キミという花びらを僕は摘む

さいはて旅行社

文字の大きさ
上 下
70 / 74
第3章 激動の

3-12 その光景は ◆レイン視点◆

しおりを挟む
◆レイン視点◆

 後世の人々は、この光景を神が起こした奇跡と表している。
 光り輝く無数の聖剣に囲まれた中心には白いマントを羽織った人物。
 それは神の代弁者としてふさわしい、と。

 ティフィの姿のズィーはようやく腕組みを解いた。

「ははっ、ジニア聖教国の聖職者ジエンタ、お前は相当長く生き、これからも生きるようだな」

 毎回、ジニア聖教国の聖職者ジエンタとズィーがわざわざ呼ぶのは、何か含みがありそうだ。
 コイツがジニア聖教国の聖職者ということをこの国の目撃者に印象付けるためか。

「それこそ、神が起こした奇跡で」

「魔族は普通に生存できる年数だ」

「ジエンタは魔族だったんですか」

 見た目ではまったくわからない。
 ただ、魔力量は人族ではないと言われたら納得してしまう量でもある。

「何を言っている。私は正真正銘、生粋の人族で」

「普通の人族が数千年も生きられるわけがなかろう。お前の祖先に魔族がいる。他の家族に特徴が現れなくとも、お前にはしっかり出ているじゃないか、長寿とその魔族特有の魔力が」

 近くにまでは寄ってこないが、この路地にも野次馬が増えてきた。
 魔族と聞いてざわめく。

 エルフやドワーフなど、人族領で住んでいる魔族というのは限られている。
 十五年前の魔族大侵攻時、彼らも命を賭して魔族軍に対抗したので、彼らには感謝している者たちも多い。が、他の魔族に対してはかなりの恨み辛みが今も残っている。

 大侵攻時には前線で戦い、大きな犠牲を強いられた竜人族に対しては複雑な思いを持っている者も少なくないが。
 彼らは人族が恩に報いなかったため、凶行に及んだ。
 一概に彼らを悪と見なすことができずに同情する声も多い。ただし、実際に被害を被った地域では他の魔族と同じく恨む声も大きい。

「お前がいくら吠えようとも、ジニア聖教国の者たちがお前の言葉を信じるわけがなかろう」

「そうだねー。魔族との混血でも神の奇跡と言い張り、魔族ということを知らなかったという設定にしたいよね」

 ティフィの顔で笑顔になった。
 それは口の端だけで笑うような嫌味な笑顔ではない。
 万人を虜にするような優しく諭すような笑顔だ。
 嘘を言うような顔ではない。

 神の使いはどちらかと問われれば、十人中十人がティフィを選ぶだろう。

「けれど、あの当時、ジニア聖教国だけ魔族軍に対抗する人員を一人も出さなかったよね。聖騎士ではなくとも準聖騎士や見習い騎士すらも、たった一人も。そもそも、聖職者は神聖魔法を扱える者も少なくないのだから、後方支援ぐらいはしても良かったはずなのに」

「、、、な」

「まるで裏で魔族領の魔族とつながっていたかのように、協力を拒んでいたよね」

「そんなわけがないっ。我々は神の御心に従って、争いに加担しなかっただけだ」

「そうだね、人族領のすべての国が蹂躙されても、ジニア聖教国だけは神が守ってくれたのかもね」

 周囲はさらにざわつく。
 ズィーの言葉には事実と憶測がうまい具合に混じり合っている。
 それは心に侵食する。

 なぜ、あの当時ジニア聖教国は動かなかったのか。
 自分たちだけが安全だったからではないか。
 安全が確約されていたのでは、と。

「それに、今年の感染症の流行もどうなのかなあ」

「どう、とは」

 ジエンタはティフィを見上げ続ける。
 聖剣に貫かれたまま、誰も治療もせず、誰も近寄りもしない。

「他国でその感染症の薬で使われる薬草を強奪したり、燃やしたりした実行犯がジニア聖教国の者だったり、ジニア聖教国の者から依頼されたと主張していたりするよ」

 ティフィは静かに話しているようだが、広範囲に響いているようだ。
 屋根の上から話しているから響く、というだけではあるまい。

「ジニア聖教国では治療薬を例年よりかなり多く作っていたようだし、神がジニア聖教国だけに教えてくれたのかな?神を信じる者だけを救いなさいと」

 ティフィの声でズィーは人の心に爆弾を落とした。

 ジニア聖教国の聖職者たちは神を騙るペテン師。

 それはティフィの言葉を聞いていた者たちにはすんなりと受け入れられてしまった。
 その通りなんだが、ズィーはティフィを英雄に仕立て上げ、ジニア聖教国にすべての罪を被せてしまった。

 十五年前の魔族大侵攻の原因なんて今さらわかるはずもない。
 調べたところで、証拠なんて出て来るはずもない。

 だからこそ、でっち上げることが可能だ。
 その長い年月で証拠を隠滅したのだろうと推測してしまうから。

 それに、感染症の薬で使われる薬草を強奪したり、燃やしたりする者が他の国々で多く出没していることは確かで、ジニア聖教国が関わっていることも事実だ。
 その上で、ジニア聖教国では感染症の治療薬をせっせと信者が寝る間を惜しんで作っている。
 効能が非常に悪いとしても、薬を作っていた事実はジニア聖教国側にとって不利になる。

「、、、ジニア聖教国には魔族が入り込んでいるのか。聖剣ではなくとも、そんな風に剣に貫かれて生きていること自体、人ではない」

 俺についてきた騎士の一人がまるで恐ろしいもののようにジエンタを見ている。

「な、、、」

「コイツの真の目的がそこの薬屋なのだとしたら、街に火を放ったのが陽動というのも頷ける」

「なるほど、この街で感染症の治療薬と言ったら薬屋だからな」

 周囲にいた者たちは今回のジニア聖教国の狙いが薬屋というので納得してしまったらしい。
 ジエンタの目的が六位にあるので、彼の今の目的はティフィではあるのだが。
 状況が揃ってしまった。

 たとえジエンタ側にもズィーを恨む理由があったとしても、そんなもの周囲にいる者たちにはわからない。あることすら思考の余地に入れない。

「くっ」

 ジエンタが悔しそうに口を歪ませる。
 今、ここで何を言っても耳を貸す者がいない。

 彼は聖剣に貫かれたまま手をあげた。
 降参という意味ではない。
 魔法を発動させようとした。

 二人の騎士も剣をかまえる。

 しかし、その魔法は不発に終わった。

「なぜ発動しないっ」

 ジエンタは自分の手を見る。

「、、、空間転移魔法でこの場から逃げる気だったか。まあ、今のお前ではまず発動しないだろうな。聖剣がお前の魔力を食っているから」

「何っ、そんなことっ、うっ」

 ゼイゼイと肩で息をし始めた。

「まさか、聖剣がただ肉体を貫通するだけの罰だと思ったのか。ここに浮かぶ聖剣らが殺したいと願う人物への報復がそれだけだと本気で思ったのか」

 ジエンタの目にようやく恐怖の色が見えてくる。
 自分自身への絶対的な自信。
 それが崩れたからこその。

「お前が生きている間、その聖剣は肉体から抜くことはできない。そして、お前の魔力を食い続ける。なに、魔族のお前なら苦しむことがあっても死ぬことはない。寿命まで神の名を安易に騙ったことを後悔し続けろ」

「ジニア聖教国ジエンタっ、放火の疑いで捕縛するっ」

 空間転移魔法で逃げられる可能性を示唆されたせいで、ジエンタは騎士たちに縄で身動きをとれなくさせられた。
 素早い処置だ。




 俺たちが一息ついた頃には、街の火災も消火されていた。
 火の心配がなくなったと同時に、上空に浮かぶ無数の剣の光景。
 誰もがこの街で何かあったと感づいてもおかしくない。

 街の喧騒は今もなお続く。
 薬屋は閉店時間で閉めた。

「レインは詰所に戻らなくていいのか」

「、、、ズィーは帰るのか?帰るのだったら、俺も一緒に行きたい」

 ここは薬屋。ティフィの帰る家。
 だが、ズィーの帰る場所はトワイト魔法王国だ。

「、、、少しほとぼりが冷めたら迎えに来る。ティフィが残っていたら、この街は騒がしいままだ。本人も別の場所にいることを希望しているし、俺はこのまま行方をくらました方が都合がいい」

「けれど、、、薬屋は、、、ティフィがいなくなったら薬屋はどうなる?この街には一軒しか」

「レイン、この街が落ち着いたら、薬師が来るように手配する。婆さんの準備もしておけ」

「、、、うん。ズィーを信じていないわけじゃないけど、、、離れている間が不安だ」

「そうか。俺もレインが心変わりしないか不安だけど、信じるよ」

 そう言われたら、見送るしかないじゃないか。
 ズィーの手を取った。

「ズィー、愛してる」

「レイン、次に会うときは元に戻った俺の姿だ。そのときにもう一度その言葉が聞けたら嬉しいな」

 ティフィの姿で、ズィーは笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

処理中です...