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5章 雪が解けゆく
5-4 打ち合わせの後
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「そういや、ようやく聖教国エルバノーンの人形遣いの爺さんの孫娘がシアリーの街に来たぞ」
「あー、ん?まだ着いてなかったのか。けっこう前だった気がするけどな、アンタに言ったの」
ククーは少し眠そうな声だ。
俺たちはククーにあげた小さな塔の置き物を通して会話している。
ククーは神聖国グルシアの聖都にあるアディ家の屋敷の自室にいる。ミニミニダンジョンをククーが持って行ってくれたので聖都の様子が俺に入ってくる。ついでに、頻繁に地方へと行くククーが持ち歩いてくれるので、この国の状況がようやくわかってきて助かる。
他にもミニミニダンジョンは数体いるが、自分の足で歩いていくので時間がかかりすぎるのだ。足じゃなくて翼をつければ良かった。今度から遠方に行ってもらうときはそうしよう。向かう最中でも情報収集できるから遅くても辿り着ければ問題はない。
とりあえず、アスア王国の王都、聖教国エルバノーンの王都、宗教国バルトの首都に行ってもらっている。カタツムリより鈍くゆっくりと直実に。
「ルルリが持っているのは可愛い人形で良かったよ」
「おい、レン。まさか、また何か良からぬことを企んでないか?」
おや、起きた?何を感じ取ったのやら。ククーも勘が鋭い人間だ。
「いやー、情報がまだまだ足りないんだよね。何で冒険者ギルド本部の人間がシアリーの街で冒険者しているのか理由知ってる?」
「ビスタ・リングランドのことか。元々この神聖国グルシアの出身だが、本部に籍を置いたままここに長期間いるというのは確かに妙だな。一応調べてみるが、期待しないでくれ」
名前がスッと出てくる時点で怖いけど。
国も把握済みなんですね。ビスタが居座ってること。でも、ビスタはこの国出身だったのか。冒険者ギルド本部がある国あたりの出身だと思っていた。
「じゃあ、おやすみ、レン」
「おやすみ、ククー」
あっさりと別れを告げて、会話を終わらせる。
「レン、どうしたの?」
ヴィンセントが台所にやって来た。眠そうな目をしながら、俺の肩にストールをかけてくれる。
先程まで寝ていたはずだが、先に寝落ちしたはずの俺がいないのに気づいてしまって起きてきた。
ククーも『遠見』でこちらの状況が見えているのだ。
「温かい飲み物でも飲もうかと。ヴィンセントもホットミルク飲むか」
「うん、もらえる?」
火にかけている鍋のミルクを追加する。
眠そうなヴィンセントも可愛いな。
と思ったら。
「僕も」
王子がおずおずと台所の入口から顔を出した。
おや、髪がぴよぴよハネている王子も可愛い。トイレに行ってきたのか。
王子の分は蜂蜜多めにしよう。
皆でテーブルを囲んで温かいミルクを飲んで、幸せに浸ってしまう。
家族団欒のような場に、俺がいることができるなんて。
しばらくしてシアリーの街に行く。
薬草納品は角ウサギで大丈夫なのだが、大神官長の表敬訪問の打ち合わせなるもののために冒険者ギルドに数回ほど来てほしいと所長に説得された。
角ウサギでいい?と言ったら、笑顔の沈黙で固まられた。
仕方ないなー、と言ったら、ようやく解凍された。
打ち合わせ日と訪問日当日には、一日ダンジョンを潜る程度を埋め合わすほどの日当も出すと言ってきた。
お偉いさんが来るのでどうしても打ち合わせはしたいらしい。
街へ行く日の前日はヴィンセントがぷくぷくほっぺになるのだが、頬を潰して甘やかして、加えて俺をベッドで好き勝手にできるので態度は軟化している。
今ではヴィンセントにも堂々と街に行くと言えるようになった。
ヴィンセントには泊まりは厳禁と言われているが、ヴィンセントはベッドの中で前よりも激しく俺を扱う。俺がヴィンセントなしでは夜を越せないカラダに作り上げているらしい。
あの一週間、街に泊っていたときだって夜、カラダが疼いて大変だっ、、、ゴホゴホ。
絶対に責任は取れよ、ヴィンセント。
俺の姿が元に戻っても、返品は不可だからな。
大神官でも街に来るとなると大騒ぎなのだそうだが、大神官長となると更なる大騒ぎとなるらしい。
神聖国グルシアは宗教国家だ。国民ほぼ全員が国教の信徒である。ゆえに教会のトップの人間が来ると、街をあげての大賑わいとなる。準備は前々から進んでいたそうだが、国外の人間である俺は意外と融通してくれていたらしい。一回の打ち合わせじゃダメか?と聞いたら、せめて三回と今度は泣きつかれた。三回でも少ないと思っているらしい。
所長の泣き顔なんていらない。
ビスタなんてかなり前から毎日のように呼び出されては、細かい打ち合わせをしていたらしい。
ダンジョンで疲れた後に所長からの超細かい指示に、ビスタでも嫌気がさしたそうな。
冒険者というのは基本的には自由な存在なのだが、世のしがらみに流される。
その国家の権力者というものには結局従うことになる。
冒険者ギルド本部でさえ、大国の後ろ盾があってこそ成り立つものである。世界各国にあるので、大国に釘をさせる存在ではあるが、やはり逆らえないものもある。
その上で、本当に強くて自由に振舞える冒険者というのは一握りだ。
国に強くしてもらった冒険者は論外だ。国が後ろ盾にいる。こういう者たちが国に逆らえば、いつの間にかいなくなっていることが多い。
自力で強くなった冒険者というのは本当に少ない。強くなれば強くなるほど、どうやっても商会や貴族、国などに接する機会も多くなる。
金、地位、名誉等、誘惑は多い。
自分の意志で自由に選択できるための選択をする者というのは、数限られてくるのだ。
気づかぬ間に引き摺り込まれていることなんて山ほどある。けれど、それは冒険者たちの選択の結果である。
「レンー、この後、飲みに行こうよー。もう所長の顔、見てられないー」
ビスタが泣きついてきた。ビスタの泣き顔もいらないのだが。
俺はもらった書類をさっさと収納鞄に突っ込む。
「俺はさっさと帰る。夕食は作ってきたが、帰って皆で一緒に食べる」
後は温めるだけのメニューである。プラスして、北の門の広場の屋台で何か買って帰ろうかな。
「、、、レンが食事作るのか?」
「そりゃ、料理方法が生、焼く、茹でる、の人間よりはマシなものを作る」
「あー、野営も多かったんだっけ?」
「ああ、簡単なものならそのときから作っていたからな」
「ちなみに得意料理は?」
「そうだな、今はやっぱりシチューかな。野営のときとは違い、煮込み時間が多く取れるようになったからな」
寒いと温かいものが欲しくなる。
スープでも良いが、神聖国グルシアの冬はシチューがピッタリくる。
ビスタがじっと俺を見ているな。
「レンの手料理かー。食べてみたいけど、お前の束縛さんが許さないかー?」
「束縛さん?」
「冒険者に外泊禁止を言う人間なんて、束縛系でしかないぞ」
「本当の束縛系なら、街にさえ出さないぞ」
「違いない」
ビスタが笑う。
「なあ、レン」
ビスタは一度、言葉を切る。
「俺に手伝ってほしいことがあるなら言えよ。可能な範囲ならどうにかする」
「そんなこと言っていいのか?冒険者ギルド本部の人間が」
俺は彼の本意がどこにあるのかわからない。
この申し出は、ビスタがこの街に居続けることに関係するのだろうか。英雄がらみか?後で対価が必要となりそうだ。
「ねえー、ルルリちゃん。昔、私が着ていた服なんだけど着てみよーよー?遠慮しなくていいよー」
ここは冒険者ギルドである。ビスタたちが泊る宿屋にまあまあ近い。が、ビスタの仲間の一人リンカが可愛いワンピースを持って、ルルリを追いかけまわしている姿は微妙だ。リンカが女性でなければ、ちょっとした事案である。
ルルリは洋服には多少興味がありそうだが、表情は迷惑そうだ。断っているが、断り切れてない。
「リンカ、何やってる?」
仲間の奇行に、ビスタがリンカに声をかける。
「実家に帰ったとき、ちょうど見つけたからさー。妹がいたらこんな感じかなーって、かまいたくなっちゃうんだよー。ルルリちゃん親元離れても一人でしっかりしているからさー」
「それはわかるけど、リンカのその行為はまだ宿屋でやってるならわかるけど、冒険者ギルドにまで服持ってついて来るのはちょっとな」
「その言葉、ビスタが常識人に見える」
正直な感想が俺の口から出てしまった。
「レンー?俺は元々常識の塊よー?」
冒険者ギルドにいた者たちは、ビスタの意見には賛同しかねる視線を本人に向けた。
「あー、ん?まだ着いてなかったのか。けっこう前だった気がするけどな、アンタに言ったの」
ククーは少し眠そうな声だ。
俺たちはククーにあげた小さな塔の置き物を通して会話している。
ククーは神聖国グルシアの聖都にあるアディ家の屋敷の自室にいる。ミニミニダンジョンをククーが持って行ってくれたので聖都の様子が俺に入ってくる。ついでに、頻繁に地方へと行くククーが持ち歩いてくれるので、この国の状況がようやくわかってきて助かる。
他にもミニミニダンジョンは数体いるが、自分の足で歩いていくので時間がかかりすぎるのだ。足じゃなくて翼をつければ良かった。今度から遠方に行ってもらうときはそうしよう。向かう最中でも情報収集できるから遅くても辿り着ければ問題はない。
とりあえず、アスア王国の王都、聖教国エルバノーンの王都、宗教国バルトの首都に行ってもらっている。カタツムリより鈍くゆっくりと直実に。
「ルルリが持っているのは可愛い人形で良かったよ」
「おい、レン。まさか、また何か良からぬことを企んでないか?」
おや、起きた?何を感じ取ったのやら。ククーも勘が鋭い人間だ。
「いやー、情報がまだまだ足りないんだよね。何で冒険者ギルド本部の人間がシアリーの街で冒険者しているのか理由知ってる?」
「ビスタ・リングランドのことか。元々この神聖国グルシアの出身だが、本部に籍を置いたままここに長期間いるというのは確かに妙だな。一応調べてみるが、期待しないでくれ」
名前がスッと出てくる時点で怖いけど。
国も把握済みなんですね。ビスタが居座ってること。でも、ビスタはこの国出身だったのか。冒険者ギルド本部がある国あたりの出身だと思っていた。
「じゃあ、おやすみ、レン」
「おやすみ、ククー」
あっさりと別れを告げて、会話を終わらせる。
「レン、どうしたの?」
ヴィンセントが台所にやって来た。眠そうな目をしながら、俺の肩にストールをかけてくれる。
先程まで寝ていたはずだが、先に寝落ちしたはずの俺がいないのに気づいてしまって起きてきた。
ククーも『遠見』でこちらの状況が見えているのだ。
「温かい飲み物でも飲もうかと。ヴィンセントもホットミルク飲むか」
「うん、もらえる?」
火にかけている鍋のミルクを追加する。
眠そうなヴィンセントも可愛いな。
と思ったら。
「僕も」
王子がおずおずと台所の入口から顔を出した。
おや、髪がぴよぴよハネている王子も可愛い。トイレに行ってきたのか。
王子の分は蜂蜜多めにしよう。
皆でテーブルを囲んで温かいミルクを飲んで、幸せに浸ってしまう。
家族団欒のような場に、俺がいることができるなんて。
しばらくしてシアリーの街に行く。
薬草納品は角ウサギで大丈夫なのだが、大神官長の表敬訪問の打ち合わせなるもののために冒険者ギルドに数回ほど来てほしいと所長に説得された。
角ウサギでいい?と言ったら、笑顔の沈黙で固まられた。
仕方ないなー、と言ったら、ようやく解凍された。
打ち合わせ日と訪問日当日には、一日ダンジョンを潜る程度を埋め合わすほどの日当も出すと言ってきた。
お偉いさんが来るのでどうしても打ち合わせはしたいらしい。
街へ行く日の前日はヴィンセントがぷくぷくほっぺになるのだが、頬を潰して甘やかして、加えて俺をベッドで好き勝手にできるので態度は軟化している。
今ではヴィンセントにも堂々と街に行くと言えるようになった。
ヴィンセントには泊まりは厳禁と言われているが、ヴィンセントはベッドの中で前よりも激しく俺を扱う。俺がヴィンセントなしでは夜を越せないカラダに作り上げているらしい。
あの一週間、街に泊っていたときだって夜、カラダが疼いて大変だっ、、、ゴホゴホ。
絶対に責任は取れよ、ヴィンセント。
俺の姿が元に戻っても、返品は不可だからな。
大神官でも街に来るとなると大騒ぎなのだそうだが、大神官長となると更なる大騒ぎとなるらしい。
神聖国グルシアは宗教国家だ。国民ほぼ全員が国教の信徒である。ゆえに教会のトップの人間が来ると、街をあげての大賑わいとなる。準備は前々から進んでいたそうだが、国外の人間である俺は意外と融通してくれていたらしい。一回の打ち合わせじゃダメか?と聞いたら、せめて三回と今度は泣きつかれた。三回でも少ないと思っているらしい。
所長の泣き顔なんていらない。
ビスタなんてかなり前から毎日のように呼び出されては、細かい打ち合わせをしていたらしい。
ダンジョンで疲れた後に所長からの超細かい指示に、ビスタでも嫌気がさしたそうな。
冒険者というのは基本的には自由な存在なのだが、世のしがらみに流される。
その国家の権力者というものには結局従うことになる。
冒険者ギルド本部でさえ、大国の後ろ盾があってこそ成り立つものである。世界各国にあるので、大国に釘をさせる存在ではあるが、やはり逆らえないものもある。
その上で、本当に強くて自由に振舞える冒険者というのは一握りだ。
国に強くしてもらった冒険者は論外だ。国が後ろ盾にいる。こういう者たちが国に逆らえば、いつの間にかいなくなっていることが多い。
自力で強くなった冒険者というのは本当に少ない。強くなれば強くなるほど、どうやっても商会や貴族、国などに接する機会も多くなる。
金、地位、名誉等、誘惑は多い。
自分の意志で自由に選択できるための選択をする者というのは、数限られてくるのだ。
気づかぬ間に引き摺り込まれていることなんて山ほどある。けれど、それは冒険者たちの選択の結果である。
「レンー、この後、飲みに行こうよー。もう所長の顔、見てられないー」
ビスタが泣きついてきた。ビスタの泣き顔もいらないのだが。
俺はもらった書類をさっさと収納鞄に突っ込む。
「俺はさっさと帰る。夕食は作ってきたが、帰って皆で一緒に食べる」
後は温めるだけのメニューである。プラスして、北の門の広場の屋台で何か買って帰ろうかな。
「、、、レンが食事作るのか?」
「そりゃ、料理方法が生、焼く、茹でる、の人間よりはマシなものを作る」
「あー、野営も多かったんだっけ?」
「ああ、簡単なものならそのときから作っていたからな」
「ちなみに得意料理は?」
「そうだな、今はやっぱりシチューかな。野営のときとは違い、煮込み時間が多く取れるようになったからな」
寒いと温かいものが欲しくなる。
スープでも良いが、神聖国グルシアの冬はシチューがピッタリくる。
ビスタがじっと俺を見ているな。
「レンの手料理かー。食べてみたいけど、お前の束縛さんが許さないかー?」
「束縛さん?」
「冒険者に外泊禁止を言う人間なんて、束縛系でしかないぞ」
「本当の束縛系なら、街にさえ出さないぞ」
「違いない」
ビスタが笑う。
「なあ、レン」
ビスタは一度、言葉を切る。
「俺に手伝ってほしいことがあるなら言えよ。可能な範囲ならどうにかする」
「そんなこと言っていいのか?冒険者ギルド本部の人間が」
俺は彼の本意がどこにあるのかわからない。
この申し出は、ビスタがこの街に居続けることに関係するのだろうか。英雄がらみか?後で対価が必要となりそうだ。
「ねえー、ルルリちゃん。昔、私が着ていた服なんだけど着てみよーよー?遠慮しなくていいよー」
ここは冒険者ギルドである。ビスタたちが泊る宿屋にまあまあ近い。が、ビスタの仲間の一人リンカが可愛いワンピースを持って、ルルリを追いかけまわしている姿は微妙だ。リンカが女性でなければ、ちょっとした事案である。
ルルリは洋服には多少興味がありそうだが、表情は迷惑そうだ。断っているが、断り切れてない。
「リンカ、何やってる?」
仲間の奇行に、ビスタがリンカに声をかける。
「実家に帰ったとき、ちょうど見つけたからさー。妹がいたらこんな感じかなーって、かまいたくなっちゃうんだよー。ルルリちゃん親元離れても一人でしっかりしているからさー」
「それはわかるけど、リンカのその行為はまだ宿屋でやってるならわかるけど、冒険者ギルドにまで服持ってついて来るのはちょっとな」
「その言葉、ビスタが常識人に見える」
正直な感想が俺の口から出てしまった。
「レンー?俺は元々常識の塊よー?」
冒険者ギルドにいた者たちは、ビスタの意見には賛同しかねる視線を本人に向けた。
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