実だ。
散開していた毛玉を近くに集める。
手には短剣を持つ。
エルク教国は宗教音楽信仰の国だ。
彼らが歌う歌や楽器で演奏する曲には深い意味を持つ。
歌や曲によって効果が違うし、歌い手や演奏者によって効き目も違う。
私は短剣を握る。
にもかかわらず、マイサさんが大きめの棍棒をフルスイング。
宿屋の近くにいたジジイの方がまた吹っ飛んでいった。
マイサさんは棍棒を自由自在に振り回して、もう一人の男と対峙する。
マイサさんってこの宿屋の看板娘と聞いていたけど、用心棒なの?
男は一人になっても歌い続ける。
私の戦力を少しでも削ぐ気だ。
耳を塞いでこの歌を聞かなければどうにかなるだろうと思うだろう。このエルク教国の宗教歌はそうはいかない。歌や曲には振動がある。耳で聞かなくとも、カラダには効いてしまうのだ。結界などで振動すら通さないのならば防ぐことは可能だろう。耳を塞ぐと何を歌っているのかわからなくなるのでより危険度が増す。
「宿屋の客に手出しはさせないよっ」
マイサさんが私の前に立って男を睨みつけている。
物語なら、宿屋に泊っている冒険者が看板娘を助ける展開になるのが普通では?
騒ぎを聞きつけた宿屋の客たちは遠巻きに観客と化している。
誰も賭け事はしていない。皆、マイサさんが勝つと思っているおり賭けが成立しないからだ。
え?マイサさんが勝つの?
全員それを疑わないの?
小さいイスに座って酒を飲んでいる周囲の観客は冒険者たちだ。
「マイサさんっ」
いつのまにか男の歌が変わっている。エルク教国の宗教音楽は他の国家から研究されている。何を歌うかでどんな効果があるのかを調べ尽くされている。
だからこそ、彼らもバレないように進化を遂げる。
歌を流れるように変えていくのだ。意識していないと変わっていることに気づけないほどに。
味方の身体強化。この場に一人しかいないので、この男だけだが。
地面を一蹴りすると、想像もしないスピードでマイサさんに迫る。
マイサさんは棍棒を振るうが、嘲笑うかのようにその横をすり抜ける。
この男の狙いは最初から私であり、マイサさんではない。
その剣は私に向かう。切っ先が私を掠める。
私はとっさに身を屈めた。小さいことが有利になるとは。髪の毛が数本ほど空中に舞う。
「チッ」
男は素早く剣を振るう。が、次の剣はなかった。
マイサさんがそこまで悠長に待ってくれるわけもない。
マイサさんの棍棒が男を壁に投げ飛ばした。
「ぐっ」
呻いて動かないが、口だけがブツブツ言っている。
何でこんな強い人間が宿屋の人間なんだって、文句でも言っているのだろうか。私もそう思うが。
「マイサさん、助けていただいてありがとうございます」
私は頭を下げてお礼を言った。
「こんな可愛い子を襲うなんて気が知れないよ。いや、可愛いから襲ったのかなー?街の警備隊に連絡しないとね」
マイサさんが私の頬をプニプニしてから、棍棒を宿の中に置きに行った。警備隊に行くのなら、私も一緒に行かねばなるまい。私が狙われたのだから。
「ルルリっ、避けろっ」
頭上から大声が響いた。
咄嗟に後ろに避ける。
見えたのは別の剣先。別の男。
先ほどの男たちと同じような灰色のマントを翻した男の剣が、私の胸元を切り裂いた。
壁にもたれて動かない男の顔がニタリと笑った。
ブツブツ言っていたのは文句ではない。
アイツは宗教歌を歌い続けていたのだ。味方の身体強化の効果がある歌を。
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