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2章 愛をたぐる者

2-3 捨てられる覚悟

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 俺は必要な物を馬車の中から選びだした。この馬車の荷物すべて貰えると言われても使わない物は貰えたとしても物置の肥やしとなるだけなので、必要な物を買い取る形にした。
 シアリーの街はその北にダンジョンがあるので、冒険者の街ということで一通り揃えられるのだが、初級中級者が多いためそこまでの品質ではない。ククーが持ってきた物はかなりの一級品であるが、下手に質の悪いものを何度も買い替えるより、こちらを手に入れておいた方が確実に今後のためになる。シアリーの街では手に入らない装備も多い。

「そういえば、ヴィンセントとは何歳違いなんだ?」

 俺はククーに聞く。

「俺のが三歳年上だ」

 ククーの返答にヴィンセントの年上ヅラしやがってという表情が出る。
 だが、彼らが幼い頃から親しくなければ、ククーとヴィンセントは監視する側と監視される側、ただそれだけの関係である。ククーは他の監視対象者にはただの行商人役として接しているようだ。

「そうか、えっと、あの当時、、、今はククーは二十七歳か。だとすると、ヴィンセントは二十四。。。」

 よく知っているなー、という顔で俺を見ているククーだが、俺はヴィンセントとは十歳も違うのか。俺は荷物の仕分け作業を手伝ってくれるヴィンセントを見る。ちょっとその年齢差にへこむ。

「いや、レン、今のお前はどう見てもヴィンセントより年下に見えるぞ。落ち込むな」

「俺、若作り成功してる?」

「アラフォー目前のオッサンだとは思えないから大丈夫ー」

 落ち込んでやる。

「ククーっ」

 ククーの軽口に、真剣に怒るヴィンセント。
 この二人の関係性は羨ましい。
 俺は幼い頃に親しくしていた人物にはよそよそしくされてしまった人間だ。英雄として貴族になってしまったからだろうが、悲しくもある。名が変わろうと身分が変わろうと中身は変わらないと思っていたが、それは自分がそう思っていただけで、他人から見たらそうではなかったのだろうか。

「お前というヤツは、レンに近寄るな」

「過保護だな」

 まだイチャついているなあ、この二人は。見せつけたいのかなー?

「なあ、ククール・アディ」

「あ?」

「俺はこの姿になって何か変わってしまったと思うか」

 俺はククーに問いかける。

「さっきも言ったけど、姿以外は残念ながら嫌というほどザット・ノーレンだよ、アンタは」

「そうか」

 この姿を鏡で見たときに、誰一人としてザット・ノーレンだとはわからないだろうと思っていた。
 自分だと認めてもらえることがこんなにも嬉しいとは思わなかった。
 たとえそれが他国の諜報員でも。

 けれど。

 俺に英雄の役割だけを期待しているアスア王国の人間は、この姿では誰も俺とは気づかないのだろう。
 そんな気がする。
 殺したいほど俺を憎んでいたであろうあの三人でさえも。
 
 そして。

 反対にヴィンセントは英雄だった俺が必要ない。
 今のこの姿が、白い髪で赤い目の俺が必要なのだ。

 もし万が一にでも、俺が元の姿に戻ってしまったら、ヴィンセントには必要なくなるのだ。
 悲しいほどに興味を失うのだろう。
 あの触れてくる手も、どこかに消えてしまうのだろう。
 彼はこの姿に執着しているだけだ。
 その証拠に彼は俺に可愛いと囁くが、好きだの愛しているだのと愛の言葉を伝えてくれたことはないのだから。

 それでも。

 彼が俺を捨てるまで、俺は彼のそばに居続ける。
 命の恩人が望むなら。

 だからこそ。

 捨てられたときのために、彼の重荷にならないよう、彼が何の責任も感じないように、俺は準備をしておかなければならない。
 俺はいつだって、いきなり何もかも奪われるのだから。


 この日、俺はククーからもらった酒を飲まなかった。










 ヴィンセントの神官としての仕事は多い。
 書類に追われていることが多いが、だいたい一日中家のなかで机に向かって過ごしている。
 だから、俺には自由時間がある。
 ヴィンセントは魔術で王子を監視しているが、肉眼ではしない。たとえ肉眼でしようとも、家のなかから外を眺める程度では俺にとって魔術で監視しているときとさほど変わらない。
 ククール・アディのように粘着質に纏わりついて、執着して追いかけないと、俺の偽装を見破れない。アレは諜報員としての意地だったのだろうか。
 ヴィンセントの一日の流れがわかると、ダンジョンに行くのも街に行くのも自由なのである。
 あまりにも家に居ないと、王子がポロっとついつい本当のことを言葉でこぼしてしまいそうなので、時間があるときはできるだけ王子といる。
 ちなみに、俺がいないときの王子は角ウサギと遊んでいることが多い。


 王子については、ククーから注意事項を教えてもらった。
 どうせアンタは何もかも感づいているんだろ、という前置きとともに。
 ヴィンセントのいない場で。

 王子には魔法や魔術について教えないこと。
 コレは王子の魔力に色をつけないためだ。
 魔力のクセとも言える。
 無色透明な魔力が必要なのだということだ。

 王子を街に連れて行かない。
 他人に会わせてはならないからだ。
 他人の俺と出会った時点でこれはどうかと思うが、俺が隣国の英雄ザット・ノーレンだからこそ許されていることらしい。
 つまり、死人に口なし。王子と出会ってしまったら最後、その他人は秘密裏に消されてしまうらしい。
 というか、本当ならヴィンセントの結界によって出会わない。
 ここは教会の土地だから、何をしても勝手なのである。
 この国の教会というのはそういうものだ。
 俺が例外的な存在ということだ。

 ククーが述べた俺への注意事項。
 何も言っておかないと俺がやらかしてしまいそうな失敗として、ククーが上げてくれたとりあえずの二つである。
 今後、増えるかどうかは俺の行動次第らしい。
 俺が王子の代わりになれないのかと尋ねると、嫌そうな顔をして答えてくれた。
 アンタの魔力はすでにクセが強すぎる、と。


 ヴィンセントは俺には何も言わない。
 何も言う必要がないと思っているのか。
 監視しているから大丈夫だと思っているのか。
 監視しているのを、俺に伝えたくないのか。

 言われないとわからないことは多い。
 俺は人の行動を見ることができるが、心のなかまでは見えないのだから。




 台所の下の戸棚にククーからもらった酒は入れてある。
 料理しているときなどに、ちょっとだけ覗く。
 それらを見ているだけで、自分が生きていた価値があったと思ってしまう俺はおかしいだろうか。
 酒をもらったのが嬉しいのではない。それも嬉しいことは嬉しいが。
 それらの酒を選んでくれたククーの行為が嬉しいのだ。

 ここにある酒の産地も仕上がりの年もバラバラだ。
 これらはククーがその酒に出会ったときに購入して集めていったものだ。

 神聖国グルシアの諜報員として俺を見ていたのだから、本来なら俺のための酒など買うはずがない。
 けれど、この一箱の中身を見ただけでも、これは俺のための酒だということがわかる。
 俺の酒の好みは万人受けしない。
 衆人環視の場面では、勧められるがままに高い酒や美味しいとされる酒を飲んでいた。
 浅い付き合いの人間なら、表面だけを見る人間なら、俺の好みの酒を俺に贈ることは絶対にない。
 それがこんなにも揃えられているのだ。

 その酒を見ているだけでも、俺も思う。
 もし、彼と同じ国に生まれていたのなら。

 きっと楽しかったのだろうと。

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