キミという花びらを僕は摘む

さいはて旅行社

文字の大きさ
上 下
46 / 74
第2章 波乱含みの

2-15 先生

しおりを挟む
 白いドレスに身を包んでいる女性が馬車から降りてきた。

 大歓声が辺りを支配する。
 ここで降りるのは予定されていなかったはずだ。

 お付きの侍女が近くの騎士に何か言付けすると。

「皆の者、歓迎はありがたいと姫は仰せだ。姫の恩人がこの場にいるため、挨拶に出て来られた。速やかに道を開くように」

 姫の正面の道を開けるように、彼女の騎士たちが観客を誘導する。
 お偉いさんだとわかっているので、素直に道を開けるものが多い。

 俺たちの前にも騎士が来たが。
 姫は一つ頷いた。
 それを見た騎士は、俺に一礼してからスッと横にずれる。

 、、、この暑い中、こんな黒マントを羽織っていたら、騎士たちにもすぐにわかるか。

 道ができると、姫はゆっくりと歩き出す。
 二人の侍女が後ろからついてくるが、彼女たちも相当の手練れだろう。

 だが、彼女たちも騎士たちも、姫の次の行動に驚愕する。
 俺にほどほどの距離まで近づいたとき、姫は自国の王に向けて行なうべき最上級の礼を俺に向かって行なった。

 白いドレスの裾が綺麗に持ち上がり、深々と礼をする。
 周囲は静まり返った。
 姫が顔を上げると、いたずらっ子のような笑顔を向けた。

「先生、ご無沙汰しておりますわ」

 今度は俺の番か。
 俺はスッと跪く。
 騎士の礼である。
 俺は騎士ではないが。
 この魔導士にしか見えない黒いマントな格好で、この礼もないのだが。

「我が姫、十五年ぶりでしょうか。美しくなられて」

「先生も相当丸くなられましたわね。私にお世辞を言うなんて」

「姫が美しくなられたのは本当のことですから」

「あらあらまあまあ」

 姫は歓喜の笑顔。
 耳まで赤らめて、両手を頬にあてて喜んでいる。

「是非、先生とお話ししたいですわ」

 今はお互いが対等な関係のように立っている。
 第三者から見れば、どんな関係なのかわからない。
 姫が先生と言っているが、学校の教師や家庭教師は対等な存在ではない。
 魔導士であればなおさら。

「ふふっ、それが不可能なことは姫が良くご存じなのでは」

「残念ですわ。こんな偶然二度はないでしょう。先生は約束を覚えていらっしゃいますか」

 少し寂しそうな表情を浮かべたが、それはほんの一瞬。交渉が今しかできないことを悟って、姫は次の言葉を紡いできた。
 お付きの者がとめる前に。

「姫が五歳のときのですか?アレはまだ」

「私はまだ未婚ですし、結婚する気はありません。その証拠に私には婚約者がおりません」

 イキているのか、あの約束は。

「それは姫が妙齢になり、姫に相手がおらず、私と再会することができたならば、という条件もあったはずですが」

「今、再会しているではありませんか」

 確かに。
 だが、再会しているのは、俺の肉体ではない。

「残念ながら、姫にはわかっていると思います。私と会いたいならばトワイト魔法王国にお越しください。私への訪問はすべてお断りしてますが、我が姫でしたら歓迎いたしますよ」

「我がキューズ王国にも空間転移魔法陣がありますのよ。本気で訪問しますよ。門前払いは絶対にやめてくださいね」

 念を入れてきた。
 おそらく何度かトワイト魔法王国訪問を打診しているのかもしれない。
 もれなくお断りのお返事が来たに違いない。
 全お断り状態だからな、俺。
 グフタ国王に伝えておこう。我が姫だけ通してね、って。

「できれば半年以上時間を置いていただいた方がありがたいですねえ」

 後ろで姫様にごにょごにょ侍女さんが耳打ちしている。

「どんなにスケジュールを調整しても、一年以上後だそうです。先生、首を洗って待っていてくださいね」

「美しい姫なら大歓迎します。けれど、すでに私が結婚していても許してくださいね」

「それは許しますわ。約束さえお守りいただければ。残念ですけど。私はあのとき、貴方に結婚してほしいと伝えるべきでしたわね」

 俺は微笑む。
 周囲には口元しか見えていないだろうけど、彼女には見えているだろう。

「貴方はあのときそれを望むべきではなかったことを知っていただけに過ぎない。ただ、当時五歳の貴方に望まれても、私はその願いを受け入れなかったでしょう」

「そうでしょうね。先生はそういう方ですものね」

「姫、お時間です」

 後ろの二人の侍女が頭を下げて、姫に告げた。
 仕方ないとばかりに、姫は俺に一礼、そしてこの場に来たときからいたことに気づいていたであろうジルノアの第一王子に軽く一礼してから馬車に戻ろうとした。

 が。
 彼女はあのいたずらっ子の笑顔で俺を振り返った。

「私の白き騎士、結婚できなくとも、世界を救った尊き存在の貴方を私は生涯お慕い続けますわ」

 彼女は言い捨てると、さっさと行ってしまった。
 馬車に乗って、今の出来事がまるで嘘だったかのように馬車はゆっくりと進んでいった。

 はい、さよならー。
 一年後まで、お元気でー。

 俺との挨拶はまるでなかったかのように大歓声は続く。
 役所に着くまで続くのに。
 、、、続いているのに。

「どういうことですか、今の?」

 おや、冷ややかな声が背後から。
 もちろんルアン王子ではない。

「レインくん、いたの?」

「はい、後方にいました。キューズ王国のアーリア・キュテリア公爵令嬢とどういうご関係で?」

「姫が言っていた通り、雇われ騎士の関係でした」

 正直に答えました。

「貴方は騎士じゃないでしょ」

「いや、聞いたことない?魔王を封印した魔導士ズィー・エルレガは白い騎士の衣装で戦場を駆けたとか」

「え、、、っと、アレ、誇張表現とか、舞台演出とかじゃないんですか?」

「ちょうど魔族大侵攻のときはあの姫の父親に雇われてた時期で、姫の好みで俺の制服が白の騎士服だったからなんだよ。だから、世間での俺のイメージはなぜか白」

 というわけで、俺は真逆の黒マントなわけだ。
 黒髪黒目だから真っ黒。
 けど、舞台で立つ役者って金髪で白い騎士服だから、世のなか俺の姿を勘違いする者が続出している。
 おそらくティフィの方が世間で噂される六位の姿に合っているんじゃないかな。

「もしかして、制服を支給してくれるならマントでも騎士服でも何でもいいやとかそんなところですか」

「そうなんだけどねー。職場で制服まで支給してくれるなんてありがたいことじゃん」

 じっとレインが見ている。
 穴が開くほど見ているよ。

「、、、レインくん?」

 どしたの?
 目で訴えるだけじゃ思いは伝わらないよ。

「騎士の制服を着てくれたら許します」

「ティフィの姿で?」

「元の姿で」

 ティフィの姿じゃ意味ないのか。

「ま、こんな感じか」

 羽織っていたマントを外した。
 黒髪黒目のいつものズィー・エルレガで、あの当時の白い騎士服を再現してみた。
 当時の剣もきちんと腰に携えている。
 実際はティフィの肉体なので、ただそう見えるように魔法で投射しているだけなのだが。

「あ、、、」

 レインくんが耳まで真っ赤になって、片手で口を覆った。

「それは反則です、ズィー。今すぐ抱きしめたい」

 レインくんがデレた。
 ううっ、可愛い。
 姫は五歳児のときの姫のイメージがあるから美人でも惚れないが、レインも同じく反則級に可愛いじゃないか。

 一応、レインは俺の姿を覚えていてくれたようだ。良かった、良かった。
 、、、俺、美化した姿を投射してないよね?
 髪は整っているけど、服装も上等なものだけど。
 実物見たら、違うと言って返品しないでね。

「本人の姿になれるのなら、そのままでいたらいいんじゃないか」

 空気が読めない男、ルアン王子。
 チッ。
 心のなかで舌打ちをする。
 顔は笑顔のままだけど。

「ルアン王子殿下、ならばティフィを半年も行方不明にしておく気ですか?この街に必要な薬師ですよ?」

「そ、それは」

 ルアン王子は口籠る。

「そもそも、トワイト魔法王国の六位がこの街にいたら、この街がゴキブリホイホイになってしまう」

「ゴキブリ?」

「ジニア聖教国の聖職者が湧いて出て来る」

「え?」

 ルアン王子は疑問符を浮かべたが、レインの表情は元に戻ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

処理中です...