キミという花びらを僕は摘む

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第3章 激動の

3-9 破滅の足音 ◆シーファ視点◆

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◆シーファ視点◆

 わかっている。
 こんなことを仕出かしたら、今後どうなるか。
 処刑、もし減刑されたとしても幽閉されるだろう。

 それでも。

 このまま生きる意味がわからなかった。
 婚約者もおり結婚を先延ばしにしていたが、それも私が三十歳になる前にと相手の家に押し切られそうになった。
 結婚した後では結婚相手にもその家にも迷惑がかかる。

 だから。

 お願いだ。
 私を殺してくれ。
 もう、この世界にはいたくない。





 私はジルノア王国に密入国した。
 トワイト魔法王国に入るには厳しい入国審査があり、国境にある魔法障壁が密入国なんて許さない。
 だが、ジルノア王国には穴があり過ぎる。
 トワイト魔法王国は出る者は追わない。
 だからこその逃げ道。

 けれど、逃げてどうする。
 自ら死ぬ勇気もありはしないのに。

 それに、ジニア聖教国にも行く気はない。 
 二位から手に入れた病の芽。
 小瓶に入っており、ほとんどの瓶をジニア聖教国に渡したのだが、私の手元にもまだ三本残していた。
 一本でも強力な効き目だという。


 ここはまだトワイト魔法王国に近い場所だ。
 小瓶のフタを開けて、路地で中身も小瓶も捨てる。
 
 馬鹿なことをしているのはわかっている。
 そう、馬鹿なことを。

 ジルノア王国から他国に行こうとしたが、国籍の証明書を持っていない人間は正規ルートで出ることが難しい。
 私の場合は持っていないわけではなく、見せられないからである。
 指名手配がすでにされているはずだ。
 クィーズ家のことだ。何か対策をとられている。


 ただ無為に時間だけが過ぎていく。
 適当に選んだ宿屋で、何もしない時間だけが。










「お前、馬鹿だろう」

 目を覚ましたら、開口一番そう言われてしまった。
 反論しようと思ったら咳き込む。
 声にならない。

 ここは宿屋の一室で、私はベッドで寝ていたところだ。
 清掃でも頼まなければ、誰も客室に入ってくることはないのに。
 そもそも、彼はこの宿屋のスタッフという雰囲気ではない。
 白いマントの彼の顔は見覚えがない。見たことがあれば忘れることはなさそうな綺麗な顔立ちだ。

「クィーズ家からお前は廃嫡された」

「、、、そう」

 ようやく声が出た。
 カラダが怠い。
 起き上がるのも億劫だ。

 廃嫡されたと言われて、ただ、その言葉を受け入れる。
 悲しいことにその件に関しては何の感情も動かない。

 それに、廃嫡だけで終わる話ではない。
 クィーズ家と何の関わりのない者として、クィーズ家は私を処理したのだろう。
 クィーズ家を存続させるために。

「本当に馬鹿だな。感染症の芽を自分で芽吹かせるなんて」

「、、、」

 小瓶の使い方というのは、遠くに投げるか、何も知らない者に小瓶のフタを開けさせる。
 自分で小瓶のフタを開けたら、感染症の芽は近くにいる自分にも降りかかるのは当然だ。
 わかっている。
 なぜ、自分の手元に小瓶を残したか。

 自分で自分の命の火を消すことができないのならば何かに頼らざる得ない。

 もぞもぞと頑張って横向きになる。
 布団を頭からかぶる。
 誰とも関わり合いたくないのに。
 布団をぺろりと捲られた。
 寒い。

「シーファ、お前は魔導士になりたかったのか」

 ぺしぺしと軽く頭を叩かれる。
 彼の顔に覚えはないのに、あまりにも気安い。
 まるで知り合いかのように。

 ようやく銀の刺繍に縁どられた白地のマントを好んで羽織る人物を思い出した。
 黒髪黒目の彼とはかけ離れているために、こんなヒントも見落としていた。
 トワイト魔法王国魔導士序列六位、ズィー・エルレガ。
 親しくはないが、弟が迷惑をかける関係上、事後の事務的な手続きをしなければならないので顔見知りではある。

 おそらく、彼は立場が六位でなかったとしても、私にこのような態度をとるのだろうが。

「できることならば、違う家に生まれたかった」

「残念だが、子供は生まれる家を選ぶことはできない。が、そこまで嫌になるのなら、さっさと家出でもすれば良かったのに」

 彼がこの点において私を慰めることはないと知っていた。

 彼は孤児である。
 孤児ではあるが、事情を抱えている。

 私も捨てられた方が良かった、などと彼の前で言ったら最後だ。
 何もかも見捨てられる。
 彼は本当にどうでもいい他人をかまうことはしない。

「弟が、」

 産まれてこなければ。
 この言葉も飲み込んだ。
 シークが別の家の子供だったら素直に称賛できていたはずだ。

 シークが産まれてから比較され続けた。
 弟は優秀なのに、と。

 家族からただ愛されたかっただけなのに。
 兄だからとすべてを我慢させられ、弟のためにすべてを捧げて生きろと言われた。
 そんな人生に価値などない。

 沈黙が部屋を支配した。
 けれど、それだけでも彼は何かを察したのだろう。

「、、、口を開けろ」

 彼に言われて、素直に口を開けた。
 朦朧とした意識のなか、口に小瓶を突っ込まれた。

「ぐっ、、、ゲホゴホッ、、、なっ」

 いきなり喉に入ってきた液体にむせた。

「飲んだな?高熱出して宿で寝込むくらいなら、トワイト魔法王国から海に飛び込むか、武器を持たずに魔物の前にでも飛び出せばいいのに」

 迷惑かけずに死ねと言わんばかりだ。
 自分で死ねないのなら、毒すら飲めないのなら。

「、、、飲ませたのは毒か?」

 息も絶え絶え尋ねた。
 彼は腕を組んだままベッドのわきに立っている。

「感染症の治療薬だ」

「、、、な、どうして」

 治療薬を飲んだからといって一瞬では回復しない。
 それにここまで酷くなってしまえば、薬は一瓶では足りない。

「死ぬ覚悟をしているくらいなら、自分だけのために生きてみたらどうだ?どうせクィーズの姓は捨てるのだから」

 その提案が自分にとって良い考えなのか、どうなのかさえ考えられなくなっていた。
 私が生きていたら、クィーズ家が許さないだろう。
 生かすとしたら私の意志に反して強制労働でもさせる気だ。今までの人生とまったく変わらないが。

 それでも、もしクィーズ家の目の届かない場所で生きられるのなら。

「、、、それもいいか」

 自分の口がぽつりと呟いていた。
 自分の真意さえもわからずに。

 自分だけのために生きるとは、どうすれば良いのかということさえわからないのに。




 深く眠った後に目が覚めると、ベッドサイドのテーブルにトレイに粥と水と小瓶がのっていた。
 カラダがほんの少し楽になっている。
 小瓶は感染症の治療薬だろう。

 看病してくれる者がいない私は、宿屋も特にかまいやしない。
 病気しようが、お金を積まない限り医師や薬師や魔導士を呼んでくれるわけがないし、この安宿では食事を部屋まで運んでくれるサービス等ない。

 つまり、彼が用意してくれたのだろう。小瓶ものっているし。

 カラダは生きたいと切望しているのか、お腹が空いており粥を手に取った。
 粥は冷めていたが食べやすかった。

 もしクィーズ家が私を死んだものと扱ってくれるならば。

「どこに行こう」

 ほんの少しだけ自分の望みを。
 カラダはまだ熱いが、思考する気力は出てきたようだ。

「ここ以外のところならどこでも、いいか」

 トワイト魔法王国のクィーズ家以外のところで生きてみたい。
 クィーズ家に縛られない土地で。

 小瓶の液体を飲むと、再び眠気が襲ってくる。

「ここ以外のところなら、おススメの場所があるぞ」

 その囁かれた声が夢なのか、現実なのか私には判断がつかなかった。
 それとも、悪魔の囁きなのか。




 弟は六位に会ってから人が変わった。
 あんなにも無気力に魔法の訓練をやっていたのに、瞳をキラキラさせて自らの意志で魔法を学び始めた。

 もし、弟が六位に会わなければ。
 二人で傷の舐め合いをして、お互いの不幸を慰め合っていただけだったとしても。
 弟が死んだ目のままだったら、ずるいとも思わずに私もあの家で耐えられていたはずだった。
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