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2章 愛をたぐる者

2-6 冒険者ギルドにて ※受付嬢メイサ視点

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◆受付嬢メイサ視点◆

 最初、彼がこの神聖国グルシアのシアリーの街の冒険者ギルドにやって来たとき、他の受付の職員たちは対応を嫌がった。彼は汚い黒いマントを羽織っていたからだ。
 見た目で判断するのはあまり良くないことだが、職員が冒険者を見る目は残念ながら見た目重視だ。自分の身につける物の手入れを怠らないからこそ、生死を分ける場面でその差がつく。ただ高い物を身につけろというわけではなく、彼らが身につける物の価値を冒険者ギルドの職員は見抜いてしまう。
 彼の身につけている黒いマントは、別に魔術やら何やらがかかった高価な代物でも何でもない、ただの布だ。
 依頼人であるならば、依頼料を払えるか、という問題にもなってしまう。

 厄介な客は私に回せばいい、どうにかしてくれると思い込んでいる他の受付たち、一部の受付からは妬み嫉みから、私に彼の担当を押しつけてきた。
 私は密かにため息をこぼすと、彼にカウンターからにこやかに声をかけた。

「今日はどうされました?」

 目深に被る黒いマントのフードから臙脂色の目が覗く。黒いマントとは対照的にクセのある白い髪もほんの少し見えた。

「冒険者登録をお願いしたい」

「では、こちらの書類に必要事項を記入してください」

 私はペンと用紙を彼の前に置く。
 彼は記入を始める。
 彼の黒いマントから覗く服の袖口は上質なものだ。異なる物はこの黒いマントだけのようだ。
 事情がありそうだというのはこの格好から判断できる。
 冒険者で長いマントを羽織る者はだいたい魔術師なのだが、チラリとマントの隙間から見えるのは杖ではなく長剣だ。この格好で剣士なのだろうか。

 書類に記入した彼の名前はザット・ノーレン。それは隣国アスア王国の英雄の名と同じだ。

「なぜこの街で冒険者を?」

「私は外国の出でして、知り合いがこの近くにいて身を寄せていいということなので、こちらでまずは冒険者で生計を立てようと思いまして」

 外国の出と言うわりには、彼はこの国の言葉も流暢に話している。
 私は後ろのサインを見る。嘘を書いてもいないし言っていない。となると、ザット・ノーレンという名も嘘ではない。

「そうですか。貴方は隣国の英雄と同じ名前なのですね」

「そうです。冒険者ギルドには通称制度もありましたよね。レンで登録をお願いしたい」

「わかりました。それでは登録料を先に頂いてよろしいですか」

 隣国の英雄の名はどこの国でも見知っている。この名を呼ばれて二度見されるのが嫌でこんなマントを被っているのだろうか。英雄とは似ても似つかない細身の男性だ。

「それが、今、この国の通貨を持ち合わせていない。この薬草を買い取ってもらえないだろうか」

 レンは一束の薬草をカウンターに置いた。
 さっと見ただけでも質の良いことがわかる。登録料以上の価値がある薬草だ。

「では、買取額を査定している間に、冒険者として動けるか登録用の実技試験を受けていただきたいのですが」

「わかりました」

 私は後ろの受付に薬草の査定を任せて、レンを奥にある訓練場へと誘導する。
 本来、登録用の実技試験もレベルを判定するための試験も日時が指定されている。けれど、試験官となる人間がこの日は冒険者ギルドにいたので遊ばせているよりは良いだろう。
 訓練場で煙草を一人で吸っている男に声をかける。

「ビスタ、登録用の実技試験をお願い」

「ええー、メイサ嬢、今日試験の日じゃないよー。もうボケたのー?」

「遊んでいるんだから、仕事しなさい」

「この待機も俺の仕事だよー」

 ビスタはブツブツ言いながらも、訓練用として置いてある剣から得物を選んでいる。まあ、暇なのだろう。

「キミはー、その腰にある剣で戦っても良いよー。その方が使い慣れているんでしょう」

 ビスタはレンを見て言った。
 黒マントで隠れているはずなのに、ビスタはすぐにレンが長剣を携えていることに気づいたのか。腐っても優秀な冒険者なのだなあああー。顔は良いのになぜかモッタイナイ人間なんだよなー、コイツはー。

「メイサ嬢、何か失礼なこと考えてないー?」

「何のことだか。レンさん、この方が試験官です。ボコボコにしていただいても構いません。怪我させようと、治療費等を請求することはないので、痛めつけてやってください。試験の立会人は私です」

 私が言うと、レンはほんの少し笑ったのが見えた。

「仲良いんですね」

「「誰と誰が」」

 二人でハモってしまった。断じて仲が良いわけではない。

「では、試験開始ーっ」

 さっさと始めてしまおう。

「登録用の試験だとはいっても、冒険者として成り立つかどうかの剣の腕前が見たい。手は抜くなよ」

「はい、わかりました」

 と言って、レンが抜いた剣は刃がボロボロだ。柄や鞘から割と値打ちもののように見えたが、そんな剣では何も切れまい。訓練用の剣の方がマシだ。

「お前、俺を馬鹿にしているのか?それとも、何かのギフト持ちか?」

 ビスタは訝しげな表情をレンに向けている。
 レンはそれには答えず、剣を構える。
 さすがにそんなボロボロの剣ではビスタには太刀打ちできないだろうと思った矢先。

 ビスタが持っていた訓練用の剣先が落ちた。

 次の瞬間、レンはビスタの背後から首筋にあのボロボロな剣を当てている。

「続けますか?」

「いや、充分だ」

 ビスタは訓練用の先がなくなった剣を投げ捨てた。ビスタが油断していたとしても、一瞬にして背後を取れるのならばかなりの凄腕ではないのだろうか。
 ビスタはまた箱に座って煙草を吹かし始めた。

「メイサ嬢、さっさと登録してやれ」

「はいはい」

 レンはビスタに一礼して、私とともに訓練場を後にする。



 受付カウンターに戻ると、薬草の買取査定は終わっていた。
 この薬草は本数確認なので手間は取られるが、簡単な作業だ。
 登録料を引いた金額をレンに渡す。

「あと、こちらが冒険者カードです。身分証になるのでいつも携帯しておいてください」

「ありがとう」

 レンはカードを受け取ると、冒険者ギルドをさっさと後にした。余韻も何もない。

「怪しい者が新規冒険者登録に来たと報告があったが、アレは問題ないだろう。他国の貴族か何かだな」

 後ろ姿を見送った後、背後にコードボー主任が立っていた。主任はこの受付の現場責任者である。
 主任が遅い昼休憩をしている間に、レンが来てしまったのだ。主任がいればレンの相手は私ではなく主任が担当して、、、いないな。回そうとした受付の職員を嫌味ったらしくネチネチと言葉で締め上げ、どこが怪しいんだ、さっさと受付して来い、で終わっていただろう。
 私には一瞥して貴族だと判断できる能力はない。

「他国の貴族?」

「動きを見ればわかるだろう。教育を受けたものの動きだ。根っからの冒険者ならあんな所作にならんだろう」

「じゃあ、あんな汚いマントを被っているのも、祖国の者に顔を隠して身分がバレないようにと」

「そうとは限らないが、事情はあるんだろうな。マント以外の、靴も服も装備も上質なものだ。この街で手に入れるとすると、かなり難しい部類に入る」

「彼の剣の刃はボロボロでしたよ」

「それでビスタが手も足も出ないのなら、普通の剣を持っていたらビスタの首は落ちていたに違いない。メイサ、レンの担当はお前で決定だ」

「はいはい、そうなる気がしてました」

 試験官のビスタも、レンもあの場ではお互いが本気ではなかった気がする。アレは彼らにとってほんの腕試しの範囲なのだろう。レンは試験のときもあの黒いマントのフードは取らなかった。私たち冒険者ギルドの職員にも顔をあまり見られたくないのだろう。




 と思ってました。
 緑苦草の件を話すために応接室に通したら、レンはあっさりと白いマントをコート掛けに掛けていました。魔術師には長いマントのままソファに腰掛けるものも多いんですよー。
 汚い黒いマントから質の良い白いマントに変わったら、他の受付たちが担当を代わってーと言い始めた。現金なものだ。主任命令だからとハッキリと断っている。フードを目深に被っているのでわかりにくいが、優しい顔立ちのイケメンだ。
 視界を遮るマントがなければ、やはり普通にモテるだろうと思われる顔が出てきた。柔らかそうなクセのある白い髪も目を引くが、産まれながらに白い髪の民族もいないわけではない。それとも、それほどの修羅場を潜ってきたということだろうか。
 そして、腰にある長剣は登録試験のときの剣ではない。鞘から抜いてみないと彼の場合わからないが、これも多分値打ちのある剣であろう。

 彼の従魔登録している角ウサギは五匹いるが、いつも一匹だけつれてくる。
 どれも珍しい手のひら大のサイズであり、いつも彼の肩にのっている。角ウサギの子供というわけではなさそうだ。角ウサギの子供というのもダンジョンで発見されたことはない。
 毛並みがレンとそっくりで白くてフワフワしている。
 討伐されて納品されてくるあの角ウサギとは似ても似つかない。どこのダンジョンで捕まえてきたのやら。私も飼いたい可愛さである。
 テイマーではない私には無理だろうけど。主任に言われなくたって知っとるわい、さすがに冒険者ギルドの受付なのだから。
 しかも、レンの角ウサギは動きがなんか人間くさい。お茶を吹き出す角ウサギなんて、はじめて見たよ。
 飼い主に似るのかしらねえ?

 従魔を可愛いからで選択する冒険者もはじめて見ました。
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