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番外編*十五年目の煩悩

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 変わらない暖簾を見つけて呟いたのは、柚葉。

 だが、俺の視線の先には別の建物。

 外壁の色は変わっているが、ある。

 それを確認してから、定食屋に目を向けた。

 俺が住んでいたマンションは変わらずあるが、隣の商店はコンビニになっていた。

 あまり美味しくなかったラーメン屋がコインパーキングになっていて、俺はそこに車を入れた。

 ゴールデンウィークが終わると、札幌も陽が長くなり、午後六時でも明るい。

 子供たちの声も聞こえる。

 晩ご飯にはまだ早いのかもしれないが、混みだす前に店を出られるだろう。

 俺は柚葉と昔話を楽しみながら定食屋までの道を歩いた。

 結婚前に戻った気分だ。

 定食屋は内装をリフォームしていて、昔のような昭和を感じさせる雰囲気ではなくなっていたけれど、それでもやはり『定食屋』の雰囲気はそのままで、俺も柚葉も嬉しかった。

 ただ、昔、店を切り盛りしていたおばちゃんはいなかった。

 当時、既に六十代半ばくらいに見えたから、引退したのだろう。

 だが、今も店に立っているのは六十代と思しき女性で、厨房にはガタイのいい、女性より少し若く見える男性が立っていて、世代交代したのだとしても、そうは感じさせなかった。

「飲むの?」

 俺がビールを注文すると、柚葉が少し驚いた。

「ダメか?」

「いいけど、あの駐車場狭いから、私、出せるかな」

「大丈夫だろ」

 無責任な物言いに感じたのか、妻が少し不満そうに唇を尖らせた。

 柚葉に運転させる気はないが、それを言うのはまだ後だ。

 今日は天ぷらがお勧めだと言われ、俺は天丼、柚葉は天ぷらと煮物を注文した。

 柚葉は煮物を食べながら、具や味付けを考えているようだった。

 付き合っていた二十代で定食屋デートは、色気も若さもなかったと思う。

 だから、柚葉がこの定食屋に行きたいと言うのは、優柔不断な俺を気遣ってのことだと思って、わざと遠くに連れ出したりもした。

「付き合ってた時、割とさ?」

 こうして二人きりで向かい合っていると、昔のふとした疑問が思い出され、それが自然と口に出た。

「食事に出ようって言ったら、この定食屋がいいって言ったろ?」

「うん」

 俺のビール二ついてきた枝豆を食べながら、柚葉が頷いた。

「あれって、俺に気を遣ってた?」

「え?」

「洒落た店とか知らないし、優柔不断だしで、なかなか決まらなかったろ。だから、柚葉――」

「――お洒落なお店なんて、緊張しちゃって味なんてわからないよ」

「そう……か?」

「今ならさ? マナーなんて半分できていればいいやって思えるけど、あの頃の私なら、泣いてたかも」

「そこまでか?」

「うん。ナイフとフォークが何本も並んでるのなんて、結婚式でしか見たことなかったし、メニュー見たってどんな料理かわかんないし」

 それは、未だに俺もそうだ。

「それに、そもそも、そんなお洒落なお店に着て行くお洒落な服も持っていなかったし」

 なるほど。

 男はスーツでOKだが、女性はそうはいかない。

「格好つけてそんな店に連れて行かなくて正解だったのかな」

 自分の甲斐性のなさに言い訳するように言うと、柚葉がふふっと微笑んだ。

「そうね。やっぱり、私とは不釣り合いなんじゃないかって、悩んだかも」
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