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5章 雪が解けゆく

5-1 北のダンジョン

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 まだまだ寒い日が続く。
 けれど、昼間は多少暖かくなり、雪が緩み始めたこの季節。

 まだ眠い。非常に眠い。まだまだこの温もりに微睡んでいたい。

「レン、今日は街に行くんじゃなかったの?もちろん、行かなくてもいいけど。私の腕のなかでもう少し寝てる?」

 悪魔のささやきが甘く聞こえた。
 薄目を開けると、悪魔じゃなくてヴィンセントだった。
 うん、温い。このままぬくぬくしていたいが。

「ヴィンセント、おはよう」

「おはよう。寝てても良いのに」

「とか言いながら、起こしてくれるなんて優しいよね」

「ぷくぷくほっぺも可愛いけど、口を聞かない攻撃をされると弱いからね」

 ヴィンセントに頬をプニプニされる。三十四歳のオッサンの俺が何をしているんだとか思わないでほしい。ヴィンセントには甘えてしまうのだ。甘えさせてくれるのだ。
 俺たち二人はお互いベッドで裸のままだ。

「英雄が寒さに弱いなんて知らなかった」

 ヴィンセントは甘い笑顔だ。今日もとことん甘い。

「アスア王国は全体的にここより暖かいからなー。アスア王国の隣で多少北寄りではあるけど、何でこんなに神聖国グルシアの冬は寒いんだか」

 もちろんさらに北にも国はたくさんあるのだが。北国はもっともっと寒い国はあるのだが。

「お互いにくっつきやすいからじゃない?」

「うううーーー、このままヴィンセントに包まれていたい。が、今日は北のダンジョンに行かねば、、、」

 ヴィンセントが部屋を魔術で暖かくしてくれる。お礼のキスをして、ずるずるとベッドから這い出る。
 以前約束しながら寝坊して大遅刻したとき、ビスタとその愉快な仲間たちに超笑顔で迎えられた。うん、怒られるより笑顔が怖いってことあるんだなー。反射的に詫びの薬草を各々に握らせてしまったよ。

 俺は別に朝に弱いわけではない。
 この寒さに弱いのだ。
 何でこんなにベッドから出たくなくなるんだろう。
 はっ、ヴィンセントの温かさのせいか。
 そうなると、もう夏でも冬でもヴィンセントがベッドにいるなら同じなのか?
 夏なら暑さで起きるだろうか。
 夏にならないと答えが出ないので、とりあえずその疑問は放置して服を着た。




 今日はビスタとその仲間たちとともに、シアリーの街の冒険者ギルド所長とコードボー主任も同行する。所長と主任も元冒険者だ。大神官長が来る前に北のダンジョンのあの階層の実状を我が目で見てみたいと依頼が来た。つまり、ビスタが育てている緑苦草と他の薬草の小さい畑を視察するということである。
 その小さい畑は冒険者ギルド管理地となっており、今は勝手に採取できないように魔術で細工されている。ビスタには管理料金として月々ある一定額が支払われる契約となっているようだ。ビスタは北のダンジョンに行くたびに何か魔力の種をひとつ植えているらしい。ごく稀に北の女王かちびゴーレムが出てきてアドバイスをしていく。だからこそ、緑苦草以外の薬草を育てることができている。

「おはよう、レン」

 集合場所である北のダンジョンの出入口前にいるビスタが先に声をかけてきた。
 コードボー主任は自称スキンヘッドだが、所長は白髪がほどよく交じるナイスミドルだ。元冒険者だけあってカラダもまだ鍛えているようだ。

「あ、おはようございます」

「おはよう。わざわざすまないね。このビスタだけでは少し不安でね」

 所長と主任、ビスタとその仲間たちで戦力は充分だと思うが、二人は現場から引退しており、ダンジョンの危険性を知っているからこそ、俺も同行者に加えたのだろう。ダンジョンにはもしものときがある。それは過信したときに必ずやって来る。

「ああ、わかります、その気持ち」

「うわっ、何、その意気投合。所長とレン、二人して俺をイジメて」

「いや、少なからず俺もそう思っているぞ」

 主任が俺たちの仲間に加わった。

「今まで気づかなかったけど、所長とレン、その組み合わせもなかなか良いかも」

 小さい声でセンリが全然関係ない上に、何か微妙なことを言ってないか?
 リンカがセンリを少し呆れた目で見ている。
 イーゼンは無言だ。


 全員、北のダンジョンの受付にある用紙に名前を書く。

「そういや、レンー。メイサ嬢が微妙なことに気づいたんだけどー」

 ビスタが寄ってきた。肩に手を回すな。センリが喜んでいるじゃないか。仲間へのサービスなのか?

「あの緑苦草を角ウサギが冒険者ギルドに持って来た日のー、ここに書かれたレンの名前、筆跡が違うんだってー」

 というか、そもそもあの日、俺はこの北のダンジョンには来ていない。肩にのっている角ウサギのタレタを見ると。
 ああ、オオが書いてから冒険者ギルドへ緑苦草を納品に行ったのか。偉いな、オオ。

 けど、俺は誰かと一緒に入った日以外は名前を記入していないことになっているのだが。じゃないと、山ほど納品している乾燥した薬草の説明がつかないからね。やんわりと受付嬢のメイサからできるだけ名前は書くようにお願いされている。

「俺がめんどくさがって書かないから、従魔のオオが書いてくれたらしい。基本的に俺が一人で入るときは書かないからな」

 北の女王に会いに来たときも名前を書かなかったから、嘘ではない。

「従魔に書かせるな。というか、文字書けるのっ?その角ウサギ。超優秀じゃんっ」

 純粋にビスタが驚いている。後ろの五人も驚きの表情を浮かべている。
 この神聖国グルシアでは信者は神書を読むので、他の国に比べて識字率はほどほどに高い。それでも、零れ落ちてしまう人間はいる。冒険者でも文字を読めない書けない者が一定数存在している。

「皆様、お待ちしておりました」

「え?」

 女性の声がして振り返ってみると、そこには北の女王が立っていた。。。何でここに出てきたの?
 俺とビスタ以外、誰?って顔をしているよ。
 しかも彼女はまだ寒いのに、肌を思いっ切り露出している。妖艶な衣装をまとうカラダに、所長も主任も視線が釘付けだ。イーゼンの表情は無だ。修行の成果かな?
 女性陣二人は自分の胸を触っている。自ら比べるな、悲しくなるだろう。

「ここのダンジョンの管理権限を持つ私のことは北の女王とお呼びください。そこの者の畑を見学に来ると情報を得たので、私が案内させていただきます」

「北の女王、入口までわざわざご足労いただきありがとうございます。今日はよろしくお願いします」

 何回か会っているビスタが北の女王に礼を言った。
 本当に、わざわざダンジョンコアが入口まで出てくるな。
 それを言うなら、ダンジョンコアである俺が自分のダンジョン放っておいて出歩くな?うん、そうとも言うね。
 一応言っておくが、北の女王が迎えに来たのは俺である。
 人間社会のしがらみなど、ダンジョンコアは知ったことじゃない。

 ちなみにダンジョンコアであって人間の姿に化けている北の女王は北のダンジョンから出ることはできない。普通のダンジョンコアは外に出ることができないので、自らダンジョンの場所を移動することは困難である。

 俺は元々人間の身にダンジョンコアを吸収した。その上で、そのダンジョンコアが相当な魔力を保持しているために、俺がダンジョンを離れようと何ら変わりなく運営されている。そして、俺がダンジョン自体でもあるので、ダンジョンを移動させることも分割させることも自由である。
 俺がダンジョンコアを吸収したことでわかったのだが、この大陸の地中深くには大規模な魔力が流れている。それを魔脈と呼ぶが、俺のダンジョンの下にその魔脈が流れてきたために、最凶級のダンジョンが急にこの地に現れた。
 どうも魔脈を何らかの人為的なもので動かして吹き溜まりとなったことが原因のようである。標的は言わずと知れたアスア王国なのだろうが。
 魔脈はまだ存在しているので、俺は魔力を使い放題なわけである。反対に使わないとあの位置が魔力の吹き溜まりなので、新たなダンジョンコアが生まれてしまう。意志を持ってしまったら北の女王のように人間に友好的なダンジョンコアなら良いが、違うと厄介だ。だから、俺のダンジョンは移動させずに、多くの薬草栽培に励んでもらった方が良いのである。


 俺の角ウサギたちには苦労かけるな。ヾ(゚д゚ゴメンヨ
 ( *´  `*)ィェィェ
 タレタはいい子じゃのう。
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