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満月の夜に抱かれて
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しおりを挟む奥から私と同世代の女性が現れて、男の子からカットを希望だと伝えられる。
女性は腰まである栗色の緩いパーマヘアを、うなじでひとまとめしているだけだが、とても女性らしく柔らかい雰囲気で、私とは正反対だなと思った。
彼女は鏡に向かって座る私の背後に立ち、髪を持ち上げて見た。
「満月……さん?」
「はい」
「綺麗な髪ですが、本当にショートにしますか?」
「はい」
「では、切った髪を寄付していただいてもよろしいですか?」
「え?」
男の子がA4サイズの紙を差し出した。
それには、『あなたの髪が、誰かの希望になる』というキャッチコピーと共に、NPO法人の活動内容が記されていた。
「切った髪でウィッグを作って、病院や施設に寄付をしているんです。病気で髪を失くした方のために。ご協力いただけますか?」
「はい!」
誰かの希望になる。
その言葉が、私の希望になった。
聞けば、女性は店長で、男の子は春に専門学校を卒業したばかりの見習い美容師だった。
シャンプーやパーマ、カラーの手伝いをしつつ、マネキンでカットの練習を重ねているのだと言う。
寄付の為に、緩く髪を結ばれ、結び目の上をカットされた。
鏡越しに、肩の位置で広がった自分の髪を見て、スッとした。
ありきたりな表現だが、生まれ変わったような気分になった。
店長は私の髪をトレイに載せ、男の子に渡した。
男の子は鏡越しに私を見て、少し口をもごもごさせてから、言った。
「図々しいお願いですが、カットモデルになっていただけませんか?」
「え?」
「俺――じゃなくて僕、まだ人の髪を切ったことがなくて、カットモデルを探してるんですけど、見つからなくて。良かったら、切らせてもらえませんか?」
隣の店長が目を丸くした後、とても柔らかい微笑みを浮かべた。それから、視線を私に移す。
「仕上げは私が責任を持ちますので、お願いできませんか? もちろん、お時間があればなんですけど」
「いいですよ。お願いします」
二時間後。
彼はとても嬉しそうに、何度も私にお礼を言った。
カットの最中は何度も店長にダメ出しされて、それでも真剣な表情を崩さずにハサミを操り、見ている私まで身体が強張った。
彼の仕事に、店長は六十点をつけた。そのうちの二十点は、私にカットモデルを頼んだ勇気への評価だった。
店長は事細かにダメ出しをして、その後で容赦なく私の髪にハサミを入れた。
彼の仕上がりでは、前下がりのボブだったが、店長が手を加えると、真後ろの内側は少し長めに残し、外側は短く、軽く、頬から首のラインに沿うような動きを作り出した。
さすがだ。
自分でも、今までどうしてこんな髪型にしなかったのかと思うほど、しっくりきた。
「頭が軽くなって、シャンプーも楽だし少量で済む。手櫛でブローして、毛先にワックスをつけて遊ばせるだけで完成だから楽ですよ。ついでに、うなじがチラ見えすると、色気アップです」
鏡越しに店長と笑い合って、私は通常のカット料金の半額を払って店を出た。
「ありがとうございました、満月さん! ぜひ、また来てください」
男の子は直角に腰を折り、頭を下げた。
「こちらこそありがとうございました。すっきりしたし、お役に立てて、生まれ変わった気分です」
帰りの、私の足取りは軽かった。
見上げた空は青く、それだけで幸せを感じられた。
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