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2章 愛をたぐる者

2-2 英雄ではなくなった者の価値

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「ま、グルシアの国籍を得ることも考えておいてくれ、という話だ。コチラは大歓迎だということはわかっていて欲しい」

 ククーが笑顔で俺に言った。
 二人して、馬車の中に積んである木の箱の上に座って話している。

「いや、何で大歓迎なんだ?俺はもうギフトを失ったんだぞ?お前たちが望むようなアスア王国の英雄じゃない」

「確かにアスア王国では、お前の仲間だった一人がお前のギフトを譲られて英雄を継いで国王の孫娘と婚約した、という話になっている。が、お前は腰を刺されて瀕死の状態であの二人に発見された」

 腰を刺した黒い短剣のことはヴィンセントによって伏せられているが、腰に深い剣の怪我を負ったことは報告されている。

「魔物による傷ではないのなら、死ぬ間際にギフトを譲ったのではなく、剣で刺してギフトを奪ったとも考える方が妥当だ。宗教国バルトの未完成な技術にそういうものがある。だが、ギフトは奪えるものではない。奪ったところで、他人のギフトは扱える代物でもない。そうなると、あの男はお前のギフトを持っているだけの男になる。我々にとってはそれだけの価値だ」

 ククーは諜報員だっただけあって、あっさりと真実に辿り着く。
 だが、ククーの言い方ではギフトがない俺にも価値があるように聞こえてしまう。

「その神託のあったギフトの持ち主が、アスア王国の英雄だ。器だけがあってもギフトがなければグルシアにとっては何の価値もないと思うが?」

「何の価値もないって、アンタはアスア王国でどんな洗脳受けてきたんだよ?ギフトは神が与えたものだ。与えるべき人間に与えられるものだ。それ相応の人間だからこそ、神もそのギフトを授ける。ザット・ノーレンはギフトがなくても、そのギフトを与えられた人間には変わりない。蒼天の館を授けられたという事実だけで、このグルシアでは大きな意味を持つ」

 ククーがほんの少し声を荒げる。彼の怒りは俺ではなくアスア王国にある。
 宗教国とそうではない国との教育の違いである。
 俺の場合は孤児だったので、十歳以降の王城での詰込み型の教育になるが。
 生きるための知識は孤児時代に身についたが、世界を広げる教育を受けたのは十歳以降となる。

「うん、まあ、俺に対するグルシアの考えはだいたいわかった。だが、俺にやらせたいことがわからない。無償ですべてを授けることなんかないだろ?」

「うーん、信仰心がない人間にどう説明したら良いかな?この国にいてもらいたいだけで、ザット・ノーレン自体にやってもらいたいことは実はないんだよ」

「?そこがわからないんだが」

 ならば、俺はグルシアにとっては必要のない人間ということになる。

「その後ろにいる神の代わりとして、ザット・ノーレンに貢ぎ物をしている、、、ちょっと違うか?」

 説明している側が首を傾げるな。

「俺を通して神への供物を捧げたいということか?」

「それも少し違う気がするが、そんな感じか?言語化できない想いってのもあるんだ」

 神からギフトを与えられたのは俺だから、ギフトが他人に移ったからといって、神の寵愛までその他人に行くことはないということなのだろうか。神の寵愛を受けている俺を篤く迎え入れることによって、自分たちにもその寵愛が向くことを願う。
 宗教国家はその国によって神に対する考え方も違う。
 どちらにしても特定の神を信仰しているわけではない俺では、信仰心はよくわからない部分が多い。
 生きるのに必死だった人間は、神が助けてくれるなんて都合のいいことを思っていない。

「神についてはひとまず置いておこう。話しが進まなくなる」

「そうだな。神についてはおいおい」

 勧誘活動はこれからもしなくて良いからな。

「ところで、ククー。コレは手付金だ。さすがにこの荷物の代金に全然足りないのはわかっているが、今ある手持ちはこれだけだから、今後まとまったお金ができ次第、支払っていく」

 俺はククーの手にお金を握らせる。ククーの眉間に皺が寄る。

「だから、この馬車の荷物はアンタへの貢ぎ物だって」

「だからだ。俺にはそれらを無償で受け取る理由がない。必要な物には対価を支払う。ただ、今は金策中だから少し待ってくれ」

 ククーはものすごく大きいため息を吐いた。

「あー、真面目だなー。そういうところ全然変わらないよなー。行動が昔と同じなんだよ、アンタは。だから、俺はアンタがどれだけ姿形が変わろうとも、ザット・ノーレン以外の人物には見えない」

「そんなに同じか?」

「昔も寝る前に宿屋の一室で一人で幸せそうに酒飲んでいただろ。顔は違うのに、酒を飲む表情は嫌になるほど同じだ」

「そんなところまで見ていたか。。。ちょっと引くぞ?そんなとこ見たところでこの国のためになることは何一つないぞ」

「いや、結局なにはなくとも見張ってないといけないのが諜報員。。。ところで、カネって、ヴィンセントが渡すわけないよな?アイツはお前に街なんかに出てもらいたくないとか思っているはずだぞ」

「やっぱりそうなのか?」

「そりゃそうだ。アイツは初恋を拗らせた面倒な奴になっている。白い髪に赤い目のお前を、他人の目に触れるところに連れて行きたくないし、ずっと自分の元で囲っていたいと思うような奴だ。俺にさえ会わせたくないと思っているはずだ。白い髪と赤い目でなければ、俺がアンタを嫁に貰っているところなんだが」

 ニヤーっとククーが笑う。冗談はわかるように言わないと本気にしちゃうぞー。

「初恋を拗らせたって、白い髪に赤い目の魔族がヴィンセントの初恋の人なのか」

「そいつはアイツの実姉の旦那になっているから、ヴィンセントの想いが叶うことはないけどな」

「それ聞いちゃうと、白い髪と赤い目だったら相手が誰でも良いように思えるのだが」

「白い髪と赤い目の魔族は今、片手の指の数にも満たない上に、すでに全員既婚者だ」

 ククー、諜報員の仕事に復帰したら?
 キミのギフトはどこでも引っ張りダコだと思うよ。

「つまり、魔族ではないが、白い髪と赤い目の持ち主の未婚者は現在のところ俺一人だということか」

「そうそう。だから、アイツは神官になったんだ。この世の無情を嘆いて。で、世を儚んでいる人間の前に白い髪と赤い目のお前が現れたら、絶対に逃したくないよなー」

 そうか。
 そうなのか。
 俺一人なのか。
 けれど、それは白い髪と赤い目ではなくなったら、ヴィンセントは俺が必要なくなるということじゃないのか?

「レン、ヴィンセントに飽きたら、俺のところに来なよ。歓迎する」

「ヴィンセントが俺に飽きたら、寄らせてもらうよ」

 まるで冗談のように。
 まるで言葉遊びのように。

「で、話は戻すが、街に行ったのか?」

「すべてを奪われた俺がお前にお金を払ったんだから、わかるだろ」

「そうだよな、各国の有数の諜報員を欺いていたお前だもんな。魔術でお前を監視しているだけのヴィンセントが叶う相手じゃない。うん、わかってる。魔物討伐でもして稼いだのか。ヴィンセントには内緒にしておくから、剣の腕は衰えてなくても無理するなよ、筋肉量がまるで昔と違うんだから」

 ククーは勝手に自己完結してくれた。今の俺の剣の腕、披露していて良かったな。
 俺がしているのは魔物討伐ではなく薬草採取である。今日もせっせと角ウサギがダンジョンで頑張ってくれている。
 シアリーの街の冒険者ギルドで新人冒険者としてザット・ノーレンで登録した。
 誰も隣国の英雄などとは思わない。ただの同姓同名としか思われない。

「まさか、あの汚い黒い布」

 ククーが思い出して、ものすごく嫌そうな顔で俺を見ている。
 彼の推測通りだ。

「ああ、街で白い髪を隠すのに使ってる」

「それ、二度と被るな。待ってろ、確かここに」

 箱のふたを開けて荷物を漁っている。

「これだっ。今度からこれにしろ」

 ククーが俺に渡したのは金糸の刺繍で縁取られている白地のマントである。髪を隠すフードもついている。

「うわっ、白ってものすごく汚れそう」

「アンタなら魔法で何とかできるだろ。あんな埃避けに使っていたような汚いほつれた布を被って街を歩くなんて、、、知っていれば渡さなかった」

 ククーがブツブツ言っている。髪と顔が隠れれば何でも良かったし、通行人も避けて通ってくれるから有難いくらいだったんだけど。
 白のマントを羽織ってみると、裾があつらえたかのように足元まで隠す。

「あ、暖かい」

「これから寒くなるから防寒着にもちょうどいい。それとヴィンセントに内緒で外に出るなら、しっかりと装備をして行け。誰も助けに来ないからな。コレも着てみろ」

 ククーに服のサイズを見るためにいろいろ着替えさせられた。長剣やら短剣もいろいろな種類を何本も持たされる。どれが良いのかチェックされている感じがする。
 着せ替え人形にされている気分。

「なかなか戻って来ないと思ったら、馬車で何やっているの?」

 ヴィンセントが怖い顔で馬車を覗いた。

「、、、やっぱり似合わないかな?」

 俺はヴィンセントに聞く。
 神聖国グルシアの制服は白が多い。神聖騎士団の制服も白である。宗教国家の多くは白いことが多いが。今、着ているのはその制服である。なぜその制服がこの馬車に積まれているのかは俺は知らない。

「似合う。超可愛い。そういう姿は俺だけに見せて欲しい。ククーになんか見せなくていい」

「欲望ダダ漏れだな、ヴィンセント。少しは抑えないとレンに嫌われるぞー」

 俺はこの制服買い取らないぞ。高い代物だとは思うけど。
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