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5章 雪が解けゆく

5-2 毒入りのお菓子

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 北の女王の案内で北のダンジョンの十五層にやって来た。
 所長も主任も昔に十五層も攻略したことがあるので、転移陣で難なく来れた。
 俺、必要だったかな?

 北の女王の格好はこの十一層から十五層の神殿エリアにいると、乾いた風景に馴染む。
 そして、ビスタの小さな畑の前には、日除けのテント、その下にはテーブルと人数分の椅子が用意されている。
 テーブルを見ると、お菓子が並んでおり手のひらサイズのゴーレムたちがせっせとお茶をいれている。
 のどかだ。戦闘なんてどこ吹く風だ。

「ここは本当にダンジョンか?」

 コードボー主任が漏らすのも無理はない。本来ならビスタの畑があるこの場所も巨大なゴーレムたちが湧き出るところで、のほほんとお茶ができるところではない。冒険者だったならば、この異常さがわかるだろう。

「では、皆様、お時間が許す限りごゆっくりお過ごしください。何かありましたら連絡ゴーレムにお伝えいただければ飛んでまいります」

 本気で飛んでくるなよ。
 そう言うと、北の女王は姿を消した。
 北の女王の姿はダンジョンコアの一形態である。ダンジョンコアが望むなら、いかようにも変化できる。
 今の俺の姿もそういう性質があるのか聞いてみたが、北の女王も俺は人間だから元々がそういう姿なのでは?という見解で落ち着いている。つまり俺の英雄時代の姿は『蒼天の館』というギフトによって身長、筋肉等がマシマシした姿だったということだ。残念な推論だ。
 俺は人間だから姿自体を変えることはできないらしいが、ダンジョン内では他者に違うモノとして魔法で見せることは可能だということだ。

 北の女王は気を使える。
 所長や主任の口数が北の女王の出現以来、思いっ切り減っていた。
 北の女王は美人で豊満な肉体をお持ちだからな。
 いない方が話が進むだろうと、この場から退出したのだ。この場からいなくなっても、このダンジョンでのことはダンジョンコアである彼女にはすべて筒抜けなのだけど。
 連絡ゴーレムに伝えろという言葉も、気兼ねなく話せるようにと言ったに過ぎない。

「ビスタ、北の女王があんなに美人だとは言っていなかったじゃないか」

「主任ー、言いましたよー。美人さんだってー」

「メイサの方が美人だって、うっ、ゴホゴホ」

 主任が笑顔のビスタに腹を殴られた。美感は人それぞれだからね。続きを言わせない気持ちもわかる。俺だってヴィンセントが可愛いし、カッコイイし、、、おや?なぜかビスタの鋭い視線が俺に向いている。
 ビスタも本気で主任を殴ってない。現役冒険者が本気で殴ったら、主任は壁に打ちつけられていることだろう。

「あんな美人に教えてもらえるなんて羨ましい、ではなくて、ビスタ、この畑の説明を確認の上でももう一度お願いできるかな。それと薬草の種の植え方を見せてほしい」

 所長も本音出まくってるな。職務にさっさと戻るのが、さすが所長だ。

「皆、北の女王の虜だー。メイサ嬢の方が綺麗なのにー」

「、、、ビスタ、今は畑の説明をしろ」

 イーゼンがビスタを諫めた。低い声のイーゼンが言うと、場が引き締まるから良いな。俺の声も昔は低かったのに残念だ。ああ、魔法で威圧を込めれば、今の俺の声でもしっかり聞いてもらえるかもしれないな。機会があったらやってみよう。

 ビスタが青白い顔をして俺を見た。

「レン、今、思いついたことは絶対に実行に移すな。何か、ものすごく嫌な寒気が襲って来たぞ」

 うん?ビスタの『心音』のギフトでは、今の俺の考えを聞くことはできないはずなのだが?勘か、冒険者特有の。

「風邪じゃないのか?暖かくなってきたからといって薄着で行動してないか?」

「お母さんかよ、お前は」

 ほら、俺の言葉は軽くあしらわれる。
 威圧込めてみよー。

「さっさと説明をはじめろ」

「、、、はい」

 素直に返事したビスタだけでなく、所長、主任、センリにリンカまでもが椅子に姿勢正しく座り直した。イーゼンだけは元から椅子に姿勢正しく座っていたから座り直すまでもない。

「所長、主任ははじめて見るのでしょうが、これがダンジョン固有種のみの薬草畑です。畳一畳分ぐらいしかない狭さですけど。俺もレンもこの十一層から十五層までの管理権をもらいましたが、人間の魔力量ではもらったところでどうしようもないようなので、俺の管理権をこの小さい畑だけにした代わりに、先ほどの北の女王から緑苦草以外の種、つまり魔力での植え方を教えてもらいました」

 畳って、この神聖国グルシアでは知る人は少ないと思うけど。目の前に石で囲まれた小さな畑が見えるから、大きさの把握には全然問題ないか。

「小さいといえば小さいですけど、これは人類にしたら大きな一歩です。ランダムにダンジョンでしか採れない薬草を人間の手で育てることができる唯一の畑です」

 俺のダンジョンでは広大に育っていることは秘密にしておこう。

「俺の魔力量では一日一個しか魔力の種を植えることはできませんが、見つけにくい薬草を植えておくことによって必要なときに冒険者ギルドが手にすることができるようになったということです」

「うん、必要なことが早めにわかっている薬草は融通がきくようになったということだからな。ありがたいことだ」

「ただ、俺の魔力量では残念ながら、ダンジョンでも希少種と呼ばれる薬草は難しく、魔石などの追加の魔力があって、その魔力量がそれで足りるのならば植えることもできるかも、というアドバイスももらっております」

 言葉を変えれば、高くて貴重で世間には出回らない薬草が欲しければ、冒険者ギルドが魔石などを手配しろってことである。

「では、基本の緑苦草を畑に植えてみます」

 ビスタが畑に、というよりもう花壇にしか俺には見えないのだが、空いているスペースに魔力を込め始めた。ビスタがやると一つ植えるのにも五分はかかる。所長と主任はしっかり見ているが、このダンジョンに潜る度に付き合わされているビスタの仲間たちはお茶を楽しんでいる。
 ビスタがこの階層に来て薬草畑にいるときは、ゴーレムも湧いて出てこないらしい。ただし、作業が終わって油断してのんびりしていると、ゴーレムがやってくるのだそうだ。
 育った薬草は順次採取していっているので、花壇に薬草が引き締め合うことはない。

「ふむ、見た目はわからんな?」

 所長がビスタが魔力の種を埋めたとされる土を上から見る。

「普通の畑と一緒ですよ。埋まっている種は見えません。冒険者ギルド管理地になっており、魔術で保護されているので、今のところ勝手に抜き取られたということもないです」

 四隅に魔術道具が置かれている。冒険者ギルドはその高価な魔術道具を使ってでも、この畑は死守したい気持ちが現れている。そりゃそうか。緑苦草探しでこの国の冒険者ギルドは大変な目に遭ったからな。そういや、ビスタはメイサ一日デート券三枚を使用したのか?どうでもいいから本人には聞かないけど。

「これで一か月程度で収穫ができますよ」

「このお菓子、おいしー」

「シアリーの街では売ってないよね、これ。どこのなんだろ」

 飽きた女性陣のお菓子談議がはじまってしまった。
 角ウサギのタレタにもお菓子をやると、喜んで食べる。

「これはここより南にある砂漠の国のお菓子だよ。このお菓子に使われているデーツはカロリーが高いから、冒険者向きだね」

 俺も久々に食べる。北の女王がこの場に持って来ただけあって美味いものだ。

「レンは食べたことあるのか?」

 甘いものが苦手そうなイメージがあるイーゼンも、黙々とお菓子を口に運んでいる。人は見かけによらずってことか。

「ああ、これは何度かお土産にもらったことがある。美味しいから、たまに毒とか入っているのは残念だったけど」

 おや?皆さんの目が一斉に向けられた。
 毒入りお菓子や珍味のおみやげはけっこうもらったから別段珍しいことでもなかったけど。
『蒼天の館』で毒が入っているかどうかわかるから、俺にとっては意味ない行為だったんだけど。捨てるのが断腸の思いになるだけで。孤児だった人間に食べ物を捨てさせる所業、、、ひどいよね。今思うと、アレは精神攻撃だったのか?

 あ、今なら無毒化できるから毒入りでも食えるか。けど、今は英雄ではないから珍しいお土産を持ってきてくれる人はいないんだよね。世の中ってどうにもならない。

「そういや所長、大神官長が泊まるホテルって東の門の方の高級なところだろ」

 ビスタが話題を変えた。

「そうだ。隣国の英雄も泊まったホテルだ。超特別な部屋って言ってたな」

「ああ、大神官以上しか泊まらせないっていうあの部屋かー。あのホテル、アスア王国にもその部屋の存在を内緒にしていたんだろ。知られたら、英雄だって怒るんじゃないか」

 別に怒らないけど。
 反対に俺はそこまで広い部屋じゃない方が気が楽なくらいだ。俺が泊まったあの部屋だって相当な広さだった。皆で打ち合わせするには集まってもらえて便利だったけど。

 ただ、この国では隣国の英雄は大神官未満の地位しかないという扱いなんだね。
 それも仕方ないことか。
 この国は宗教国家。
 アスア王国の英雄は大嫌いなはずだ。
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