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1章 ボロボロな出会い

1-3 年上か、年下か

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「はい、レン、ふーふーしたよー」

「ありがとう、王子」

 王子が笑顔で俺にとろみのついたスープをスプーンで飲ませようとしてくれる。
 可愛い。癒される。
 何だろう。熱いものが胸にこみあげてくる。
 純粋に素直な優しさに触れたのは一体いつぶりなのか。


 俺はベッドで座っている。多少ふらつくが立ち上がれるようになったので歩こうとすると、ヴィンセントからは寝てろと注意された。
 この家のトイレや洗面所には鏡がない。
 鏡というのは庶民には高価なものなので、そこらにあるわけではない。
 俺はアスア王国にいるときは王城に世話になっていたため、そうだったーっ、と辺りを見回して思った。宿屋でも鏡が備え付けてあるのはごく一部だ。仲間の女性たちは小さな手鏡を持っていることが多いようだったが。

 自分の姿を確認できない。
 現実を直視できない。
 それでも、いいかと思ってしまうのは、自分の心が弱いせいでもある。

「レン、薬もしっかり飲むんだぞ」

 ヴィンセントが俺に薬湯が入った湯呑みを渡してくれた。
 この薬湯は超苦い。苦丁茶って飲んだことあるかな?あれと同じくらいかそれ以上に苦い。
 味覚が正常になりかけている今、味わって飲むと舌が滅びるぐらいの苦さだ。
 カラダに効くとは思うけど、この苦さ、わざとかな?
 この薬湯、ヴィンセントのお手製だよね。

 オッサンはさっさとこの家から出ていけということを、言葉に出さずに伝えているのだろうか。

 俺ももう三十四歳だ。
 英雄と持てはやされていたが、冒険者としてはもうそろそろ引退を考えていたところだった。全盛期の体力と比較して衰えているのは明白だった。経験で補っていると言えば聞こえはいいが、危険が伴う場では命取りになる。
『蒼天の館』を持っていた時点でも考えていたことなのだから、ない今では冒険者は引退して当然であると考えている。

「レン、飲んだ?」

「、、、、、んっ、ありがとう、ヴィンセント」

 空になった湯呑みをヴィンセントに返す。

「うん、苦いと思うけど、カラダには一番良い薬湯だ。本調子になるまでは飲んでくれ」

 俺の顔が苦いと主張していたかな?
 ヴィンセントの顔が笑っている。
 そういう顔は若い女性に向けてやってくれ。
 間違ってこのオッサンが惚れちまうぞ。

 俺は本調子に戻るまで、ここに居ていいのだろうか。
 彼らに甘えても良いのだろうか。
 お金がないので街に行ってもすぐに仕事をするしかないが、このカラダでは満足できる仕事ができるとは思えない。身分証も何もない状態では俺がザット・ノーレンだと主張しても認められないためにお金も下ろせない。というか、死んだことにされていれば口座は凍結されていることだろう。




 昼食後、王子は昼寝をしに自分の部屋に戻った。
 ヴィンセントは家事や雑務を済ませるためにこの部屋にいないことも多いが、俺を気にかけ部屋をちょくちょく覗いてくれていることを知っている。
 王子はこの部屋にいるときは、お絵描きをしていたり、絵本を眺めていることが多い。
 ヴィンセントは俺の横ではだいたい読書をしている。
 今日は新聞を読んでいた。

「新聞、」

「今日は隣国の新聞もあるんだけど、読む?」

 彼は神聖国グルシアの新聞を読んでいる。
 ヴィンセントから受け取ったのはアスア王国の新聞だった。
 彼にはすべてお見通しなのだろうか。

「ん?」

 俺はベッドで新聞を見る。
 新聞を広げる前に、日付から引っ掛かってしまった。
 あのダンジョンのラスボスを倒した日からすでに一か月が過ぎている。
 おかしい。
 この家に来てからまだ十日ほどしか経っていないはずだ。

 俺は二十日間もダンジョンや森を彷徨っていたのか?
 こんなに食うや飲まずで、『蒼天の館』もないのにどうやって俺は生きていたんだ?
 それとも無意識下で生の魔獣の肉に喰らいついていたのだろうか?

「ヴィンセント、この日付」

「ああ、さすがに隣国のは当日には届かない。それは一昨日の新聞だ」

 ヴィンセントが普通に答えた。
 ふっ、どうしよう。さらに彷徨っていたらしき期間が延びた。

 とりあえず、アスア王国の新聞を眺める。
 一か月も経ってしまった新聞には、あのことに関する記事はもう載っていなかった。シアリーの街の図書館にでも行けば、過去の日付のものもあるだろうか。

「レン、お茶でも飲むか」

「ヴィンセント、少し話を聞いてくれるか?」

 俺は覚悟を決めた。
 ここまで世話になっていて、二人にすべてを黙っていることはできない。
 王子はまだ子供で隣国の英雄のことは何も知らないだろうが、せめてヴィンセントには俺という人間を説明しておくべきだ。

「愛の告白なら喜んで聞くけど、レンならいつでも受け入れちゃうよ」

「そんなことを冗談でも言ったら、オッサンに惚れられちゃうよー」

 ヴィンセントがじっと俺を見る。

「レンはたまにオッサン発言するけど、俺より年下だよね?」

 実はヴィンセントって目が悪いのかな。ヴィンセントはどう見ても二十代前半だろう。それより年下って、彼の目には俺が何歳に見えているんだろう。カラダを拭いてくれているのだから、俺のちと衰えかけている肌もしっかり見ているよね。

「俺、三十四歳だよ」

「は?」

 聞こえなかったの、は?ではない。信じられないの、は?である。
 耳が拒否したかな。

「三十四、俺は三十四でーす。自他ともに認めるオッサンですよー」

「嘘でしょ。こんな三十四歳見たことない」

 俺の前髪を手で掬い上げて、ヴィンセントは俺の目を覗く。彼の濁りのない瑠璃色の瞳は綺麗だ。

「こんな可愛い三十四歳に会えるなんて思ってもみなかったよ」

 可愛い?
 やっぱり目が相当悪いのじゃないかな?腐っているのかな?
 こんなに近寄って見ているのに。

「ねえ、レン、キスしてもいい?」

 冗談なのか、本気なのか、ヴィンセントの声も表情も態度も甘くて判断がつかない。

「ヴィンセントが望むなら、いくらでも」

 俺の返事に、ヴィンセントがどこまでも甘い笑顔になった。

「レン、その答え、後悔しないでね」

 最初は口に軽く触れてきた。次は甘く切なく啄むように、さらに次は舌を絡めてきて濃厚な口づけになった。
 息が熱く交わる。

「ホントに可愛い。レン、もっと欲しい」

 欲しいの意味を理解できないほど、俺もお子ちゃまではない。
 俺を求めるのなら、こんなカラダでも良いのなら、俺は彼にすべてを捧げてもいい。
 彼が面倒をみてくれなければ、とっくに俺は死んでいたに違いない。
 十日間も熱でうなされる寝たきりの俺を看病してくれたのだ。
 恩を少しでも返せるのなら、彼の望むとおりにしたい。

 ヴィンセントは恋愛感情とかではなく、珍しい俺に対する興味なのかもしれない。
 宗教国家の聖職者たちはどこの国でも表向きは抑圧されている。特に性欲は一般の国とは比べものにならないほどだ。
 だから、隠れて聖職者同士であったり、自分より弱い者に性欲をぶつけることがある。
 ここには他の神官はいない。彼を咎める者は存在しない。

 ヴィンセントの手が俺のカラダに触れてきた。
 優しい手が撫でていく。まるでカラダを拭かれているときのように。

「レン、ごめんね。カラダ拭いているとき、下心しかなかった」

 俺は最初から優しく愛撫されていたと思う。
 当初、泥塗れ、血塗れで汚れていた俺は、問答無用でカラダを拭かれた。
 その下心はもう出会ったときには、抱きたいと思っていなければ成り立たないと言っているようなものなのだが。

「はじめから?」

「うん、レンが魔獣の上で倒れていて、その目で俺を射抜いてくれたときから」

「それにしては王子に対して俺を助けるのを渋っていたよね?」

「そりゃあね。さすがに大義名分は必要だからね」

 彼には俺を助ける理由が必要な立場にいるということである。
 それは仕方ないことだ。
 ここは教会関係者以外立ち入り禁止の土地だ。

「俺に抱かれるの、嫌になった?」

 彼の指が、唇が、俺のカラダをすでに愛撫していて、とめようともしていない。
 俺のカラダはその愛撫を知っており、もう求めている。
 意識が混濁していれば何とも思わなかったカラダを拭く行為だが、ヴィンセントのは狙ったかのように細部にまで触れてきて、敏感な場所まで攻めてくる。困ったことに気持ち良くないわけがない。

「ヴィンセント、」

 彼は俺の服を脱がしはじめた。
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