キミという花びらを僕は摘む

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第1章 突然の

1-23 傲慢 ◆ティフィ視点◆

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◆ティフィ視点◆

 シークがそばにいてくれると嬉しい。
 たとえ仮初のものであっても。
 カラダを重ねて、熱を感じられ、貴方の愛情が奥まで注がれる。

 それが私に向けたものではなくとも。
 この肉体の持ち主であったズィー・エルレガに対する想いだったとしても。

 この時間がいつまでも続けばいいのにと考えてしまう。










「おう、ティフィ。お前、日々病んでいってるなー」

 居酒屋のいつもの席で前竜王が迎えた。
 そんなにも顔色が悪く見えるだろうか。
 寝ているようで深く眠れていない。シークに魔力調整してもらわないと眠れもしない肉体とは。

「、、、魔王様は?」

「イベントで借り出されている」

 この世界は突発的に大なり小なりイベントごとが発生しているらしい。
 それらのイベントは意外と楽しいらしく、始まれば動く者が多い。
 今日はいつもより居酒屋の客入りが少ないように感じたのは、そのイベントが大掛かりなものなのかもしれない。

 私もいつものイスに座り、お酒を注文する。
 お酒を注文すると、小さなおつまみがつくのがこの居酒屋のシステム。
 特に食事が必要なければ、とことんお酒だけ飲んでいてもいい。

「ぷはーっ、うまーいっ、もう一杯ーっ」

 今日は前竜王と同じジョッキのお酒を注文した。
 多少苦いが、冷たい酒がのどを潤す。

「今日は飲むなあ。お前の酒代はズィーが出していてくれるとはいえ」

「、、、ええっっっ」

 今日一の驚きっ。

「か、仮想現実だって言ってたから、支払いは必要ないものかと」

 皆、食べたり飲んだり豪勢にしているから、今までずっと思い込んでいた。
 彼らには本当は睡眠だけでなく飲食も必要ないらしいが。

「俺たちがなぜイベントをせっせとこなしているか、わかってなかったのか?まあ、イベントが面白いってこともあるが、ズィーの仮想現実にだって通貨は存在する。この仮想現実で豊かな生活をしたいのなら、小銭をせっせと貯めなくてはならない。封印らしくずうぅっと寝て暮らせることもできるけどな。まあ、ハナナが説明していなかったし、お前はあまり昼間に来ないからなあ」

 まさか、昼間はこの前竜王も汗水流して働いているのかっ?

「、、、お前が何を考えているのか手に取るようにわかるが、仕事というのはアイデンティティに関わる重要なものだ。他者がいるからこそ自分が何者か自覚できる者も多い。魔王も俺も上に立つものだから、たとえニートであろうともその辺は揺るがないが、たいていの人間はそうではない」

「俺も今は寝たきりだからなあ」

 もしくはシークに抱かれているか、食事するか、世話されるか。
 超自堕落人間である。

 この世界だからこそ、私は自分の姿で動ける。

「それも九位の依頼によるものだろ。仕事なんだから仕方ない。ズィーのカラダに入るなんて、俺は大金積まれても御免被るけどな」

「、、、それは」

 ズィーに対して様々な感情があるからか?

「アイツの肉体には魔力量が少ないにもかかわらず、本来なら相当な魔力量を使う魔法を常時発動させている。常に魔力切れになっていなきゃおかしいのに、アイツは平然と魔法研究していたわけだ。相当に魔力操作に長けた者でないと地獄を見る」

 はい、今、地獄を見ています。
 けれど、ある意味、私にとって天国なのだが。

「私じゃズィーのカラダを動かせない」

「そりゃそうだ。エルフなんて反則級の精霊族らを省けば、魔力量トップクラスの種族だ。アホみたいに魔力押しで魔法を使う。魔力操作?何それ?って言う奴ばかりじゃないのか」

「私はその魔力を封じられて来たから、魔力操作なんてわかりもしない」

「人間との混血は危険を伴う。それそも、種族が違うからな。だが、それはズィーの魔力操作とは関係ない。奴の能力はただひたすら努力の結晶だ。魔力量の多寡に関係なく、魔王軍にすら圧勝する。ああいう人間もこの世には存在するってことだ。まあ、ある意味、魔法バカってやつなんだけどな」

「魔法バカ、、、」

 トワイト魔法王国の魔導士序列六位を魔法バカと呼ぶとは。

「お前は夢を見ているだけと思っていても、この世界は俺たちの現実だ。だが、夢を見ているだけのお前に金を稼げとはズィーも言えないのだろう。まあ、俺たちはお前たちのことも見えているから、ズィーとは違いお前が被害者だとは思っていないけどなあ」

 前竜王は私の事情を知っているようだ。
 その顔には笑顔はなく、目は笑っていない。

 私がシークに雇われて、ズィーのカラダにいることを。
 被害者ヅラするなと言いたいのだろう。

「、、、ズィーはここに来ているのか?」

「たまに来るぞ。そうだな、、、今度会ったら、お前が会いたいと言っていたと伝えておこう」

 前竜王は空のジョッキをテーブルに置くと、すぐに次の酒が運ばれてきた。

 私はズィーに会いたいのか?
 会って何を話せばいいのか?
 謝罪か?懺悔か?

「はははっ、深く考えるなっ。どうせアイツは事情を知ってもお前が九位の被害者だと言うだろう。九位はあまりにも拗れた愛情表現するからな。ズィー本人には絶対に伝わらない」

「絶対?」

 絶対なんてことあるのか?

「アイツは言動が一致していない奴を信じないからな」

 言葉が棘のように刺さる。
 それは辛い。
 相手にも事情があることもあるだろう。
 シークはズィーのことをあんなにも。

「お前は意外と顔に出るなあ。ズィーにその顔を向けるなよ」

「だって、それは」

「お前は母親に愛されて育ったんだ。魔法しか拠り所のなかったアイツと比べるな」

 空気が一瞬で冷えた。
 前竜王の覇気が店内を支配する。

 肌がひりつく。

「ただひたすら生きるためだけに、魔力量もないのに魔法を磨くバカがどこにいるんだ。別の道を探した方が利口だ。魔法に拘らなければならなかった理由をお前は知らないくせに」

 知るわけもない。
 けれど、何も知らない私がズィーに意見することを許さないという意志をひしひしと感じる。
 前竜王はズィーに封印されているのに、ズィーの味方をするのか。

「前竜王、貴方にとってズィーは敵ではないのか?」

 私が聞くと、前竜王の目が少しだけ大きくなる。

「はははっ、アレからどれだけの時間が過ぎたと思っているんだ。俺の行動を顧みる時間も、巻き込んだ部下のことも考える時間もあった。確かにあの行動は間違いではなかったが、他の行動を選択することもできたのだ」

 前竜王が大きく笑い、語る。

「ただ、そう思えたのは、ズィーの存在が大きい。アイツは魔族が人族領に侵攻してきた原因を取り除き、そして、我ら竜人族が残虐の限りを尽くしたのに、俺らを封印後、地上に残った竜人族を保護してくれた。今、竜人族が俺の息子を族長にして復興したのはズィーのおかげだ」

 それは、語られない歴史だ。
 魔王と竜王を封印して、序列六位になってめでたしめでたしの物語だ。

 魔王と前竜王がおとなしく封印されているために、六位が何をしたのかということまでは世間には語られていない。

「そういえば、魔王様も前に長い話になると言っていたけど」

「ま、簡単に言えば、お互い痛み分けした上に、戦う原因が取り除かれたということだ。それに戦争に負けた俺たちがこうやって生きているのはズィーが封印してくれたからだ」

 この言葉は重い。
 私は顔を上げられなくなった。
 前竜王の表情が見られない。

 そう、人族領にある国々で戦争が起こったとき、敗戦国の王族や上層部は生き残っていれば必ず処刑される。
 それは魔族でも同じことだろう。
 敵対していた者たちが手を取り合ってめでたしめでたしは、この世界では物語の中でしかない。

 人族領の西側にある、魔族領との境の大山脈に接している国々は大被害を受けた。
 特に魔族によって殺害された数は非常に多い。国として機能しなくなってしまった国もあるくらいだ。

 生き残った人々による恨み辛みは相当なもの。
 封印ではなく、魔王を殺せと叫びたい人間は多いだろう。

 それでも、彼らは表立って何も言わない。

 あの戦いで魔族の強大な力をまざまざと見せつけられた。
 人族だけでなく、協力してくれる魔力が強いと言われるエルフ族等の主戦力をぶつけても大敗し続けた。
 あのとき、どんなに敵対している国同士でさえ、魔族に対抗するために一致団結したのだ。
 それなのに、魔族の圧倒的な力に蹂躙され続けた。


 各国の首脳陣は苦肉の策で、たった一人の魔導士の提案にのった。

「ああ、そうか。ズィーは貴方たちを殺せないわけじゃなかったのか」

 俯いたままの私の呟きに、前竜王の口が笑ったように微かに視界に入った。


 最初からズィーが提案していたのは、封印。
 普通の頭では、殺せないから封印するという考えになる。
 だから、その提案を受けた各国の首脳陣は、彼には魔王は殺せないと考えた。

 強大な力を持つ魔王を殺せないから、苦肉の策で、封印することになった。
 世間はそう認識した。

 わざわざ封印を解いて、魔王を殺せ、とは誰も言わない。
 それは封印を解いたら、魔王は自由になり、あの惨劇が繰り返される恐れがあるからだ。


 もし、ズィーが彼らを殺さないために封印を提案していたのなら、ズィーはこの世界の真実に関わる何を知っていたのだろうか。
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