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3章 雪が積もる

3-3 心のなか

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 俺はシアリーの街の北のダンジョンには行ったことがない。
 初級中級者レベルの冒険者が集うダンジョンと聞いたが、この機会に行ってみようと考えた。

 が、外はドカ雪、辺りは真っ白。今、雪はやんでいるが、一晩でかなりの量が積もっている。
 宿の外や大通りは雪かきが進んでいるが、ダンジョンに向かう道はどうだろうか。
 昨夜、冬靴を購入したが、この雪の中を行くのは一苦労だ。
 食堂で朝食後のお茶を飲みながら、今日はどうするかと思案していたところ。

「お、レン、はよー。ちゃんとご飯食ったかー。マイサちゃーん」

「ほら、弁当五つ」

 マイサは不機嫌そうな顔で弁当五つをビスタに渡している。
 五つ?
 ビスタを含めても四人のはずだが、二つも食べる大食いの人がいるのだろうか、と思うほど俺は鈍感ではない。

「待てっ、レン」

 逃げる前にビスタに腕をつかまれた。

「やっぱりまだ、うんって言ってないじゃーん」

「ビスタがダンジョンに誘うって言うから昨晩任せたけど、全然ダメじゃーん」

「酒を飲みたいだけだったのでは?」

 ああ、つまりビスタが俺の部屋に来たのは、今日のダンジョンに誘うという名目だったのか。つまりビスタは三人の仲間にも昨夜の本当の目的を告げていない。
 俺はジト目でビスタを見る。

「察しが良くてなにより。レン、後生だから一緒にダンジョン行こー」

 最初の部分は俺だけに聞こえるように小さい声で耳打ちした。

「とりあえず言っておくが、俺は魔物を狩らないぞ」

「え?」

「俺はテイマーだ。魔物はすべて可愛い存在だ」

 俺の肩にいる角ウサギのタレタがエヘンと胸を張る。

「、、、そりゃ、お前の角ウサギは可愛いが。ダンジョンの魔物なんか全然可愛くないぞ」

 俺の主張にビスタですら困惑の表情を浮かべている。

「だから、俺は薬草採取専門だ」

「とは言っても、魔物に襲われれば応戦するだろ?」

「俺が魔物と認識するものは、俺に近づいて来ないようにできる」

 ビスタとその仲間たちの視線が、その肩にのっているモノは何だと言っている。

「角ウサギは俺の仲間だ」

 堂々と宣言する。
 ビスタの仲間たちに肩を叩かれた。

「うん、わかった。ビスタと波長が合うわけだ。よし、ダンジョンに行って真偽を確かめよう」

「あ、ああ、そうだな。それが確かなら、レンの周りは安全地帯ということになる。薬草とか鉱物とか狙うなら、それもまた良し」

「本当に魔物が出ないなら楽だよねー。階層ボスまで出て来なかったりしてー」

「さすがに、それは、、、まあ、とにかく行ってみよう」

「じゃあ、マイサちゃーん、行ってくるねー」

 俺はビスタにずるずると引き摺られていった。




 北の門から出て移動の途中、俺の角ウサギ一号である一番標準的な外見のツノがやって来て、タレタと交替となった。わざわざこんなところまで来て、キミたちのシフト制は絶対なのか。。。タレタを普通の大きさに戻し、ツノを小さくして肩にのせる。タレタは雪に埋もれて見えなくなっていった。無事に帰れるかな?ツノがここまで来れたのだから大丈夫なのだろう。
 ダンジョンに向かう道もすでに雪は少なかった。

「歩きやすくて良かった」

「ちゃんと除雪馬車を走らせているからねー。この街はこのダンジョンで持っているようなものだから、意外と冒険者に手厚いんだよ」

「へー、あの雪のなか歩いていくぐらいなら宿で寝ていようかと思っていた」

「レン、本気で冬眠する気か?あのぐらいの雪で寝て過ごしていたら、冬の間、ずっと寝て過ごすことになるぞ」

「神聖国グルシアは雪国なんだな」

 改めて実感する。アスア王国より多少北寄りに位置しているが、ここまで気候が違うとは。

「しみじみと言われてもなー」

 ビスタは来る前に調べておけという顔だ。こんな寒くなるまでいるとは思わなかったからなー。
 ダンジョンに五人で入る。受付というのは存在せず、出入口にある名簿に名前を書くだけだ。
 とりあえず管理してますが、すべては冒険者の自己責任ですという感がすごい。 
 ビスタが書くと、長い黒髪の男性のイーゼン、女性二人のセンリとリンカが続く。その下の欄に俺も書いた。
 出入口に戻ってきたら、入場時に書いた名前の横にチェックを入れて終了である。

 この北のダンジョンにはじめて入ったことがバレないようにしなければ。
 自分が我先にと進まなければ問題はないだろう。

「どこに向かう?」

「レンが魔物討伐をしないからなあ。反対に魔物が強いところを進んでしまうのも一つの手だけど」

「堅実に一層からの方が良いのではないか?レンの魔物が近づかないというのも、レベルや種類によるものなのかもわからないし、いきなり強い魔物で試すのは危険だろう」

 イーゼンが本当に堅実な意見を述べた。
 大事なことなので二度言うが俺はこの北のダンジョンにはじめて入る。ということは、攻略した階層ごとにある転移陣も使えないのである。
 普通に転移陣で違う層に行こうとすると、俺が二層以上に行ってないとバレる。

「一層からの方がありがたいな。薬草も見ていけるし」

 イーゼンの案に同意してしまおう。

「そうだなー。じゃあそのまま行くかー」

 ビスタが言うと、イーゼンとセンリが前を行く。その後ろにリンカ。一番後ろにビスタと俺だ。

「レンはソロだからあまり区別してないと思うが、剣士なら前衛か?前をどうしても歩きたい人種か?」

 三人が一斉に振り返った。言いたいことが顔に書いてある。その魔術師みたいなマントで剣士なのかと。

「いや、俺は魔法師で冒険者ギルドも登録している。後衛でいい」

 今日は後ろから歩きたい気分なので。
 彼らも納得して、前を向いてくれた。

「魔法師?ギフト持ちなのか?」

「いや、ギフトは持っていない」

 この世界の魔術師と魔法師の説明はおいおいしていこう。ただ、魔法師にはギフトを持っているものが多い。魔法は感覚と感情で使うと言われているためだ。
 魔術も魔法をあまり使わない人間からすると、この二つの区別は特に気にしない領域となる。

 ビスタが疑わしそうな視線を向けている。
 今でもなおギフトを持っているように見えるのだろうか?




「平和だった」

 イーゼンが言った。センリとリンカも上の方を向いている。

「うららかな小春日和だった気がするよ」

 小鳥のさえずりが聞こえてきそうだな。
 五層が終了して、俺たちは六層に入った。洞窟のような光景が変わり、森と化した。このダンジョンは五層ごとに状況が変わるようだ。

「何で階層ボスさえ現れないんだ。こんなの道を知っていればただのピクニックじゃないか」

「いや、薬草もけっこうとれたし、良いじゃないか」

 角ウサギがほとんど見つけたんだけどね。ツノが肩から降りるときはだいたい薬草を見つけたときだ。
 食べて良い?と可愛い表情で顔を傾げるのだが、俺のお弁当わけてあげるから我慢してねと伝えていた。六層に入るなり、ツノはすでにそこら辺の草をもしゅもしゅと食べている。角ウサギは雑食なので、餌は別に草じゃなくてもいい。が、薬草には彼らにとって美味しいものがあるらしい。薬草はだいたい苦いのが多いのだが、角ウサギも緑苦草は人間の味覚と同じで苦いらしいが。

 ビスタたちが道を知っているので、ダンジョンも迷わず進めるのだ。ありがたい話だ。

「そう、緑苦草だ。お前たちも見つけたら、もう取っても良いぞ」

 ビスタが言った。まるで人の考えを読んだかのようなタイミングだ。
 わざとか?

「、、、表層心理だけか?」

 俺の問いにビスタの目は笑っている。
 ビスタは仲間の前では答えない。ギフトを持っていることすら秘密にしているようだ。
 心の内のすべてが読めるわけではなさそうだが。

「レン、お前、対処が早すぎないか」

「なら、ギフトを俺に使うな」

 小さい声でビスタに伝えた。

「レン、お前が納品している薬草で、生育階層が一番深いのが十層だ。その先は行ったことないんだろ。魔物も出てないんだから今日はこのまま十五層ぐらいまで行くか」

 その先は?
 コレは誘導尋問なのか?引っかけなのか?はたまた、暗にどこも行ったことないんだろ、とほのめかしているのか。
 ギフトを持っていたときでも、心のなかまでは読めなかった。だから、仲間に裏切られるまで気づかない。
 けれど、他人の心のなかを覗くのは俺には無理だった。他人の真意など見たくない。
 英雄なんていなければ良かったのに、という声など聞きたくなかったのだ。
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