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第1章 突然の

1-19 淀んだ心

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 婆さんはトワイト魔法王国行きに承諾した。
 コレで憂いはなくなったはずなのに。
 レインの表情は冴えない。

「お婆ちゃーん、お昼ご飯持ってきたわよー、っていたのっ、レインっ」

 大きな籠を持った女性が、ノックもせずに婆さんの部屋にやってきた。
 婆さんがため息を吐く。

「テイン、結婚もしたのに少しは落ち着きなさい。今日はお客もいるんだから」

 レインの義姉の名はテインか。。。
 養子が多過ぎて、婆さん適当につけてないか?
 〇インという名前がこの辺には多そうだ。

 俺はテインに会釈する。

「あら、お婆ちゃん、腰そんなに痛いの?ティフィさんを呼ぶなんて」

「薬を新しいのに替えたら、調子が良くなったくらいだ」

 婆さんが腰を動かして、問題ないことを娘に表す。
 テインの心配そうな表情が和らいだ。

 当たり前だが、レインとテインは似ていない。
 白髪であるレインとは違い、テインは柔らかなウェーブがかかった赤髪であり、穏やかそうな雰囲気を身にまとう女性だ。

 婆さんが養親であるが、二人とも母さんとは呼ばない。
 二人を育てていたときはすでに高齢だったのか。
 それとも、呼ばせなかったのか。

「湿布薬をお婆さんに合うものに変更しました。ただし、ご無理はなさらないように」

 にっこりと笑って言ってしまった。
 普通、お客やその家族には営業スマイルするよね。

 魔法で腰痛を治したとしても、無理をすればまたぎっくり腰にまっしぐらだし。

「え、あっ、ティフィさんが笑顔を。。。」

 だから、ティフィ、お前はどんな接客をしていたんだ。
 俺の知っている接客業ではないだろう。

 ティフィのささやかな笑顔でテインの頬が赤く染まった。
 
「しかも、お婆ちゃんにお婆さんなんて、、、今まで下民が口を利くな、みたいな口振りだったのに」

 おい、マジでティフィどんな態度だったんだよ。
 この街で一軒の薬屋だったとしても、もう少し愛想よくしろよ。
 ひどすぎる。

 一周回って頑固親父の店が一番信用できるっていうようなヤツになるのか?

「あっ、ご飯、お婆ちゃんと私の分しかないわっ。家で仕事している旦那の分もブン取ってくるから、三人で食べてっ」

「えっ、いいえ、お気になさらず。レインと俺は外で食べますので」

 慌ててとめた。
 部外者は俺の方だろう。
 お茶をしながら婆さんへのトワイト魔法王国の説明をしていたら、時間がけっこう経ってしまっていた。
 婆さんの昼食が用意されているのなら、俺たちが外に出ればいい。
 婆さんへの話は大部分伝え終わった。
 後は出発する少し前に持ち物などを確認するだけだ。

 トワイト魔法王国行きをいつ家族に打ち明けるかどうかは婆さんが決めることだ。
 六か月というのは長いようで短い。別れを惜しみ、心変わりすることもあり得る。
 それならそれで、対応策を考えるだけだ。

「はっ、ティフィさんが私たちを気遣ってくれるなんてっ。大丈夫よっ、私と旦那の分はまた作るからっ」

「テインさんっ、そこまでしなくともっ」

 大声で全力でとめてみたのに、部屋から特急で出ていかれてしまった。
 世の中、言葉だけではとまらない者たちは少なくない。
 魔法を使ったら、ティフィではないのがバレてしまうからなあ。
 既婚の女性に触れてとめるのも問題だろう。

 うん、ままならない。
 トワイト魔法王国でなら、魔法で一時停止するだけなのに。

「仕方ない。台所に移ろう」

 婆さんの提案に、俺はテインが置いていった籠を持つ。

「あ、俺が持つ」

「このくらい大丈夫だ、レイン」

「そういうところがティフィとは全く違うのに気づけ」

 婆さんがボソリと呟く。
 いや、それはわかっているけどね。
 中身がティフィではないとわかっている人物が、ティフィらしく振舞ったら何様じゃって感じがしない?
 俺、そもそも、下民ども跪け、とか言っちゃうタイプではないし。

 台所にある大きなテーブルに、とりあえず籠の中にあるものを並べていく。
 ティフィは食器棚からカラトリー類や小皿を取り出していた。
 籠から出したは良いが、、、コレは二人分の量か?
 婆さんかテインの二人のどちらかが大食いか?

「そういや昨日作ったホワイトシチューが鍋に残っていたな」

「お前さんはこの暑いのにシチューを作るのか?」

 婆さんに驚愕の表情で聞かれた。
 俺に季節感がないのは年中無休でいつものこと。
 暑かろうと寒かろうと、城では黒いマントを羽織っていた。
 それに、暑ければ部屋を涼しくすればいいだけだ。

 食べたいときが、作るときっ。
 それが一人暮らしの特権。
 レインがほぼ毎晩返ってくるから、二人暮らしのようなものだけど。

「今日の夕食、温め直してドリアにでもリメイクしようと思っていたんだ」

 カレーとかシチューとかって残るよね。
 せっかく作ったのに次の日に、またかー、とか言われちゃうとブン殴ってやりたくなるけど。

「貴方が作ったシチューは美味しいので、いつでも食べたい」

「お、おう、そうか」

 手をぎゅっと握られて、レインに褒められた。
 照れるね。

「何で、もうシチューの入った鍋がそこにある?」

「魔法で家から取り寄せた」

 火にかけて温める。
 暑いというのなら、部屋を涼しくしておこう。
 ひんやり。
 コレでシチューが美味しくいただけるだろう。

「ううっ、コレがトワイト魔法王国の魔導士の力か。くっ、若いときにトワイト魔法王国に殴り込みしなくて良かった」

 婆さん、何をしようとしてたのかなー?
 詳細は聞きたくないなー。

 トワイト魔法王国は魔法に関してはかなり大目に見てくれる国だが、魔法を使った犯罪には特に適切に対処する。
 実力を試してみたい愉快犯でもなければ、トワイト魔法王国で犯罪を犯そうと思う者は少ない。
 完全犯罪というのはトワイト魔法王国ではほぼ存在しないのである。

「でも、このくらいの魔法なら、レインの魔力量なら簡単にできるはず」

 と言って、レインと顔を合わせる。
 前にレインは使っていた気もするし。

「貴方のためならやるけど、魔力量の消費が激しいので家ではやらない」

「魔力量の消費が激しい???」

 俺はレインの聖剣を見る。
 はい、明後日の方向を向いて、口笛を吹かないっ。
 コイツ、本当に何にも教えてねえなあ。

「溶かすか」

 ひっ、と震えあがってレインの影に隠れた。

「怖い笑顔が素敵だ」

「そもそも、ティフィは笑わん。どんな笑顔でも」

 この二人は俺が誰に対して発言したのか、きちんとわかっているようだ。
 聖剣と話せることを知らない者の前で話すと危ない人物だと思われる。

 玄関の扉が開く音がした。

「テインの他に婿も来たようだ。気をつけろ」

 婆さんが俺を見て言った。
 ティフィじゃないとバレないように?

 ティフィと面識ある人なのか?
 この街でティフィを知っているのは、たいてい薬屋のお客か。

「旦那のご飯奪ってきたら、旦那までついて来ちゃったー」

 テインが茶目っ気たっぷりに言ったが、当たり前な気がする。
 自分のご飯を取られて黙っていられる人物がいるだろうか?しかも、お腹空いている昼時に。

「そりゃ、ん?何でここ、こんなに冷えているんだ?寒いくらいじゃないか?」

 テインの旦那が辺りを見回す。
 細身の金髪イケメン。体格からして仕事は力仕事ではなさそうだな。テインも面食いのようだ。

「あー、ホントだー」

「、、、薬屋がシチューを振舞ってくれるって言うから、レインと二人で台所を冷やした」

 婆さんが苦々しく言ったが、言い訳を考えるとそんなところに落ち着くか。
 ティフィは魔法が使えない。

 俺はお玉でグルグルとシチューをかき混ぜる。

「本当なら俺以外に食べさせたくないが、」

 悔しそうにしているのが、レイン。
 別に昨夜の残りだぞ。半分以上残っていたから、どうしようかと思っていたくらいの残量だ。
 五人なら、少量ずつ食べられてちょうどいいんじゃないか。

 それとも、今日の夕食、そんなにドリアが食べたかったの?

「えー、ティフィさんの手作りなんて食べられるなんて光栄ー。皆に自慢できるーっ」

 ティフィも料理はしていたようだし、問題はないだろ。
 夏に熱いシチューを作るかどうかはともかくとして。ティフィの好みが変ってことになっちゃうのかな?

「俺だけの特権であってほしかった」

「いや、ミアだって食べていただろ」

 レインよ、せっかく黙っていればティフィじゃないとバレない作戦が俺のなかで遂行していたのに。
 ツッコミをどれだけ待ち望んでいるんだよ。

「二人でイチャイチャしてるー。はっ、まさか、ティフィさんが物腰柔らかになったのってレインのためっ?もしかして、レインはそんなに愛されているのっ」

 テインが曲解した。
 どこをどう解釈すると、そうなる?

「認めない」

 低い声だった。

「俺は義弟がそんなふしだらな奴と付き合うのは認めないっ」

 大声で宣言された。
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