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2章 愛をたぐる者

2-4 角ウサギはそばにいる

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 金糸で縁が刺繍されている白地のマントを羽織る。
 魔法で汚れ防止をしていると、裾が地面に触れても何とかなる。
 それでも、このマントは完全に動かない意志を見せつけるかのような後衛の魔術師のためのもののようだ。
 フードを目深に被ってしまえば、誰からも話しかけられない。
 ククーから手に入れた収納鞄を持って庭に出る。
 この中には角ウサギがせっせと収穫して干してくれた薬草が数種類ほど入っている。
 冒険者ギルドに何度か顔を出し、薬草採取専門の単独で行動する冒険者として受付には認識されているようだ。基本的に白いマントは目立つ。逆に言うと、この白いマントを脱いでしまえば俺という人間は冒険者カードでも提示しない限り受付の人間にも認識されなくなるのではないだろうか。

「王子、これから出かけてくるね」

「うん、いってらっしゃい。レン、気をつけてね」

 王子は角ウサギをギュッと抱きしめた。
 角ウサギは驚きながらも、王子の手をなでなでしている。

 王子はわかっている。
 王子を一緒に連れていくときはダンジョン。
 俺一人で行くときはシアリーの街。
 目的地が違うことを。

 俺が街に行くときは、王子はワガママひとつ言わずに見送る。
 俺は六歳のときにこんなに聞き分けの良いお子ちゃまだっただろうか。
 絶対にそんなわけがない。
 孤児だったときは生きるのに必死で、他人の言うことなんか素直に聞いた覚えなんかない。必要なときだけ素直に聞いたフリをしていただけだ。

 俺は王子の頭を撫でる。

「いってきます」

 王子に言うと、庭から外に出た。
 ヴィンセントには庭で王子と一緒に俺がいるように見えているだろう。


 ダンジョンは家からゆっくり歩いても三十分ほどだが、シアリーの街は徒歩で行くと少々遠い。
 こういうときは角ウサギの出番だ。
 いや、普通は角ウサギの出番ではないのだが、他の四足歩行の速い魔物を生み出せば良いのだが、角ウサギの丸いフォルムは可愛いのである。
 俺の角ウサギは拡大縮小が自由にできる。手のひら大の大きさから、人を乗せて走ることもできる大きさにもなれる。魔力を込めればもっと大きくなるのだろうが、必要ないのでそこまではしない。そして、角ウサギは丸いわりには速い。俺が走るよりも速ければ何の問題もないのが、角ウサギで十五分ほどで街の近くに着く。
 冒険者の出入りが多い北門から街に入るのだが、門から少し離れたところで角ウサギから降りる。テイマーなら魔物に乗れてもおかしくはないのだが、角ウサギで人が乗せられるサイズはどこの地方でも見たことがない。見られない方が安全である。
 街に近づいたら手のひらサイズになってもらって、肩にでも乗っていてもらう。反対に角ウサギは小さいサイズも見かけることはないが、子供だろうと勝手に思い込んでくれれば問題ない。


 ここで角ウサギちゃんの人気がある居場所はーーー。
 ダントツの一番として、家の庭。王子と一緒にいるのが一番の人気である。
 一緒に遊べるのが良いのかな?王子は子供とはいえ、動物虐待まがいの遊びはしない良い子だし。王子がお昼寝のときに雑草で食事しておけばいいし。
 彼らにとって休日扱いなのが、お庭である。
 ヴィンセントは代わる代わる別個体が来ていることに気づいているのだろうか。。。

 二番として、俺に街へついていくこと。
 そこまで頻繁ではないが。
 乗せてくれる御礼に屋台の食べたいおやつを一つ購入していたら、エサに釣られての人気のようだ。
 角ウサギは鼻もいいので、意外と美味しいものを引き当てる。
 ちなみに雑食なので、おやつといいながらも肉串を食べていくモノもいる。普段食べないものを選んでいるんだろうな。

 ダンジョンと周辺見回りはどちらとも言えないらしい。
 お仕事として割り切ってやってくれているようだ。
 五匹でこれらの仕事をローテーションで回してくれている。
 足りなかったら増やすよ?と提案したが、家のお庭が減るのは嫌なのだそうだ。


 北門から入ると小さい広場に屋台が多く存在する。
 昼間は地元客に、夕方頃になると帰ってくる冒険者相手に匂いで攻撃を仕掛けてくるが、今の時間はちょうど客となる人間も少なく、適当に店番をやっている程度である。
 俺の肩に乗っている角ウサギがアレ、アレと跳ねる。
 めぼしいものを早速見つけたようだ。
 俺は昼食後に出発しているのであまりお腹は空いていないが、二つ購入した。
 角ウサギは獲物を素早く口に放り込む。
 いつも美味しかったら、こっそりと王子におみやげに買って帰る。
 夕食用に街の屋台や店で買ったお惣菜などの出来合いのものを買って帰ることがある。
 さすがにヴィンセントにバレると思うだろう?
 王子はそのことをわかっているのだが、ヴィンセントは悲しいほど味音痴だ。香辛料ふんだんに使われたものやどこかの遠い異国の郷土料理などを美味しそうだと思ってつい買ってきてしまったが、俺が作ったものなのかどうかさえ区別がつかないらしい。ちょっと悲しい。食べられるものなら何でもいいんだな。。。

 北門の近くにダンジョンがある関係で、北門の周辺はほぼ冒険者の街だと言ってもいい。冒険者用の宿屋、飲食店のみならず、武器屋、防具屋、その他諸々冒険者に関わるものはこの北門の周辺に集まっている。冒険者ギルドも北門から入って大通りをまっすぐ行った五分ぐらいの場所に存在する。
 北門のすぐ横に作れば良いのに、という要望が多数あったそうで、俺もその方が楽だと思ってしまう。が、そうすると北門に冒険者が集中してしまい、北門で大渋滞が起こると予測されてその話はなくなったのだそうだ。
 確かに仕事へのダンジョンの出入口が北門なら、仕事を受けるのも納品するのも北門となると、大混雑しないはずがない。
 俺は冒険者ギルドの扉を開けて、買取用の窓口に進む。
 夕方頃になるとこの窓口は長蛇の列になる。冒険者ギルドは年中無休の二十四時間営業なのでこの時間帯を避けたいと誰しもが思うだろうが、魔物討伐の場合はそうも言ってられない。魔物の質が悪くなるもの困るし、宿屋で死体でも魔物を転がしていたら見た目やら臭いやら何やらで苦情が来る。
 薬草の場合は、乾燥させてまとめて納品ということができるので、冒険に出ないときに冒険者ギルドに納品に来る冒険者も多いそうだ。俺としては都合が良い。

 今の冒険者ギルドは閑散としている。客は少ない。今日はダンジョンに行かない冒険者が数人うろついているだけだ。

「こんにちは。お願いします」

 カウンターに薬草を鞄から取り出し置く。

「こんにちは、レンさん。いつも質の良い薬草ありがとうございます」

 冒険者ギルド受付嬢メイサの誉め言葉に、エヘンと胸を張る角ウサギ。可愛い。
 角ウサギが世話したものだから、角ウサギが素直に褒め言葉を受け取るのだ。
 うちの角ウサギは五匹とも従魔登録をしている、念のために。間違って討伐されても嫌だからね。
 すべてがお揃いの赤い耳飾りをつけている。

 昼間に納品に来る薬草専門の冒険者はそこまで多くないので、特に買取窓口によくいる受付嬢のメイサにはすぐに覚えられてしまった。俺は依頼を受けるというよりは、常設の薬草の納品しかしないので買取窓口に直行である。
 受付嬢メイサに覚えられたのは顔、というよりはこのマントのせいだろう。最初はただの布で代用していた黒いマントだったが、白いマントに変わっても何事もなく認識された。
 重さを計測すると、すぐに金額が用意される。多額だったら冒険者ギルドに預けることもできるが、そこまでの金額ではない。

「こちらが今回の買取金額です」

「ありがとう」

「レンさん、今、お時間ありますか?」

 お金を受け取って帰ろうとすると、受付嬢メイサが俺を珍しく呼び止めた。メイサは金色の巻き髪が人気の受付嬢である。所内が閑散としていても、何かと用事を作って話しかけようとする冒険者がいるくらいだ。遠目で睨まれている。

「多少なら」

「実はある薬草が必要になるかもしれないので、薬草専門で良い納品している方に声をかけているのですが」

 人が閑散としていても、受付嬢が小声でしかもここで薬草名を言えないということは、それなりの採取が難しい高額な薬草なのだろう。

「こちらへどうぞ」

 奥にある応接室に通される。
 コート掛けがあったのでそこに白いコートを掛けて、ソファに座った。

 受付嬢メイサとともに、もう一人大柄な男性が応接室にやってきた。

「あ、お茶どうぞ」

「ありがとう」

 緑茶を受け取るが、角ウサギの方が興味津々だ。目が俺を見て、ちょうだいって言っている。葉っぱからの汁と言われれば、角ウサギの好みの範囲内なのかもしれない。まあ、口に入るものは大抵のものは好きなのだが。

「熱いぞ。少し冷ましてから飲むんだぞ」

 角ウサギがテーブルに降り、うんうん頷いた。これでもう角ウサギは放っておいていいだろう。

「俺はここで主任をしているコードボーだ」

 普通の冒険者相手に、受付より上の人間が説明に出てきたということは、その薬草の依頼主は相当の地位のある者だ。
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