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番外編*十五年目の煩悩
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青野に続いて店を出て、帰宅した。
午後十一時少し前、子供たちは寝たらしい。
柚葉はまだ起きていてくれた。
俺はサッとシャワーを浴び、寝支度をして寝室に上がった。
そして、ベッドでスマホを見ていた妻の隣に潜り込み、青野との会話を話した。
「――なんか、偉そうなこと言ったな、と思ってさ」
「自分はできなかったから?」
「……」
柚葉がふふっと柔らかく笑う。
「由輝のママママ期は長かったから」
「まだ終わってないだろ、あれ」
愛華ちゃんのお母さんの妊娠がわかってから、事あるごとに和葉は妹が欲しいと言い、由輝はいらないと俺を睨む。
その一方で、柚葉には言葉も態度も柔らかくなった気がする。
俺は妻の首筋に手を伸ばす。
髪を切ってから、柚葉の毛先やうなじに触れるのが癖になった。
だが、何度そうしても、柚葉は首を縮め、頬を赤らめる。
「明日、仕事?」
「ううん?」
「じゃあ、シてもいい?」
「……いい……けど――っ」
拒まれる可能性なんて考えず、首に回した手に力を込めて引き寄せ、耳の下ら辺にかぶりつく。
「和輝」
「わかってる」
痕を残すなと言いたいのだろう。
前にこうして首筋に噛みついた時、力が入って赤くなってしまった。それを、和葉に見つかった。
柚葉は、服の襟がチクチクして掻いた、と誤魔化した。
あの後、少し怒られた。
結婚十五年目にして知った、自分のうなじフェチ。いや、首か。
とにかく、柚葉の首筋に興奮する。
もちろん、他の女はしない。
たまに髪の短い女に目がいくが、それだけだ。
禁欲が長かったとはいえ、ずっと一緒に暮らしてきた妻に、またこうして夢中になる日がくるとは思っていなかった。
「そういえば――」と、手は妻の身体を撫でながら、唇は尚も首筋に押し付けたまま、言った。
「――妻と喧嘩をしたことがない、って言ったら部下たちに驚かれた」
「なんでそんな話?」
「聞かれたから答えた」
柚葉の手が、俺のパジャマの裾から脇腹に触れる。
「我慢してるか?」
「え?」
「だから喧嘩にならないのか……とか」
「そんなことないよ」
妻の弾んだ吐息が肩で踊る。
「ちゃんと言いたいこと言ってるよ?」
「……」
信じられない。
柚葉には前科がある。
それを根に持っているわけではないが、やはり気にはなっている。
元カノの一件は、視点を変えれば俺の信用が足りていないともいえる。
結婚の経緯や誤解とはいえ元カノと同じ腕時計を使ったこと、ずっと名前で呼んでいなかったことは俺の落ち度だが、あの時こそ、感情的に、怒鳴ってでも泣き喚いてでも責められるべきだった。
けれど、柚葉は我慢し、一人で思い詰めて、それでも家族の前では笑って、笑い続けるのが苦しくなって、家を出た。
あれは特別なことだったと、後で柚葉も言っていたが、今後も同じことがないと言えるだろうか。
もちろん、柚葉が気にするような元カノはもういないし、元カノにまつわる持ち物もない。
因みに、あの腕時計は箱に入れてタンスの奥にしまってある。
捨てようとしたのだが、柚葉に止められた。
俺の思い出を尊重してくれたのだが、それを鵜呑みにして良かったのかは不安が残る。
やはり、『妻』とは永遠に理解できない存在なのか。
「和輝!」
鼓膜に直接響く妻の声に、ハッとした。
柚葉を腕に強く抱き、ベッドを軋ませないように静かに揺さぶるはずが、半端に考え事をしていたからつい激しくなりつつあった。
子供たちに気づかれてはいけない。
俺はいつものように柚葉を抱き締め、物足りなさを悟られないように静かに腰を振った。
世の中の子供を持つ夫婦はみんな、こうして息を潜めてセックスしているのだろうか……?
物足りない。
柚葉は……?
「柚葉……」
耳朶を食みながら名前を呼ぶと、きゅうっと締め付けられた。
感じてはいる。
だが、満足している……?
もう友人を死なせられないな、と思った。
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