キミという花びらを僕は摘む

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第2章 波乱含みの

2-9 黒い首輪 ◆エリオット視点◆

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◆エリオット視点◆

「黒い首輪?」

「ああ、そうだ」

 父はそれ以上説明しない。
 口も表情も重い。

 細い首輪で、襟が高いシャツなら他人に見えることもないだろう。
 雰囲気が少々禍々しい。
 黒だからなのか、人払いをしてまで今渡す必要があるということはそれなりの品物か。
 もしかしたら、コレは王太子として失格の証なのかもしれない。
 心身を病んでしまったから、失格の烙印を渡そうとしているのかもしれない。

 父が私に説明できないのは、そういう理由だからかもしれない。

 それなら、ある意味、好都合だ。
 王太子になるべき王子がこの国には兄上しかいなくなる。
 父も母も兄上を呼び戻す努力を一層してくれることだろう。

「これを私がつければよろしいのですか」

「ああ、」

 肯定の返事さえ重い。
 肯定さえしたくないように見える。

 そうだろうな。
 さすがに自分の息子だ。
 廃嫡同然の行為をするのは気が咎めるのだろう。

 もしかしたら、あの血のようなシミも父が主導したものかもしれない。
 自作自演と見えるように。
 周囲から第二王子の私は王太子には向かない、第一王子こそが王太子になるべきなのだというパフォーマンスのために。

 兄上のためならどんな汚れ役でも引き受けるつもりだ。
 兄上が国王を継ぐためなら。

 言葉がなくとも、そう理解した。

 黒い箱のなか、白いクッションの上に置かれた黒い首輪。
 迷いなく手に取り、自分の首にはめる。

 父は力なく一回頷くと、立ち上がった。

「話は以上だ。お前が国王に即位したときに詳細を話す」

「え?」

 お前が国王に即位したとき?
 何を言っているのか、父は。
 兄が国王になるために、私はこの首輪をはめたのではないか。

「すまないが、今のお前に説明できるものはない。お前は今後より一層与えられた仕事を励め」

「は、はい」

 返事をしてしまったが、どういうことだ。
 父は部屋を立ち去ってしまった。
 私もこの部屋から出ていく。
 襟はキッチリと閉じたが、扉の外にいた警備の者も視線が私の首元に行っているように感じてしまう。

 この黒い首輪の意味はどのようなものなのだろう?




「それはエリオット様が期待されているということですよ」

 婚約者との二人でのお茶会のときに、こっそりと黒い首輪を私の婚約者のアーガリーに見せると、自分の考えとは全く反対の言葉を与えられた。

「期待?」

「ええ、実は黒いチョーカーを国王夫妻が身につけているという噂を聞いたことがあります。おそらくエリオット様がほんの少し気分が滅入ることがあったとしても、王族としての責任感を自覚してほしいという親心でお揃いのチョーカーを身につけさせたのではないでしょうか」

 そう言われてしまうと、この外れない黒いチョーカーの意味合いが当初推測したものとはズレてくる。

「この城には兄上に戻って来てもらうのが一番だと」

 兄上が戻ってきたら、この黒いチョーカーを渡せばいいのか。
 いや、家族お揃いだとしたら、すでに持っている可能性もあるのか。

 、、、ということは父の渋い表情は、本当はまだ渡す実力は私にはないが、この家族お揃いの黒いチョーカーを身につけ奮起しろということかもしれない。
 兄上に顔向けできるように。

「そういうところですわ、エリオット様。確かにルアン第一王子殿下は優秀です。ただ、エリオット様のお兄様にすべてを任せ切る考え方はお兄様にとっても重荷になるものかもしれません。もし、エリオット様がルアン第一王子殿下と並び立てる人物になれば、お兄様からの信頼も厚くなり、ジルノア王国の今後もより安泰になりますわ」

「私が兄上と並び立つ、、、」

 そんな恐れ多い。

「エリオット様、そんな恐れ多いとか思っておりませんか?」

 心を読まれた。
 さすがに婚約者として長い付き合いだ。

「そのチョーカーを国王陛下が与えたのも、そんな気構えだからということもあるでしょう。最初からお兄様の後ろに控えるというのではなく、横に立てる人物として貴方が育てば、お兄様だって仕事の面でもプライベートでも貴方を重宝されることでしょう」

「兄上が私を、、、」

 そうかもしれない。
 指示待ちの人間よりも、兄上の指示を先取りして仕事ができていれば、兄上は私を見直すことだろう。

「そうだな。私はまだまだ兄上の頑張りには足りていない。精進しなければ」

「お兄様と比べてしまう思考はまだまだ改善の余地はありそうですが、精進するのは賛成です。私も一緒に頑張りますわ」

 応援してくれるだけでもありがたいのに、一緒に頑張ると言ってくれるとは。
 さすがは婚約者。

 一緒に生涯を歩いてくれるのはアーガリーしかいない。
 小さい頃から弱い心を諫めてくれる良き相談相手でもある。




 私の世界は兄上が広げてくれたものだ。
 両親は魔力量が低い私のことをあまりかまってくれなかった。
 自由というならば聞こえはいいが、ただの放任主義。
 兄上の魔力量の高さにも、魔法の威力も遠く及ばない。
 王子でありながら、何も期待されていない。
 両親がかまうのは兄だけ。
 けれど、兄はそれだけの価値があり、次のジルノア王国の国王になるべき人物である。
 比較されるのもおこがましいと思うようになったのは、いつの頃か。


 兄上は忙しい傍ら、そばにいるときは私の話を聞いてくれ、手助けをしてくれた。
 私には興味あるものを身につければいいと言ってくれたが、成長していくとそれだけでは兄上の役には立たないことがわかる。
 いつしか兄上の仕事を補佐できたらと思うようになった。
 私は自ら勉強するようになった。
 たとえ魔法では全然敵わなくとも、支える手は数多い方が良い。
 国に関わる雑務など山のようにある。

 けれど、不思議には思わなかったのか。
 次男である私には婚約者がいるのに、兄上には産まれてから今まで存在しなかった。
 婚約者候補は何人かいるとは聞いていたが、候補どまりのまま。
 女性たちも結婚適齢期を過ぎてまで候補のままでいられるわけもなく、他へと嫁いでいくようだった。

 両親が認める女性がいなかったのか。
 それとも、兄上の理想が高かったのか。
 兄上ぐらいとなると、女性が放っておかないくらいだったが。
 もしかしたら両親は兄上にはこの国にいる女性より、多くの魔力量を持つトワイト魔法王国から嫁を貰ってほしいと考えているのではないかと思っていた。


 兄上が結婚したいと連れて来たのは、多くの魔力量が内在しているようだが封印されて魔法はまったく使えない平民の男だった。
 家族を驚かせて、何かの冗談かと思った。
 
 その男はティフィと紹介されたが、両親さえも受け入れる気はなかった。
 ティフィは兄が第一王子と知らずに付き合っていたようだが、高貴な雰囲気漂う兄上がただものではないことくらい気づいてたに違いない。
 それでも、父は彼を不憫に思ったのか、多額のお金を積んだ。これで別れてほしいと。

 父はどこまでも甘かった。

 それ以上の金額を望むのか、彼は父からのお金を受け取らなかった。
 私は父とは手段を変えてみた。
 涙ながらにこの国には兄が必要だと訴えた。

 私としては拍子抜けするくらいあっさりとティフィは身を引いた。
 本当にお金を吊り上げる手段ではなかったのかと、しばらく呆然とするぐらいには。

 国外に出たという話を聞いて、安堵した。


 にもかかわらず。


「ああ、そうだ」

 ようやく思い出す。
 連絡をしなければ。
 プランBの実行を。
 身近にいる少年を人質にして、ティフィを呼び出し、最後には二人とも殺害する。
 ティフィがいなくなれば、兄上は国に戻ってくる。

 通話の魔道具を手にしようとした途端。

「グギ、、、ガッ」

 黒い首輪が私の首を絞めた。
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