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2章 愛をたぐる者

2-7 薬草栽培

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 本日の午前中は、王子と一緒にダンジョンへやってきましたー。
 本当ならお弁当持ってピクニックといきたいところだけど、ヴィンセントはほぼ部屋の中で閉じこもって仕事しているので、俺たちが昼食時にいないと寂しいと思いたい。

 外で遊ぶには寒くなってきたかな?
 王子と当番の角ウサギはいつも元気にお庭を走り回っているから、当分は平気のようだ。
 ダンジョンでは角ウサギ三匹がお出迎え。角ウサギは王子に群がっている。王子に撫でられてご満悦のようだ。王子が大好きなのだな。残りの一匹は家の庭でお留守番、もう一匹は見回りだ。

「今日は薬草を植えるって聞いたけど」

「うん、まだ何も植えてない下の層に行くよ」

 最下層に近づくほど、良い土壌を作っている途中だ。下に行けば下に行くほど重要な薬草を植えていくつもりだ。ダンジョンマスターである俺が、どの薬草を植えるかその場で指定しないと薬草は生えてこない。けれど、俺が魔力を与えるだけで、種がなくても指定した薬草が生えてくる。
 このダンジョンに生える薬草は、魔力が種みたいなものだと思ってもらえばいい。

 王子が見ていても楽しいものではないが、王子は俺について来てくれる。王子がついて来るので一緒に角ウサギ三匹もついて来る。

「この辺りで良いか。角ウサギたち、ここに植えるのは緑苦草だぞ。食べてもいいが、後で文句を言っても聞かないぞ」

 三匹とも変な顔になった。キミたちも食べたことあるの?カラダには毒はないけど、何でも口に入れたらダメだよ。

「緑苦草?」

「王子は熱を出したことないか?主に熱さましに飲む苦い薬湯に使われる薬草だ」

 王子も変な顔になった。皆、経験者なのだな。

「健康が一番だよな」

「、、、うん」

 王子の返事に妙な間が空いたな。そういえば、王子は病気だと、この地には治療で来ていると思い込まされているのだった。
 王子はまだ六歳。まだ猶予が二年あるはずだ。そこまでに何らかの手立てを講じたい。
 ヴィンセントに俺は命を救われたが、俺は王子にも命を救われたのだ。
 二人の利害が対立しない方法で何とかしたい。

 俺のギフト『蒼天の館』があれば解決は楽だっただろうに、と思ってしまうのは致し方ない。
 アレは万能と言えるまでに高めたギフトだった。
 万能でも仲間と思っていた人間の裏切りまでは防げなかったが。
 警戒していなかったから、彼らに対して自分の身を守る手立てを講じていなかった。

 今代の英雄がいなければ、俺が英雄になれたはずなのに。

 アスア王国でそう考えている人間は多い。強いギフトを持っている人間ほど思い込んでいる。
 三人のうちの俺を刺した一人も相当強いギフトを持っていた。だから、国王も俺の仲間にした。
 けれど。
 英雄だというだけでも恨まれる。
 周辺の他国の人間から向けられる英雄への憎悪はさらに酷い。
 自分に向けられる感情に鈍くなってしまっていった。
 そうせざる得なかった。
 そうでなければ英雄など続けていられるはずもない。
 アスア王国の英雄はただ称えられる存在ではない。

 あの場所に戻りたくないと思っている自分に気づく。
 もし、ヴィンセントと王子との生活が続くのなら。
 それはきっと俺にとって幸せなことだ。

「大きく育ちますようにー」

 俺が魔力を込めたところに向けて、王子が祈ってくれる。

「そうだね。大きく育ちますように」

 王子が末永く健やかに暮らせますようにと祈りを込めて。










 ヴィンセントの机に書類の山ができている。

「何か手伝えることがあれば手伝うよ?」

 一瞬考えたようだが、書類を書く手をとめずに俺に答える。

「いや、大丈夫。こんなに仕事があるのも一時期だけだろうから。基本的に俺は王子の世話係で、こんなに書類を片付けなければいけないのはおかしいから」

「そう、お茶置いてくよ」

「ありがとう」

 ヴィンセントの邪魔にならないように、俺は部屋から出ていく。
 すまない、ヴィンセント。たぶんコレはククーの策略だ。俺が自由に気兼ねなく街へと出入りできるように、どんな理由にしたのかわからないがヴィンセントの仕事を極端に増やすよう報告したのだろう。

 薬草の納品は今では俺の従魔の角ウサギだけでも可能だから、次にククーが来たときにヴィンセントの仕事の量を元に戻してくれるように伝えよう。
 実は、王子の部屋のカレンダーには赤丸がついている。何かの記念日かと思ったら、次にククーが来る日に王子は赤丸をつけているのだ。そして、ククーが来るのを待ち焦がれている。
 ヴィンセントはククーが来る日など忘れているのだろうな。




 ククーが前にこの家に来たときから一か月は経っていない。
 それは一月前の一週間後にも来ているからだ。ヴィンセントの発注のせいで。
 ククーの馬車が昼過ぎに庭の端から見えると、王子は走って迎えに行った。
 うんうん、可愛い。全力で喜びを表している。
 角ウサギは見られないように隠れた。
 俺も後ろから歩いていくと、王子が止まっている。
 どうしたんだろう。

「ヴィンセントもこんなクソガキのお守なんて不憫だよな」

 王子の前には金髪の小柄な青年が立っている。王子に向ける目つきは厳しい。

「カイマ、」

 窘める声が聞こえた。馬を馬車から外して、水を飲ましている。

「ククーっ」

 王子がククーの大柄なカラダに勢いよく抱きつく。
 さすがに痛そーだ。
 ククーが凄いところは、それを表情にも態度にも出さないところだ。

「王子、少し大きくなって顔色も良くなったか?美味しいもの食わせてもらえるようになったのか?」

「うんっ、レンのご飯おいしいっ」

 力いっぱいの肯定。
 王子、やっぱりヴィンセントの作ったご飯は微妙だと思っていたんだね。。。
 誰にも言わない偉い子だ。

「、、、まあ、アンタに嘘の設定言ってもバレるだろうから、コイツはカイマ、俺と同じく神官だ。今回、馬車の積み荷にこっそり紛れてついて来やがった」

「だって、ヴィンセントに悪い虫がついたって聞いたら居ても立っても居られないよ。ヴィンセントは僕のモノなんだから」

「何、言ってやがる。ほら、積み荷を家のなかに運ぶの手伝え」

 ククーが馬車から荷物を降ろし、カイマに無理矢理渡す。

「ククーはどっちの味方なのさっ。パッと出のアンタは珍しいのかもしれないけど、結局はヴィンセントは本妻の元に帰ってくるんだからなっ」

 カイマが言い捨てて家のなかに入っていった。

 あれ?ヴィンセントって結婚してるの?
 この国の神官って結婚できないんじゃなかったっけ?
 というか、可愛い顔しているけどカイマって男だよね?
 そもそも、神聖国グルシアって同性同士の結婚って禁じられていたと思っていたけど?

「レン、アイツの言葉を鵜呑みにするんじゃない。カイマはヴィンセントの神官学校時代の同級生ってだけだ。ほら、アンタの分」

 一度家に荷物を置いて戻ってきたククーが、背中に王子をくっつけたまま、木箱のひとつを俺に押しつけた。
 中にはいろいろな酒が並んでいる。

「え?」

「貢ぎ物だ。これで少しは家に居たくなるだろ」

 ククーには俺が街に行ったりダンジョンに行ったりして家を留守にしていることが、やはりバレているようだ。コイツは優秀な諜報員だった男である。無理もない。
 この酒で、宅飲みしてろってことか?
 前回もらった酒もまだ手をつけていないのに。

「いいのか?」

「いいも何もアンタのために集めた酒、、、何でもない。気にせず飲んでいいぞ」

 ククーはさっさと次の荷物を家に運んでいく、王子付きで。ククーには重くないのかね、王子は。
 家のなかは騒がしくなっている。ヴィンセントとカイマが大声で何かを言っている。
 久々に会えて嬉しいのかな、、、ヴィンセントも。
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