15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以

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番外編*十五年目の煩悩

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*****



 青野に続いて店を出て、帰宅した。

 午後十一時少し前、子供たちは寝たらしい。

 柚葉はまだ起きていてくれた。

 俺はサッとシャワーを浴び、寝支度をして寝室に上がった。

 そして、ベッドでスマホを見ていた妻の隣に潜り込み、青野との会話を話した。

「――なんか、偉そうなこと言ったな、と思ってさ」

「自分はできなかったから?」

「……」

 柚葉がふふっと柔らかく笑う。

「由輝のママママ期は長かったから」

「まだ終わってないだろ、あれ」

 愛華ちゃんのお母さんの妊娠がわかってから、事あるごとに和葉は妹が欲しいと言い、由輝はいらないと俺を睨む。

 その一方で、柚葉には言葉も態度も柔らかくなった気がする。

 俺は妻の首筋に手を伸ばす。

 髪を切ってから、柚葉の毛先やうなじに触れるのが癖になった。

 だが、何度そうしても、柚葉は首を縮め、頬を赤らめる。

「明日、仕事?」

「ううん?」

「じゃあ、シてもいい?」

「……いい……けど――っ」

 拒まれる可能性なんて考えず、首に回した手に力を込めて引き寄せ、耳の下ら辺にかぶりつく。

「和輝」

「わかってる」

 痕を残すなと言いたいのだろう。

 前にこうして首筋に噛みついた時、力が入って赤くなってしまった。それを、和葉に見つかった。

 柚葉は、服の襟がチクチクして掻いた、と誤魔化した。

 あの後、少し怒られた。

 結婚十五年目にして知った、自分のうなじフェチ。いや、首か。

 とにかく、柚葉の首筋に興奮する。

 もちろん、他の女はしない。

 たまに髪の短い女に目がいくが、それだけだ。

 禁欲が長かったとはいえ、ずっと一緒に暮らしてきた妻に、またこうして夢中になる日がくるとは思っていなかった。

「そういえば――」と、手は妻の身体を撫でながら、唇は尚も首筋に押し付けたまま、言った。

「――妻と喧嘩をしたことがない、って言ったら部下たちに驚かれた」

「なんでそんな話?」

「聞かれたから答えた」

 柚葉の手が、俺のパジャマの裾から脇腹に触れる。

「我慢してるか?」

「え?」

「だから喧嘩にならないのか……とか」

「そんなことないよ」

 妻の弾んだ吐息が肩で踊る。

「ちゃんと言いたいこと言ってるよ?」

「……」

 信じられない。

 柚葉には前科がある。

 それを根に持っているわけではないが、やはり気にはなっている。

 元カノの一件は、視点を変えれば俺の信用が足りていないともいえる。

 結婚の経緯や誤解とはいえ元カノと同じ腕時計を使ったこと、ずっと名前で呼んでいなかったことは俺の落ち度だが、あの時こそ、感情的に、怒鳴ってでも泣き喚いてでも責められるべきだった。

 けれど、柚葉は我慢し、一人で思い詰めて、それでも家族の前では笑って、笑い続けるのが苦しくなって、家を出た。

 あれは特別なことだったと、後で柚葉も言っていたが、今後も同じことがないと言えるだろうか。

 もちろん、柚葉が気にするような元カノはもういないし、元カノにまつわる持ち物もない。

 因みに、あの腕時計は箱に入れてタンスの奥にしまってある。

 捨てようとしたのだが、柚葉に止められた。

 俺の思い出を尊重してくれたのだが、それを鵜呑みにして良かったのかは不安が残る。

 やはり、『妻』とは永遠に理解できない存在なのか。

「和輝!」

 鼓膜に直接響く妻の声に、ハッとした。

 柚葉を腕に強く抱き、ベッドを軋ませないように静かに揺さぶるはずが、半端に考え事をしていたからつい激しくなりつつあった。

 子供たちに気づかれてはいけない。

 俺はいつものように柚葉を抱き締め、物足りなさを悟られないように静かに腰を振った。



 世の中の子供を持つ夫婦はみんな、こうして息を潜めてセックスしているのだろうか……?



 物足りない。



 柚葉は……?



「柚葉……」

 耳朶を食みながら名前を呼ぶと、きゅうっと締め付けられた。

 感じてはいる。



 だが、満足している……?



 もう友人を死なせられないな、と思った。

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